表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/31

17話




悠希は朱里の言葉に頷いていた。全く持ってその通りだと思っていたからだ。


「ええと、じゃあこれからの方向性としては…」


「現状維持」


あっさりと言う朱里に対し、悠希は今まで悩んだ時間は何だったのだ、と急に体が重くなる。項垂れる悠希に朱里が気遣うように声をかける。


「まあ、こっちとしては悠希の手を煩わせる必要がないって分かったから気が楽だ。取り敢えず『付き合うことになった』って言って、あとは周りの反応を見て決めるか」


悠希は肯定の意味を込めて深く頷いた。悠希の意思を確認した朱里は徐に立ち上がり悠希を見下ろす。


「じゃあ帰るか」


そう言われた悠希は自分の腕時計で時間を確認した。夜の9時過ぎ、ここに朱里が来てから30分も経っていないようだった。流石に戻らなければ朱里の両親も、祖母も心配するだろう。


「送る」


朱里は一瞬迷ったように視線を彷徨わせたが、こういう時の悠希が決して引かないことを分かっていたので「じゃあ頼む」と短く答え、悠希が準備を終えるのを待って歩き出した。




この時間に朱里と2人だけで外を歩いているのは珍しかった。普通なら夜遅くに同年代の異性と出歩くなんて悠希ならば緊張してしまう場面だ。だがそこは相手が朱里、緊張のきの字も出てこない。他のクラスメートからすると朱里と一緒に居て平然としている悠希のメンタルはどうなっているんだ、ということらしい。そこはやはり「慣れ」としか言いようがない。とんでもない美少女が相手だろうが10年近く一緒に過ごしていたら慣れてしまうものだ。


特に話すこともせずのんびりと帰路についていた時、悠希はふと訊ねた。


「そういえば、『フリ』だってこと誰にも言わない方がいいんだろ」


いくら普段から付き合っている恋人同士のようなことをしているとはいえ、フリはフリだ。言わなければバレないことをわざわざ言う必要もない。すると朱里は小さく首を振った。


「仲が良い奴には言ってもいいんじゃないか、高橋くんと白木さんはべらべら風潮したりしないだろうし」


朱里は翔と奈々の事をやけに信用しているらしい。朱里は同性の友人や付き合いの長い相手以外にはやけに淡白だが、優しく接する数少ない例外が「悠希の友人」である。以前朱里に近づこうとして特に話したこともないクラスメートの男子が「悠希の友人」だと嘘を吐いたことがある。当然朱里はすぐにそれを見破り、その男子たちは顔面を蒼白にして教室に戻って来た。本人たちは怯え切って何があったか教えてくれないし、朱里もそれとなく聞き出そうとすると笑って有耶無耶にしてしまうため、結局聞けなかった。それ以来悠希の友人を騙ることは男子の間で御法度とされたらしい。何をしたのだろうか。怖くて聞けないが。


「フーン、分かった」


話していいと言われたが、付き合っている、と周りに喧伝して驚かせた後で種明かしの要領で教えた方が面白そうだ、と内心ほくそ笑んでいた。何故だが悠希と朱里が付き合うことを望んでいる翔はただの「フリ」だと知ったらぬか喜びさせそうで多少胸が痛む。しかし、フリはフリなのだから納得してもらうしかない。別に納得してもらいたいわけではないが。


「悠希は何か私にして欲しいことないのか」


「え?」


別の事を考えていた時に突然問いかけられたため、気の抜けた返事をしてしまった。朱里の質問の意図が分からず、首を傾げる。


「私の彼氏のフリなんて、多分迷惑かけると思う。だから代わりと言っては何だけどして欲しいことがあったら何でも言ってくれ」


いつにも無く殊勝な態度の朱里に失礼だと思うが目を疑った。いや、決して普段の朱里が傲慢だとかそういうわけではない。朱里は普段一々「して欲しいことはあるか」なんてわざわざ聞かない。こちらの意見なんて聞かずに、というか恐ろしいほど察しが良いため言わずともこっちの希望を汲み取り、先回りしてこなしてしまうのだ。本人曰くその力は一部の相手にしか機能しないらしい。言わずもがな悠希はその一部に入っている。


朱里の事なので悠希の頼み事は予想が付いている、いや既に伝えているから見当はついているはず。にもかかわらずわざわざ聞くと言うことはいやでも悠希の口から言わせたいのか。朱里の考えは分からないが聞いてくれると言うのなら渋る必要もない。


「…じゃあ前も言ったけど、俺もう高1だし身の回りのことは自分でできる。だから今までみたいに俺に構う時間があったら自分に使って欲しい、恋人のフリなんて学校にいる時限定だろ。じゃあ普段は別にベタベタする必要もないよな」


以前言った際はにべもなく、話す余地も殆ど与えられず拒否されてしまった。薫からも諦めろと言われたほどだ。だが、当の本人が「何でも」「悠希の世話を焼くなという頼み以外」と条件を何も足していない。つまり言葉通り「何でも聞く」という意味で悠希は解釈していた。以前は恋人のフリを持ち掛けられたことで有耶無耶にされてしまったが、悠希は諦めていなかったし譲れなかった。正直ダメもとであり、恐る恐る朱里の様子を窺うと


「分かった」


この間の断固拒否の姿勢は夢だったのか、と拍子抜けするほど朱里はあっさりと頼みを聞いてくれた。「買い物行ってくれない」「いいよ」という日常会話並みに軽いものだった。悠希は一瞬自分の耳を疑ったが、間違いなく朱里は「分かった」と言った。つまり朱里は悠希の世話を焼くことを控える、と言ったのだ。悠希はかねてからの自分の希望が叶い、嬉しいという気持ちでいっぱいのはずだ。そのはずだったのだが。


(……?)


何故だが胸の辺りがモヤモヤしてた。自分でも理由が分からない、ただ何かが引っ掛かっているような不快感が広がっていた。


(…不整脈か、嫌だな、先生に相談するか)


別の意味で不安が心の中を占めていた悠希は、もう一つ大事なことをすっかり忘れていたのだが、それに気づくのはもう少し経ってからである。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ