表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/31

8話



薫へのメールを送った翌日。学校に行けば昨日の件でクラスは持ちきりだった。学校一のイケメンと名高い東郷薫も西条朱里を落とすことは叶わなかった、等と好き勝手噂しているようだ。当事者の薫はというと慰めようとしているのか、傷心のところに付け込もうと言う魂胆なのか化粧をばっちり決めた派手な女子に囲まれていた。といっても女子に囲まれていることはさして珍しいことではなかったため、肉食獣のように狙いを定めている女子がいるかは外野の悠希には判断が付かない。純粋に落ち込んでいる様子の薫を元気づけたいと言う健気な女子も中にはいるかもしれない。


もう一人の当事者、朱里はというと薫とは違い人に囲まれていると言うことはなく普段行動を共にしている友人と会話に勤しんでいるようであった。朱里のクラスを見渡すと何人かの男子がチラチラと朱里の方に目を向けては深いため息を吐いている様が目に入る。大方薫ですら振られるのだから自分には勝ち目はないし、土俵にすら上がれないと絶望でもしているのだろう。そうなれば朱里本人がうっとおしがっていた告白してくる有象無象が一時期だろうが減りそうな気はする。良くも悪くも薫の告白は周りにそれなりの影響を与え始めているようだ。


ある意味では薫をけしかけた元凶の悠希は、居心地の悪い視線を向けられていた。昼休みに薫と朱里の様子を見に行った際ジロジロと不躾な視線をぶつけられたのだ。正直なところ注目されることに慣れていないわけではない。「朱里の幼馴染」として周囲の人間から興味本位で視線を向けられることが多かったのだ。これで悠希の容姿が目立たないタイプならそれほど騒がれなかったのだろうが、良いことなのか悪いことなのか。華奢で色白、美男子といっても差し支えのない容姿をしていたことで男子からの嫉妬混じりのものを向けられることが多かったのだ。昔は目立つ朱里や薫はこんな視線の中で普通に生活していたのかと密かに尊敬の念を抱いていたものである。


今現在向けられているのは嫉妬でも悪意でも羨望でもない。言うなれば動物園の動物園に向けられるような「興味」や「好奇の目」といった類のものに感じた。視線やひそひそという話声を気にしないようにどうにか教室に戻った悠希に、翔が今の状況を教えてくれた。



「朱里が俺の事を好きだって言う噂が流れている?」


呆れ交じりで最後の方は語尾が強くなった。これまでも似たような噂が流れたことがあったがどれもいつの間にか消え去っていたため特に気にしたことはなかった。今回もいつものようにワザと誇張して伝えているのではと訝しんだが、目の前の翔の深刻そうな様子から冗談でないことが察せられた。


「何でまたそんなクソみたいな噂が」


「それがさ、東郷が西条先輩に告ったかららしい」


「?因果関係が分からない、何であいつが朱里に告ると朱里が俺を好きってことになるんだ」


全く分からない悠希に対し、翔が懇切丁寧に教えてくれた。


要するにこういうことらしい。



薫が朱里に告り振られる→薫ですら振られるのなら、朱里は付き合うことに興味がないのではなく他に好きな相手がいるのでは→朱里がいつも構っている相手がいる→やはりその相手が好きなのでは→悠希が好きなのでは




「なるほど分からん」


「だよな、俺も良く分からない」


翔が同意する。翔自身も噂好きの女子から聞かされたらしいので出所は分からないらしいが、すでに結構広まっているとのことだ。この学校やけに噂が広まるのが早い。生徒の殆どが噂好きなのだろうか。



「何でそこで俺が好きって結論になるのか。普通に付き合うことに興味ないってことで納得しろよ」


「何でもかんでもくっつけたがる奴がいるんだろう。流した奴もその方が面白そう、くらいの軽い気持ちでやってそうだし。暇な連中にとっては人気者の恋愛事情何て格好のネタだろうから」


幼馴染二人のプライベートな事を話のネタにされていることに多少の憤りを覚え、眉に皺を寄せる。他人の色恋なんて放っておけばいいのに、と毒づく悠希。今回の事に関しては二人そろって(悠希も間接的に)有名だからこそ周りが暇つぶしの種として放っておかないのかもしれない。目立つ人間というのはこうも面倒なことに巻き込まれるのかと辟易する。


すると翔に近づく人影が一人。


「翔~他の女の子達から鶴見と西条先輩について何か知らないかって滅茶苦茶質問攻めにされた~…あ、鶴見じゃん、おはよう」


朝だと言うのに既に疲れた様子の奈々が翔と悠希の机に近づいてきた。翔に対しては疲弊した様子を隠そうとしなかったのに悠希にはその緩んだ顔を引き締めた上で向き直る。フレンドリーに見える奈々も自分の無防備な姿を晒す相手は見極めているようだった。やはりこの二人、と懐疑的な視線を向けたくなるのをグッと堪える。


やはり例の噂のせいで奈々にも迷惑をかけてしまったらしい。女子からしたらいつも話しかけるなオーラを発している悠希本人は勿論、いつも悠希と一緒にいて悠希の不利益になりそうなことは話さないであろう翔からは話を聞きづらい。白羽の矢が立ったのが翔の幼馴染で悠希ともそれなりに親しい奈々だったのであろう。


「奈々、朝から疲れてるな」


「当たり前でしょ、クラスの女子だけじゃなくて他のクラスの子からも聞かれたんだよ!先輩と鶴見って実際どうなの、仲いいんなら知ってるでしょって。幼馴染でそれ以上の関係じゃないと思うって言っても納得してくれなくてさ、実際そうなんだから他に言いようないでしょ!」



深くため息を吐き叫ぶように告げる様子からも根掘り葉掘り聞かれたことが察せられる。安易に向こうの望むようなことを話さないでいてくれるのは助かるが、意固地な姿勢を見せると女子のコミュニティではあまりいい印象を抱かれずこれから先何かと苦労する危険があるのでは、と心配そうに奈々に視線を向ける悠希。だが奈々は人付き合いというか人をあしらうのが上手い。悠希が知らないだけでうまくやっているかもしれないため、あまり心配しない方がいいかもしれない。


「悪いな白木、迷惑かけて」


申し訳なさそうに告げると突然奈々が背中を叩く。朱里ほどではないが奈々も力が強い方のため叩かれた背中が結構痛む。「うっ」と小さな呻き声が漏れるが奈々は無視して話す。



「鶴見悪くないでしょ、悪いとしたら勝手に噂している連中だよ。まあ鶴見もだけど東郷君や西条先輩も大変そうだったよ」


「2人も?」


「うん、東郷君は男子に絡まれてる。告った相手に好きな相手がいるなんて災難だなとか何とか。慰めている風だけどアレはここぞとばかりに煽ってるね。東郷君もモテるから妬んだり、好きな相手を取られたとかそう言った男子がたくさんいそうだし。当の本人は笑顔で受け流すから男子たちの悔しそうな顔が面白くてっ…」


途中から堪え切れないと言わんばかりに噴き出す奈々。大変そうと言っているが薫は大丈夫そうだ。薫は外面は異常に良いため、突っかかる連中何て適当にあしらえるだろう。普段の薫なら絶対にキレていただろうが。


「西条先輩も女子に質問攻めに遭ってたけど『ただの幼馴染』の一点張り。最終的に相手が折れてた」


朱里に関しては端から心配していなかったが、やはりというか相変わらずのようだ。あまりにしつこいと最終的に無視し始めるのでさっさと引いた相手は英断であったと言わざるを得ない。

ブレない朱里の姿勢に思わず苦笑いする。


「あの二人はこういう噂されるの慣れてそうだけど悠希はそうじゃないだろ。色々心配だぞ俺は」


翔は形のいい眉を下げ、心底心配している様子でこちらを見据えた。今までとは違い今回はハッキリと「朱里は悠希を好きなのでは」という噂が流れている。普段から朱里にべったりしているように見える悠希を良く思っていない人間からすれば、悠希に絡むいい口実が出来たことになる。心配してくれるのはありがたい。しかし悠希とて伊達に何年も朱里の幼馴染をしているわけではないのである。悠希は自分でも驚くほど落ち着いていた。


「今まで何回朱里を好きな連中に絡まれたと思ってるんだ。その辺の対処何て慣れたもんだ」



自信満々に告げる悠希を尻目に翔と奈々は複雑そうな表情をしていた。


「かっこいいこと言っている風だけど、別にかっこよくないからな」


辛辣に突っ込む翔。


「そんだけ絡まれると私なら先輩と距離置いちゃいそう…やっぱり、あっ…」


何かを言いそうになり慌てて口を噤む奈々。幸か不幸か奈々の最後の呟きは悠希の耳に届くことはなかった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ