20 門倉海里:Detonetor
M4X1の、金と緑をした瞳が咲耶を真摯に、或いは試す様に見つめていた。
「俺が……デーモン? それは一体どういう――」
「鹿賀くん、戦闘中に戯言に付き合うな。殺られるぞ」
咲耶の思考を遮るように、ヴァレリィが高速振動ナイフを抜いてM4X1に斬りかかり、その問いの答えは返ってこなかった。
――デーモン……デーモンAIのことか?
デーモンAIはスピンドルが超級AIの技術を応用して開発した、自らの検証を行う、独立した思考ルーチンを持つAIのことだ。
AI――人工的な知能は元々、二百年近く前に提唱された概念だ。
人間が行動を入力して“解”へ導くのではなく、人間が“求める解”を入力し、機械がその“解”への道筋を演算する。
長きにわたるAIの開発は、粒子センサ・ネットワークと超級AIによって達成されたといって良いだろう。
「では、AIを超えるAIとは何か?」
「――それは欲求ともいうべき“新たな解を求める心”である」
そう提唱したのが咲耶の父、宗像月臣であり、その検証と証明のために造り出したのが【デーモンAI】だ。
システム自体は縮退粒子演算器を用いる超級AIに比べれば簡素なものだった。
【デーモンAI】の根幹は【一つ目の黄金の骨】と呼ばれる、励起した時、最初に現れる演算術式だ。
それは使用者のパーソナリティや記憶痕跡と結びつき、一斉に増殖する感染体のような代物だった。
与えられた“問い”も“解”もない自由な探求。自ら臨む答えのない問い。何千、何万、何億、何兆、何京の演算の末に、描き出されたもの。
それがセンサ・ネットから顕れる熱と黄金と氷の悪魔。
【知能】を生み出すことに成功したヒトが、その飽くなき欲求で【知性】を生み出すために造られた人造の悪魔。
「オレが……デーモン?」
それは荒唐無稽すぎた。
なのにどうしてか、咲耶には、それが理解できてしまう。
咲耶が求めていたのは、ニュートウキョウでの、灰色ながらも、忙しさにかまけられた生活。たったそれだけだ。
超級魔術師などと呼ばれながらも、平穏な暮らしを望んでいた。
その為にスピンドルを出て、ニュートウキョウへやってきた。
はずだった。
この意識がデーモンの作り出した人造の知性なら、この鹿賀咲耶の体はなんなのか?
そんな問いが咲耶の頭を巡る。
その隙間に入り込むように、背後から声がした。そこには海里が立っていた。
「社長、エア・ビークルの外に出たら危な――」
「真実を見せようか、鹿賀くん」
「海里……社長?」
振り向いた瞬間――ギィン、という切り裂く音がして、それから一呼吸おいて、咲耶の右手首が――ボト、と落ちた。
それを見て激痛に身構えるが、痛みは来ない。
だがそんなことよりも、落ちた手首の断面を見て、咲耶は、正気を失いそうになった。
「なんだ……これ……」
手首の断面は、サイバーウェアのそれだった。
咲耶は粒子制御デバイス等のクロムウェアは使うが、身体をサイバーウェアに置き換えたことは一度もない。
だがその手首の中には、生身の肉体など一欠けらもない。青い血や黒いオイルさえ流れていない、完全な機械構造だった。
「どういう……ことだ……」
足元が、グラリと揺れた気がした。
吐き気と眩暈が襲ってくる。
だが身体を胃液が逆流することもなく、咲耶の感覚に反して、揺らぐこともなく大地に立っていた。
「オレは……オレは一体……――なんなんだ?」
自己の定義が崩れる。己の概念が曖昧になる。
神経が強烈なダブステップを踊っていた。
体は正常なのに、意識だけが酩酊している異常な感覚。
世界にノイズが走って見え、現実感が希薄になっていく。
「門倉海里ッ!」
その声で、咲耶の意識は辛うじて現実に引き戻された。
さっきよりも鋭く、憎悪の籠る声で、M4X1が海里の名を叫んでいる。すでにヴァレリィを投げ伏せ、その手には電磁加速ハンドガンが握られていた。
「しまっ――」
いまさら、企業工作員の本分を思い出す。
それは咲耶に辛うじて残っていた、自身の拠り所だった。
しかし、咄嗟のことに身体が反応しない。
引き金は引かれ、電磁レールによってマッハ二十三に加速された弾丸が、違うことなく海里の頭に飛ぶ。
その瞬間、再び、あの――ギィィィンという、金属が擦り切れる甲高く耳障りな音が響いた。
遅れて、海里の背後にあるエア・ビークルの装甲板が、彼女を挟むように二か所、着弾したところから大きな音を立ててクレーターのように凹む。
銃弾が、海里の目の前で真っ二つに裂けたのだ。
衝撃波をそよ風のように、長い黒髪で受け流しながら、門倉海里は不敵な姿で微動だにせず立っていた。
「不用心な重役とでも思ったか? 私を撃つつもりだったのなら【金鹿竜】でエア・ビークルごと撃てばよかったのだマキシ……やはり、すこし優しすぎるな。オリジナルの影響か?」
「アナタはこの二十年、相も変わらず……!」
極超音速の弾丸を両断したモノの正体が分からず、マキシと呼ばれたM4X1は電磁加速ハンドガンを海里に照準したまま、動けないようだった。
「いいや。私は……随分と変わってしまったよ……ニール博士に続いて、彼女まで失っているからな……」
その表情に、昏い陰が落ちる。
「アナタは、カドクラを中から変えることだって出来る筈でしょう?」
「無理だな」
M4X1の言葉を、カドクラのトップの一人であるはずの海里はぞんざいに否定した。
「――カドクラは私の祖父・忠勝が一代で建てた王国だが一枚岩というわけではないよ……それに世界中に産まれた産業複合体は後戻り出来ないところまで人類社会を浸食して、最早、三大経済圏をも操りかねない。私ですら個人の意思を差し挟む余地などないほどに……」
「アナタはいつも、どうしてそう力づくで世界を変えようとするの!」
そう叫んだM4X1の構える電磁加速ハンドガンが、唐突に例の音を立てて、
その腕ごと斬れて飛んだ。
銀色の美しい腕が宙を舞った。
「――私も力づくで奪われた側の、愚かな人間だからよ」
「……でも、アナタは! アナタという人は!」
「奪われたものと、この感情は、君も……君の持つ記憶も、同じだと思ったのだけどね……マキシ?」
片腕を斬り落とされてバランスを崩れて倒れそうになるのを堪えながら、M4X1は折れた多関節ブレードを構える。
だが動きに精彩がない。心の動揺が、こちらにまで伝わってくるようだった。
それを尻目に海里は咲耶を見た。
「鹿賀くん、君は先に行きなさい」
「しかし……」
「ここは私とヴァレリィで片が付く」
「……オレは……」
「君の真実は、あの“流星”の中にあるよ……その為に、君をここに連れてきた」
そう告げる海里の瞳。果たして、いつもの咲耶であれば、その違和感に気付けたのかも知れなかったが、自分の正体を見失っている今、その言葉は甘く溶けるように耳に届いた。
「わかり……ました……」
自分を見つめる悲しい目をしたマキシに背を向け、咲耶は“流星”の元へと走りだした。
後にはマキシと海里、そして、少し離れて見守るヴァレリィだけが残った。
「ヒトを道具にして――ッ!」
マキシの怒りに呼応して【金鹿竜】のヴィジョンが浮かび上がる。
辺り一面を凍結するほどの冷気をまき散らしながら、その角の間に、すべてを焼き斬る光が収束していく。
だが――
空中に一瞬だけ、線を引いたように何かが陽光を反射した。
次の瞬間、マキシの力の象徴である【金鹿竜】は微塵に切り刻まれ、赤い粒子の塵へと還っていった。
「君たちはまだ……ヒトではない」
愉しそうに。或いは悲しみに暮れ、残念そうに。
海里はそう告げた。




