27話
あっさり、という表現が合ってるか定かではないが席順に関して納得した2人と苛立ちを表に出した悠希に少し驚いた様子を見せた薫とシアターに向かい、「話し合った」順に座る。公開初日、午前中だからかシアターは混んでいた。
悠希は今日見る映画については公式サイトでストーリーを確認したくらいで、それ以外の情報は持ってない。人気のミステリー小説を今をときめく人気俳優で実写化した、とテレビや雑誌で宣伝し、出演俳優も番宣に出まくっていた。金がかかっているんだろうな、というのが分かる力の入れよう。
(こけたらヤバいんだろうな)
と、どうでも良いことを考えながら席に着く。上映開始時間まであと数分だからか、シアター内は少し騒がしい。が、悠希を含めた4人は何も喋らず飲み物飲んだり、スマホをいじっている…秋山以外。
薫の隣に座った秋山は膝に手を置き背筋を伸ばして座っている。一目見て、緊張していると丸分かりだ。別に話さないといけないわけでもなし、そこまで緊張しなくとも、と思うが好きな相手の隣に座っただけでああなるのは、仕方ないのかもしれない。
好きな相手がいたことも、これから出来る予定もない悠希には経験出来ないことだろうが。
するとシアター内が暗くなり始める。いよいよ映画が始まる。
(内容あんまり調べなかったけど、面白いと良いな)
主人公の敏腕刑事が連続殺人の犯人を追う過程で出会う1人の女性。被害者の妹だという彼女は犯人を逮捕して欲しいと主人公に直談判してくる。押しが強い彼女に付き纏われ、時に邪険にしつつも距離がゆっくりと近づいていくが同時に彼女の「ある事実」が明らかになる。
もしかして彼女が犯人なのではと疑う刑事としての自分、そんな彼女を愛してしまった1人の男としての自分。葛藤する主人公がたどり着く真実は…。
みたいなストーリーだった。これだけ煽るのだからヒロインは犯人ではなさそう。犯人なら犯人でそれはそれで良さそうだが。
ミステリー×ラブストーリーと銘打っているが、ほぼ恋愛要素で占められていた。ミステリー要素もあるが、ことあるごとにイチャつく主人公2人のことばかり気になる。お前ら仕事する気ある?と突っ込みたくなるが、イチャつく裏で捜査は進んでいたのでまあ良い。
驚いたのか終盤に差し掛かった時。主人公はヒロインを怪しんでることを言い出さず、ヒロインは何やら隠しごとをしてるが主人公に言い出せず。互いに追い詰められていく2人の平行線だった関係が、ヒロインが涙を流したことにより一気に変わり出す。
端的に言えば、ベッドに傾れ込んだ。
マジかよ、と心の中で呟いた。別にベッドシーンに物申したいわけではなく描写の生々しさについてである。大事なところは勿論隠れているが、服を一枚一枚脱いでいくシーンもしっかり描かれ睦合う声も控えめながらシアター内に響く。
主演2人は売り出し中の俳優だ。ラブシーンありの映画によくOKが出たものだ。悠希は芸能界のことはてんで分からないから、主演2人が前向きに受けたか、乗り気じゃないのに事務所に言われて受けたのかは不明だが。細かいことは置いておいて、悠希はプロの仕事を見せられている、と感じた。
名前しか知らなかったから、彼らの出演作品を見たいと思う程度には興味を抱いた。
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約2時間の映画を見終えた悠希はそれなりに満足していた。犯人は何となく予想していた奴だったし、ヒロインとのその後はぼかしていたが明るいものであることが窺えるラストだった。本当にあの生々しいシーンは何だったのだろうと疑問は残るが。
見終わった悠希達4人は昼飯のために店を探していた。悠希は自然と山崎と並んで歩いている。
何故かと言うと、秋山と薫が前の方を歩いているからだ。何やら熱心に話しながら。
そう熱心に話しながら、歩いている。
シアターを出て暫くの間は2人は黙りこくっていた。秋山が山崎に時折視線を送っていたが、全部無視していた。悠希は何も出来ることがないので、事の成り行きを見守っていたのだが。
「…秋山さん」
「は、はい!」
「山崎さんから聞いたんだけど、ミステリーよく読むんだって?」
「そ、そうですね、はい」
「今日見たやつも読んでた?」
「はい、見る前に予習のつもりで」
「…どうだった」
秋山は黙りこくる。後ろから見ていた悠希にも、「あ、こんなに言いづらそうにするってことは微妙だったんだな」と彼女の考えてることが分かるほど。
「…東郷くんはどうでした」
「俺?…いや、まあ、うん」
(これ2人とも微妙だと思ってるな)
片方が絶賛、もう片方が微妙だったと互いに意見を言い合うと気まずくなる。同じなら何を遠慮することがあるのか。
双方モジモジと互いの反応を窺っている。少しばかりイラッとしだした悠希の肩を隣を歩いてた山崎がトントン、と叩く。
「…アシストしていいと思う?」
「辞めた方がいい」
絶対ややこしくなる、と山崎を止めると彼女はあっさりと引き下がった。
と、一瞬目を離した隙に前方の状況が変わっていた。
「キャストもストーリーも良いんです、良いんですけど…なんか惜しいんですよね」
「分かる、特に終盤のあのシーンなんて原作だとサラッと流していたのに態々詳しく描く必要あるのかと思ったよ。あのシーンに時間を割くくらいなら主人公の感情移り変わりをもっと描写して欲しかった」
「ですよね。映画だと主人公、ヒロインに一目惚れした感じになってますけど原作だと素っ気なかったですし。それに葛藤するシーンもおざなりでした」
「その辺りを描くより一目惚れの方が話を進めやすいんだろうけど…なんか納得が」
熱心に語り合っている様を後ろで悠希達は無言で眺めている。山崎の方を向くと彼女はポカンとしていた。
「…一瞬のうちに何が」
「さあ?どうやら意気投合はしてるみたいだが…」
「東郷くん、あんなに熱心に語る人だったんだ」
意外だ、というニュアンスで呟く。
「ああ、アイツ好きなものに対してはこだわりが強いんだよ。こだわりというか…原作は原作通りに映像化して欲しいって思ってるらしくて。それで昔友達との温度差を感じて以来、周囲には隠してると言ってたんだ。あの様子だと秋山も同類みたいだな」
「確かにあの子もこだわり強いわ…まさかここで意気投合するなんて」
山崎にとっては嬉しい誤算と言っても良いだろう。卒業するまで全く進展しないと断言していたのに、今悠希達の目の前で2人は朝の余所余所しさは何処かに行ってしまったように会話が弾んでいる。悠希はまだ薫と交流があった時に奴のこだわりを聞かされ、他の友達のように引きはしなかったので交流が途絶えるまでは唯一語れる存在だった。しかし、薫ほど作品が原作通りに映像化することにこだわっているわけではないので、本当の意味で理解者にはなり得なかった。没交渉となってからはそういった相手もおらず、そして外面が良すぎる分自分がオタク気質であることを明かせなかったのだ。
薫は順風満帆に見えて、結構苦労人な節があるので裏では趣味にのめり込んでいる。このことは悠希や朱里といった昔から付き合いのあるものしか知らない。秘密と呼べるほど大層なものではないが、薫に熱を上げている女子達が知らない一面を秋山には晒している。相手が自分に好意を抱いていると察していても、だ。
(予想外…こんなすぐに意気投合するとは)
悠希と山崎が神妙な顔で見守っているのを知らない薫と秋山の話題は別の、タイトルから駄作臭のする映画に移っていた。マニアック過ぎて話に入れないが、彼らからすると良作のようである。山崎がコソッと小声で囁いてくる。
「…良い雰囲気じゃない?」
山崎は薫が秋山に好意を抱き始めてると思っているようだが、悠希は否定した。
「ただ同類を見つけて、テンション上がっているだけだろ」
「えー、あれは絶対脈あるよ」
「ねーよ、逆にさ。薫がこんなあっさり秋山に意識向けたらどう思うよ?」
「…」
彼女は黙りこくったが、その複雑な表情が答えを雄弁に語っていた。幼い頃から朱里が好きで、一度振られても諦めきれずもう一度告白した、一途な男。そんな男が趣味嗜好が同じ相手を見つけただけで、すぐに好意を抱くようなチョロい男だったら。その相手が友人だとしても素直に喜べない。下手したら幻滅ものだ。
実際薫はそんな単純な人間ではない。秋山に好感を抱いているのは事実だろうが、現段階ではそれだけだ。恋愛感情に発展するか、このまま趣味仲間としての関係から抜け出せないのかは薫と秋山次第である。悠希は薫と秋山の仲をアシストするつもりは全くない。応援自体はするものの、けしかけたり直接手助けすることはしないつもりだ。薫が朱里のことを吹っ切るか、思い続けるかは薫自身が決めることであり外野が口を出して、無神経に別の相手を勧めるべきではないと思っているからだ。特に悠希にはその資格がない。だから悠希は薫に何も言わない。
「これからどうなるかは2人次第だろ、山崎も余計なことしない方がいいぞ」
「何それ、私が余計なことしそうに見えるってこと?」
「見える、バリバリ余計なことしそう」
ハッキリ告げると山崎は薄らと笑った。図星だったようだ。秋山のようなタイプには荒療治は逆効果だと思う。例えば突然2人きりにするとか。意気投合したから良かったものの、そうでなかった場合2人きりにされたら…気まずい雰囲気が出来上がってしまう。手助けするのは自由だが、本人に合った方法でやるべきである。山崎は秋山に合わせてのんびりとやっていたら限られた学生時代があっという間に過ぎてしまうことを恐れてるが、それこそ外野が口を出すことではない。
「変に手出さないで、見守っとけ。秋山のことを考えるならな」
悠希の忠告に山崎の眉がピクリ、と動く。反論されるかと身構えていたが彼女は「確かに、私が口出ししすぎるのも良くないかー」と悠希の意見に同意したのだった。
その後、カフェに入って簡単に昼食を済ませるとこのまま解散になるかと思ったが「せっかく集まったんだし、ショッピングして帰ろうよ」という山崎の一声で解散は延期になった。悠希は正直帰りたかったのだが、楽しそうな雰囲気に水を差すのもどうかと思い素直に従い、近くのショッピングモールに移動した。
ショッピングは男女で別行動すると予想してたが、ここでも山崎の「4人で来たんだから4人で回ろう」という提案、もとい命令が下され、悠希と薫は2人が意気揚々と服屋に消えていくのを黙って見送った。
レディースファッションの店の前に男がいると目立つ。特に薫は。すれ違う客がほぼ全員薫を見て行くのだ。薫1人だったら声をかけられていただろう。時折悠希の存在を無視して「声かけちゃう?」と不穏なことを話す女性はいた。すると薫は何を血迷ったのか、悠希に密着したのである。ピッタリと。女性客はその様子を見ると、連れと顔を見合わせそさくさと去って行った。
(あれ変な誤解してねぇか?)
不本意である。薫も声をかけられたくないからといってこちらを巻き込むなと文句を言いたいが、どうせ2度と合わない人間に誤解されようと構わないので、それには触れずにこう尋ねた。
「…お前そんなに声かけられたくないの?」
「…ああ、こっちがどれだけ断っても引き下がってくれない人が本当に多いんだ。穏便に断るのがどれだけ面倒か…」
薫の声音には今までの苦労が滲んでいる。大変だな、と悠希は同情した。容姿が整い過ぎているのは、面倒なことの方が多いのだとはたから見ると良く分かる。普段の苦労を思うと、人避けの手伝いくらいはしてやろうという気になった。
「おまたせ…なんで2人くっついてるの?」
「声掛け防止策」
「あー」
暫くすると紙袋を手に持った山崎が距離の近い悠希と薫に怪訝そうに声をかける。悠希が端的に説明するとすぐ納得してくれた。そして後ろから付いてきた秋山も距離の近い2人に驚いていたものの、山崎と同じく特に気にした様子はなかった。
それから薫と悠希の行きたい場所をそれぞれ回った後、時間も丁度良いからと今度こそお開きになった。帰り際、なんと秋山が「れ、連絡先を!」と緊張のあまり裏返った声で薫に切り出したのだ。山崎は目をまん丸にして固まっていたし、悠希もそうだ。薫は突然の申し出に面食らっていたものの、「良いよ」と承諾していた。どちらかというと秋山の行動力より薫が受け入れたことの方が驚きだった。
(貴重な同士を逃したくないのか。まあ秋山は薫が辟易するくらい連絡しないだろうけど)
悠希の認識からして秋山は一般的な常識を持ち合わせてると思うので、相手が引くほどラインを送ったり電話をかけたりはしない、はずだ。薫も秋山が周囲にいる、隙あらば自分を喰らおうという肉食獣のような女子とは違うと分かっているから連絡先を交換したのだ。
秋山にはバリバリ下心があるが、薫は純粋に仲間を得たかったから。その辺りの温度差はどうしようとならない。後は当事者の問題である。しかし薫は連絡先を交換し山崎達と別れた後、心なしか嬉しそうな表情を見せた。この表情の裏で薫が何を考えていたのか、踏み込まない悠希が知ることはなかった。




