18 不時着:Emergency Landing
再び時間は遡り、マキシの【金鹿竜】に撃ち抜かれたエア・ビークル内――
コックピットから黒煙を上げ、ゆっくりと墜落しつつあるエア・ビークルの中、ヴァレリィが咲耶に聞いた。
その隣の海里は相変わらず、慌てた様子もなく座したまま。
――あの蜘蛛のデーモンAIの本体の方なんか? でもそれなら、わざわざ長巻部長の身体の中に、ミサイル誘導ビーコンのクローム・チップを仕込んだ意味は……?
そもそも俺や海里社長が狙いなら、コックピットじゃなく、コンテナ部を狙い撃つはずだし、あれだけの出力を持っていながら、外科手術のように飛行機能だけを破壊したのも妙だ。
咲耶もエア・ビークルが墜落することには、余り動揺はしていない。
それよりも、謎の光線の出処を思案していた。
あれだけの火力は無視できない。それにあの尋常ならざる出力は、危機管理以上にその正体も気になるところだった。
「どこから撃たれた?」
「左前方の受信施設の袂からです。エア・ビークルの装甲と防壁《ICE》を一撃で撃ち抜く出力の光線砲……さすがに電離溶断光刃ってことはないでしょうけど、警戒してください。こっちは機体の制御で手が離せません」
そう伝えると、ヴァレリィが両掌を持ち上げる仕草と、困った顔をして見せた。
まあたしかに、墜落しかけのエア・ビークルの中で、その強力な装甲と防壁《ICE》を一撃で抜いてくるような装備の相手に、どう対処しろという話だ。
並の軍人や魔術師なら、まず間違いなく飛び降りた方がマシと言うだろう。それこそ狙撃手に撃ち抜かれて終いになりかねないが。
「高出力の対空砲に警戒と言ってもな……なら、地上に伏せて置いた部隊を向かわせよう。装甲を貫通してくるような光線砲なら、元を断った方が早い……それでエア・ビークルは?」
咲耶に無茶ぶりされながらも、思考を纏めながらヴァレリィは粒子制御デバイスに差した通信用のクロムウェア・チップで、おそらくバックアップの情報屋と通信を繋ぐ。
そこはやはり海里社長の付き人をやっているだけの男ではあった。すぐに次善の案を策定したようだ。
歳もかなり行っているようだし、軍人、しかも指揮官の経験もありそうだった。ただのボディガードではないという事か。
彼の心配事は、海里の安全ただ一点のようだった。
「魔術師っても、魔法使いじゃないんです。コックピットを物理的に焼かれてるから立て直すのは無茶ですよ。不時着させます」
「出来るか?」
「ぶっつけですけど、無理やり減速と軌道修正ってとこですね。余剰な防壁《ICE》で凍結させておけば少なくとも火は出ないし、【冬寂雪花】の効果で、制動や衝撃の軽減も期待出来ます」
咲耶は半身を外に出し、エア・ビークルの底部を【冬寂雪花】で凍らせた。
【停滞フィールド】の効果が停止とまではいかないまでも、エア・ビークルの機体を減速させ、空中に停滞する氷壁と化した防壁《ICE》が敷き板のような役割をして、姿勢と挙動を強引に制御した。
エア・ビークルは、なんとか不時着出来そうな速度まで減速している。
「社長?」
「問題ないよ。任せよう」
グラグラと安定しないエア・ビークル。ヴァレリィは気にしているが、海里のほうは相変わらず、余裕の様子だった。
ミサイルに光線砲に、エア・ビークルの墜落。一つボタンを掛け違えていたら死んでいたような状況が続いているにも関わらず、まったくといって良いほど動揺を見せない。
――肝が据わっているとか、たぶん、そういう次元じゃないよなこの人……
何か胎に一物ありそうではあるが、仮にも天下の産業複合体カドクラのトップの一人だ。何もない方がありえない。
そんなことを考えつつも、咲耶は粒子制御デバイスの大半の演算性能を制御に割り振り、壊れたエア・ビーグルを精密な姿勢制御で操っている。
「不時着します、衝撃に備えて」
ランディング・ギアにも防壁《ICE》を流し込んで凍結させ、強度を増し、スキーのように森の中を滑らせる。
山の中だがマイクロ波受信施設のお陰で、下生えばかりが生えた十分なスペースがあったのは不幸中の幸いだ。
エア・ビークルが接地したのを確認してから、姿勢制御に使っていたセンサ・ネットの出力を制動へ回す。急ブレーキ。
それでもコンテナ・トラック並のサイズと、それの倍する質量があるエア・ビークルを完全に制動することは出来ず、原っぱを滑ってその先、マイクロ波受信施設の外壁に突っ込んでようやく止まった。
「ふう……大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。よくやってくれた」
かなりの衝撃だった筈だが元軍人のヴァレリィはともかく、海里も何事もなかったようにシートベルトを外し、エア・ビークルから降りる準備を始めていた。
「社長は、そのまま中で」
ヴァレリィが備え付けのアサルト・ライフルを構えて、一足先に斥候に出る。
瓦礫を遮蔽にして周辺を警戒。軍人らしい動きだ。
荒事請負なら、肩で風を切ってと言えば聞こえはいいが、のしのしと無防備に身体を晒して歩いているところだろう。
「バックアップの情報屋はなんて言ってます?」
「敵は二人、内一人をクロハバキが抑えているが、もう一人がここへ向かっている」
「あの出力の光線砲をブッパ出来る魔術師なんて、まともに相手取りたくはないですね。援護は?」
「怪しいな。ユーヴィ・クランシーズが相当な数のスリーパー・エージェントを仕込んでいたらしい。山の中に配置していた部隊は殆ど身動きが取れていない。社外荒事請負はスリーパーズの被害を受けていないが……」
「居ないが、何です?」
咲耶も海里社長にエア・エアビークルから出ないよう、手振りで伝えると、身を隠しながら外へ出た。
外套の中に仕舞ってあった、六尺棒を取り出す。
収納状態では五十センチほどの柄だけだが、スイッチを入れると両端が伸び、一気に六尺――約一メートル八十センチの棒になった。
伸縮するために中空で、このまま殴れば簡単にへし折れるような強度だが、魔術師はこれに防壁《ICE》や防壁破りを流し、センサ・ネット側から構造強度を付加して振るう。
「駄目みたいだな……足止めの一人を仕留めきれずにいるらしい。援護はあてには出来ないようだ――しかし、クロハバキ組は荒事請負とはいえ、十分に訓練された手練れのはずなんだが……」
「難儀な……どんな相手なんです?」
「情報屋の報告によると、光剣使いが一人で大立ち回りをしているらしい」
「――……は?」
咲耶の口から思わず変な声が出た。
光剣使いに一人、心当たりがあったからだ。
――いや、まさかね。
「まさか今時、サムライなんてのが“まだ”居るなんてな。俺も驚いている――鹿賀くん、海里社長を連れて動くわけにもいかん、墜落した“流星”は【身体強化】を使えばそう遠くない。君は先に――」
その時、木々の間を縫って、原っぱのど真ん中に白い影が舞い降りた。
白い猫耳アンプの付いた流行のパーカーは今時のストリート・チルドレンといった風情だが、艶めかしく降ろされたジッパーの中に潜んでいた身体は、レオタードに包まれた美しい白銀。
――無重力合金鋼の戦闘義体……やっぱりスピンドルの人間か。
「ありがとう、朝比奈さん、何とか間に合ったよ」
その戦闘義体は、咲耶の知った名を呟きながら、ガスマスク状のガジェットを装着し、両腕から多関節ブレードを抜き放った。




