12 光剣:Damaging Optical Saber
「なんで陣笠の旦那を探してンだ? あんた、スピンドルから来ておいて、あの流星騒ぎと無関係ってことはないンだろ?」
朝比奈が手を振ると、銃を構えていたトバ組組員たちは、めいめいに銃を仕舞いながら席に戻った。古株はマキシの危うさを感じ取ってか、安堵の息を吐きつつも、油断なく彼女を見つめている。
それらに「心配するな」とショート・メッセージを送りながら、朝比奈はマキシに向き直った。
「陣笠の旦那?」
「鹿賀咲耶のことだよ。いつも軍用の陣笠を被ってる。超級魔術師の方が通りは良いが、本人はお気に召さないそうなンでな」
「随分と有名なのね」
「八区の界隈じゃ、知らンやつはモグリだな」
隣に座るストレンジレットの女主人を見ると、彼女は首に手を当てて粒子制御デバイスを操作し、センサ・ネットへ接続している。
時間が掛かっているようだ。
「それで、あいつに何の用だ?」
間を繋ぐのに、朝比奈は直立不動のマキシとの会話を続ける。
「キミの予想通り、流星の件だよ」
「あいつと流星に何か関係があるンか?」
「こういう界隈だと、詮索屋は嫌われるのが常識だと思っていたけど?」
「お前さんに嫌われても、俺は困らねえよ」
再び、朝比奈は女主人の方を見るが、彼女は首を振った。
「出ないね。寝てるんじゃないかな?」
「まあ会社員が、こんな時間に起きてはないわな」
朝比奈がそう言うと、マキシは目を丸くする。
「会社員? あのコが? それは本当なの?」
「待て待て、会社員といっても企業工作員だ」
「どこの?」
金にうるさい情報屋でもないので教えてやっても良かったが、こうも読めない相手に迂闊にベラベラ喋るのも考えものだ。
「なんにせよ、朝までは陣笠の旦那も起きて来ねえ。出直してこい」
「ならここで待たせてもらう。後三十分もすれば日は昇るでしょう?」
手を振って追い返そうとするが、マキシはどこ吹く風で居座ろうとする。さっきからピリピリしている組員たちが、それで一瞬殺気立った。
「勘弁しろよ。お前みたいな可燃性の危険物、こンなとこに置いといたら、三十分もしない間に大惨事じゃねえか」
そう言って朝比奈は立ち上がる。
「弁天姐さん、屋上を借りるぜ。それと、陣笠の旦那と連絡が取れたら、酒でもどうだって誘っておいてくれ」
「あいよ。気を付けて」
ストレンジレットの女主人――弁天の頬に口づけをして、朝比奈はやれやれと重い腰を上げた。
サングラスの位置を直し、カツカツと踵を鳴らして店の奥にあるエレベーターへと歩き出す。
「マキシ……つったか、こっちだ」
先にエレベーターに乗ると、大人しくマキシが続く。サイボーグの彼女が乗ると、もっと揺れるかと思ったが、重さを感じさせることなく彼女はエレベーターに乗り込んだ。
朝比奈が操作パネルにパスを入力すると、屋上行きのボタンが表示された。
「四十五口径を弾くような装甲のわりに、軽いンだな」
「エレベーターに乗れないような重さだと、耐久性にも剛性にも支障がでるでしょうが……無重力合金鋼は軽量かつ高剛性だし、全備重量で二百キロ弱ってとこよ」
「それでも、その体躯で二百キロもあるンか」
「戦闘義体としては軽量」
「タッパがこれだと、重いのか軽いのか、いまいちピンと来ねえな」
胸の前で掌を水平にして見せて言う。
長身の朝比奈と比べると、マキシは胸のあたりに頭が来る身長で、重量は倍あるわけだ。
とはいえ彼女の身体には、知る限りでも多関節ブレードやら、射出ワイヤー・アンカーやらが仕込まれているから、軽いと言えば軽いのかもしれない。
二百キロ程度の重量というのは本当のようで、年季の入ったビルのエレベーターはスムーズに上へと昇っている。
「ついでに聞いてもいいか?」
「なに?」
「あんた、生身の頃も、そんな風貌だったンか?」
「な……あー……どうしてそんなことを?」
朝比奈は、間繋ぎに何気なく聞いただけだ。
だが、マキシは意外に動揺した反応を見せた。
「ただの好奇心だ。あんたの言動や殺気は、どうみてもティーンエイジャーの姿形と噛み合わンからな」
「……なるほど」
「何が、なるほど、なンだ?」
「いや、こっちの話」
そうこうしている内に、エレベーターはバー“ストレンジレット”が入っているビルの屋上に到着した。
屋上にはあまり使われていないエア・ビークルの着陸パッドと、ベンチに自動販売機、それに手入れの行き届いた花壇があった。
正面には一区や七区の、天を突くようなビル街が広がっている。
夜通し輝いているビルの電飾が消え初め、東の空はそろそろ白み始めていた。
「これがニュートウキョウ……まるで塔の街……どうしてヒトはいつまでも、地上で重力に抗おうとするのかしらね」
「あれがバベルの塔なら、さっさと崩れてほしいもンだ――コーヒーで良いか?」
はじめて見る光景なのだろう。出てきたばかりの田舎者のように、都心のビル群を見つめているマキシに、朝比奈は自販機で買ったコーヒーを投げて寄こした。
「ありがと」
缶を開ける音と鳥の声だけが流れる中、静かに夜が明けていく。
「さてと……」
しばらくの静寂の後、“ヴンッ”と、光剣を抜く音が鳴った。
朝比奈の手には、大昔のSF映画のようなグリップが握られ、その先に刀ほどの長さの、細く蒼いプラズマ・バーナーが発生した。
ガジェットの名は、殺傷光線剣――通称、光剣。朝比奈が手にしているのは、その中でも長い刀身を発生させる、長光剣だ。
センサ・ネットの技術で造られたバーナーの刀。
反りも刃文もないが、切れ味に遜色はない。
「お前の見せた電離溶断光刃ほどの出力はないが、コイツならお前の装甲も斬れるンじゃないか?」
「咲耶は随分と、この街の人に気に入られているだね」
すこし嬉しそうにマキシがそういうと、左腕の袖から、鎌のような逆反りの刃を持った多関節ブレードが飛び出す。
「朝比奈さんの粒子制御デバイスは、逃げるためじゃなくて、近接戦闘用に特化したものか」
「銃はどうも性に合わないンでな」
朝日が反射して、朝比奈の顔に掛かった瞬間、マキシが飛んだ。
伸ばした銀の腕、前腕側面から生えた多関節ブレードが、その関節を使って、先端の刃を鎌のように振るう。
それを朝比奈は、光剣の“重量の無さ”を生かし、手元でくるりと半回転させて、斬り弾く。
――ギィン! と、一合。
再び二人は距離を取る。
朝比奈は、多関節ブレードを切り落とせなかったことと、長光剣が弾かれたことに、少し驚いていた。
光剣は剣と言っても、実体はプラズマ化した粒子端末のバーナーだ。そのあたりの構造は、プラズマ化粒子を照射する兵器である電離溶断光刃とそう変わらない。
刃ではなく、噴出するバーナーなのだ。
それが弾かれた。
「どういう理屈なンだ?」
朝比奈が、長光剣を不思議そうに眺めながら、今しがた斬り合った相手に世間話のように聞く。
「防壁《ICE》だよ、朝比奈さん」
そう言ってマキシは、防壁《ICE》で凍結した多関節ブレードの刃先を見せた。
「光剣はプラズマのバーナーだけど、それを形成してるのは粒子端末とセンサ・ネット。だから光刃で焼き切れない出力の防壁《ICE》には阻まれる。ノーマルで使うんじゃなく、刃に【防壁破り】を仕込むなりした方がいいよ」
「……なるほど?」
朝比奈は聞いた通り素直に、長光剣に【防壁破り】を仕込んだ。
蒼いバーナーのような刃を覆うように、幾何学模様と文字列が浮かぶ。
「で、ちょっと待ってもらえるかな?」
「命乞いするようなタマじゃねえだろ?」
「いや、一応聞きたいことがあって」
「なンだ?」
「ボクは、なんで朝比奈さんに襲われてるの?」
それで朝比奈はカミガタの大衆喜劇よろしく、盛大にズッコケそうになった。
「人聞きの悪い言い方をしなさンな。屋上だからって、障子に耳が付いてねえとは限らンのだぞ」
ずり落ちたサングラスを戻しつつ、長光剣を構えなおす。
「大体、襲ってきたのはそ……」
そこまで喋って、朝比奈ふと思い当たる。
店の扉で問答になって、扉は破壊されたが、用心棒はノされただけだ。
店の中で銃を抜いたのはトバ組の方。
そして今も、先に光剣を抜いたのは朝比奈の方だった。
「――それも、そうか」
頭を掻いて朝比奈が光剣を仕舞うと、マキシも習って多関節ブレードを引っ込めた。
よくよく考えれば、こいつは電磁加速ハンドガンまで持っているのだから、むしろ本人的には大人しくしていたつもりなのだろう。
まあ繋ぎもなしに、組の事務所同然の店に一人で乗り込んできた時点で、こちらから見れば十分鉄砲玉なのだが、それをこのマキシというサイボーグに言っても通じないであろうことを、朝比奈は何となく理解した。
「それで、鹿賀咲耶の行方は?」
話が通じたと思ったのか、マキシが改めて言う。
――お前さんが言うと、どうも脅しか喧嘩売ってるようにしか聞こえねえンだよ
そう心の中で零しながら、朝比奈はベンチにどっかと腰を下ろした。
「弁天の姐さんが渡りを付けるまで、コーヒーでも飲ンで待ってろ」




