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熊、家主、囲炉裏

 動物園の熊か、と言われたことがある。

 子供のころの話だ。

 ぼくの家は田舎の方で、祖父母はさらに田舎に住んでいた。

 今でこそ新築になってしまったが、ぼくがまだ幼いころには、祖父母の家には囲炉裏があった。

 家の中で火を焚く、というのに、妙にわくわくしたのを覚えている。

 正月、親戚が集まる少し前に祖父母の家に行き、祖父母が囲炉裏で何かを作っているのを、うろうろと周りをうろつきながら見ていた時に、祖父に言われたことだ。

 祖父母は農家だったからか、元気な老人だった。

 遊びに行けば歓迎してもらえ、将棋もオセロも人生ゲームもやった。

 気がよく、元気。

 下手をすると、父より体力があったのではなかろうか。

 そんな祖父と、ぼくの最大の共通点。

 それが、じっとしていられない、ということだった。

 何もしていないと、何気なく立ち上がり、うろうろと歩き出す。

 祖母は笑って見ていた。

 そうして、言ったのだ。

 まるで、熊みたいだ、と。

 ぼくは、自分がそう言われているとは、ついぞ思わなかった。

 何せ、熊と言えば、大きな生き物だ。

 そして、ぼくは小さく、祖父は大きかった。

 だから、ぼくはそれは祖父を指して言っているのだと思った。

 熊じい、と呼ぶようになったのは、間違いなくそれが影響している。

 

+++


「熊じいちゃん、名前全然違うんだけどねえ・・・・・・」

 大学構内のカフェで、はなさんと差し向いに座り、コーヒーを飲む。

 講義と講義の間の空いた時間などに、よくやることだ。

 場所は、講義の始まっていない教室だったり、道の脇のベンチだったり、サークルの部室だったりと様々だが、今日はカフェだった。

 不思議と、はなさんとの会話は尽きることがない。

 前に同じ会話をしたことがあるかも、と思っても、はなさんもぼくも、気にせずしゃべる。

 そんな距離感こそが、ひどく心地いい。

「熊・・・・・・。サンがそんな風に歩き回るところなんて、わたしは見たことありませんが?」

「そりゃ、はなさんと会うのはまず外だもの。いくら何でもうろうろとはしないよ」

 それに、

「何もしてなくて暇なときの癖だからね。はなさんと話して、暇なときなんてないし」

 そ、そうですか、とはなさんはそっぽを向いた。

 何かしただろうか、と思いつつも、

「昔からそうでさ。・・・・・・友達と話してる時でも、ちょっと間が開くとふらっと、どっか行っちゃうもんだから、結構あきれられてたね」

「少し見てみたい気もしますが」

「いくら何でも、はなさんの前ではしないよ」

 あはは、と笑う。

「無意識の癖だし、気にしてたら出ないって」

「まあ、癖ってそういうものでしょうが・・・・・・」

 むう、見たいですね、とはなさんはぼやくものの、ぼくとしてはどうしようもない。

 熊じいちゃんの話に戻すとしよう。

「でね? その熊じいちゃん。昨日珍しく電話がかかってきて」

「まだお元気なんですね?」

「もう八十近いはずだけど元気元気。なんか、猪取れたからいるかー、って」

「イノシシ・・・・・・?」

 首を傾げているはなさんに、笑いながら説明する。

「田舎、って言ったでしょ? 出るんだよ。畑の周りに。罠仕掛けてあるし、引っかかるとお肉になるの」

「捌けるんですか?」

「捌くよ? 前に遊びに行ったときは、鹿肉もらった」

「ジビエ・・・・・・」

「美味しかったよ。スーパーに売ってる肉とは違うおいしさ」

 たまに食べたくなるから、ちょうどいいと思って、頼んでおいたが、

「というわけでさ。焼肉しよう」

「ほう・・・・・・」

 焼肉ですか、とはなさんが低くつぶやいた。

「挑戦ですね?」

「なんの? いや、たぶんじいちゃん、一人じゃ食べきれない量の肉と野菜送ってくるから。一緒にどうかなって」

「む。いいですね」

「ホットプレート用意するから」

「サンの家でやるんですか?」

「だめ?」

「いえ。ダメではないですが・・・・・・」

 ん、とはなさんは頷き、

「わたしの家でやりましょう。サンの部屋だと、ちょっと狭いです」

「そう?」

 部屋の構造を思い浮かべるが、普通に二人で食事するくらいはできるはずだ。

「いえ。焼肉ですから、においがつきます。サンの部屋だと、ベッドもありますから、下手すると脂が散ってひどいことになりますよ?」

「・・・・・・うわあ」

 想像して、ひどい想像に落ち込む。

「それはいやだ」

「わたしの家なら、リビングでできますし、後片付けも楽ですから」

「・・・・・・お願いしていい?」

「もちろんですとも」

 まかせなさい、と頼もしく胸をたたくはなさんであった。


+++


 後日、送られてきた肉は実に二キロあった。

「じいちゃんよ」

 ありがとう、とも、送り過ぎ、とも思うが、

「野菜も結構あるし、二人でいけるか?」

 段ボールに、ニンジン、玉ねぎ、ジャガイモ、キャベツ、肉。

 抱えると、結構な重さだ。

 基本となる食材はこれで全部だ。

 届いたものは、はなさんに連絡してあるし、はなさんの方でも少し用意したらしい。

 白いご飯は必須ですよ、と念押ししておいた。

「・・・・・・しかし、はなさんの家か」

 前にお邪魔した時は、はなさんのご家族はいなくて二人きりだったが、

「今日はどうなんだろう?」

 何せ、普通の週末だ。

 人様のおうちにお邪魔しての焼肉なので、今回は昼食としての焼肉になった。

 においがついてもいいように、着替えも用意して、家を出る。

 割合行き当たりばったりなぼくにしては、結構綿密に準備したね、と思いながら、はなさんの家への道を行く。

 はなさんの家は、普段のぼくの行き来する道からすると、少し外れたところにある。

 開発された大通りから、二本ほど外れた通り道に入ると、そこは住宅街だ。

 よ、と重たいダンボールを抱えなおし、道を歩く。

 はなさんは、イノシシの肉を食べてなんと言うだろうか。

「いうて、ぼくもあんまり食べたことないから、どんな味だったか、はっきり思い出せないんだけど」

 でもこういうお肉は結構健康にもいいと聞くし、

「はなさんと焼肉とか、まだやったことないからなあ・・・・・・。なんか、はなさんて意外と食べるし」

 一緒に食事に行くと、大概ぼくより量を食べている。

 おいしそうに食べるはなさんは、とても微笑ましくてかわいいのだが。

「・・・・・・ふむ」

 今日も、たくさん食べるはなさんが見たい。

 しかし、

「はなさんのご両親がいた場合、初対面が焼肉というのはどうなのか」

 大事な、もはや親友と呼んでも差し支えのないはなさんのご家族に会うというのに、焼肉。

「む、なんか緊張してきた」

 まあ、大丈夫だろう、と思うが、

「ん~。はなさあん」

 もしもの時は助けてね、とここにはいないはなさんに祈り、ぼくははなさんの家についた。


 なお、はなさんの家にはご両親が準備万端待ち構えていた。

 家主だから、なんて理由付けずとも、招待しますよ? はなさんのご両親。

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