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2話



「よー悠希、久しぶりだな、もう来て大丈夫なのか」


「久しぶりって、二日目にお見舞いに来てくれただろう」


退院した翌日、登校した悠希に声をかけて来たのは高橋翔だった。小学校からの付き合いで悠希にとって二番目に付き合いの長い存在だった。朱里ほどではないにしろ予定が合えば見舞いに来てくれることもあった。今回数日の入院の間にも一度来てくれた。


まだ登校していない悠希の前の席に座りリュックから数冊のノートを取り出し渡してきた。


「これ、休んでいた間のノート」


「ああ、ありがとう。いつも悪いな」


「気にするなって、そういや西条先輩とはどうなんだよ、もう告ったか」


突然朱里の名前が出て来た衝撃で盛大にむせた。余りの大声にクラスメートが心配そうにこちらを見ている。中高一貫校なので、悠希が休みがちで早退も多かったころから知っている人間ばかりだ。


「おい、大丈夫か」


慣れた手つきで悠希の背中を擦る翔。クラスメートはそれを微笑ましいとでも思っているかのような視線を注いでいる。割と見慣れた光景であった。

悠希は恨みがましい目で翔を睨むが、当の本人はどこ吹く風とむしろ悪戯っ子のような笑みを浮かべている。



「そんな大げさに反応するってことは何かあったのか?」



「何もないし、そもそも朱里の事何とも思ってない。それに朱里、好きな相手いるし」


悠希の返答を受けて、あからさまに呆れ顔になる翔。悠希としてはこのやり取りは何度も繰り返しており、内心うんざりしていた。



「お前が素直じゃないのか異常に鈍いだけなのか俺には分からなくなってきたわ…気づいてないのかもしれないけどさ悠希、西条先輩と話すときとクラスの女子と話すときじゃ態度結構違うからな。まあそれは向こうもだけどさ」


「…そんなに態度違うのか」


「ああ、他の奴が気づくレベルには」



そう指摘され、否定しようとしたが正直なところ自覚はあった。朱里とそうでない女子への対応に差があることは。これについては一応原因がある。悠希は今でも華奢で中性的な見た目をしており、幼い頃は女子よりも可愛いと男子から評判だった。それに嫉妬したのかは分からないが女子からは結構な嫌がらせをされた。見た目を揶揄われたり、物を隠されたり。恐らく悠希の家がそれなりに裕福だったのも嫉妬を集めた原因だったのかもしれない。

幼いながら巧妙な奴らだったが、所詮子供の浅知恵。すぐ先生にバレて厳重注意されたらしい。母と祖母からは気づけなかったことに対して謝られたが、悠希自身も心配をかけまいと隠していたから仕方がない。



このことがトラウマになっているのかは分からないが、今でも女子とコミュニケーションを取るのが苦手だ。特に当時自分を執拗に目の敵にしていた気が強くリーダー気質な女子は。どうにも緊張して目つきが悪くなったり、語尾がきつくなってしまうため女子からの評判は当然よろしくない。

悠希としては女子が苦手なことで私生活に影響はなかったので気にしてはいなかった。中高一貫で顔ぶれが変わらないとはいえ親しい会話をするほど仲のいい女子もいないに等しい。



「別にいいだろ、誰の迷惑にもなってないんだから」


「そうだけどさ、特定の相手にだけ態度が柔らかかったら変な勘繰り入れてくるやつが出てこないとも限らないだろ。小中と絡まれたの忘れたのか。まあ、それっきり絡んでこなくなったけどさ」



あー、と悠希は相槌を打つ。どれだけお互いが幼馴染と言い張っても、距離は近いことは否定できないため勘違いする人間は多かった。中には自分が振られたのは悠希のせいだと見当違いな逆恨みをし、突っかかる奴もいた。その時悠希は朱里がどれだけ男子に人気があり、自分がどれだけ嫉妬の対象になっているかを身をもって知ったのだ。ここで、互いの事を考える人間なら学校ではあまり関わらないようにし相手を嫉妬の対象から外そうとするのかもしれない。漫画ではよく見る光景だ。


だが、二人はその選択肢は取らなかった。何も悪いことをしていないのに自分達が制限を受けるのはおかしい、というのが互いの意見だった。だから朱里は学校でも悠希に関わっているし、悠希もなんだかんだと世話を焼かれている。



「絡んでこなくなったのは、多分その人との会話録音してたからかな。次絡んだり録音していること誰かに漏らしたらこれ先生に提出しますよって言ったら何もしてこなくなった。バレたら内申に響くようなこと言いまくってたから」



「えー、お前結構抜け目ないよな」


意外そうな顔をされる。そもそも悠希は腕っぷしに自信がない。体幹も弱いので殴られたりしたら受け身を取れなくて怪我をすることもあった。朱里に懸想するような奴はほぼほぼ顔と体格がしっかりして、何より自分に自信があってプライドが高い。そんな人間の中には自分より下に見ている悠希と朱里が仲が良いこと、振られたことに納得できず、かと言って反論すれば逆上するような奴がそこそこいた。しかも先輩ばかり。初めの頃は朱里が対応してくれていたが、このままでは駄目だと思った悠希は自分の身は自分で守ることに決めた。それが敵意を抱いている相手と会話をするときに小型の録音機器を忍ばせる、というものだ。



何のひねりもない策だが、相手は悠希を取るに取らない格下だと思い侮っている。対策をしているとは夢にも思っていない馬鹿ばかりなのである。だからこれまでうまくいっていた。



すると翔の背後からショートカットの女子が近寄ってくる。スレンダーだが出るところは出ている健康そうな美人と言って差し支えない少女だ。



「何の話してるの翔。あ、鶴見じゃん、退院したんだ」



親し気に翔に話しかけている彼女は白木奈々。翔の幼馴染であり、悠希ともそれなりに親しい。

悠希が言えることではないがこの二人も距離感がバグっている。今も奈々が翔の肩に手を置き、もたれかかるように立っている。彼氏彼女のそれとしか思えない。にもかかわらず、互いに「ただの幼馴染」と言い張っている。


「重い、奈々。もたれかかるな…悠希と西条先輩の話をしてたんだよ」


重い、と言われムッとした顔になったが後半の話に興味を引かれたらしく目を輝かせて、翔に話を促すような視線を向けている。



「えー何々、鶴見と先輩ついに付き合ったの?」


「違うわ、このくだりさっきもやったぞ」


デジャブを感じる会話を受け流しつつ、流石幼馴染と言わんばかりに似た回答を披露してくれた。

がっかりしたのかわざとらしく口を尖らせる。これを計算でやっていたらあざとい等と揶揄されるのだろうが、これを素でやってのけるのが白木奈々という人間だった。大雑把で明るい性格で細かいことは気にしない。初対面の時態度が悪かった悠希にも、気を使わずに接してくれている。本人がいないときに文句を言うこともなく、気になったことは面と向かって言ってくれるので悠希にとって数少ない女子の友人だった。



「だって西条先輩、絶対鶴見の事好きだと思うんだけど」


「白木の勘は当てにならないんだよ」


恋愛偏差値が著しく低いのか仲が良い男女を見ると「絶対付き合っている」と興奮気味に語りだす。そしてその指摘が当たっていたことはほぼない。というか、高校生のカップルで分かりやすくイチャつくのはスクールカースト上位の人間で、殆どのカップルは必要以上にベタベタしないと思っている。

さっきから言うことを悉く否定されたからか微妙に怒っているかも、と感じたがそれを態度に出すことはしないのでこちらからは判断できない。



「そんなことないでしょ、鶴見以外には結構素っ気ない、いや私や翔にも優しかったよね…けど友達が先輩の事近寄りがたいってよく言うし…」



自分で言い出したことなのに自信がなくなってきたのか段々声が尻すぼみになっている。いつもの自信はどこに行ったのか。それを見るに見かねたのか翔が助け船を出した。


「俺や奈々に比較的優しいのは悠希と仲が良いからだろ。それ以外の人間には素っ気ないと言うかクールだぞ。特に男子に対しては。あの人の頭の中は悠希とそれ以外でカテゴライズされていると思ってる」


「あーそういうあれね…え、先輩の生活鶴見中心に回ってるんじゃないの、やっぱ好き」


「違うって何度も言ってるだろ、会話が進まないんだよ」



どうやってもその結論に持っていきたいらしい。翔も誘導した節がある。自分も恋愛経験なんてないが、偏差値については奈々より高いと自負している。朱里の悠希優先の態度については、朱里の中で悠希は入退院を繰り返す病弱で人見知りも酷い手のかかる弟のイメージが抜けないのだろう。だからいつまでも過保護なままなのだと考えている。=恋愛感情ではない絶対に。悠希が朱里の立場なら、こんな頼りない男、百歩譲って庇護欲は抱いても好きにはならない。朱里が好きな相手が自分なんてことは天地がひっくり返ってもあり得ないのだ。



悠希は微妙にイラつき始めたが態度には出さないようにした。するとチャイムが鳴り、騒がしく喋っていたクラスメートが徐々に自分の席やクラスに戻り始めた。翔と奈々も名残惜しそうに自分の席に戻っていった。先生がまだ来ないので、今度は近くの友人と喋り始めたため教室は再び喧騒に包まれる。

その喧騒の中で悠希は喋ることもせず、ボーっとしたまま何も書かれていない黒板を見つめている。







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