24話
(えー薫の奴、行くって言ったのか、絶対断ると思ってたのに予定狂ったな…)
悠希は山崎の手前、平静を装ってはいるがその実疑問が頭の中を渦巻いていた。確かに薫は昨日悠希と朱里が付き合うふりをすることに関しては肯定的だった。それどころか自分に気を遣う真似をしたら許さないとも。しかし、口先でもどうとでも言える、実際薫は悠希と顔も合わせたくないと思ってもおかしくない。と言うか、普通告白してフラれた相手が昔から世話を焼いている幼馴染と付き合うフリしてイチャイチャ(棒)することになったら、幼馴染に対して嫉妬が爆発して距離を取るだろう。ところが、薫は距離を取るどころか女子二人を含めた四人で出かけることを了承した。
(いや何でだ)
改めて順に整理しても、何で薫が出かけることを承諾したのか分からない。昨日悠希と朱里の件を肯定した段階で違和感を感じていたが、今日更に増した。眉間に皺を寄せて考え込んでいるのを気にせず山崎は続けた。
「今週の土曜日の朝十時に東駅前に集合、近くの映画館で映画見るってことになったから。見る作品は今相談中、鶴見君希望ある?」
(いや、急に言われてもこっちかまだ状況を飲み込めないんだよ)
とは言いたくないので今週公開すると言うミステリー映画のタイトルを挙げた。「あー例のやつね、東郷君が好きそうな」と山崎は一人で納得していた。そういえばミステリー好きな薫が選びそうなタイトルだったな、と思い返す。悠希もミステリーは好きなのでそれを見ることになっても一向に構わなかった。それよりも大事なことがある。
「…土曜日、俺絶対に行かないと」
「鶴見君が来ないなら行かないって断言してたよ、女子二人と出かけるのはちょっと…だって」
ちっ!逃げ道を塞がれた、と舌打ち(軽く)をした。
「こっちはさ、君の言うとおりに鶴見君も一緒に来るよって伝えて、OK貰ったんだよ。なのに今更無しです、はないんじゃない?」
悠希の態度に苛立った様子の山崎が睨みつけて来た。まあ約束を反故にしようとしたのはこっちが悪い。悪いとは思うけど、そもそも悠希が秋山の恋路に協力する義理も何もないのだ。勝手に押しかけて勝手に頼み事を押し付けて来たのはそっちだ。あまつさえ責められる謂れはないだろう、とぶちまけたくなったが、寸前でそれを飲み込んだ。
ここで感情のままに思っていることを吐き出したとしよう。言い争いでこの山崎に勝てる気がしないし、下手をしたら逆切れしたと騒ぎ立てられる危険もある。そうなれば「彼女」の朱里の評判にも関わってしまう。悠希自身がどんなことを言われようとどうでもいいが、朱里に迷惑をかけるのだけは嫌だった。だからこの場で文句を言わないのか山崎達のためでも自分のためでもない、朱里のためだ。
「…分かったよ、行くよ」
物凄く感じ悪く答えても山崎は気にする様子もなかった。本当に「付いて来れば」いいんだろう、まるで…。
「一応確認するけど『付いて来れば』良いんだろう」
「そうだけど」
「要するに薫を誘うための餌だろ」
「言い方悪いけど、まあそうだね」
否定はしないあたり山崎の性格が良く分かる。下手に言い繕う人間より付き合いやすいかもしれないけど。
「付いて行くだけだからな、秋山と薫の仲をアシストするだとかそんなこと期待するなよ、出来ないしやらないから」
きっぱりと何もしないと宣言するとそこで始めて山崎の表情が崩れた。恐らく引いている。
「…あーその辺は私が上手いことやるよ、けどこっちが話しかけたら最低限の受け答えはしてよね、ガン無視はマジで辞めて」
やっぱり失礼な奴であると再認識した。悠希も大概だが。
「そこまではしない、俺の事なんだと思って」
「今までは何とも思ってなかったけど、意外と性格悪いんだなって思ってる」
「そうか、ならそんな性格悪い奴の協力何て要らないんじゃないか」
「意外とじゃないね、普通に性格悪いね、何だろう由香の事もだけど鶴見君のことも心配になって来たよ」
「お気遣いどーも」
鼻で笑うと山崎も笑った、鼻じゃなくて顔全体で。そして目だけ笑ってない。あー、山崎も割とどうでもいい相手には猫を被らないタイプだな、と気づく。
「しかし、気まずい相手とあんま話したことない女子と出かけるとか、気を遣うってレベルじゃないな」
「それを本人の前で堂々と言える人間が気を遣おうと思っていたことに驚くよ」
とうとう遠慮と言う言葉を忘れたらしい。言いたいこと何でも言うようになっている。
「山崎は兎も角秋山は気を遣わないと何となく駄目そうだろ、下手なこと言ったら固まりそう」
秋山のことは良く知らないが山崎にある図太さの三分の一もないのは分かる。生まれたてのウサギみたいにプルプルしていたと記憶している。
「へ―あの子のこと良く見てるね」
感心したように呟く。
「いやよく見てなくても分かるだろあれは…けど薫は変に急かしたりしないからそこだけは安心していいぞ」
「仲良くないと言った割に東郷君の事褒めるじゃん」
「褒めてない、事実を言っただけ。アイツ外面いいけど内面が悪いってわけでもないから」
「やっぱ褒めて」
「褒めてない」
「そんな東郷君に鶴見君への連絡係を頼みました、土曜日の予定彼から聞いてね、じゃあ私部活だから」
「え、ちょっ」
最後にとんでもない爆弾を落として悠々と山崎は去って行き、一人困惑した悠希が取り残された。
****************
「…というわけで土曜日はクラスメートと薫と出かけることになりました」
「…」
その後、一緒に帰る約束をしていた朱里をカフェテラスに誘い、土曜日出かける件を一応伝えた。当然今まで友人と出かけることを一々朱里に伝えたことはない。今回は間接的に朱里が関わっていることと、女子と出かけると言うこともあり念のため伝えたのだ。朱里はアイスコーヒーを飲みながらポツリと呟いた。
「何がどうなったらそうなるんだ?」
「俺にも分からない」
悠希は首を横に振った。一応朱里を呼び出す前の薫とのやり取りは伝えなかった。薫も朱里にだけは知られたくないだろうし、ペラペラ他人に喋るほど悠希は屑ではないと自覚していたからだ。
朱里はストローをいじりながら心配そうに悠希を見つめる。
「私が言うことでもないけど、薫と出かけるの大丈夫か」
その大丈夫は悠希と薫の両方にかかっているんだろうな、と思った。振ってしまった薫の事も色々巻き込む形になった悠希の事も朱里の中では平等に心配しているのだ。朱里がどんな形で薫を振ったのかを知らない、が、朱里の性格上ハッキリと一縷の望みも残さずに振ったのだろう。小学生の時と同じように。薫は悠希には同情されたくないだろうから慰めたりはしない、ただ普段通りに振舞うように努めるしかない。
「大丈夫かは分からんけど、薫が良いって言ったんだから行くしかないんだよ…まあ俺は『餌』らしいから、『餌』らしく薫たちの邪魔しないように気を付けるよ」
「餌って、その山崎って子面白いな」
「面白いんじゃなくてずけずけ物を言うってだけ、中等部から知ってるけどあんな奴だとは思わなかった」
「クラスメートの人となりを知れて良かったじゃないか」
朱里は温かいまなざしを眼差しを向けてくる。これだと彼女じゃなくて姉である、フリだけど。朱里は直接言わないけど、悠希が人と関わろうとしないのを気にしていた。こんな形でもクラスメートと話すようになったことを喜んでいるのだ。
「それはそうだけど、小動物みたいな秋山と何で仲が良いのか不思議だよ、絶対何度か泣かせてそう」
「人のことを決めつけるのは良くないぞ…しかし男子が苦手そうな子も好きになるとは薫も中々やるな」
「アイツ外面完璧だからな、顔も良いし」
「お、悠希が薫を褒めてるの久しぶりに聞いたぞ」
「だから褒めて…まあいいや、兎に角女子と出かけるって伝えたかったんだよ」
話を占めると紅茶を一気に飲み喉を潤す。すると朱里は頬杖を付きこう切り出した。
「話終わった後で聞くのもあれだけどさ、何でわざわざ出かけること伝えたんだ、今までしたことなかっただろ」
「え、だって女子と出かけるし、学校の奴に見られて変に曲解して朱里に伝わっても面倒だし。それに、世間一般的に付き合っている相手に異性と出かけることを隠すとトラブルの元だって」
朱里は一瞬目を伏せると、困ったように笑った。
「いや、まあそうなんだろうけど私達本当に付き合ってるわけじゃなんだから、そこまで忠実にしなくても問題ないだろ、それに仮に本当に付き合ったとしても、一々異性と出かけることを伝えなくても気にしないぞ私は」
「あー確かに朱里はそれっぽい」
「因みに悠希は?」
「俺は隠されると気にするかもしれない、何か不安になる気がする」
「そうか、本当に付き合った相手にはそれ伝えて置けよ」
朱里は女々しいとも心が狭いとも言わず、サラッと流しただけだった。細かいことを気にしない、大雑把とも取れる朱里の性格はやはり心地良いものだと再認識した。
不安材料はあるけど、兎に角土曜日を無事乗り切ると心に決めた悠希だった。
*****************
そして金曜日の夜、悠希のメッセージアプリには薫からのメッセージがひっきりなしに届いていた。
「明日10時に東駅前集合、映画は11時からだから遅れるなよ」
「明日気温高くなるみたいだから帽子と体温調節出来る服装を忘れるな」
「あといつも持ってる薬も忘れるな、食べ過ぎるとすぐ腹壊すだろ」
「体調悪くなったらすぐに言え、ぶっ倒れて頭打つ方が危ないから」
と似たような内容が続いている。因みに朱里からも来ているが「帽子と水分補給を忘れるな」とだけ。薫は普段うんともすんとも言わない癖にこういう時だけやけにメッセージを送って来る。一応付き合い自体は長いので、悠希が体調不良になったり倒れた場面に何度も出くわしている。小学生の時、運動会の時熱中症で顔面から倒れて鼻血を出したことがある。それを知っているからこそ、こんなに心配しているんだろうけど…
「俺もう子供じゃないんだけど、父親かよ」
そもそも、実の父親に心配された記憶もないけれど。同い年の男に送る内容じゃないと思いながらも、薫の立場で悠希を心配出来るだけの余裕があるのは素直に尊敬した。




