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21話



聞きたいことを聞けて満足したのか2人は席へと戻って行った。飯島の口元が緩んでいるのを隣の中村が真顔で見ていることに気づいたが見なかったことにした。そして2人が戻ったタイミングを見計らったかのように外から朱里が戻った来た。


「悪い悪い、遅くなった」


「本当に遅い、こっちは色々と面倒なことになってたんだが」


不満げに呟くと、申し訳なさそうに眉を下げ、椅子に座った。


「いや、本当はすぐ戻るつもりだったんだが外からさっきの2人が悠希のところに来たのを見てな。クラスメート同士の会話邪魔しちゃ悪いと思って電話引き延ばしてた」


何だそれは。分かっていて戻らなかったということか。もしかしたら、2人に朱里との関係を聞かれ困っている悠希の事を外から眺めていたかもしれない。知っていたのなら助けてくれと思わなくもなかったが、一々朱里に助けて貰うのが良くないことも理解してた。比較的好意的な相手にすら上手く対応できなければこの先、朱里の「彼氏」としてやっていけないだろう。


しかし、交流の少なかった飯島達の人となりを少し知ることが出来たのは僥倖だった。今まで面倒臭がって同級生とは必要最小限の交流しかしてこなかったが、これを機にしてみるのもいいかもしれない、思うだけならタダだ。実際に行動に移すかは不明。


まだ残っていた水っぽいコーヒーで喉を潤しながら、あ、と大事なことを思い出したと言わんばかりに声を上げる。


「そういえば飯島、さっきのよく喋る方に朱里と本当のところどうなのか聞かれて、『付き合ってる』って答えたけど良かったか?」


「ああ、問題ない。どうせならそのまま言いふらしてくれると楽なんだが」


それは難しいだろう。何となくだが面白がって周囲に広める奴ではないと感じた。こちらから付き合ってることをアピールして、初めて「実は知ってた」と言い始めるタイプな気がする。


「…話した感じそれを期待しても無駄だと思う」


望み薄だと伝えると、言いふらしてくれた方が楽なのにと言ってた割に興味なさげに「そうか」と短く答えた。どうやら冗談で言ってたらしい。


「まあ元々こっちからアピールする予定だったし、他人任せは良くないよな…で、手っ取り早く『こいつら付き合ってる』と周囲に信じ込ませる方法って無い?」


前々から思っていたが手っ取り早く、効率が良い、と言葉のチョイスが一々時間に厳しい社会人を彷彿とさせる。ムードもクソも無い。フリ、なのだからそんなもの求めるのがお門違いではあるが。自分が朱里の事務的な態度にショックを受けているみたいでなんか嫌である。


今はそんな細かいことを気にしている場合では無いので頭の片隅に追いやる。周囲が信じ込むような行動…そんなもん聞かれてすぐ答えられないのだがそれは聞いた側も同じなので、必死に案を絞り出す。


ふと登校途中に見かけるカップルらしき人々を思い出す。そう、確か彼らは腕を組んだり手を繋いだり、とにかく暑くないんか?と尋ねたくなるほど密着するのだ。友人同士ではまず有り得ない距離感は見た人間の9割が「付き合っている」と認識する。


今頭に浮かんだ中で一番実現可能なのは…手を繋ぐ、である。が、悠希は異性と手を繋ぐ、と言う行為を出来るだけ避けている。そもそもそんな機会そうそう無いが。相手が家族同然の朱里とはいえやるには心の準備が必要だ。



何故かと言うと、トラウマとも呼べない出来事がきっかけだ。小学3年の頃、林間学校のイベントでフォークダンスがあった。その際組んだクラスメートの女子から


「鶴見くんの手、汗ひどーい。汚いから手繋ぎたくないんだけど」


わざと、周囲に聞こえるように吐き捨てられた。当時の悠希は今より人見知りが激しくクラスメートでも碌に話したことがないのは普通で、密かに緊張すると手に汗をかくことに悩んでいた。その女子はリーダー格で誰に対しても当たりが強かったが、特定の相手に分かりやすい悪意をぶつける性格ではなかった。だから、悠希は自分が大勢の前で汚いものを扱うかのような態度を取られるほど嫌われているとは思っていなかった。だからこそ真正面からぶつけられた悪意を前に、呆然とし何の反応を出来なかった。


後でわかることだが、当時悠希は母親を亡くして日が浅く憔悴しきっていた。まだ友人として交流があった薫は普段行動を共にする友人たちを差し置いて、今にも倒れそうな貧弱な幼馴染を優先していた。そう言う事情から、友人たちは何も言わなかったが、この女子は違った。理由はどうあれ「人気者」が「浮いている者」に構うことを良しとしなかったし、「浮いている者」がその好意を至極当然のものとして受け入れていることも気に食わなかったらしい。悠希に対して理不尽な怒りを抱いた結果、大勢の前で恥をかかせる、と言う子供特有の残酷な悲劇に繋がった。


悠希はこの出来事によって傷つきはしたが、その女子との関わりを徹底的に避けることで心のバランスを保った。「怖い相手」には関わらなければいい、と至極簡単な身を守るための術。それでどうにかなっていたし、この女子とはこれ以降同じクラスになることはなかった。風の噂で中学から別のところに行ったと知ったが、悠希にとっては既にどうでも良かった。



そう言った嫌な記憶があることから「手を繋ぐ」、それに準ずる行為に対して消極的なのだ。だが、やる、と言われればやる、今の悠希にとってはその程度のものになっていると自分に言い聞かせていた。


「手繋ぐとか?」


だから、何でも無いことのように提案できた。自分でもそう出来たと思ってた。


「お前、手触られるの苦手だろ、いいのか」


うまいこと装えていると思ってたのは悠希だけで、朱里には見透かされていたようだ。当然朱里は当時のことを知ってるので、悠希が嫌がるだろうと手を繋いだり触ったりといった行為は、どうしても避けられない場合を除きやったことがない。が、朱里や翔等一部の人間以外はそんなこと知らないので、特に女子に手を触られたりするとほんの一瞬、体が強張ってしまうことはあった。


「…何のこと」


「いや、悠希が手触られた時あからさまに強張るのに気付いてないと思ったのか」


逆に何で気づくんだと問い返したくなった。隣に座る幼馴染の些細な変化も見逃さない自己PRで使えそうな長所は、自分に対してではなくもっと別のことに生かすべきだと切実に思った。


もう誤魔化すのも難しいと悟ったので、正直に言った。


「まあ、正直未だに苦手意識あるけど朱里なら大丈夫」


「無理するな」


「いや無理じゃ無いって手繋ぐくらい」


「他にも方法あるはずだからそっちの方が」


「だから大丈夫だって!」


こちらを気遣ってくれるのは分かるが、悠希が大丈夫と言っているのに食い下がられるのは少し鬱陶しい。だから、勢いに任せて悠希は左手で膝の上に置かれていた朱里の右手を掴み、グイとテーブルのより上に引っ張り上げるとぎゅっと握り締めた。


「ほら、全く問題ないだろ」


と言いながら悠希は自分のやっていることに気づいた。異性の手を無理やり掴み、見せつけるように離さないとばかりに握りしめる。しかも店の中で。ギギギ、と壊れたロボットのようにぎこちなく店内を見渡すと、予想通り少ないながらも店内にいた客はこちらを凝視していた。先ほど別れたばかりの飯島、中村も例外ではない。飯島は勢いよく立ち上がり何か言おうと口を開いた途端、後に続いて立ち上がった中村にまた口を塞がれ無理やり座らされていたが。あそこはさっきから何をやっているんだろうか。

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