雷、見えない、文字
「・・・・・・とても、暗いです・・・・・・」
ぼくは、うすらぼんやりと光るスマホを片手に、途方に暮れていた。
『何があったんです?』
「雷、落雷、ブレーカー」
『・・・・・・停電しているんですか?』
「いえーす」
困った、と思う。
正直、雷で停電とは、予想だにしていなかった。
夜、雨も風も強く、まさしく、嵐。
雷がぴかっと光るのも確かに見たし、割と近くに落ちたかなー、とかのんきに構えていたら、これだ。
「どうしよう。周りが全く見えないです」
『スマホのバックライトを使いなさい』
はなさんは、的確にアドバイスをくれる。
「はなさんは平気?」
『わたしの家は大丈夫です。というか、とにかく一度電話を切って、ブレーカーをあげる!』
もう、という声が聞こえるが、
「え、やだ」
『何を言っているんですか?』
「暗くて怖い。はなさん、たすけて・・・・・・」
『・・・・・・いえ、わたしさすがに瞬間移動はできないんで・・・・・・。とても残念ですが』
「そっかあ」
すう、はあ、と深呼吸して、
「よし、行ってくる!」
『何を大げさな・・・・・・』
あきれたような吐息のはなさんに一度別れを告げて通話を切る。
そして、立ち上がって、テーブルの角に足をぶつけた。
「っ! ・・・・・・くぅ・・・・・・」
足の小指というものは、どうしてぶつけるとこうも痛いのか・・・・・・。
しばしうずくまって痛みをやり過ごし、今度こそ慎重に立ち上がる。
「・・・・・・えっと、スマホのライトは、と」
すいすい、と操作してタップ。
ぱっと周囲が明るくなった。
部屋のブレーカーはドアの脇の少し高いところだ。
スマホのライトをかざして慎重に歩く。
「あった・・・・・・」
照らしてみると、一番大きなスイッチが下に下がっている。
「よ、と」
指先で押し上げると、ばちん、とあがって、電気がついた。
「よかった、ついた」
ふう、と安堵の息を吐いて、
「あ・・・・・・」
部屋に戻ってテーブルの上の惨状に気づく。
おそらく、足をぶつけたときだ。
テーブルの上のジュースを入れていたコップが、ひっくり返っている。
「うあああ・・・・・・」
慌ててティッシュを何枚も抜いてジュースを吸い取る。
「・・・・・・あーあー」
半分も残っていなかったのは幸いだが、開けていたスナック菓子の袋の口に思いっきり飛び込んだせいで、スナック菓子がひどいことになっている。
「これは、ちょっと・・・・・・あれだな」
ふやけてぼやぼやでは、正直食べる気もせず。
仕方ないので、ジュースを吸い取ったティッシュをスナック菓子の袋に突っ込んで、そのままゴミ袋に入れた。
「ん?」
スマホの着信に気づいて、手に取ってみる。
「あ、はなさん」
『大丈夫ですか?』
メッセージを読んで、そのまま電話をかけなおした。
「・・・・・・やほ。はなさん」
『サン。大丈夫ですか?』
「うん。ジュースひっくり返したけど、他は平気」
『よかった。まだ雷鳴ってますから、気を付けて』
「はーい」
『というか、本当に大丈夫ですか? 電化製品の調子とか』
「え?」
『雷が落ちてブレーカーが落ちた場合、下手すると、電化製品にコンセント越しに高圧電流が流れて、最悪壊れるんですよ』
「え・・・・・・」
『まあ、大丈夫だとは思いますが、コンセントにつないでいるものがあったら、壊れたのがないか、確認した方がいいですよ?』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
『・・・・・・? サン?』
黙ってしまったぼくを不思議に思ったか、はなさんが呼びかけてきた。
だが、それどころではない。
「・・・・・・さっきまでね?」
『はい?』
「停電する前まで」
『あ。はい』
「・・・・・・ノートパソコンで、レポートを、書いていたのです」
『・・・・・・・・・・・・あ』
何かを察した、あ、だった。
「・・・・・・今ね。画面が真っ暗なの・・・・・・」
『じゅ、充電が、切れた、とか・・・・・・』
ずいぶんと自信のない声だ。
「・・・・・・コンセントにつないでたんだ。充電されてないなんて、ないよね・・・・・・」
『あー・・・・・・』
「てっきり、停電だから、消えた、と思ったけど。・・・・・・でも、停電でも、充電あるから、普通は、つきっぱなし、だよね・・・・・・?」
信じたくないなあ、と乾いた笑いが漏れる。
「・・・・・・明日、締め切りなのに・・・・・・」
『まずはスイッチです。もう一度電源を!』
「試した。起動しませんでした・・・・・・」
『ふぁ、ファイト!』
「うう。はなさん、助けて」
『手書きで行くしかないですよ!』
「でも、ネタが・・・・・・」
『思い出せる限り思い出して! 電話越しですけど、アドバイスしますから!!』
「がんばる・・・・・・」
すごく難航してかき上げたものだったから、がっくりとくるのもひとしおだ。
「・・・・・・はなさんは、レポート終わってる?」
『ええ。まあ、もう出しちゃいましたね・・・・・・』
「さすがはなさん」
そつがないなあ、と思いながら、ぼくはレポート用紙と鉛筆を取り出す。
「・・・・・・明日、パソコン修理に出さないとなあ・・・・・・」
『大学で買ったものでしょう? 保険が効くはずですから、修理代はただですよ、きっと』
「そうだね。きっとね」
お金は少ないから、それはいい。
だけど、
「いっそ、この嵐で明日は休講になってしまえ」
『でも、レポート出すところは別だから、締め切りは延びませんよ? たぶん』
「酷な現実」
『というか、もうちょっと早くに取り掛かりましょう』
「あー、正論なんて嫌い! だー!」
『だー! じゃ、ありません! しっかりしなさい!!』
まったく、とはなさんは言い、
『とにかく、書き始めるのです。ぶっちゃけ、量はそこまでじゃないんですから」
「ま、ね」
レポート用紙で書けば、二枚か三枚で終わるはず。
「・・・・・・テストがなくても、レポートって面倒だね?」
『わたしとしては、こんなものを大量に集めてみないといけない、教授の方がはるかにめんどうだと思うんですけどね。・・・・・・なんでレポートなんでしょう?」
「ぼくが思うに、大学の教授は、なんだかんだ、人の書いたものを読むのが好きなのでは?」
『ふむ。まあ、学校の先生じゃないですからね』
「変態ってことだね!」
『全国の大学教授に謝りなさい』
そのあとも、はなさんのアドバイスに従って、何とか紙面を埋めた。
「・・・・・・ありがと、はなさん。何とかなった」
『いえいえ』
「じゃあ、あとで大学で」
『ええ。・・・・・・ちょっとは寝るんですよ? 遅刻しない程度に』
「そうする」
日付が変わって、二時間。
嵐も過ぎたか、外は静かだ。
「・・・・・・ふう」
鉛筆はペンケースへ。
レポートはクリアファイルに入れて、カバンへ。
「・・・・・・もう!」
ぺし、とパソコンをたたく。
「君が雷なんかに負けるからだぞ」
パソコンもカバンに入れる。
「・・・・・・手、痛い」
キーボードの方がいい。
しばらく、手で文字は書きたくない。