13話
「薫の事、アレな奴だと薄々気づいていたけどこればっかりは本当に理解できないわ。お前今までの俺への態度を忘れたのか。俺に嫉妬する程なのに朱里と恋人のフリするのは嫌じゃないって、発言が矛盾してるだろ」
感じたこと全てを吐き出すかの勢いで捲し立てる。それを受けても薫は悠希の態度が理解できないとばかりに首をかしげる。首をかしげたいのはこっちの方である。これに関しては悠希の感じたことの方が正常のはずだ。
「…あー、確かに」
暫くして悠希の言い分に一応納得の姿勢を見せる薫。自分が思う程に薫との価値観にズレが生じていないことにホッとした。
「確かに朱里の事、子供の頃から好きだけど、向こうが絶対俺の事好きにならないの分かり切ってるし」
「いやそんなの分からない」
「絶対ないんだよ」
話の途中で口を挟むとこちらが押される程の気迫で否定された。今は弟としか見られてなくても、近い将来、いや10年くらい経ったあとでなら恋愛対象として見てくれる可能性があるのでは、と思ったが薫が余りに力強く否定するのでそれ以上何も言えなくなった。薫の中では朱里が自分の事を好きにならない確固たる根拠があるのだろう。それなら尚更、絶対振り向いてくれない相手を好きで居続けることがどれほどつらいことなのか、初恋もまだな悠希にも分かる。
「だから朱里が誰かと付き合うとしてもどっかの知らない男だと、多分嫉妬で耐えられないけど悠希が相手なら、昔から知ってるし二人の仲の良さも知ってるから受け入れられると思う、というか悠希以外だと無理」
「お、おう…」
軽く引きながら薫の言い分に耳を傾ける。正直なところ理解できたわけではないが、最近読んだ漫画に出て来た、好きなアイドルと好きな女優を勝手にくっつけ、その相手以外と結ばれることは絶対認めない、という過激派のキャラに似ている、と思った。現実でも学校で人気の美男美女を勝手にくっつけ、片方が違う相手と付き合ったら、「釣り合っていない」「〇〇とのほうがお似合いだったのに」と本人たちの意思は関係なく自分達の理想を押し付ける人間は存在するだろう。薫の場合、そこまでの押しつけがましさは感じない。そこまで感じないだけで、普通にプレッシャーを感じてはいるが。というかこの表現が合っているのか怪しい。
薫の言い分では朱里が悠希以外の相手と付き合うことが耐えられない、とのことだがそれだと悠希が朱里以外の相手と付き合うのも駄目ということにならないだろうか。
「仮に、朱里と俺がそれぞれ違う相手と付き合って結婚までいったらどうするんだよ、まさか相手に危害を加えるなんてイカれたことしないだろ」
冗談のつもりで、軽い調子で訊ねるとその瞬間薫の目に仄暗い闇が垣間見えた。え、と声にならない声が漏れ、背中に怖気が走る。直感だが触れたらヤバい類の人間の気配がした。
「…嫌だな、そんなことするわけないだろう」
仄暗い目のまま告げる。変な間があったし、そんな死んだ目のまま言われても説得力がない。流石に冗談だと思いたいが、付き合い10年を超えて幼馴染の闇を垣間見てしまったことに動揺を隠せない。そもそも自分に絶対振り向いてくれない相手が特定の相手以外と付き合うことが我慢できない、と思うこと自体がまともとは言い難い。どういう経緯でそうなったのか懇切丁寧に説明してほしい気持ちもあるが、これ以上薫の闇を深堀するのもシンプルに嫌である。朱里への報われない思いを抱え続けたせいでどこか歪んでしまったのだろうか。だとしたら悠希にも責任の一端があるともいえる。仮に朱里と悠希が出会うことがなく、薫が一番距離の近い幼馴染だったとしたら、どうなっていたのか。
そんなタラレバ話をしても意味はないが。
この話はこれで終わりにしたい悠希の気持ちを無視し、薫は話を続ける。
「あーけど、朱里より好きになれる相手が出来なかったら一生独身のまま朱里と悠希の行く末見守るのも」
「重い重い重い」
平坦なトーンでとんでもないことを繰り出すその口を塞ぎたい衝動に駆られるが、そんなことをしても腕力の差で返り討ちにされるのは目に見えているので何もしない。自分がやばいことを言っている自覚はあるのだろうか。相変わらず目に光が灯っていないが表情自体は涼し気だ。これは自覚がないやつだな、と悟る。
高校一年生にして誰とも結婚せずに生涯を終える覚悟を決めているのも、朱里と悠希がくっつくのが確定でその行く末を見守りたいというのも重い。重すぎる。朱里と悠希の意見は考慮されていないというのも見過ごせない。結婚するしないは個人の自由だし、悠希が口を挟むことではないのは重々承知しているが朱里以上に好きになれる相手が現れなかったら、このイケメンが一生独り身だというのは何だか勿体無いと思ってしまう。薫からしたら本当に大きなお世話だろうけれど。
これ以上この話題を続けるのは色んな意味でよろしくないと判断した。だから強引にでも話題を変えることにする。
「…そういえば朱里と離れるの諦めろってさっき言ってたけどどういう意味だよ」
自分でも強引且つあからさまな話題変換だとは思ったが、薫は特に突っ込むことはなかった。話題が変わると同時に徐々に目に光りが戻ってきた。こういう切り替えの早さも恐怖を倍増させた。背筋が再び薄ら寒くなる。
「逆に聞くけど、何でそんなに朱里と離れたいんだよ。鬱陶しいのk」
「それはない」
食い入るように否定した。それを受けて何故か薫は嬉しそうに口角を上げる。その様子からも薫が冗談でわざと訊ねたことは明白だった。悠希が朱里を鬱陶しいと感じることなんて絶対あり得ないと薫も分かっているだろうに、さっきの仕返しだろうか。ここで突っかかると話が進まないので気にせず続ける。
「前にも言ったけど、ただの幼馴染にしては距離がおかしいんだよ不健全だし。このままだと朱里に依存しそうで怖いから、そうなる前に早く離れようと」
薫は真剣な顔で悠希の話を聞いている。さっきまでもイカれた様は完全に鳴りを潜めており、多重人格を疑う。話を聞いてくれる相手にこんなことを思う時点で悠希も大概である。
「ずっと見て来た俺が言うけどさ、二人の距離感幼馴染として見るんなら普通だと思うぞ」
ずっと見て来た、という部分に引っ掛かりを覚えるが今はスルーする。
「まあ多少?ほんの少し?構いすぎな気がしないでもないけど」
「やっぱ構いすぎだと思ってんのか」
「まあ黙って聞けよ…前から思ってたけど悠希が朱里から離れたい理由、距離感がおかしい、依存しそうだから、だけじゃないだろ」
突然問いかけられ動揺を顔に出さないようにするので精一杯だった。悠希は動揺すると顔に出るタイプである。故に
「図星か。当ててやろうか、高校生にもなって幼馴染に世話焼かれている自分が惨めだから、とか」
言い当てられ目を見開く。薫は分かりやすく動揺した悠希を一瞥すると納得したように目を細める。
「やっぱりか、そんなことだろうと思ったぞ。お前昔から自己肯定感ひっくいからな。恵まれてるんだから自信持てばいいのに、って俺に言われたくないか」
乾いた笑い声を薫を前に何も言い返せない悠希は気まずそうに目を逸らす。悠希が薫にコンプレックスを抱いていることも勘付いているのだろう。だが、そんな悠希のことは気にせずに話を続けた。
「変に理由付けないで、そのまま朱里に伝えればいいだろ。そこまで言われたらクソ頑固な朱里もお前の気持ちを尊重して、構わなくなると思うぞ」
悠希は目を逸らしたまま黙りこくってしまう。その様子を見続けた薫は微かに眉をひそめる。
「そう言わずに、迷惑かけたくないだ、距離感がおかしいからだとかもっともらしい理由付けて誤魔化してるのは本当は朱里から離れたいって思ってないからだろ」
「っっ!うるさいな、薫みたいな何でも持ってる奴には分かんねえよどうせ!」
「そうだな、俺からしたら今の距離感で何の問題もないのに離れたいって思う悠希の方が分かんないけど」
薫を睨みつけ普段出すことのない大声で怒鳴っても、薫は涼しい顔を崩さない。いや、正確にはやっと言ったか、とでも言いたげに小さく嘆息した。するとおもむろにベンチから立ち上がる。
「自分の気持ちわかってるんなら、朱里への返答も最初から決まってるだろ。まあ決めるのは悠希だからな、ちゃんと考えて返答しろよ。もし俺に気を遣ったりしたら、お前の事一生軽蔑するわ」
言いたいことだけ言うとスタスタとベンチから遠ざかり、あっという間に姿が見えなくなる。ベンチに一人取り残された悠希は薫を引き留めることも出来ず、ただ座ったまま呆然とうなだれていた。




