10話
短いです、すみません…出来るだけ早めに続き投稿します
(どうしたもんか)
悠希は山崎と秋山の顔を交互に見やる。秋山は山崎の背に隠れたままだが、何だか覚悟を決めた顔をしている。これは悠希から薫に関する情報を聞き出さない限り帰らなさそうだ、ということが察せられた。山崎は相変わらず本心を悟らせないにやけ面を浮かべている。
すると丁度教室を出ようとしている翔と目が合った。何とか助け船を出してほしい、とアイコンタクトで訴えるが
(ニヤリ)
意地の悪い笑みを浮かべ親指を立てるとそのまま教室を出て行った。その後に奈々も続く。奈々は翔とは違いこちらに振り向くと申し訳なさそうに頭を下げていたが、結局そのまま去って行った。
(あの野郎!)
今すぐ追いかけて文句の一つでも言ってやりたくなるが、先ほどから山崎が笑顔のまま圧をかけてくるため動こうにも動けない。それに、ここで逃げ出しても明日以降また絡まれそうな予感がしていた。山崎は話を聞く人間をまた探すのが面倒くさいと言っていたから、話すまで解放してくれなさそうだ。こういったタイプの人間は妙にポジティブなので拒否の姿勢を見せても意に介さなさそうである。
目立つ存在の山崎に話しかけられたら、ただでさえ注目を集めている悠希が更に目立つし、「山崎が話しかけているから自分も」と後に続く生徒が出ないとも限らない。そうなったら地獄だ。なら今適当に薫の情報を話して解放されたほうが何倍もマシだと判断した。
「…最初に言っとくけど、本当に碌な情報知らないからな」
話すそぶりを見せたことで後ろの秋山の顔色が急激に良くなった。正直なことを言うと山崎の圧よりもこの小動物みたいな秋山のことが心配になったので、話すことに決めた部分はあった。ここで悠希が断ってしまうと秋山の困り果て、焦る様、色んな意味で強引な山崎が他の男子の前に引っ張り出すことが容易に想像できた。悠希に対してでさえ碌に目を合わせられないのだから、薫の友人達のような陽キャの頂点に君臨している人種と対峙したら、聞きだす以前に会話が続かなさそうだ。そんな友人を山崎は放り投げてさっさと帰りそうである。現段階で山崎に対する印象が碌なものではない。
そんな失礼なことを考えているとは思いもしない山崎は「いーよいーよ、何せこっちは殆ど何も知らないからね」と呑気に答えていた。
「何から聞きたいんだ」
後ろの秋山に対して問いかけたが、当の本人は山崎の耳元で何やら囁いている。
「東郷くんの好きなタイプは?彼聞いても『優しい子』とか当たり障りのないことしか言わないからさ」
答えたのは山崎だった。まさかの中継地点を通しての会話である。突っ込みたくなったがグッと堪える。目が会わせられないどころか直接の会話も難しいことが判明した。これは内気というレベルではない、男子が苦手なのではないか。
そんな相手を惚れさせる薫の外面の良さたるや、恐ろしいものすら感じる。何でもないクラスメートとの会話ですらこれなら、意中の相手との会話なんて倒れるのではないか。しかし、そんなこと悠希が心配する必要はない。どうせ山崎がどうにかするだろうという根拠のない、確信めいたものがあった。
(好きなタイプって言ったら朱里だろうけど、朱里みたいな奴はそうそういないし近づくことも難しいしな)
薫は初対面の時点から恋愛的な意味でないにしろ朱里以外眼中になかった。いつから恋愛感情に変わったのかは知らないが、薫の中の理想の女性像が朱里なのか今も昔も、現在進行形で変わっていないはずだ。
「頼りになって優しくて強くて、少し口が悪い人…?」
「それまんま西条先輩じゃん、望みゼロだね諦めな」
そう言いながら秋山の肩をポンと叩く。秋山の顔がショックで血の気が引き始める。確かに望みは限りなく低いだろうが、もうちょっと気を遣うとかオブラートに包むとか他にやりようがあるだろうと言いたくなる。流石に不憫に感じ、山崎を窘める。
「もうちょっと言い方考えろよ」
「えー、だって本当の事じゃん。あんな凄い人のことが好きだった東郷くんをこんなに自分に自信のない子がどうにか出来るわけないでしょ。今だって鶴見くんとも碌に話せない。東郷くんとなんて絶対無理でしょ、さっさと諦めた方がいいに決まってるよ」
友人に対してとは思えないほど辛辣な物言いに少しイラっとなった。言われたい放題の秋山は唇を噛みしめプルプルと震えている。言い返したいのだろうが全て図星のため何も言えない、といったところか。ほとんど話したことのない悠希が感じた印象と遜色ないあたり昔からそうなのだろうな、とボンヤリ思った。
悠希の机の周辺だけ重い空気になってしまい、どうしたものかと思案していると
「わ、分かってるよ私だって。こんな自分が東郷くんと付き合うなんて生まれ変わっても無理だって。けど、本気で好きなんだもん、諦めたくない。だからこんな自分、変えたい!」
恐らく今日まともに聞いた秋山の声だった。最初は弱々しく絞り出すような声だったが、最後は自分を鼓舞するようなやる気に満ちた声に変っていた。それにしても、生まれ変わっても無理とは自己評価が低過ぎではないだろうか。悠希も人のことを言えた義理ではないがここまでではないと思っている。
それを聞き、秋山に試すような視線を向けていた山崎が小さく笑った。
「じゃあ変わればいいじゃん。まあ今まで好きな相手できても何にもしなかった時と比べると成長してるんじゃない?相手の情報集めるためにあんまり話したことない男子に話しかけに行くって聞いたとき、変なものでも食べたかと思ったわ」
相変わらず思いやりも何もない物言いだったが、突き放すようだったさっきと違い微かに優しさが含まれている気がした。