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11話




「ま、真紀?」


「いやー、引っ込み思案すぎてイラついたからさ。こうでも言えば本音ぶちまけるかと思って」


悪気なんて一切感じさせない軽い調子で告げる山崎を困惑したまま見つめる秋山。先ほどではないにしろ毒を含んだ物言いは彼女の標準なのだろうか。ヘラヘラとした様子からはやはり本心が読めない。


「ほ、本気で言ってると思って凄くショックだったのに。そ、そっか私のためにわざと」


「?さっきのは本音。普段から思っていることだけど」


朱を取り戻した秋山の頬がまた蒼白になる。ここは嘘でもわざと言ったことにしたほうが丸く収まるだろうに。何でも包み隠さず言うのは時に美徳だろうが、今がその時でないというのは蚊帳の外の悠希にも分かった。もう薫の情報を話すどころではなくなってしまった。


だが、当の本人の顔色こそあまり良くはなかったが格段落ち込んだ様子はなく小さくため息を吐いた。


「…もういいよ本当のことだし。…つ、鶴見くん。見苦しい所見せてごめんなさい。改めてなんだけど東郷くんのこと教えてください」


深々と頭を下げ頼み込む秋山。やがて顔を上げると…視線だけ明後日の方向を向いていた。やはり目を合わせることは出来ないらしい。悠希も特に指摘しなかった。それよりもあっさりと山崎のことを流したのが意外だった。もしかすると引っ込み思案な秋山を山崎がワザと煽り、叱咤激励することはよくあることなのかもしれない。


慣れていたからこそ、あの対応だったのかと勝手に納得した。しかし毎度毎度同じ方法でやる気というか、本気を出す秋山は単純すぎではないのか。悠希ならば同じことを繰り返されたら友達付き合いを改めることを検討する。それを口にしたらややこしくなることは目に見えていたのでやはり黙っていた。


改めて薫の事を話すことになったはいいものの、何から話せばいいのか。目を合わせないために顔を右側に傾けている、傍から見たら不自然に思われる体制の秋山に訊ねようかと思ったが、その前に相手の方から口を開いた。


「す、好きな食べ物とか趣味とか」


ありふれた普通の事を聞かれ、拍子抜けする。悠希自身、こういったことを聞かれた経験がないため秋山の聞いたことがスタンダードな質問なのか分からない。まあ、好きな相手の好物や趣味をきっかけに仲良くなる、というのは親しくなるための一歩としては基本的なことだというのは理解出来た。


「薫の好きな食べ物は確か、ハンバーグとオムライス。趣味は…昔は漫画とゲームだったけど今はどうだろう」


そこで二人の反応を窺うとそろって、意外だ、という顔をしていた。


「東郷くん本人が言ってたことと違う、好きな食べ物はステーキで趣味は映画鑑賞って聞いたけど」


山崎の言葉に秋山が反応し、驚いたように目を見開き視線を向ける。悠希もそれにつられる。



「え、何で…?」


顔をひくつかせ訊ねる秋山にあっけらかんと答える山崎。



「何でも何も、今言ったじゃん。本人から聞いたって」


「そこじゃなくて、知っているんなら何で教えてくれなかったの?わざわざ聞きに行くこと」


「私が聞いて、それを教えても意味ないでしょ。東郷くんと仲良くなりたいのは由香なんだから情報集めから何まで自分でやらないと」


秋山の言葉を遮り、強い口調で言い切る。言っていることは正論に聞こえる。が、何か釈然としないのは山崎が秋山を怒らせるためにわざと情報を黙っていたと思えるからだ。やり方は雑というか、いささかスパルタ地味ているが超のつく引っ込み思案の秋山の性格を改善の方向に向かわせたいというのは何となく分かった。それの効果が望めるかは置いておく。



というか、一々横にいるヘラヘラした奴が余計なことを言うため話が進まない。納得していないようで文句を言いたそうにしている秋山をどうにか落ち着かせ、話を続ける。


「薫、自分の好物も趣味も子供っぽいって言ってたから見え張っているんじゃないのか。ステーキも映画鑑賞も『大人っぽい』って思っているから、そう言っているだけかもしれない…あ、けど映画は良く見てたな。アクションとミステリーが好きだったはず」


秋山は一心不乱にメモを取っている。山崎はそんな秋山を黙ったまま眺めている。その眼差しは子供の成長を喜ぶ母親のようであった。一連の挙動からは想像できないが、山崎なりに秋山を心配していたのだろう。


「映画好きなのは本当なんだ、由香誘えば?丁度今週公開される作品でミステリーあったでしょ」


「⁉」


前言撤回。面白がっているだけな気がしてきた。相手が慌てふためいたり動揺するのを分かってわざと言っているのでは。口調も揶揄い交じりで本気で言っているわけではないのは分かるが、言われた張本人はその冗談を真に受けて顔を赤く染めながら、凄い勢いで首を横に振り『無理無理』と早口でまくし立てる。


「冗談辞めてよ真紀、もう騙されないからね」


呆れたようにため息を吐く秋山。悠希も口には出さないが同じ気持ちであった。


また話の腰を折って、と山崎に冷めた視線を向ける。しかし、彼女は妙に真剣な表情だった。おや、と悠希の感じた違和感についての答えはすぐ返ってきた。



「冗談じゃなくて本気。由香のペースで進めてたら進展する前に高校卒業しちゃいそうだから、一気にやった方がいいでしょ、行きなよ映画」


本気トーンだった。ずっと人を揶揄うような態度だったため、これすらも冗談なのではと最初は感じたが、口調のそれには有無を言わさぬ圧すら感じられた。もしかしなくても本気で言っているのではという可能性が頭を占める。そしてそんなことは彼女を良く知っている秋山に分からないわけがない。


秋山の様子を窺うと予想通り、予想外のことを聞かされた驚きの余り目を大きく見開き、口も半開きである。そして暫し石像のように微動だにしない。本人からしたら喋ることもままならない好きな相手と一緒に出掛けろ、なんて無理難題もいいところだろう。情報を処理しきれずに固まってしまうのも無理はない。それに「行きなよ」なんて簡単に言ってくれる。山崎なら軽いノリで誘えるだろうがそれを他人も出来ると押し付けるのはどうかと思う。


固まったままの秋山を気にもせず山崎は話を続ける。話し続けても今の状態の秋山の耳に入るかは疑問であるが。


「デートとかじゃなくてさ、普通に遊びに行く体で誘えばOKしてくれると思うけど。私結構東郷くんと話す方だし、それに付き合う形で由香も来れば問題ないでしょ。…あーけど女二人男一人じゃバランス悪いか、あ」


山崎の視線が秋山から悠希に移る。彼女が何を言おうとしてるのか悟った瞬間、不機嫌を隠すこともせずに目を細める。それを相手も分かっているいるだろうに態度を変えることなく続けた。


「鶴見くん」


「断る」


相手の言葉を遮り断固拒否の姿勢を示す。すると相手も分かりやすく食い下がる。


「えー何で。由香と東郷くん二人っきりにして私がそのフォローして、鶴見くんは何もしなくていいよ付いてくるだけで。東郷くんも鶴見くんが来るなら来てくれそう」


「何でって、薫の情報を話すだけのはずだろ。その上出かけるのに付き合えとか、俺がそこまでする理由がない。それに秋山だって碌に話したことのない男子と出かけるなんて嫌だろ」


秋山の方に視線を移動する。当然嫌がることを期待していたのだが、予想に反し彼女は頬を緩ませ目を輝かせていた。悠希は困惑した。ついさっきまで固まっていたというのに変わり身が早い。秋山は恐る恐る口を開く。


「わ、私は寧ろ4人の方が。2人きりなんてまず無理だし、真紀も含めて3人だと東郷くんの方が断ると思う…なら鶴見くんも来てくれた方がいいかなって」


意外にも乗り気だった。マジか、と今度が悠希が目を見開く。何かあっても傍に友人がいるという安心からだろうか。しかし頼りにしているその友人は面白くなりそう、という単純な好奇心からその場を引っ掻き回すという危険要素を含んでいることを忘れているのでは、と心配になる。恐らく浮かれている秋山はそこまで頭が回っていない。山崎は何か勝ち誇ったように笑っており微妙にイラっとさせられる。


しかし、秋山の気持ちも分からなくもない。2人きりで出かけるのはハードルが高いし、女子2人男子1人では相手に断られる可能性大。薫が紳士的で品行方正な優等生、という外面をガチガチに固めているため女子2人男子1人で出かけると言う、傍から見れば女を侍らせていると受け取られかねない行動は出来るだけ回避することが予想できた。


そうなれば自分の心理的負担が減り、尚且つ薫に断られる可能性が低いのが悠希を含めた4人で出かける、というものだ。本人からしたら千載一遇(というレベルかは不明)のチャンスを逃すわけにはいかず藁にもすがる思いなのだろう。だが、分かるからと言ってその願いを聞き入れることとはイコールではない。


交流の余りない女子と出かけるのもハードルが高いのに、今色んな意味で微妙な関係の薫と遊びに行くなんて冗談ではない。この2人、薫の告白と朱里と悠希の関係を知っているなら悠希の今の立場も理解しているはずだ。なのに薫との遊びに付き合えとは、少々デリカシーに欠けているのでは、と眉をひそめる。秋山は兎も角山崎がそういった人間であることは薄々察していた。だが、山崎からしたら交流のない男子の事情より友人の恋の手助けを選んだ、という単純なことだったのだろう。


それはそれとして受けるつもりは毛頭ない。ここまで話してきて山崎が簡単に引き下がる奴ではないのは分かっている。口で断り続けても効果は薄いし、そういう人間だとは思いたくないがこちらが頑なな態度を取り続けると逆恨みして根拠のない噂を流す、という手段を取る可能性もある。何せ相手のことを知らないのだ、警戒しても仕方ない。どうしたものかと嘆息する。


ふとここで頭に一つの案を思い浮かべる。悠希がこれ以上労力を使うこともなく、この計画が白紙に戻る妙案が。悠希は不敵とも取れる笑みを浮かべ口を開いた。


「…分かった、いいよ。けど条件がある」


「条件?」


悠希が了承したことで希望に満ちた表情になった秋山が一瞬で翳る(かげ)。山崎も首を傾げる。


「薫に俺が付いて行くことについて了承を得ること。俺からは言わないから2人の方から話してくれ」


「…それだけ?」


もっと違うものを想像したのか拍子抜けしたようにポカンとしている。秋山も同様だ。そんな簡単なことが条件でいいのか、とでも言いたげだ。何も知らない2人からすれば条件として成立しない、クリアするのが容易なものだと思っているだろう。秋山はあからさまにホッと胸をなで下ろしている。面倒な条件だったらどうしよう、という不安の反動だろう。


一方の山崎は納得していないという、不満を露わにし始めた。散々薫とは仲が良くない、断ると言っていたのに急に態度を軟化させたのだ。訝しむのも無理はない。何か企んでいると疑っていそうだ。


だがどれだけ疑っても意味はない。仮に山崎が悠希の条件の理由に気づいたとしても、その時にはもう全てが終わっている。


ふと腕時計を確認すると16時半を少し過ぎていた。教室を見渡すと自分たち以外誰も残っていなかった。

約束の時間まであと少し。









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