26 雪化粧:Dust Snow
そして現在。
未だケイを殺した犯人は分かってはいない。
だが首謀者は、彼女の開発していたデーモンAIが、一族の権力にとって危険と判断した門倉の身内であること、それに間違いはなかった。
或いは、その危険なデーモンAIを用いて何かを企んだか……
いずれにせよ、保身に入り、腐敗していくのであればカドクラは滅びた方が良い。それが海里の結論だった。
多分に情を差し挟んでいることは自覚しているが、それは海里にとって大した問題ではない。
問題なのは、今やこのニュートウキョウ、或いは日本国そのものと言って良いカドクラを斃す方法が限られていることだ。
特に、乱暴な方法はあまり意味がない。
仮にグラード辺りから古いミサイル基地に残る核弾頭を買い取って撃ち込み、数多の屍と瓦礫を積み上げたところで、この街は比較的あっさりと蘇るだろう。
そういう街だし、そういう国で、カドクラや他の産業複合体にしても、そういう風に社会、経済、人脈にシステムを組み上げている。
産業複合体の名は体を表していた。
この支配を破壊するには、根本的なところで、ルールを変える必要がある。
その為に、デーモンAIを完成させたと言っても良い。
ヒトのパーソナリティと記憶痕跡から生まれた“沼の男”たる悪魔たちは、やがて自我を獲得する。
悪魔がヒトと共存するか、ヒトを滅ぼすか、或いはヒトに成り代わるか。
それは海里にも、それを生み出した宗像博士にすら分からないし、どうでも良い事だった。
だが、この産業複合体が支配するこの世界に、新たな世界領域を生み出す事だけは確かだ。
粒子センサ・ネットワークの時と同じ、旧世界を覆い塗り替えていく次世代。
人類社会はそうやって変化しつづけてきた。
デーモンAIが生み出しうる可能性を嫌い、神耶ケイを暗殺するなどという軽率な手段にでた者が居るのなら、海里がするべきことは一つだった。
カドクラの支配する古いセンサ・ネットの世界に悪魔を放ち、混沌の中から新しい世界を誕生させる。
門倉海里は“平和”を斃すことにしたのだった。
その為に作らせた、ケイの脳標本の納められた棺。
ケイの脳標本から生み出された無数の悪魔の種“一つ目の黄金の骨”は【此花咲耶】によって、ニュートウキョウのセンサ・ネットを巡り、粒子制御デバイスを持つ人々に流れ着く。
悪魔がどんな姿をとって、何を成すかは、誰にも分からない。
だがそれは間違いなく変化をもたらす。それも、劇的な。
開けば悪魔を拡散するパンドラの箱。
その準備は整った。
流れ落ちた“流星”の正体に気付いた乱入者はすでに排除し、鹿賀咲耶を救いに現れたM4X1“マキシ”は、専用の拘束具でその機能を封じてある。
なにより、最大の懸念だった鹿賀咲耶の自由意思の問題は、幸運なことに乱入者たるスリーパーズの横槍によって解決していた。
「あとは、鹿賀くん……」
海里は眠らされたヴァレリィが取り落とした電磁加速ハンドガンを拾い上げ、その照準を鹿賀咲耶の首、粒子制御デバイスへと向けた。
「君の意識、存在そのものを破壊して【此花咲耶】を覚醒、臨界……そして、暴走させるだけだ」
引き金が引かれ、海里によって強力な防壁破りを付与された弾丸は、電磁加速によりマッハ二十三の速度で、咲耶のその首を落とすべく飛んだ。
「咲耶ぁッ!」
マキシが拘束に抗い、叫んだ。
その声よりも速く、黒い影がマキシの横を通り過ぎる。
瞬間、光が交差して、鈍い音が響いた。
極超音速の蒼い弾道が途中でねじ曲がり、背後にあった、巨大な棺のような縮退粒子演算器の外装をクレーター状に凹ませ、その中央に風穴を開けた。
見れば咲耶を護るように、長光剣を構えたトレンチコートの男が立っていた。
『薫ッ! 莫迦なの貴方ッ! 一歩間違ってたら死んでたわよッ! まったく……よく逸らせたわね。ハンドガン・サイズとはいっても電磁加速ガンなのよ、アレ』
「いや咄嗟のことだったからな……しかし、本当によく【上泉】で電磁加速ガンなんて弾けたな……どうなってんだ? これは……」
不思議そうに自分の長光剣を見つめるトレンチコートにスーツ、金髪にサングラスの男。
ドローン【八臂守護戦神】を従えて現れ、咲耶を救ったのは朝比奈だった。
「……何者だ?」
海里は、一介の荒事請負である朝比奈のことなど知る由もない。
「いや……そいつはこっちのセリフなンだがね……」
『何言ってるの……彼女、門倉海里よ』
「門倉海里? カドクラのお嬢様がこンなとこで何してんだ?」
朝比奈がサングラスをズラして、肉眼で確認する素振りをして見せる。
海里はそれに電磁加速ハンドガンを下ろして答えた。
「本物よ……と言っても証明するものはないわね」
「仮に本物なら、なんで撃った? あンた確か、陣笠の旦那の上司だろ……大体なんなンだこの景色、それに旦那のこのザマは」
辺りは【此花咲耶】の放つ冷気で冷え込み、足元に噴出した霜を、長光剣の光刃で突いて溶かしながら、朝比奈は世間話をするように言った。
辺りには最早、もとあった植生の名残は殆どなく、【此花咲耶】の無限に伸びる枝葉と、そこら中に咲き誇る【冬寂雪花】によって、粉雪すらもチラついていた。
『迂闊に仕掛けちゃ駄目よ、薫』
「みたいだな。見た感じ、ただの良いトコのお嬢さんなンだが、どうにも剣呑な気配しかしねえンよ……それに門倉海里ってことは大体四十は過ぎてンだろ? アンチエイジングのバケモンか?」
「聞こえているわよ、荒事請負のお兄さん?」
小声で軽口を言っていると、唇を読んだのか、海里がそれを咎めた。
「おっと、耳もいいンだな」
『咲耶くんは、これ、どういう状況なの……』
「起こせそうか? 出来ればとっとと連れて逃げたいンだが」
『そこら中に伸びてるのは、咲耶くんのAIアプリね。タルタロスで噂になっていたデーモンAIってやつかしら……』
「起こすなら、マキシの嬢ちゃんの方が何ぼか簡単そうだ」
『首の拘束具、リミッターの類みたいね。アレはドローンで破壊できそう』
「よし。一先ず、その線でいっとくか」
「話はついたかしら?」
茫洋とした表情で待っていた海里が、電磁加速ハンドガンを構えなおし、朝比奈に照準する。
「やってくれ、弁天姐さん」
朝比奈の言葉を合図に――キィンッ! と特徴的な電磁加速ハンドガンの銃声が、異形の雪化粧を施された山中に響き渡った。




