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3 荒事請負:Trust

 蒼い火線が夜を裂いて、大男の眉間にポツリと黒い孔。その頭の後ろで赤い花が咲いた。

 もともと焦点の定まっていなかった目が、ぐるりと回って白目を剥くと、そのまま道にのめり込むように倒れた。


「こっちはタダの強化薬中毒者(ジャンク)……落差がひどいなぁ……」


 蒸気と放電の硝煙。

 いつの間にかマキシの銀の手に、一風変わった銃が握られていた。


「おいおい、日本フェザント電磁加速レールハンドガンかよ。そいつはこの国だと軍用の重火器扱いなンだがな……」


 何らかのAIアプリで陰に隠れたはずの金髪サングラスの男。そいつの、やけに通る声が耳に障る。


「キミが組織構成員トラストか、違法請負人ソードオフか、仮に企業工作員エージェントだったとしても、どうせ公安には駆け込めないでしょう?」


 厳密に言えば、単なる軽犯罪者であれば法に守って貰える程度には極東首都ニュートウキョウの治安は機能している。

 とはいえ、マキシが口にした裏稼業の違法三職が公安警察に駆け込むことは、鴨がネギ背負って鍋に飛び込むに等しい。


 手下のガラの悪さから云って組織構成員トラスト荒事請負ヤクザ子飼いの魔術師ウィザード

 しかし、サングラスの魔術師ウィザードを探すのは一先ず横へ置き、土手から上がってくる山吹色のハイライト・シルエットに目を向ける。


 禿げ頭の男。

物見高い妖精(サーチ・フェアリー)】が付けたデータ・タグを見るかぎり、こちらも強化薬中毒者(ジャンク)だけれど、さっきのデクの坊ほど症状は進行していない。

 強化薬と言っても錠剤や粉末などではなく、それは脳の処理速度を上げるセンサ・ネットの【強化薬アクセラレータ】という身体強化系AIアプリのことで、実態は演算領域ラプラス上のプログラム。

 脳に直接、センサ・ネットの演算を刻み込むソレには強い中毒性があり、長期間使用すれば廃人になる。

 その快楽物質の分泌効率と中毒性を主として改良がくりかえされ、全経済圏で禁止プログラムに指定されている電子の麻薬だ。


 一応、使用初期は【強化薬アクセラレータ】本来の機能――人間の思考速度と身体能力を粒子制御デーモンデバイス装着者――魔術師ウィザードと渡り会えるまでに向上する効果を果たす。

 もちろん脳細胞の死滅と引き換えではあるが。


 つまるところ、こちらの禿げ頭の男はまだ兵隊としては用を成している。


「悪く思うなよ嬢ちゃん」


 土手の稜線から頭を出した瞬間、銃声とマズル・フラッシュ。四十五口径ACP弾。二世紀前から製造され、今も合衆国アドラー人の信仰を集める御神体。

 弾から考えて、銃はコルト何年式かの、古典クラシックハンドガン。

 ネットワークが世界を覆いつくした現在、センサ・ネットからの影響を受けにくい特性が見いだされ、古典クラシックガンは一部で根強い人気を誇る。

 センサ・ネットを用いた立体《3D》プリント技術の発達で、その部品点数は玩具と揶揄されるほど極限までに削られ、結果、精度と稼働信頼性は過去のものとは比べ物にならないほど向上していた。


 そんな最新技術で作られた、完成されたデザインの拳銃から放たれた弾丸は、しかし、マキシの銀色に輝く合金の腕にあっさりと阻まれる。


「さすが無重力合金鋼ゼロ・スティール。拳銃弾程度じゃあ、ダメージもないか」


 自らの機能を確認するように被弾した腕を見つめるマキシ。

 一方、禿げ頭の男の手には貫通力の足りてない拳銃。しかし男は雄叫びをあげ、引き金を引き続けながら前進する。

 そうさせるだけの剣呑さを、マキシは放っていた。

 銃を撃つことを止めた瞬間、即座に殺されそうな気配。それが、それなりに修羅場を潜っているであろうヤクザ男の冷静さを奪っていた。


「ほいさ」


――シャアッ! と擦れる音と共に、少女の左手首がワイヤーを曳いて飛んだ。それが男の首を掴みあげる。

 少女のふくらはぎからは、黒のストッキングを破いて虫の足のような関節を持つマンティス・ブレードが飛び出し、アスファルトに突き刺すことで体を固定。

 次の瞬間には腕のワイヤーが巻き上げられ、禿げ頭の男は宙を舞って、少女の元へと引き寄せられた。


「クソッ! 挽肉にして(ボコして)からマワすぞこの餓鬼――ギャア!」


 首を掴まれ跪かされたような状態で悪態をつき、銃を少女の顔へ突き付けようとした腕を捻じりあげられて悲鳴を上げる。


「マワしてから挽肉にしなよ、どういう趣味してんの」


 禿げ頭の男とマキシとの間で『挽肉』の意味合いが少々食い違っているけれど、男の方は今まさに、文字通り挽肉にされかねない膂力りょりょくで宙に釣り上げられていた。

 腕はすでに圧し折られ、頼りの拳銃はガラガラと音を立ててアスファルトを転がっている。首が千切れていないのが奇跡のようだ。


「地上の組織構成員トラストくん、弱すぎないか……」


 組織構成員トラスト。いわゆるヤクザ、マフィア、ストリートチーム、あるいは荒事請負組織の実働要員。

 軍隊的、専門家的な企業工作員エージェントに比べると、基本は町のチンピラという風情だけども、サングラスの男は別だ。


「宇宙でしか作れない新素材、無重力合金鋼ゼロ・スティール製の最新式、M4型戦闘義体(ウォーフレーム)。白いパーカーにブルーライン、派手なローズレッドの髪、金と緑の異眼(オッドアイ)ときた。原色で揃えているのは試作機だからか? 潜入工作員だか、暗殺者だかにこのカラーリング。スピンドルの連中のセンスはよう分からンね」

「うん?」

「だいたい、殺戮人形キリングドールを随分と可愛らしい恰好にしたもンだ、全く……まあ、嘆いても仕方がない、仕事だしな。大した仕掛けは用意してないが、最後まで付き合っていけスピンドルのサイボーグ」


 さんざん愚痴を零した後、陰に潜むサングラスの男が――パチン、と指を弾く。

 それを合図に、マキシが掴んでいた男の頭が爆ぜた。

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