16 テイクダウン:Takedown
エア・ビークルを追って、涼風のマキノ・ロードビーストは外環の出口に差し掛かっていた。
ランプを降りると郊外のアパートメント地帯が広がっていて、背の高い分譲住宅群で一度見失うが、そこを抜けると、その先にはニュートウキョウの外食産業が管理する巨大な農業プラントが広がっていた。
その中央を貫いている道路へ入る。
開けた土地と最先端サンルーフ・ハウス以外、管理棟ぐらいしか建物のない農業プラント・エリアで、朝比奈たちは再びエア・ビークルを捕捉した。
道は山中に続いていて、その峰には、木々を切り開いて建てられた、巨大な電波塔のようなものが等間隔に並んでいる。
弁天がセンサ・ネットのアングラ・サロンよりも、更に深いところにあるタルタロスまで潜って調べたところ“流星”が落下したのはその袂という話だ。
「もっとスピードは出ないの?」
「さすがにエア・ビークルのスピードに付いていくのはキツいっスよ。向こうは空飛んでるんスから」
天井を開け、身を乗り出してエア・ビークルを睨み続ける。
涼風も運び屋のプライドが許さないのだろう。無理と言いつつもアクセルはベタ踏み、農業プラントのトラックをパイロンのごとく躱しながら車を走らせた。
「おい、あれ、スピード落ちてンじゃないか?」
「めいっぱい踏んでるっスよ」
「いやコッチじゃねえ、エア・ビークルの方だ」
ロードビーストが農業プラント・エリアを抜け、山道に差し掛かった頃、エア・ビークルの方で異変が起きていた。
速度が落ち、飛行中だというのに開閉扉が開き、そこから男が身を乗り出している。揉み合っているようにも見えた。
その様子をよく見ようと目を凝らしたところで、山に生える背の高い木々に視界を遮られる。
「クソ、木が邪魔だ。なンか揉めてるみたいだったぞ」
「正面、何か光ったっス」
「咲耶……――きゃ!」
涼風が急にハンドルを切って、反対車線に飛び込む。
アスファルトでタイヤが削れたその跡を、銃弾が列を成して上書きした。
「いい勘してるよ涼風、ラグーンの連中か?」
「ライフル弾だね、DT17マサムネ」
流れていく道路の弾痕を解析したのか、マキシが言う。
「DT17マサムネってと、カドクラ製のアサルトライフルじゃねえか……やっぱり逃げときゃよかったな、どうだ弁天姐さん?」
サングラスを直しながら、弁天に映像データを送る。
返ってきたデータを照らし合わせると、木の幹に何かのガジェットで張り付いている光学迷彩を纏った最新デザインの脚絆姿に、アサルト・ライフルを片手で構えた人影。
『あのわざわざ着てる忍者衣装と合致するのはカドクラのクロハバキ組ね』
「荒事請負のくせに、カドクラに尻尾振ってる御庭番かよ。次から次へと」
『そういう意味だと、咲耶くんなんて、まんまカドクラの企業工作員だけど?』
「陣笠の旦那はいいンだよ、ウチは借りがあるかンな」
『そういうもん?』
「そういうもンだ」
「追って来てないっスか?」
サイドミラーやバックミラー、それにセンサ・ネットの車外映像を確認しながら、涼風が言う。
さすがに立て続けに銃撃されて、神経が逆立っているようだ。
「あれは見張りで、撃ってきたのはたぶん警告だ。どうも、山ン中はカドクラの縄張りだと言わんばかりだな」
「このまま、車で移動するのはマズいんじゃないっスか?」
「違いない。どうするマキシの嬢ちゃん?」
「車で追えないなら“流星”のところに先回りするか……」
「それでいこう。弁天姐さん、どこか車を隠せるところはねえか?」
朝比奈が自分にだけ見える、赤い格子構造のドットで描かれた弁天の幽霊に聞くと、一瞬だけ思案顔になった後、すぐに返事が返ってきた。
『二キロ先に、マイクロ波発電所建設に従事した作業員の住居跡があるわ』
「マイクロ波発電所? なンだそりゃ」
『見えてるじゃない、そこに』
「あの電波塔みたいのがそうだよ。スピンドルのソーラーパネルで宇宙太陽光発電した電力を受信する施設だね」
マキシが山の中を切り開いてそびえ立つ、巨大な塔を指さして言った。
「へえ……スピンドルってのは、偏屈な学者が住んでる街だって、陣笠の旦那からは聞いていたが、電気まで作ってンのかい」
「逆だよ朝比奈さん。元はマイクロ波発電所――宇宙太陽光発電ユニットの管理ステーションを、宇宙コロニー化したのがスピンドルなんだ」
「まあ、なンだ、その宇宙で作った電気の受信施設があの塔で、弁天がいうには、その近所に隠れられる場所があるンだそうだ。ナビに送信したぞ」
「一先ず、車に迷彩を張るよ。さっきの忍者が追って来てないとも限らないし」
そう言って、マキシが車に触れると――バリッ、と帯電し、車体にノイズのようなモノが走って見えた。
周囲に発光した粒子端末も見て取れる。
「【位置情報迷彩】だな。そういえば、上からの監視に気を付ければ案外追手は巻きやすい、とかなんとか。前に陣笠の旦那が“陣笠”を被ってる理由を言ってたな」
「それなら【ワシの目】対策に、車の上にもう一つ迷彩を仕掛けるのがいいか」
マキシがそう言うと、すぐに車に笠になるように光学迷彩のヴィジョンが現れた。
ロードビーストはそのまま、ナビの指示通り、山林の合間に造られた二階建ての集合住宅地へ入る。
目聡くシャッターの開いたガレージを発見した涼風は、そこへ車を隠した。
「ふう……それじゃ、自分はココで待機してるっスよ」
「すまねえな。帰りも頼みたいところなンだが、追手が来たら、俺らのことは放ってサッサと逃げろ」
ハンドルに寄りかかってグッタリしている涼風を労うように、肩をポンと叩いて朝比奈は、弁天のスーツケースを持って車を降りる。
先に降りたマキシを探すと、彼女はガレージの隣の二階建て分譲住宅の屋根の上で、空を見ていた。
「朝比奈ッ! アレッ!」
そのマキシが、空を指さして叫ぶ。
見れば、咲耶が乗っていると思しきエア・ビークルを狙って、山の中から携行ミサイルが発射されていた。
次の瞬間――
空がひび割れたような黄金が走り、そこに雪の結晶が咲いた。
空に突如咲いた雪の結晶華は、ミサイルを捉え、凍結し、上空に、まるで時を静止したような光景が広がっていた。
「なン――」
その幻想的な光景が目に焼き付く暇もなく、今度は起爆した無数のミサイルの炸薬が彩る真紅の爆炎が空に咲いた。
「――迎撃したのか? センサ・ネット・アプリだが、金色の実体に見えたな。今のもデーモンAIか?」
「【此花咲耶】……咲耶で間違いない、朝比奈さん、行くよッ!」
そう言ってマキシが【身体強化】を纏って飛ぶ。
「おいおい、サイボーグのスピードに追い付けってか……こっちは言う程サイバーウェアは積んでねえンだぞ。荷物もあるし」
ぼやきながらもスーツケース片手に【身体強化】して走り出す。
マキシは加速を付けてから飛び上がり、山の木々の幹を壁にして蹴って飛ぶ。朝比奈もなんとか引き離されないよう、それに食らいついて飛んだ。
尾根に上り切ったところで、マキシは電波塔の袂、開けた場所に出て着地。
幸いクロハバキや、カドクラの部隊の姿はない。
「どうした嬢ちゃん」
開けた場所に出たお陰で、エア・ビークルが良く見える。
爆風に煽られて安定を欠いていたものの、今は制御を取り戻しているようだった。
「走ってたら間に合わない――」
――カタカタと、古めかしいコンソールを叩く音が聞こえた。
それを聞いた、朝比奈は思わず一歩下がる。
マキシの背後にプラズマが収縮し、赤熱した一つの塊となり、やがてそれは冷えて一つの黄金色の骨となった。
骨は瞬く間に増殖し、チキチキと音を立てて組み上がっていく。
夜に見た、ヘラジカの骸骨だ。
黄金の骸骨が姿を現すと、今度は急激に空気が凍結した。
防壁《ICE》。正式にはイントルージョン・カウンター・エンジン――本来は、センサ・ネットのセキュリティ・ウォールを意味する言葉だが、強力な防壁《ICE》はプラズマ弾や光刃のような、物理干渉力すらも弾く力があり、領域支配戦闘機《A.S.F.》が用いる防壁《ICE》に至っては、具現化現象により、空中に氷壁が現れるという。
そして今まさに、ヘラジカの骸骨はその氷壁を外皮のように纏い、地面と空気を凍結させて姿を現した。
ヘラジカの大きな角の間には、既に蒼いプラズマが高出力で集束しつつあった。
「おいおい、嬢ちゃんまさか……」
「撃ち落とす――【金鹿竜】ッ!」
――プラズマが大気を焼く轟音。
夜に【脳喰らい】を焼いた時とは段違いの出力で蒼い閃光が放たれ、空を青白く切り裂いて、エア・ビークルのコックピットを正確に撃ち抜いた。




