7 エア・ビークル:Air Vehicle
向かった先は屋上、エア・ポート。
そこにはすでに社用の空飛ぶ輸送車が待機していた。
いつでも発車できるよう浮遊しているエア・ビーグルの風と音は相当なものだ。
領域支配戦闘機《A.S.F.》ほどの出力はないが、ローターの代わりに演算領域アプリケーションで高圧の空気噴射を発生させて揚力を得ている。
そのために風と音は、古いローター型のヘリと大差はない。
ローターが空を切る音が無い分だけ静かで、それが理由で『チョッパー』とは呼ばれなくなり、エア・ビーグルという呼び名に落ち着いた経緯が陣笠の内側に小さく参照表示されていた。
「現場はどこです?」
風音に負けないよう大きな声を出して聞くと、長巻は答えず、エア・ビークルを指さして乗り込み、咲耶もそれに習って乗り込んだ。
武骨な軍用装甲の張られた外装と異なり、中はさながらリムジンのような内装が施されていた。
仕事で使うエア・ビークルの武骨な座席を想像していた咲耶は少々面食らったが、表情には出さない。
豪奢な内装に対して戦闘用の陣笠と外套が場違いなことこの上ないが、企業工作員という業種を考えれば問題ないだろう、と自己完結して、何食わぬ顔で座る。
「君が、スピンドルから来たという超級魔術師か」
中に乗っていたのは日本人。
長い黒髪。流行り好きの長巻とは対照的な、上品な着こなしのスーツの女性。
裏稼業とはまた違った、企業屋特有の冷徹な雰囲気を纏っていた。
その隣には連邦国系の白金髪に色白い男が、耳まで覆うシェードグラスを掛けたスーツ姿で座っている。
纏っている雰囲気は企業工作員か職業軍人。
シェードグラスは、咲耶の陣笠同様、戦闘用のユーザー・インターフェース・ガジェットだろう。
クライアントだったなら大惨事なので、いきなり【探針視覚】は使ったりせず、陣笠の陰で防壁《ICE》と対抗のAIアプリを一式スタンバイ。様子をうかがう。
「社外向けには、そういう肩書になってるらしいですけどね……せいぜい粒子制御デバイスの性能がいいぐらいで、オレはただの魔術師ですよ」
陣笠で視線を遮って、自分の首を指さす。
ちらりと長巻を見やると、なだめるように両手を立てている。
それから改めてスーツの女性の方をみて、彼女をクライアントか何かだと思っていた咲耶は目を丸くする。
「……門倉海里……代表取締役社長」
フルネームを呼び、慌てて敬称を付ける。
「フフ、そんな大げさな呼び方でなくていい」
「なんで社長が……いや、クライアントかと思ったもので」
「面白い企業工作員だな君は。その陣笠も、普段から被っているのか?」
陣笠のことを聞かれるのは、これで今日二度目だ。
咲耶は割と気に入っているのだが、軍に正式採用されなかった試作装備だけあって、どうも奇異に映るらしい。
「コレは仕事用です。陣笠は粒子遮断コートが施してあって、【鷲の眼】なんかは、防壁《ICE》無しでも弾けて便利なんですよ」
「いいのか? 商売のタネを、簡単に明かしてしまって」
「……そうですね」
受け答えが面白かったのか、上品に笑う。
「――それで、仕事の内容は?」
陣笠の陰に表情を隠して座席に沈み込み、これ以上遊ばれる前に話を促した。
「ヴァレリィ」
海里が隣に座る連邦国系の男の名を呼ぶと、返事の代わりに、空中に映像ウィンドウが現れて、荒い画像が映し出された。
映像は、望遠で撮影された、山中に墜ちたと思しき落下物
これが昨晩の流星なら、場所は御岳の山中――外郭七十八区あたりだ。
表示されたスケールを見るとサイズは縦五メートル弱、幅二メートルほどの円筒形の物体。それが木々を薙ぎ払い、小さなクレーターを作って地面に刺さっていた。
想像していたよりも随分と大きい。
だがそれよりも咲耶の目を引いたのは、その流星が、とある構造物だったことだ。
「これは縮退粒子演算器……か。領域支配戦闘機《A.S.F.》の」
「わかるのか」
シェードグラスの男、ヴァレリィが感心して唸る。
「昔、スピンドルの研究所で実物を見たことがありますから……あ……いや、コレは言って良かったのか……?」
「スピンドルは立場上、三大経済圏による合弁会社だから、製造と開発の権利は有しているが……あまり口外しないでくれると助かるな。カドクラとしては」
「ああ、まあ……そうですね」
スピンドルに居た頃は、地上では機密に指定されるような資材や機材が当たり前のようにそこらに転がされていたから、自分の感覚が少しズレていたことを思いだし、口元に手を当てた。
領域支配戦闘機《A.S.F.》の主機である縮退粒子演算器の製造と開発は、古くは粒子センサ・ネットワーク網敷設時に起こった核ミサイル・クライシスの後、三大経済圏間で結ばれた停戦条約によって、製造、開発に国際法で制限が課された。
現在、これらの建造の権利を有しているのは、三大経済圏の主要な先進国家と、大手の産業複合体のみ。
この権利を保有することで産業複合体は、国家を凌駕する軍事力と経済力を手に入れた。
それは現在の巨大企業が実効支配する社会の形作った原因とも云われ、そのことから縮退粒子演算器の製造規制は、前世紀の軍縮協定や、核開発の独占よりも悪辣だとする見方が多い。
「その口ぶりだと、これは未登録の……ということですか」
「それも、カドクラや日本も把握していない、スピンドルが独自に開発していた新型だ」
流星の正体は、スピンドルが独自に開発したと思しき縮退粒子演算器。
そうすると、咲耶が呼ばれた理由も、概ね察しがつく。
「オレは、疑われている感じですかね?」
「端的にいえば、そうなるな」
おそらくはハイ・クラスの魔術師であるシェードグラスの男、ヴァレリィが社長の脇に控えている理由はそれだろう。
「しかし、宇宙にしか興味がない変わり者……その寄り合い所帯がスピンドルですよ。地上に何の用が?」
それは、半分は咲耶の感想だった。
もっと言ってしまえばあの宇宙コロニーの住人は、世界の広さを光の速度にまで圧縮してみせた粒子センサ・ネットワーク網すらも、権力闘争の道具にしている地上の住人に嫌気がさし、見下している節がある。
彼ら、というより、咲耶の記憶にある父は、たった六十分の四フレームに収まってしまう地上には見向きもせず、その興味は無尽の宇宙へと向けられていた。
「たしかに動機はハッキリとしないな。私もスレイプニル社のことはいくらか知っているが、開発したのが連中だとしても、それを地上に墜としたことは不可解だ」
そこで海里は言葉を切る。咲耶を見、すこし思案しているようだった。
だが、その逡巡も一呼吸ほどのことで、ビジネスマンらしく無音の間をきらい、すぐに言葉を続けた。
「――なにせ……君の父上も、亡くなった君の母上も、カドクラに用意されたポストを蹴るような人間だからね」
咲耶は口から心臓が飛び出そうになる。
「知って……居たんですか」
「名に違わない実力を聞いて、直ぐに、念入りに調べさせたさ。パーソナル・データのトラッキング・ルートに仕掛けてあった迷彩と迷路は素晴らしく性格が悪いと、カドクラ本社の監査部が手放しで褒めていたよ。フフ」
そう楽しそうに言う海里は、咲耶を懐かしそうに見て、笑みを浮かべていた。