表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/31

20話





顧問の都合で朝練が早く切り上げられたとかで暇になったからワックに来た、と話す2人は朱里と一言二言話すと満足したらしく会釈をして注文カウンターへ向かった。控えめな微笑みを浮かべつつ2人を見送った朱里は、もう仕事は済んだとばかりにスン、と元の無表情に戻る。いつもながら落差に少しびっくりする。今では想像できないが出会った当初は誰に対してもニコニコと愛想よく振舞っていたのだ。しかし、いつからか愛想笑いが面倒くさいと気を許した相手の前では表情筋を動かしたくない、と基本無表情でいることが多い。あれ、いつからだったか…。


「彼ら、いい人そうじゃないか。いっそ本当に友人になってみたらどうだ」


「珍しいな、いつもそんなこと言わないのに」


「悪意は感じないからな、()()()()()


後半、微妙に声が低くなっているのは気のせいではない。以前悠希の友人だと嘘を吐いて朱里とお近づきになろうと画策した同級生達を思い出す。確か彼らはあれ以来悠希の顔を見るなり怯えた様にその場から立ち去ってしまうのだ。本当にこの幼馴染は何を言ったのか、知りたくないと言えば嘘になるがやはり怖い。飯島と中村は単純に朱里と会話が出来たことを喜んでいただけで、仲良くなりたいという下心が一切なかったため朱里も何もしなかった。あの2人が単純で良かったと心底思う。


ちなみにその同級生達、悠希に対し朱里に自分たちを友人として紹介しろとと脅迫、もといお願いに来ていた。当然断ったが案の定逆上、一発喰らいそうになった。そんなことをしたら絶対悠希が言うことを聞かないということを予想できなかったのか、その足で朱里の元へ向かい「俺たち悠希の友人で、西条先輩のこといつも聞いてて~」とペラペラ聞いてもないのにラジオパーソナリティーのように一方的に喋っていたそうだ。


何で嘘だと分かったのかと後で聞くと曰く笑顔と喋り方が嘘くさかった、とのこと。それをお前が言うか、と内心突っ込んだのは秘密だ。


物思いにふけっていると急に朱里が立ち上がる。手には刺繍の施されたポーチとスマホ。


「ちょっとトイレ、その後電話しに外出る」


そうしてその場には悠希が一人残された。コーヒーの入ったコップを手に取り、ストローを口に咥える。氷が解け少し薄くなったコーヒーの苦みが口の中に広がる。右ひじを着きボーっとしていると「鶴見」と頭上から声をかけられる。ストローを加えたまま見上げると飯島と中村が立っていた。朱里が席を立った隙を狙ってきたのか、一体何の用だろう。もしや朝から朱里と朝食を取っていることに対する僻みだろうか、と内心うんざりしながら目を細める。しかし、2人の表情からは()()()()()連中から感じる悪意は感じられない。そして2人の悠希を見る眼差し…何だこれ。男子からは向けられたことがない類のものでどういったものか、今一ピンとこなかった。が、その後の飯島の言葉でその理由が分かる。


「前から思ってたんだけど、鶴見って西条先輩といっつも一緒に居て緊張しないし周りから何か言われても平然としてるし、スゲーな。俺なら無理、なあ」


と横に立っている中村に問いかける。良く喋る飯島と対照的に「ああ」と中村は短く答えただけだ。用があるのは飯島だけで中村は付いてきただけだというのか今のやり取りで何となく分かった。それはそれとして、さっきの悠希を見る2人を見る眼差しの意味にやっと合点がいった。尊敬の眼差しだ、飯島の言葉で分かった。そう言ったことを言う奴は今までもいたが殆ど冗談交じり、冷やかしめいたものばかりだった。「あんな完璧な幼馴染が側にいて良く平気だな、ただでさえ普通より劣っているのに」という悠希を見下している心の声が透けて見えていた。が、事実なので怒ったり傷ついたりということも今ではない。幼馴染という間柄でも悠希と朱里の仲が良いことを快く思わない人間が今も昔も一定数居るのだ。


しかし、飯島の言葉にはそう言った悪意は感じられない。本当に、完璧超人の西条朱里の幼馴染として何年も共にいる悠希を称賛こそすれ、貶めたり見下そうという意思は感じられない。こういう反応は珍しいので悠希は暫しポカンとする。


「…何年も一緒にいると慣れる」


小さく呟くとすぐさま「いやいや」と食い気味に返される。


「一年の男子の間で西条先輩が何て呼ばれてるか知ってるか?」


「知らない」


氷姫(こおりひめ)


「…悪口か」


わざと声を低く問いかけると慌てて飯島は否定する。


「悪い意味じゃない。どんなイケメンに告られようとも絶対靡かない、凛とした美しさ。普段の冷たい美貌の中に垣間見える優しさ。けど、俺らとは住む世界が違うっていうか近寄りがたい雰囲気。そうしていつしか西条先輩に付いた二つ名が氷姫」


ふん、と何故だが誇らしげな飯島を暫し見つめる。横の中村は何だか居た堪れない様子で黙りこくったままだ。恐らく悠希と同じことを思っているだろう。


「飯島、言ってて恥ずかしくないのか」


「少し」


やっぱり恥ずかしいのか。凛とした美しさだ冷たい美貌だ、真顔で言う言葉ではない。しかもそう評されているのが幼馴染ときている。聞いてて全身がむず痒くなって仕方ない、早く終わらないかなと内心願っていた。


しかし、並べられた言葉が大げさなことを置いておけば『氷姫』という名前は言い得て妙だ。芸能界に片足突っ込んでいるモデルだろうが大学生だろうが全員一縷の望みも残さずバッサリ切り捨てる、表情が乏しいし言葉遣いもぶっきらぼうだが実際接した人間全員が「優しい」と口をそろえるし、身も蓋もない言い方をすれば金持ちで美人。美しいが素っ気ない、近寄りがたいという意味では二つ名はその通りだとも言える。が、「氷」と付くとどうしても冷たい人間だというマイナスなイメージが先行してしまうのはいただけない。飯島の言い方だと一年男子全体に広がっていそうだが悠希の耳には入っていない。


悠希の交友関係が狭すぎるせいで噂話も入ってこない、という悲しい理由が一番に浮かぶがそれでも翔や薫から伝わるだろう。特に薫が聞いたら機嫌が悪くなるのが容易に想像できる。何せ朱里至上主義の見た目美形中身中学生男子だ。「氷姫」を受け入れるとは思えない。そうするとごく一部の男子の間でのみ広まっていると見た方がいい。それも結構な朱里のファンの間で、言わずもがな飯島もその仲間とみている。散々褒め称えておいて「何とも思っていない」は通じない。


悠希にとって飯島が朱里に好意を抱いているかは重要ではないので特に突っ込まない。悪意を持たれるよりマシだからだ。以前似たような相手を前にした時も追及はしなかった。今回もしない、藪から蛇が出てきても困る。


「朱里が知ったら恥ずかしがりそうだな」


「西条先輩恥ずかしがったりするのか」


心底不思議そうに訊ねられ、あれ、こいつ朱里のファンじゃないのではと錯覚しそうになる。朱里の事を何だと思っているのか。


「人並みに恥じらう心は持ってるぞ、多分」


「多分かよ」


「…実際西条先輩って良く分からないというか、浮世離れしてないか。モテるけど誰にも興味なさそうって言うか、東郷もあっさり振ったし」


今まで黙っていた中村が自然に会話に混ざる。お前喋るのか、と失礼極まりないことを思った。飯島は中村の言葉にうんうん、と頷く。


「東郷、顔だけでも学校一レベルなのに頭も良くて運動もできる。おまけに家がアレだろ、俺、親に東郷の機嫌は損ねるなって口酸っぱく言われるぜ」


「けど東郷も振るってことは西条先輩、顔は重視してないんじゃない?」


そして2人の視線は…悠希に注がれる。


「おい、このタイミングでこっち見るな、喧嘩売ってるのか」


「違う違う、鶴見ってイケメンというより中性的っていうか美少年の感じじゃん。東郷とかとはタイプ違うけど美形の部類だろ、地味だけど」


「やっぱ喧嘩売ってるじゃねーか」


褒めてるのか貶しているのか分からない。地味で悪かったな。一応今年で4年目の付き合いだが飯島が結構失礼な奴だと初めて知った。これも人づきあいを面倒くさがっていたツケだ、仕方がない。


すると急に飯島が真剣な顔付きになる。何だ、さっきまで失礼な言葉を息を吸うように吐いていた癖に、と身構える。


「多分鶴見怒ると思うけど聞いていいか」


「怒ると思うなら聞かなきゃいいだろ」


この時点で飯島の聞きたい事が何なのか見当がついている。普段の悠希なら不機嫌さを隠そうともしないが、何となくだが飯島は悪い奴ではなさそう。失礼だが言わなくても良いことをわざわざ伝える正直なところは悪くないと感じていた。上辺だけ取り繕って心にもない言葉を吐く人間より何倍もマシだと思っている。


「実際、先輩と鶴見ってどうなんだ」


予想通りの質問。昨日までの悠希なら「ただの幼馴染」と答えていた。しかし、今の悠希と朱里は恋人関係(仮)なのでいつもの返答は使えない。朱里自身の目的が寄ってくる男避けなので体外的には付き合っていると喧伝しなければいけないのだが、当事者の朱里が席を外している時に悠希の判断で2人に言ってしまってもいいのか、と躊躇う。


そうこう悩む間も2人は悠希の返答を待っている。特に飯島はジーッとこっちを見てる、食い入るように。一方中村は大して興味が無さそうにしており、何か友人が前のめりで知りたがってるからノリで合わせてる、という雰囲気を醸し出している。温度差が結構ある2人である、何で仲が良いのか疑問だ。


別のことを考えても時間は止まってくれない。何も言わずに黙っていても状況は変わらないし、後日付き合っている、と周囲に報告しても「あの時聞いた時様子変だったよな、怪しい」と不審がられても困る。もう既に目を合わせず無言を貫いているのだからとっくに不審に思われているだろうか。


そういえば結構時間が経つが朱里が戻ってくる気配がない。確かトイレの後電話をしてくると言い残していたな、とチラッと店の外の様子を窺おうとする。この位置からだと外の様子を確認するのが困難だ。戻ってこないということはまだ電話中なのか。つまり頼みの綱は当てにならない、自分でどうにかしなければいけないということ。


(…よし)


悠希は小さく嘆息すると、やっと口を開く。


「付き合ってる、昨日から」


飯島と中村が目を見開き、その後困惑の表情を浮かべる。恐らくいつもの「ただの幼馴染」という定番の返答を予想していたのだろう。それが突然の交際宣言、驚くのも無理はない。悠希はというと口に出して「付き合ってる」と言うのが(多分)人生初なので、気恥ずかしさから再び身体がむず痒かなり始めていた。耳に熱が篭っているのが分かり、フリの交際宣言でこの有様なら本当に誰かと付き合ったことを報告する時は一体どうなってしまうのか。誰かと付き合えたらの話だけど。


この場にいる全員がどう切り出すべきか、言いあぐねており沈黙の時間が続いた。それを破ったのはやはり飯島だ。



「…それは周囲に隠してイチャイチャして楽しみたいと言う方の『付き合う』か、自分達付き合い始めたと周囲に見せつけたい方の『付き合う』のどっちの意味?」


一番聞きたいことがそれか、と呆れそうになった悠希は口に出そうになるのをグッと堪える。一々突っ込むのも面倒だ。


「後者の方」


嘘は言っていない、当初の朱里の目的ためには周囲に付き合ってるとアピールしなければいけないから。


(よっしゃー幼馴染カップル爆誕これでまた妄想グフっ⁉︎)


何故か中村が飯島の背後に周り口を塞ぎ始めた。そして飯島が小声で何やら呟いていた気がするがよく聞こえなかった。


「中村、急にどうした」


「ちょっと飯島の持病の発作が出て、その対処」


「え、大丈夫なのか。何ならいい病院紹介」


「暫く口塞げば治まるから、本当に大丈夫気にするな」


口を塞げば発作が治まると言う病気は何だろうか、悠希は素人だからどんな病気か判断するのは無理だ。心配だがしきりに中村が大丈夫だと繰り返すので、悠希もそれ以上聞くのは辞めることにした。自分の口を塞いでいた中村の手を強引に剥がした飯島は、何故か居心地が悪そうで中村は呆れたような視線を飯島に向けている。とても発作を起こした人間とその対処をした人間の空気感ではない、と感じたが何やら嫌な予感がしたのでそれについては触れない。


「…急にすまん…それはそれとしておめでとう。俺達は応援するよ」


「ありがとう飯島…何でさっきから口を抑えているんだ?」


碌に話したことがない相手の交際を応援してくれるなんて、いい奴だなと感心していたが、さっきから飯島が右手で口全体を覆っているのが気になって仕方がない。聞き取りづらいし。


「いや、これはニヤついているのをバレな」


「飯島の癖、だから気にするな」


飯島の言葉を遮り中村が会話に入ってくる。気にするなと言われても、こんな癖のやつ見たことがない。気になってしまうのか仕方ないはずだ。しかし。


「…分かった」


これ以上この話題を続けるのも時間の無駄だと察したため、この辺りで引き下がった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ