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18話



ピンポーン、次の日の朝インターホンが鳴った。普段なら家政婦の山田さんが対応するところだが今は手が離せない。祖母は手が空いていると思うが今家のどこにいるのか悠希には分からない。だから丁度トイレから出て来たばかりで、音を聞いた悠希が対応することにした。スリッパを履いた足で廊下を心なしか早歩きで玄関に向かい、無駄に広い玄関に置かれたサンダルに履き替える。引き戸の横に設置されているインターホンのカメラに映っている来訪者は、予想通りの人物だった。軽くため息を吐いた悠希は鍵を開け、引き戸を開く。そこに立っているのは制服姿の朱里であった。


「おはよう悠希」


「…おはよう」


「まだ寝てたのか」


「まだ7時だからな」


そう、今の時刻は朝7時ちょっと過ぎ。悠希はまだパジャマだし何ならさっきトイレに行くために起きたばかりだ。今山田さんが朝食の準備をしているところである。悠希は基本ギリギリまで寝ていたいタイプだ。高校は電車で10分、駅から歩いて5分くらいで着くので8時少し前に家を出ればギリギリ間に合う。最も朱里は普段から余裕を持って家を出ているため悠希より早くに学校に着いている。なので普段一緒に登校することはあまりない。なのに何故か今日はこんな時間に、何の連絡も寄こさずに悠希を迎えに来ている。悠希は半開きの目で対照的にシャキッとしている朱里をジーと見ながら、寝起きでよく働かない頭で考えた。朱里が来た目的を。


(もしかして『彼氏』と一緒に登校してみたかったとか)


今まで一緒に登校したことはあるがそれは『幼馴染』としてだ。振りとはいえ『彼氏』と一緒に登校したいというまるで女子のような願望を抱いていたというのか、以前雑誌のモデルをやっているという男子からの誘いを「ケーキバイキング行くから」という理由で断った色気より食い気の朱里が。


そうだと決まったわけではないのに、もうそれが真実だと思い込んでしまった悠希は朱里が良い意味で変わったと、心の中がじんわりと温かくなった。こう言っては何だが見た目以外ドンドン勇ましくなる朱里のことを悠希は多少心配していたのだ。今は男らしい、女らしいだとか気にする時代ではないとしても、だ。なので朱里がそういう如何にも女子っぽいことを考えるようになったことに対し安心していた。


勝手に納得して勝手に満足していた悠希は一応訊ねる。


「こんな朝早くからどうしたんだよ」


悠希は「彼氏と登校してみたくて」という朱里の返答を期待していた。


「今日からワックに新商品が追加されるだろ、一人で行っても良かったんだけど悠希も朝ワック好きだし行くかと思って」


悠希は肩を落とした。朱里はいつも悠希の予想を裏切るのだ、今回も色気より食い気だった、それだけの話だ。朱里はお嬢様育ちの癖に、いやだからなのかジャンクフードが割と好きだ。月に一度は食べている。しかも新商品が出たら発売日当日に食べないと気が済まないのだ。今回の新商品は朝にしか提供されないという海老アボカドマフィン。正直アボカドにそれほど関心があるわけではないので自分から食おうとは思っていなかった。しかし、今はそれは一旦置いておく。


(やっぱりそっちかよ)


悠希は思いのほか落胆している自分にやや驚いていた。まさか『彼女』と一緒に登校したかったのは自分の方だったのでは、という可能性に気づき、いやいやいや、と頭に浮かんだ考えを振り払う。自分がそんな浮かれた男子高校生みたいなことを考えるわけがない、と。


気持ちを切り替えて悠希は半開きの目を無理やり開く。


「それならそれで事前に連絡してほしいんだが」


「平日だと絶対悠希断るだろう。それなら()()()()()()()()かなって」


その通り、悠希は平日の朝早起きして外で朝食を取るなんてしない。勉強熱心な学生は早起きして外で朝食を取りつつ勉強するかもしれないが、生憎悠希は勉強熱心ではない。朱里もそういうタイプではない、完全にワックの新メニューを休日まで待てずに来た、ただそれだけだ。


確かに高校の近くにワックはあるが今から着替えて準備するのも面倒だし、山田さんが朝食の準備を始めている。そうだそれを理由に断ろう、わざわざ来てもらって申し訳ないが連絡もなしに来た朱里にも責はある。何なら一緒に朝食をうちで取っても良い、一人分追加させるのは申し訳ないが後で謝っておこう。

口を開こうとしたその時。


「朝食のことは心配なさらずに、奥様と私が食べておきますので」


背後からのんびりとした声がかけられる。振り向くとエプロンを付けた温厚そうな中年女性、山田さんがいつの間にか立っていた。いつものことだが気配を感じないのだ、朱里は山田さんが近づいていたのを気づいていたはずだがわざと黙っていたのだろう。


山田さんは昔祖母の会社でバリバリ働いていた優秀な社員だったらしいが、会社勤めに飽きた、と突然言い出しこの家の家政婦になったと言う見かけによらずファンキーな人だ。しかし祖母が優秀と言うだけあって掃除、洗濯、料理、果ては高校生の勉強ですらこなすのだから恐ろしい。その気になればどこにでも再就職できただろうに、悠希が生まれる前からこの家のことを色々こなしてくれている。


そして、そんな山田さんには厄介な点がある、それは「祖母の命令は何があっても遂行する」ということだ。例えそれが悠希の意思に反することでも、まるで母親のように。


「奥様からおおせつかっております。坊ちゃんに来客が見えた場合食事中だろうが自分が寝込んでいようが、どんな状況であろうと本人が嫌がっても送り出せ、と。ですので坊ちゃん、すぐに朱里様と出かける準備を」


「いや、ばあちゃんが寝込んでる時はダメだろ」


当然悠希のツッコミはスルーされる。あの祖母は悠希がコミュ障一歩手前の人見知りかつ、面倒臭さがりやで休日は朱里や友人が誘わない限り家から出ないことを心配している。だからこそあんな理不尽な命令を山田さんに伝え、何がなんでも悠希をインドアからアウトドアに変更させようととしているのだ。


正直面倒くさいという思いの方が、わざわざ来てもらった朱里に申し訳ない、という思いを上回ったのでどうにか出かける方向から逃れようと、玄関から遥か一直線先のキッチンに目を向けた。


「最初に申し上げておきますが、奥様が既に坊ちゃんの分の朝食を召し上がってしまいました。ですので坊ちゃんの分はありません、どうぞ朱里様とお出かけくださいませ」


悠希は奥歯を噛んだ。先を越されてしまった、あの祖母は悠希の考えていることなんてお見通しだ。強引に朱里を我が家の朝食に誘ってしまえば出かけなくて済む、という悠希の策ともいえない稚拙なものは。というか祖母は年齢に合わず大食漢だ、この短時間で一人前を食べたというのか、人間なのか疑わしい。


とは言えこれで断る理由がなくなってしまった。仕方ない、と行くしかないか、と腹を括る。


「…準備するから待ってて」


それだけ伝えると2階の自室へと戻ろうと踵を返す。朱里は祖母の意向を知っている、直接祖母が伝えたはずだ。連絡なしで直接家に来て、祖母か山田さんがいれば悠希は出かけざるを得ない。だから度々連絡なしで訪ねることはあった。


最も朱里は悠希が引きこもりがちなことに関してとやかく言ったことはない。ただ単に行きたいところがあるから、遊び相手が欲しいから、という理由で誘って来ているのだろう、そういう奴である。そんな朱里は涼しげな顔をしている。


戻る際山田さんの横を通る。すれ違い様に小さく、しかし悠希にだけ聞こえる声量で告げた。


「…差し出がましいことを申し上げるようですが、曖昧な関係はあまり長続きさせない方が宜しいかと」


悠希は反射的に山田さんの方を見る。もうそこにはニコニコとした笑みを浮かべた人の良さそうな女性がいるだけだった。今さっきの言葉とやけに固い表情と声色は何だったのか、言葉の意味が良くわからなかった悠希は首を傾げるが、朱里を待たせるのもいけないので早足で自室へと戻った。


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