26話
予想通り、待ち合わせ時間より20分早く東駅に到着した。まだ誰も来ていない。遅れるのは良くないと早めに出たのだが、早すぎた。こんなに早く来ていたと知られたら「乗り気じゃ無かったのに、意外と楽しみにしてたんだ」とニヤつきながら煽る、とある人物の顔が浮かぶ。
(すげぇ、想像上なのにムカつく)
何もしてないのに(脳内で)舌打ちされる山崎。最早悠希の中で彼女の扱いが女子に対するものとは思えないほど、どんどん雑になっていく。
ここでふと、不安に駆られる。奴が今日1日、下手なことをやらかさずに大人しく友人のデートをアシストするだけに留めるのか。
正直に言えば奴のことは信用してない。何をやらかすのか、分かったものではない。
良い雰囲気にしたいから、と悠希を引きずって態とその場から消えそうだ。あくまで勝手な想像だが、2人きりにしたら秋山は碌に話せなくなる。
最近関わり出した悠希ですら想像出来ることを、長い付き合いの山崎が分からないはずはない。そんな真似はしない、と思うが。
(はー、なんで俺があいつらのこと心配してるんだ)
悠希は巻き込まれた部外者で薫を釣るための餌として、彼が断らないための防波堤の役割を求められている。それ以外の、それこそ彼らの行末なぞ心配する義理はないのに。
薫のことは同情してないし、奴自身もそんな目で見られることは不愉快だろう。しかし、それでも奴に関して思うところはある。
聞くところによれば、薫は誘われて女子と男子を交えた複数人で遊んだことはあるも、アプローチする女子に対し全く靡く気配すらなかったらしい。クソ真面目な薫からすれば、好きな相手がいるのに、女子と出かけることに難色を示しただろう。それでも、これからの人間関係を円滑に進めるためとか、そういった理由で誘いを受けたのだ。
そんな奴が気まずい相手と、それほど交流のなかった女子と出かけるなんて大きな変化だ。薫の中で朱里に2回も振られたことで心境の変化があったのかもしれない。以前悠希と距離を置き、何も言わずに交流を再開させた時と同じように。
(まあいいや、どうするかは薫の自由だしな)
悠希はただの添え物、添え物らしく邪魔せず波風立たないよう大人しくするだけだ。
10分ほど周囲を散策し、再び東駅に戻ると若い女子2人と男子1人が談笑してる姿が目に入る。悠希が彼らに近づくと、男子…薫がこちらに気づき手を振った。
「悠希、先に来てたのか」
「ああ、ちょっと時間潰してたんだが入れ違いになったみたいだな」
ここを離れることはせず、待っていた方が良かったかもしれないが待ち合わせ時間には遅れていないから問題ないと見なされた。
ストライプ柄のブラウスにデニムのショートパンツの山崎が声をかける。
「おはよう鶴見くん、正直やっぱり無理って連絡くるの予想してたけど来てくれて良かったよ」
一瞬だけ顔を強張らせる。山崎の言ったことを一度は考えたため、少し気まずさを覚えた。
それはそれとして、彼女の中の自分のイメージがどんなものか分かってしまい複雑な気分にもなった。性格が良いわけではないと自覚しているが、ドタキャンする人間だと思われて良い気分にはならない。かといって事実なので怒ることもしない。
一方の秋山はなんと、悠希の目を見て挨拶をして、今日来てくれたことに対する礼を述べたのだ。相変わらず山崎にピッタリとくっついている彼女は膝より下丈の暗めのピンクのワンピースを着ている。髪も仕組みが分からないが編み込んでいるようで、学校で見かける時と印象が違う。
どちらかと言えば控えめな印象を与える秋山だが、私服だとほんのりと華やかさが加わっているように見えた。常に自分に自信がありそうな山崎の服装に意外性はないが、その分秋山の私服姿には少し驚いた。やはり気合を入れているのだ。
薫は緑と青のチェック柄のパーカーの中に英字がデザインされたシャツを着てる。オシャレか否かの有無は悠希には判断が付かないが、周囲の若い女子が熱っぽい視線を向けているので似合ってはいるようだ。そしてその女子達の興味は山崎、秋山にも向かっていて秋山はちょっと居心地悪そうにしてる。
そして悠希のことは誰も見ていない。
(良いけどな、注目されるの苦手だし)
心配してるのは秋山のこと。気の弱そうな彼女は果たして薫の隣にいることに耐えられるか。薫は引くくらいモテるが、告白する人間は皆漏れなく山崎のような性格だ。自分に自信があって、堂々としてる。そうじゃないと、イケメンの隣には立てない。
彼女は本当に薫のことが好きなようだし、周囲の値踏みするような視線も慣れるか気にしないようにする他ない。こればかりは山崎や友人がどうする事も出来ない、彼女が自信を付けるしかない。
しかし、男子が苦手な秋山がこんなにも頑張る程薫に惚れているとは。一体奴は何をしたのだろう。
まあ道案内をしてもらった、荷物を一緒に運んでもらった、仕事を手伝ってくれたとか、そんなところか。
薫のそういった行動がきっかけで好意を抱いた女子が一定数いるのである。一途な本人は相手気を持たせたつもりは微塵もないのが、双方に取っても不幸だ。その結果、傷つく人間が後を断たない。
勝手に似たところがあると仲間意識を抱いている秋山には、出来る限り頑張ってもらいたいものだ。くっついて欲しいとかそういうのではなく、殻を破ろうとしてる彼女を応援してるからだ。
今日1日、どうなるのか。未知数だがちょっと楽しみな部分もあった悠希は3人と一緒に映画館に向かって歩き出した。
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映画館で予約してたチケットを発見し、ポップコーン2つとジュースを人数分買った後、ちょっとした諍いが起こった。席順についてである。
「え、いや、私は真紀の隣が良いな」
「なんで?東郷くんの隣にしなよ」
「む、無理無理!」
ここにくる道中、時折山崎のアシストを受けつつも秋山は薫と何とか会話を続けていた。薫は薫で交流のなかった秋山の性格をなんとなく察し、友人に対する時のやや粗暴な言動は鳴りをひそめ彼女の緊張をほぐすかのように、会話をリードしていた。
悠希には絶対出来ない芸当だ、真似するつもりもないが。
そんな秋山だったが、数時間も隣に座るのはハードルが高かったのかせっかくのチャンスを拒否している。
(隣に座るといっても、喋るわけじゃないんだからそんなに嫌がらなくても良くないか)
勿論2人の会話はこちらに筒抜けで、無理無理と言われてる薫はなんとも言えない顔をしてる。
嫌がられて傷ついてるわけではなく、秋山の態度の理由を薄々察しているのだ。男慣れしてない秋山が男と休日遊びに来ている時点で、勘付かれてもおかしくない。
多分山崎もバレてることに気づいている。いっぱいいっぱいな秋山だけだ、気づいてないのは。
あの様子では告白なんていつになるか、その頃とっくに卒業してるかも、なんてことを考えていたら2人の話し合いが終わったようでこっちに戻ってくる。
「ごめんね、遅くなって。席順なんだけどさ、2人が決めてくれない?適当でいいから」
(は?)
どうやら話し合いでは決着がつかず、こちらに丸投げすることに決めたらしい。山崎は少し疲れていた。
(山崎の諦めが早いのか、秋山が頑ななのか)
どちらにしろ、こんなところでつまづいていては先が思いやられる。薫も丸投げされて困ったふうに笑っていた。奴の立場からしたら、決めづらいにも程がある。
仕方ない、と悠希は一肌脱ぐことにした。こちらで決めて良いのならどんな結果になったとしても文句は言わない、ということだ。
「俺、薫、秋山、山崎の順でいいんじゃないか」
この席順は2つ買ったポップコーンにも関係してる。異性と同じポップコーンを摘むのはハードルが高いことと、秋山の引っ込み思案に少しばかり苛立ったからである。
言った瞬間秋山が慌て出す。予想通りの反応を見せる秋山を悠希はじっと見据えた。
(そもそも今日は誰のために集まったんだ映画の席が隣なのが嫌?何甘えたこと言ってんだいいから座れ)
と目だけで彼女に圧をかける。穏やか、悪く言えば怠そうな悠希の発した怒りを孕んだ圧に秋山のみならず、山崎も目を丸くしてる。
若干の苛立ちも伝わったのか、無理をして来てもらってる悠希の機嫌を損ねるのは避けたかったのか。秋山も山崎もあっさり提案を受け入れたのだった。




