17 足止め:Enemies Stuck
大出力の粒子ビームを放ったヘラジカの骸骨【金鹿竜】は、役目を終えたとばかりにその姿がノイズと共に崩れ、赤い粒子に還っていく
「無茶なことすンな嬢ちゃん。あれにゃ、陣笠の旦那も乗ってンだろ?」
朝比奈が落下し始めるエア・ビークルを見上げて言った。
ヘラジカの骸骨が放った光線砲は、綺麗にコックピットだけを撃ち抜いている。コックピットに積まれていたエア・ビークルの粒子制御デバイスは完全に焼き切れているだろうから、まだ飛んでいるのが奇跡のようなモノだ。
「咲耶なら大丈夫。不時着させるぐらいは出来るわ」
「マジか……たしかに陣笠の旦那なら、それぐらいやりかねねえが……なんてンだ、あれは。エア・ビークルが凍ってやがる……」
朝比奈が眺めていると、エア・ビークルの下部に雪の華が咲き、更に減速、こちらから離れるような挙動を見せ始める。
搭載された粒子制御デバイスの出力を完全に失ったわりには、即座に墜落するわけでもなく、減速しながら、姿勢も制御され、ゆっくりと落下していた。
個人用の粒子制御デバイスに、エア・ビークルの飛行用AIアプリなんてものは入っていないだろうから、あれは演算出力にものを云わせてアドリブでやっている。
空を飛ぶエア・ビークルの粒子制御デバイスの出力は相当なものだ。その出力を、脊椎に埋め込まれたサイバーウェア規模の粒子制御デバイスで補っているとすれば、一体どういう性能を持っているのか。一介の荒事請負である朝比奈には想像もつかなかった。
――このマキシってのもそうだし、陣笠の旦那はスピンドルの粒子制御デバイスが特別製だとは言っていたが、それにしても桁が違いすぎやせンかね……
「離れていく……落下位置へ先回りするよ朝比奈さん」
そういうマキシに、朝比奈は黙って背を向けた。
「いンや、俺はここまでだ、マキシの嬢ちゃん」
朝比奈はそう言って、マキシに背を向けた。
「ちょっと、冗談を言ってる場合じゃ――」
そこまで言いかけて、マキシも気づいたようだった。
追手だ。
『クロハバキのニンジャ部隊ね。エア・ビークルを撃ったせいで、完全にわたしたちを敵と認識したみたい』
「ミサイルを撃った別の勢力もいるみたいだが、クロハバキのニンジャはカドクラ側か。そうすると、そりゃ、そうなるわな」
朝比奈だけに見える赤いドットが舞って、幽霊を描き出す。
その弁天の幽霊は【ワシの眼】やセンサ・ネットの深層領域から集めた情報を使って追跡、木々と下生えの陰に潜むニンジャ達の姿を、朝比奈のサングラスに映し出した。
「陣笠の旦那の近くまでは、なンとか送り届けた。追加分の戦闘屋契約は――こいつらの足止めで満了……ってことで良いな? 嬢ちゃん」
手にしていたスーツケースを足元に置き、サングラスを外して金髪をかき上げる。
左手でサングラスを掛けなおすと、袖から手品のように出てきた長光剣の柄を振って、光刃を発した。
加えて、朝比奈の手から【防壁破り】が流し込まれ、光刃に赤熱した文字のような刃文を映し出す。
「分かった……後は上手く涼風さんと逃げて」
「いいンかい?」
「ボクはスピンドルの殺戮人形だよ?」
「そいつは陣笠の旦那と同じで、本人の嫌いな呼び方だと思ったンだがね」
「ボクを嬢ちゃんなんて呼ぶのは、朝比奈さんぐらいだよ」
話している内にも、クロハバキ組のニンジャ部隊の強調表示が間近まで迫っていた。
「さあ、行きな嬢ちゃん」
「わかった」
マキシは振り返らず、エア・ビーグルの墜落地点に向かって【身体強化】で駆けた。
『行かせてよかったの? まだマキシちゃんが咲耶くんの味方って、裏が取れたわけじゃないのよ?』
「さて、ゆーて余裕もねえしな……こればっかりは、自分の勘を信じるしかないンよ」
そう言って足元に置いたスーツケースに足を掛ける。
「さてと――そういう訳だから、ここは通行止めだぜニンジャ共」
木々の陰に見えていた、アサルト・ライフルのDT17マサムネを構えたクロハバキの強調表示が消える。
戦闘距離に入って痺れを切らした敵の情報屋が、弁天の追跡を強引に対抗したらしい。
右手の木の陰から、探りを入れるようにバースト射撃。
飛んできた三発の銃弾を、朝比奈は長光剣をクルリと回して弾き飛ばした。
人間の反射神経で出来る事ではない。
朝比奈は精密射撃アプリ【スマートガン・システム】を応用した改造AIアプリを使い、弾道予測をしていた。
始点の分かっている攻撃であれば、スマートガン同様、必中で弾を斬ることが出来る。
銃とセンサ・ネットがモノを云うこのニュートウキョウで、光剣を振り回すような古風なヤクザである朝比奈が生き残って居られるのは、弁天と作った攻守剣術アプリ【上泉】があればこそだった。
フルオートで四方八方から飽和攻撃でもされない限り、銃撃はそこまで怖くはない。かといって、こちらの得物は剣の間合い。
朝比奈はブツの取引でもするような、戦闘中にしてはゆったりとした動作でスーツケースを足で蹴って滑らせた。滑った先でロックが外れ、ケースが観音開きに開く。
その中から掌サイズのドローンが八基、射出機構を使って飛び出した。
「戦闘ドローン?」
クロハバキの斥候が即座に反応して、ドローンの一基に射撃。
高速移動する掌サイズの目標だが、難なく当てた。
射撃姿勢から、標的の追尾、偏差計算などを全てやってくれる射撃補助AIアプリ【スマートガン・システム】が登場して以来、歩兵部隊において選抜射手は廃業となっている。
粒子制御デバイスの性能にも依存するが、センサ・ネットの演算によって、選抜射手並の照準力を、すべての射手歩兵が簡単に手に入れることが出来るのだから。
だが命中し撃ち落とされたかに見えたドローンはアサルト・ライフルの銃弾を弾いて木々の中を飛び回る。
その側面には防壁《ICE》で凍結した装甲板が張り付けられており、それを楯にして銃弾を弾いたのだ。
操っているのはもちろん朝比奈ではなく、クロムウェア・チップによって朝比奈の粒子制御デバイスを中継器にしている弁天だ。
「装甲を張っただけの偵察ドローン、時間稼ぎか」
そう言って、クロハバキ組の斥候は、遮蔽から飛び出し朝比奈に詰めてくる。
「おっと、ニンジャは思い切りがいいな」
銃弾に反応、光剣が閃いて、切り落とし、或いは弾き返す。
光剣が相手では遮蔽は余り意味がなく、アサルト・ライフルを絶え間なく浴びせかける方が、逃亡と攻撃を封じることが出来るという算段だろう。
実際、バースト射撃を【上泉】が自動反応して弾くせいで、朝比奈は攻めに転じる間がなかった。
このまま、後続が包囲するまで釘付けにするつもりだ。
さすがの【上泉】も後ろからの銃撃までは弾けない。
「弁天姐さん、頼むわ」
木々の間を飛び回っていたドローンの一基が、斥候に向かって飛ぶ。
「体当たりでもさせる気か」
ニンジャが右手のアサルト・ライフルで朝比奈を狙ったまま、左手を慣れた動作で腰のホルスターへ。サイドアームの拳銃を抜き、ドローンに素早く照準。
だが弁天はその瞬間を狙って、ドローンが短い光刃を発生させて加速。腕を切り落とした。
「ぎゃあああ――……ッ!」
腕を切り落とされて叫ぶニンジャを黙らせるように、もう一基の光剣ドローンが、うなじの粒子制御デバイスに突き立ちトドメを刺す。
「斥候がやられた。トバ組、長光剣の朝比奈だ」
――ザザザと下生えを掻き分けて、隠密性を捨てて姿を現した残りのニンジャが【身体強化】朝比奈を包囲するように走った。
「だからそのダセエあだ名で人のこと、呼ぶンじゃないよ……」
「光剣で銃弾を防御するシステムは、包囲されれば意味があるまい」
一斉にアサルト・ライフルDT17マサムネの銃口が向けられる。
どうせなら手裏剣でも構えろよと思うところだが、起爆式手裏剣辺りを投げつけられていたら、実は危ないところだった。
周囲三百六十度からの銃撃。
粒子制御デバイスを朝比奈のような一介の荒事請負でも装備しているニュートウキョウでは、【スマートガン・システム】のような高性能な射撃補助システムを用いたしても、魔術師を単純な銃撃で相手を倒すことはおろか、制圧することも案外難しい。
だからこそだろう、慣れた包囲飽和射撃だった。相打ちにならないよう、巧く射線はズラしてある。
「やったか?」
「ヤってねえよ」
朝比奈が被せ気味に否定して答えた。
その周囲には、八基のドローンが防壁《ICE》を纏って浮遊し、すべての弾丸を受け止めて弾いていた。
「上泉改【八臂守護戦神】っつってな……光剣で守り切れない背中を任せる為のガジェットなンよ」
――とはいえ、見事に囲まれたな。まあ嬢ちゃんの時間は稼げたンだ、良しとするか。
飽和射撃を受けて舞い上がった硝煙と土埃を払い、自然体で片手に長光剣を握り、サングラスの位置を直しながら朝比奈は一歩前へ踏み出した。
その背後には光剣を生やした八基のドローンが、付き従うように舞っている。
「さあ……殺ろうか」




