三話 迫りくる死
ハッと目が覚める。と同時にサリーのスキルが自分の体に完璧に馴染んだことの確信を抱く。また、今までのことが夢だったのかもしれないという淡いを期待を抱く隙すら無かった。
起き上がって周りを見る。また自分の部屋のベッドに寝かされていたようだ。気絶でもさせられたのだろう。
「あっ起きましたか。体調は大丈夫ですか?」
気まずいのだろう、余り顔を合わせずに医者が訪ねてくる。答える気にもならず顔を背ける。
「……。分かりました。また何かあれば呼んでください。あっ、それとお母さまからの伝言です。今、サリー様の葬儀が城の正門辺りで執り行われています。出来れば来てほしいとのことです」
それだけ言うと医者は深く頭を下げ、そそくさと部屋を後にした。
最後の狂気と恐怖に満ちたサリーの表情を思い出す。同時に、俺に突き飛ばされて唖然とした顔をするサリー。最後にあんな態度をとってしまって、どれ程精神的苦痛を与えただろうか……。唯一頼ろうとした俺にも邪険に扱われて……。それだけでも胸を掻きむしりたくなるのに、更にその苦しさを優に超える次は自分がという恐怖があって……。
しばらく激情の波に悶え苦しんで、もう暴れまわった。壁を殴ったり、体を掻きむしったり、とにかく何か体を動かして少しでも発散しないと、もう耐えきれない。だが、許容量に収まりきらなかったのか、急に何も感じなくなって……。虚脱感だけが体を支配する。もう、何もやりたくない。ただ、このまま永遠に寝て居たい。
でも、サリーの葬儀は気になってしょうがなかった。それは実の妹の葬儀だからというわけではなく、俺がいないからって好きなように言われていることが心配だった。アインはもういつでも鬼を倒す準備は出来ているとか言われれていたらどうしよう……。まぁ、好きなように言われても、それを止める方法はないのだが、
それだけでなく、甘くて儚い期待を抱いていた。サリーの死によって皆悲しんでこれ以上死んで欲しくないと思ってくれないか……。父と母、王、誰でもいい心痛めてくれないか……。そして、今の状況に何か一石投じてくれないか……。
部屋を出ると、護衛が一人立っていた。俺は無視して二階の正門側にあるテラスに向かって歩き出した。その理由は城から正門に行くには、城の正面の大きなドアから出て直接行くのが普通なのだが、遮蔽物も少なく、ドアを開けた時点で気づかれる可能性がある。それは嫌だった。誰にも見られたくない。気づかれたくない。だから、テラスだったら身を屈めば下からは見られない。それに、王が何を言っているか聞き取れると考えたのだ。
テラスに着くと、身を屈め葬儀の様子を覗き見た。葬儀は城と正門の間にある広い庭園で行われていた。国民は草原が見えないほど密集していて、それでも門の外から見ている人がいる。もう国民の殆ど全員が集まっているのだろう。
一番城側にある棺の中に横たわるサリーがいて、その向こうに王、父、母、カルビンが立っていた。そこから少し離れて国民が並んでいるという感じ。
王、父、母、痣だらけになっているカルビンの顔は見える。皆悲しんでいて、泣いていた。
奥歯をギリッと嚙み締めた。どうせ、俺と同じようにサリーにも死ぬことを押し付けたはずだ。だからこそ、あんな追い詰められたような表情をサリーはしていたんだ。その癖、用が済めば悲しむって、都合良すぎんだろ。
またどこにもぶつけられない激情が込み上がってきて、音を立てないように地面に拳を押し付ける。
そうしていると葬儀も終え、サリーの棺は閉じられる。次は自分もあのように棺の中に入れられて……。背筋に悪寒が走る。最後まで見れなかった。
「サリーは私たちのために犠牲になった。他にも数えきれないほど沢山の人が犠牲になった。この負の連鎖を兄アインは必ず断ち切ってくれる。もうしばらく待ってくれ」
王が締めるために、声高らかに宣言した。
「うぉぉぉぉぉ」
一気に湧く国民。その熱狂ぶりが離れた俺にも伝わってきて。
「おぐぅぺぇぇ」
何も吐くものはないのに、吐きそうになって。脂汗が滲み出て、体を小刻みに震わせながら、何度もゲェェと声だけを吐き続けた。
吐き気が収まるころには、目には涙が浮かんでいて、喘ぎながら、その場を去って、自分の部屋に向かう。もう嫌だ。怖い。死にたくない。この時、自分の身を貫くほど強烈な生存本能が……。何かせき止めれるものが壊れたようで、涙がもう前が見えなくなるほど出てきて、廊下の途中でヘタッと座り込み、むせび泣いた。
その後は、どうやって自分の部屋に戻ったか覚えてない。
ベッドに倒れこみながら不意に思った。逃げようかな……。その時、初めて思った。逆に今まで思いつかないのがおかしいのに……。
すると、今までの記憶が蘇る。
町に出れば通る人全員にちやほやされて、その度に皆にこの国を救うとあれだけ大口を叩いて……。それを今頃、死ぬのが怖いからって逃げるなんてダサい恰好は……。今までに何人もの生贄に捧げた人だっているのに……。
そう、見栄を気にしてる自分がいて……。
それに、毎日、綺麗な場所でおいしいものを食べて、どんな我儘でも許してもらえて、こんな生活を簡単に捨てれない……。
どうも、本気で逃げようとも思えない。今までこんなに上手くいってたのに……。神に愛されてきたんだ。神が俺を救ってくれるんじゃないか……。いきなり鬼が死ぬとか……。何か、鬼を倒さなくてもいい状況になるとか……。
色んな思惑が絡まりあって、何も決断できないまま、ただ、じりじりと焦がしてくる死への恐怖に耐え続けるだけで……。
コンコン、
ドアのノックがあって、こっちの返事も待たずに入ってくる。それは、騎士団の団長だった。その後ろから鎧の上からでも分かる屈強な体をしている男達が入ってくる。
「あなたを鬼の巣近くまで運ぶ役目をつかいました。よろしくお願いします」
つまり、途中で逃げるタイミングを減らそうとしようとしているのか……。流石に分かりやすすぎる。さらに、団長が次の言った言葉に耳を疑った。
「早速ですが、馬車の準備が出来ました。早速行きましょう」
「……はっ? えっ? い、今すぐに?」
「はい。今出れば巣の近くに着くころには真夜中ですので、鬼の遣いにも見つからず近づけます」
どうやら気が変わらないように、考える時間すら与えたくないようだ。なりふり構わず過ぎるだろ……。考えが見え透いている。
「行きましょう」
その団長の声と共に、後ろに控えていた団員たちが俺の周りを囲った。有無も言わせない雰囲気を漂わせている。もう、半ば無理矢理に近いような形で、部屋を出て行かされ、さっきまでサリーの葬儀を執り行っていた正門に向かって歩かされる。
嫌だ。死にたくない。死にたくないって……。何とかならないか考えるも、頭の中は真っ白で……。さらに、考える時間を稼ごうとゆっくりと歩くことすらできない。後ろから体を押し当ててくるのだ。
城の正門前には準備の終わっている馬車がいた。その周りに王と父と母、デルマその後ろには城にいる従者たちがいて、皆、子供の頃から見知った仲だ。
誰か止めてくれ……。可哀想だと思ってくれ……。子供の頃からずっと一緒の場所で過ごしてきて、情が湧いているだろ……。
救いを求めるように全員を見渡す。だが、得たのは絶望だけだった。
…………どうして、皆、ほっとしたような顔で見てくるんだよ……。どうして……。皆、昨日カルビンが浮かべているような表情を浮かべていて……。誰も辛くないのかよ……。誰も……。誰も……。
そこにいる誰しもが和気あいあいとして、少しでも俺のことを心配している人はいないのが分かる。
……………あぁ……俺の帰る場所なんてなかったんだな……。
そんな満身創痍の俺に王が近づいてくる。
「最後に願いがあっての」
携帯型水晶を目の前に持ってくる。
「国民はアインの声を聴きたがっている。いつものように盛り上げてやってくれ」
いつものように柔らかい口調。王は俺の答えを待たずに水晶を起動した。周りに団員たちがいる中このまま無視して進むことも出来ない。まだまだ死ぬ覚悟も鬼のもとへ行く覚悟の欠片もできていないのに……。
水晶に広場に所狭しと並んでいる国民が映る。皆、俺の死を期待している。一度、俺が宣言してしまったせいで、皆、堂々と視線をこちらに向けてくる。
止めてくれ。見ないでくれ。そんな目で見ないでくれ。さっきから一気に事が進められて、未だ現状に追い付けてもいないのに……。
恐怖で頭が真っ白になって、あまりの緊張感から舌の先まで動かせないほど固まって、言葉が出てこない。かと言って、首も固まって、顔を背けることも出来ない。しばらくそのまま、無言のままその状況が続いた。
期待の目から少し怪訝な顔をし始める国民。見かねた王が余計な助け舟を出した。
「……この国を鬼の恐怖から救ってくれるよな?」
嫌に決まってるだろ。そう叫びたい気持ちを押さえつけて、俺はゆっくりと頭を縦に振った。それだけで必死だった。頷いた後に不意に思った。どうして、頷いたんだろう。自分の精神をすり減らしてまで国民の安心さそうとしたのだろう。
少し間を開けて、国民が徐々に俺を気遣って歪に盛り上げていく。
「では、一旦切るぞ」
そう言って王は通信を切って、その携帯型の水晶を俺に渡す。
「持って行ってくれ。お前の雄姿、国の民全員でしかと目に焼き付けるからな」
要するに体のいい監視だ。ちゃんと死ぬのかと……。でも、今はそんなことはどうでも良かった。今すぐに閉塞的で人の目のつかないところに行きたかった。
無言で受け取って、馬車に向かって歩き出そうとするが、それをまた止められる。それは、王の後ろにずっといた父と母だった。
「私はお前が誇らしいよ」「サリーの気持ちを任せたよ」
と、全く重みのない言葉を吐いて、すすり泣く父と母。衝動的な殺意が芽生えた。
こいつら何勝手にそれっぽいこと言って満足してんだよ。ふざけんな。ふざけんな。俺の気持ち気づいてくる癖に……。
「私は信じています」
その後ろからデルマが申し訳程度に悲しそうな顔を作った。
…………くそぉぉ……なんだよぉぉ……
もうリアクションを取ろうとするのも億劫だった。顔を背けて、馬車に乗り込む。すぐに団員が乗り込んできて両端に座る。
すぐに動き出した馬車。
死へと進みだした感覚がして……。無理だ……。死にたくないって……。でも、助けてくれる人なんていない。
「頑張れ~」「やってくれよ~」「アイン歴史を変えてくれ」
途中で広場の近くを通ったようで、外では無責任にそう盛り上がる声が聞こえる。打って変わって馬車の中は重く張りつめた空気、音一つ立っていない。どうして俺はあっち側じゃないんだ……。死にたくない。発作的に訪れる鮮烈な生への渇望。息苦しくなってくる。
「ハァ、ハァ、ハァ」
もう狂いそうだ。暴れまわりたい。地面をのたうち回って、やりたくないと叫びたい。でも、それを止める羞恥心があって。
こんなところに来ても、周りの目が気になってそのままじっと座っている。今も脂汗が滲み出るほど恐怖に支配されているのに、まだ羞恥心を捨てきれていない。
未だ何か車輪が壊れるなど、なにかしら行けない理由が出来て、国に戻り今までの裕福な生活が出来ないかと本気で願っている。何も諦めれない。捨てれない。すべて、今まで通りに過ごしたい。だから、逃げる選択肢に踏み込めないまま。自分の決断を出来ないまま、周りに流されているだけで……。
不意にそのことに気づいた。でも、今頃気づいたところで、何か変わるわけもなく……。余計に、あの時こうしとけばよかったと気落ちするだけで……。少なくとももう少し粘れたはずなのに……。
そこから皮肉なほど順調に、無事に進んでいく馬車。時々、少し止まったりするだけでその度に何か問題があったかと期待するが、その度にまた進みだし、落胆する。それ以外の時は、過去の自分を責めるか、徐々に近づいてくる死に体を焦がされるほど恐怖を抱き続ける。地獄だった。
そのうちに馬車の揺れが強くなる。全く舗装されていた道を進んでいる。鬼の巣は森の中にある崖の洞穴あるという。つまりここは森で、もう鬼の巣は近いということか……。
遠くにいた死が一気に目の前まで距離を詰められたような感覚。足は震えだし、本格的に精神の異常をきたしだした。もう無理だ。耐えられない。立ち上がった。
「どうかしました?」
隣の団員が聞いてくる。その目は油断なく睨んでいて、逃げられないだろう。でも、そんなことどうでも良かった。少なくとも暴れさせてくれ……。もう頭がおかしくなる。
ブゥン
その時、王に渡された携帯型の水晶が青白く光って、広場の様子を映し出す。王、父、母、デルマ、その後ろに所狭しと国民が並んでいて……。
「もうそろそろ鬼の巣に着く頃だと思ってな。最後まで一緒じゃぞ」
王がそう言った。
……だ、駄目だ。
こんな大勢の前で無様に逃げようとして捕まえられるところなんて見せれない。それに、ここで逃げれば俺が帰る場所が無くなってしまう。国民全員が見ている。
俺は黙って、座りなおす。もう、両膝がぶつかるほど震えて、奥歯がガチガチと音を立てる。
まもなく馬車は停止し、団長が馬車に顔を覗かせる。
「鬼の巣につきました。口惜しいですが我々はここまでです」
そう言って降ろされると、団長と団員は敬礼をした。
「鬼の巣はあちらの方にあります。この国を救ってください」
それだけ言って早々に去っていく馬車。ずっと座っていたはずなのに、足が疲労困憊で……。
暗い森の中で一人佇んでいる。
そうか……。馬車に乗せた理由が今になって分かった。逃げるタイミングを無くすだと思っていたけど。
国への帰り方を分からなくするためか……。
どちらを見ても、同じような景色で……。星を見て方角さえ分かれば帰れるかもしれない。でも、ここまで鬱蒼とした森では星なんて見えなくて。
非人道的すぎるだろ……。
もう泣きだしそうになった。そんなことまでして俺を死なせたいのかよ……。
でも、進むしか道はなくなった。もう、何に動かされているのか分からない。ふらつきながら鬼の巣に近づいていく。
ガサッ、
一瞬草木が揺れた。と同時に木や木の葉の陰から黒い塊が目で追えないほどのスピードで飛んできて、
バシュゥ
俺の周りに青白い光の壁が現れる。
「ナニッ?」
その黒い影は声を発し、動きを止めた。それは、剣を持った鬼の遣いだった。腰ほどの大きさで、灰色の肌の小さな子供に、黒ずんだ小さな角が生えているという感じ。
首元に狙いをつけていた剣、鬼の遣いはすぐに振りかぶり何度も剣を振り下ろす。だが、光の壁は傷一つつかない。
ガキンッ
ついに剣が根元から折れた。鬼の遣いは諦めたようで、慌てて巣へ戻っていった。敵が来たことを伝えるためだろう。
ただ眺めているしか出来なかった。疲れ切って、リアクションを取れるほどの余裕がなかった。
「うぉぉぉぉお」
水晶からは歓声が沸き上がる。鬼の遣いですら強く、相当な鍛錬を積まないと倒せない。だが、そんな鬼の遣いが全く相手にならないのだ。傍から見れば盛り上がるだろう。
当の本人は、今の一撃で気づかぬうちに殺されていた方がまだ楽だったのかもしれないと余計気落ちする。そう思いながら、足は機械のように言うことを聞かず、ぎこちなく巣へと歩いていく。
最後まで読んでいただきありがとうございますm(__)m
次話はすぐに投稿します。