22 使い捨て:Disposable
「陣笠の……あンたが、カドクラの企業工作員かい?」
初対面の朝比奈は、ミーティングを終えた会議室を出たところで、咲耶の陣笠を指さして話しかけてきた。
「どうしてそう思うんです?」
咲耶はミーティングでは一言も発してはいない。ただ後ろで静かに成り行きを眺めていただけだ。
それを一目で企業工作員と見抜いた。
だが聞けば、至って単純な理由だった。
「ミーティングの最中に、全員に追跡を仕掛けたンよ。何かしら反応したのは陣笠の旦那一人だった。つまり、あンたは魔術師か、少なくとも情報屋ってことだ。まあそれに……」
「それに?」
「ニシカミ商事は、まあ付き合いは長いンだが……ここは今一つ、時世に鈍くさくてな。古臭い会社に命を預ける魔術師は居ねえ……とすれば、あンたはカドクラから派遣されてきた人間、ってこった」
「それじゃあ、カドクラに取り入るのが目的で?」
咲耶が意地悪く云うと、トバ組の男は軽く肩を竦めた。
「そンな悠長な話じゃねえよ。今回は仕切りがニシカミだからな……保険を掛けておきたかっただけだ。陣笠の旦那も貧乏クジを引いたクチだろう?」
「貧乏クジ……まあ、たしかに」
仕事は仕事。そういうスタンスの咲耶はあまり考えたことはなかったが、言われてみればこういう仕事は貧乏クジなのかもしれない。
「今回の件でニシカミ商事もケツに火が付いててな……ウチの組も先代が世話になってる縁故があって、無下にも出来ねえが、こんな仕事で組員を失うのも莫迦らしい。だから打てる仕掛けはやって置こうって事さ」
ニシカミ商事も、元々から時代遅れの企業だったわけではない。カドクラのセキュリティを極一部でも任される程度には、過去の業績は振るっていた。
だがそれは過去の話だ。
トバ・スクリームフィストが活躍していた時代には、一線級の企業だったのかもしれないが、今や情報屋すらも居ない、荒事請負以下の三流に成り下がっている。
とはいえカドクラにしても、このトバ組の魔術師にしても、彼らの過去の業績を無下には出来ず、結果、目的も意味も良く分からない仕事のための仕事に、命を懸ける羽目になった連中が群れることになった。
「オレにも戦ってほしいと?」
「……それは願ったりなンだがね。だが、そうするとあンたに怪我をさせたくないニシカミに角が立つだろ。まあ、こっそりとバックアップしてくれるだけでも助かるって話さ」
「トバ組に情報屋は? 伝説の情報屋が作った組なんじゃ?」
「組長はそりゃあ情報屋だがね……こんなザマの現場に、先代の一人娘を担ぎ出すわけにもいかンでしょ」
「ああ……なるほど」
つまりこの男は、組の社会的な生存のために手下を連れてここに来た。
筋を通し、先代の一人娘が生きていれば組は存続できる。だが、だからといって自分や組員の命を安く見積もりたくはない、と。
その割には、生き汚い風もない。組員を捨て駒にすることも多い荒事請負にしては珍しく、ガラの悪さに反して清廉な気配のする男だった。
咲耶は仕事で死んだらソレで終い。そう割り切って今までやってきたので、この男に妙な興味と好奇心を抱いた。
「アンタ、名前は?」
「朝比奈……トバ組の朝比奈薫だ。あンたは?」
「アルテミス・ワークスの魔術師、鹿賀咲耶。早速ですけど、コレを」
咲耶はクロムウェア・チップを取り出して朝比奈に差し出す。
「これはなンだい?」
「接続した粒子制御デバイスを中継器にして、こっちで情報を拾える盗聴用のクロムウェア・チップです。朝比奈さんの身体を操ったりはしませんから、安心してください」
「その言い方だと、付けてると陣笠の旦那が、俺の身体を操ったりも出来るように聞こえるンだが?」
「朝比奈さんは生身ですから、難しいですが出来ますね。そこらへんは信用してもらうしか」
朝比奈を試すつもりはなかったが、試すような物言いになってしまったなと、咲耶は内心、反省する。
「まあ旦那も、黙ってりゃいいことをわざわざ言ってくれてンだ。俺も信用するとするよ」
怒るかとも思ったが、意外にも朝比奈は笑って受け取った。
*
それはそれとして、案の定、現場は碌でも無かった。
朝比奈が長光剣で、スキンコートも終わっていない新連邦国の戦闘義体を斬り捨てるのを、咲耶は工場の外に留め置かれたモニター車から見ていた。
「こっちの人形は片付いたぞ。軽傷二名、重傷者一名、回収を頼む」
トバ組の方は優勢。しかしニシカミ商事の部隊はすでに潰走を始めていた。
新連邦国系列の企業がニュートウキョウ外郭東の工業地帯の一画に保有するその工場は、表向きは工業用クローム組み立て工場。
テロリストに戦闘義体の供与を行っている実態が発覚したとはいえ、十年以上の活動実績がある工場で、ニシカミの事前調査では「工場の設備を一部転用したタイプで制圧は容易」とのことだった。
しかし、現実は新連邦国側に襲撃の情報は洩れ、組み立ての終わっていた戦闘義体に待ち伏せを受ける。
朝比奈を擁するトバ組のチームは、相手の企業工作員と戦闘義体を退けることに成功したが、ニシカミ商事のチームは話にもならなかった。
そこまでは予想通りと言えば予想通りだ。
「しかし、この気色の悪い人形は一体なンだ? 陣笠の旦那よ」
斬り落とした戦闘義体の骸骨首を蹴り飛ばしながら、朝比奈が聞いてくる。
まだスキンも張られていないような、急増で組み立てられただけの戦闘義体。敵はそれに【自動人形】を入れ、銃を持たせて操っているようだった。
「新連邦国の潜伏用戦闘義体ですね。本来は、そいつに工作員の脳みそと脊椎、内臓の一部なんかを移植してサイボーグのスパイにするんですよ。外見も自由に弄れますから、日本国のような単一民族国家に潜伏させるのに便利だとか何とか」
「体をサイバーウェアに置きかえるンじゃあなくて、脳みその方をサイバーウェアに詰めるって話かい。ゾッとしねえな」
朝比奈が肩を竦める。
彼は前線に立つには珍しく、体をサイバーウェアに置き換えていない。サイバーウェアは本来、欠損部位を補う医療技術だから、それだけ朝比奈の戦闘屋としての実力や嗅覚が優れているという話ではあるのだが、どうもそれだけでは無い様だった。
「脳みそを使わず、パーソナル・データと記憶痕跡をクロムウェア・チップ化して組み込むソリッド型ってのも在るらしいですけどね。そうなるともう、人間なんだかロボットなんだか……」
咲耶がそんな冗談を言っていると、朝比奈の表情が強張った。冗談が詰まらなかった、などという悠長な話ではなさそうだ。
「陣笠の旦那、そのロボットの話なンだが……脳みそを詰める先に、市街専用の多脚戦車なんてのも、あったりすンのかい?」
朝比奈の粒子制御デバイスを中継器にして送られてくる映像には、工場の奥から、機材を蹴飛ばしつつ現れた多脚戦車が映し出されていた。
車体のサイズは通常の戦車よりも小さいが、車輪を備えた多脚型であるため、縦横に大きい印象を受ける。
名の由来のタコというよりは、地グモの方がシルエットは近い。
「新連邦国のT666アシミノク……朝比奈さん、逃げろ。トバ組の装備じゃそいつの装甲に歯が立たない」
「そうは言っても、こっちは負傷者抱えてンだぜ?」
そう言いながら、朝比奈は負傷者を連れて部下を退避させ、自分は一人足止めするためか、多脚戦車の方へと移動を始めている。
「――運び屋は?」
咲耶がモニター車内を振り返り、ニシカミ商事の部長に聞くと「彼は目を逸らしながら、そんなものは雇っていませんよ。予算もありませんし」と言った。
その様子から、問答をしたところで意味のないことだけは分かった。
「……わかりました。オレが出ます」
「そ、そんな! やめてください! 貴方に何かあったら、我々はカドクラから切られてしまう……! 荒事請負なら損害も保険も契約に織り込み済でしょう?」
行く手を遮るニシカミの部長の言葉に、咲耶は何とも言えない気持ちになった。
人間を道具扱いする意味では、命を使い捨ての駒にするのと、脳みそにして機械に詰めるのとでは、どちらが酷いだろうか?
しかも笑えないことに、朝比奈たちを使い捨てにしようとしているこのニシカミ商事も、カドクラに棄てられる寸前で必死に足掻いていた。そして、そのすぐ上に座っているのが咲耶だった。
「……なら……好きにするさ」
モニター車を出ようとした、咲耶の掴むドアの取っ手が、彼を覆う防壁《ICE》の過剰冷却で霜を吹いていた。




