23 二つ名:Notorious
「朝比奈さん、まだ生きてますか?」
咲耶は全身を【身体強化】で強化し、工場の敷地に向かってひた走る。
「なんとか多脚戦車の気は逸らしているが、やっこさん、ウチの組員を逃がす気もないらしい。すまんが、あいつらだけでも助けられンか?」
自分の身が危ないというのに、朝比奈はそんなことを言ってきた。
彼の長光剣は多脚戦車の装甲に歯が立たない。
朝比奈はキャットウォークを走りながら、積み挙げられたコンテナの固定帯を切り崩して抵抗してはいるが、運よく八本の自走足の一本潰した程度で、決定打を与えられる気配はなかった。
「オレは運び屋じゃないんで。それよか、その多脚戦車を仕留めましょう」
「無茶は止せよ陣笠の。あンたが身体張る場所でもねえだろ」
多脚戦車の主砲――電磁加速砲が発射されたのか、咲耶の前方で工場の屋根が爆ぜ飛んだ。
月夜に蒼い閃光が昇る。
対人用に搭載された機銃では、朝比奈の【上泉】とかいう光剣の自動防御を抜けなくて焦れたのだろう。
しかし対人目標相手に、対物砲のお化けを使うとは。相手は相当焦れているらしい。
「朝比奈さん、なんか、オレの心配もしてませんか?」
現場が遠い。
モニター車が露見するのを恐れてというよりも、咲耶を危険にさらさないように無意味に距離を取った場所に陣取っていたせいだ。
「駄目かい? 無理を言ってウチのバックアップをして貰ったんだ。無下にしたら筋が通らンのよ」
そうこう言う間にも電磁加速砲が至近を掠め、朝比奈が衝撃波に煽られてキャットウォークを転がる様子が、咲耶の陣笠に映し出された。
「有難い話ですけどね……それじゃあ朝比奈さんはどうなるんです?」
ようやく工場の外壁へたどり着く。
フェンスではなくコンクリの壁だ。工場が建設されたその時から、戦闘義体や多脚戦車を組み立てる目的だったのは、このあたりからも想像できる。
想像するのは簡単だが、対処するのは難儀だ。
その直接対応は下部組織に廻り、巡り巡る内に予算は消え、露見するほどではなかった問題は報告書の闇に沈んでいったのだろう。
そうして積もったツケを払わされているのが、このくだらない作戦でここに居る者たちだった。
ニシカミ商事にすら同情の余地はあるが、そちらは別に助けたいとは思わない。
――でも……朝比奈を助けようと思ったのは、何故だろうか?
自問自答したところで、答えはなかった。
「組員を逃がしたあとで、運が良ければ生きてるンじゃないか?」
まるで他人事のように言う。
咲耶はそれに少し腹が立った。自分が同じ立場だったなら、達観して同じように言っただろう。同族嫌悪というやつだ。
「朝比奈さん、その多脚戦車、誘導できますか?」
コンテナの上を飛んで走る。
朝比奈に付けてもらっている中継器のお陰で、彼と多脚戦車の位置は手に取るようにわかった。
「ン? まあ出来なくはないが……おっと」
――キィィィンという、つんざく様な電磁加速砲の発射音が、外に居る咲耶にも聞こえてきた。
蒼い閃光が再び、工場の外壁から生えているのが見える。
明日のアングラ・ニュース板は、工場の爆発事故の陰で走った蒼い光の正体で持ちきりになりそうだ。
「――しゃあねえな陣笠の旦那は。組員を北側に逃がしてる。南側に廻れるか?」
そう聞いて咲耶は工場の地図を、陣笠の裏に表示する。
この工場は外郭チバ・エリアの太平洋側、最遠部に位置している。海に面して建っていて、南東側が搬入港になっていた。
搬入用のクレーンには、荷揚げ途中のコンテナがぶら下がっている。
「使えるな――南東側、搬入港のクレーンの下がいいです。やってください」
そう言って指定座標を送る。
返事が返ってくるまで一瞬の間があり、その理由を示すように電磁加速砲の閃光が工場の壁を貫通して迸った。
「……ふう……わかったよ。タイミングなンかは大丈夫なンか?」
「朝比奈さんの状態は逐次モニターしてます。こっちで併せられますよ」
「何とか、やってみ――おいおい、まてまて」
対人機銃の銃弾を光剣が弾き返す音が、通信に乗る。
可燃物に引火したのか、工場の一画が爆発して爆ぜ飛んだ。
「朝比奈さん!」
「冗談じゃねえ、なんで引火性の爆薬まで置いてあンだよこの工場は。税関は仕事してないンか!」
肝を冷やしたが、どうやら無事なようだった。
ここいち危うかったのか、朝比奈の愚痴のトーンが少し高い。
「……無事みたいだけど、急がないと朝比奈さんが持たないな」
前方に搬入用の巨大なクレーンが見えてくる。
悠長に昇降機を使っている暇などない。咲耶は直接、搬入クレーンの基部に飛んだ。
垂直の巨大な鉄骨に足を掛けると、そこを【冬寂雪花】で凍結させて雪花を咲かせ、それを足場に一気に上まで駆け上がる。
巨大なクレーンが吊り下げたままのコンテナに乗り移り、工場を見渡した。
都合よく、建屋の搬入口が港側に付いている。
クロムウェア・チップから送られてくる情報を強調表示で照らし合わせると、朝比奈を追って、多脚戦車が建屋の中をこちらに向かっているのが分かった。
「よし、いいぞ朝比奈さん、そのままマーカーを付けたクレーンの基部まで走ってくれ」
「段取のいいこって、こっちはちいとばかし、グダってンぜ!」
搬入口のシャッターが十文字に焼き切られ、それを蹴り飛ばして朝比奈が飛び出してくる。
追って掃射された機銃弾を、トラックコンテナ用の段差を塹壕にしてやり過ごす姿が直接見えた。
だがそこから、クレーンの基部までは遮蔽物がない。
「さて、ここからが問題なンよな」
朝比奈は平地に迂闊に飛び出したりはしないが、かといって搬入口の段差に隠れ続けることも出来ない。
咲耶は慌てず、外套の中から六尺棒を取り出して伸ばす。
内蔵のクロムウェア・チップに【冬寂雪花】を流し込み、【身体強化】を投擲モード。
強化された膂力で投げつけられた六尺棒が、地面に突き刺さり、人一人隠れられるぐらいの雪花を咲かせた。
「防壁《ICE》の衝立かい? 至れり尽くせり、ってなぁ!」
意図を即座に理解した朝比奈は、雪花の陰へ滑り込む。
一瞬遅れて機銃が雪花を撃つが、停滞フィールドの埋め込まれた【冬寂雪花】が阻んだ。
続けて、六尺棒を投擲。次の雪花を咲かす。
「なンとか、凌ぎ切ったか?」
「朝比奈さん、後ろッ!」
みれば、機銃で貫通出来ないと思った多脚戦車が、電磁加速砲のチャージを始めていた。
「――間に合えッ!」
最後の一本の六尺棒を、多脚戦車の前部、砲塔の目の前に肩が軋む力で投擲する。
――ギィィィンッと防壁《ICE》が破れる異音が月夜に鳴り響いた。
砲塔の目の前に現れた【冬寂雪花】に、蒼い閃光が弾き飛ばされて、天へ昇っていく。
一瞬遅れて、衝撃が閾値を超えた雪花が赤い粒子に散った。
「さて……予定ポイントまで到着したが……」
そういう朝比奈は、楯になるものもなく無防備な状態。
至近で電磁加速砲が弾かれた影響で、砲塔も機銃もへし折れた多脚戦車が進路上の雪花を蹴散らし、獣のように朝比奈に迫る。
「ずいぶん走らされたな、まったく……これ以上の荒事はごめんだぜ、陣笠の旦那」
長光剣を納め、金髪を掻き上げ、サングラスを直す。
――ガゴォォォン
丁度、電子タバコを咥えた辺りで、降ってきたのは咲耶と空コンテナだった。
防壁破り《パルバライザー》を流し込まれて帯電したコンテナの角が上部に突き刺さり、そのまま押しつぶしたところで、ようやく多脚戦車は機能を停止した。
「スーパー魔術師様のお出まし、ってな」
クックと朝比奈が笑う。
「なんですかそれ、止めてくださいよ、ダサいなぁ……」
「なら“超級魔術師”なんてどうだ? ウチの組で大々的に広めてやるよ」
そう言って朝比奈はまた笑う。
「それ広めたら、オレも長光剣の朝比奈って、アングラの荒事請負サロンに書き込みますからね」
「そいつもなかなかヒデえ二つ名だ」
そう言って二人はグッタリと多脚戦車の残骸にもたれ掛り、また笑った。




