茸、鬼、タオル
茸を食べてパワーアップする世界的に有名なオジサンはいるが、ぼくは普通の人間である。
いくら食べたってパワーアップはできません。
だけど、茸は好きだ。
「はなさんはきらいな茸ある?」
「いえ? わたしはそもそも好き嫌いありませんので、なんでもおいしく食べます」
「えらい」
本当にえらい。
「じゃあ、好きな茸ある?」
「そうですね。・・・・・・エリンギが好きです」
「ほう?」
「縦にスライスして、バター焼きですね。定番です」
「あ~。わかる。わかります」
「わかりますか!」
うんうん、と頷く。
「なんか、エリンギだけじゃなく、茸はバター焼きが合うよね!」
「鉄板ですね!」
「鮭のホイル焼きで上に載ってるシメジが好き!」
「シイタケを網の上で焼いて醤油を垂らすとか!」
「いいね! 今度やろうか!」
「いいですね。今度やりましょう!」
がっしと握手したところで、
「・・・・・・ところで、何の話でしたっけ?」
「いや、ゲームの攻略法としてボスの鬼の飲む酒に毒茸を混ぜる、というのは、ありかなしか、という話」
「ああ、そうです。そうでした」
そのまま戦うと強いボスに、戦う前段階の準備で弱体化を食らわせる、というイベントだ。
鬼だから、酒飲み。
バトル中でも酒を飲んで回復に自己強化をしてくるのを、逆に弱体化のパターンに変えてしまう、まあ、ゲームではよくあるタイプのイベントである。
「わたしは、そのゲームまだやったことないんですが、イベントとしてはありなのでは?」
「まあ、ぼくも否定はしないんだけどさ・・・・・・」
気になっているのは、毒を混ぜることではなく、
「バトル中、毒と分かっているのに、その酒を何度も飲んでその度にダメージと弱体化を食らうボスの行動パターンにね?」
「・・・・・・あー・・・・・・。まあ、ゲームですし」
「いや、一昔前のやつならともかく、今時のゲームなんだしさあ、AIもっと進化させてもよくないか、と」
言っても仕方ない愚痴だが、ゲーム時短は楽しいのだが、なんか気になってしまったのだ。
「無駄に小さいこと気にしているなあ、とは思うけどね」
結構いろいろリアルに作られているゲームだったから、そういうどうでもいいところが気になる。
「はなさんはさ、そういうシステム上特に大した問題でもないのに、なんか気になったことって、ない?」
「そうですねえ・・・・・・」
ふむ、と考えて、はなさんは答えた。
「昔、どうしてこのキャラは身長の何倍も飛べるのだろうか、と・・・・・・」
「あー。まあ、大概のアクションゲームは理不尽な高さジャンプするけどね」
「わたしも、跳べるか、と思った時期もありました。小学校入る前ですが」
「ぼくは、自力じゃ高く飛べないからって、ブランコの反動使ったりしてたかなあ・・・・・・」
「飛ぶんですか?」
「高さじゃなくて飛距離を競うようになっちゃうけどね」
友達数人で、ブランコの前に置いてある砂場までジャンプできるか、と試したものだ。
危ないからって、後で禁止され、公園からブランコがなくなる事態となったが。
「・・・・・・まあ、きっと酒に酔っていたせいで馬鹿になっていたんだろう。あのボス鬼は」
「あはは。まあ、酔っ払いは不条理なことしますから」
「はなさんは、お酒飲むの?」
「飲みません。というか、まだ未成年です」
「まあ、ぼくもそうだけど」
「飲んでませんね?」
「飲んでないです」
「ならばよし」
「はい」
何か許された。
「まあ、もう一年ないし」
「・・・・・・サンの方が、誕生日遅かったですね?」
「え、うん。そうだよ。ぼく十二月だから」
「わたしは八月ですからね」
「知ってる。去年教えてもらったの結構ギリギリで焦ったもん」
「・・・・・・聞かれなかったもので、つい」
「結局、アイスケーキ買って、一緒に食べたね」
「あれ、美味しかったですよ」
「ぼくも当たり引いたなあ、と思う」
うんうん、と頷いて、
「まあ、今年はあらかじめ知ってるからいいよ。ちゃんとできるし」
「そうですか、楽しみにしてます」
ふふふ、と嬉しそうに笑っている。
「で、僕の誕生日がどうかした?」
「いえ。お互い二十歳になってますから。一緒に二人で飲み会しましょうか、と」
「ああ、それはいいね。まだ、半年以上も先だけど」
「わたしの方が先に二十歳ですからね。おいしいお酒、探しておいてあげますよ」
「それはいいねえ」
酔っぱらったはなさんかあ、と想像し、
「・・・・・・想像しがたい・・・・・・」
「大丈夫、わたしの家系はとてもお酒に強いので、基本的には変わらない、はずです」
「ほほう?」
「お父さんなんか一升飲んでもけろっとしてますし」
「それはすごい」
「おかあさんは、一日一本ワイン開けるのが日課になってますし」
「・・・・・・大丈夫? アル中じゃない? それ」
「二人とも、いたって健康なんですよねえ。不思議なことに」
はなさんは首を傾げて、
「ええ。まあ、とにかく! サンが酔っぱらってもわたしが面倒見てあげますから! 安心して酔ってください」
「吐いたりしないかな?」
「大丈夫、その前に止めてあげましょう!」
「絡み酒になったりして?」
「・・・・・・ありですね」
「え?」
「いえ、なんでもないですよう? ただ、どんなことであれ、お酒で失敗するものではないので、練習もかねて、二人で飲み会しましょうね?」
「そうだね。ぼくも、はなさんなら心強いし」
「・・・・・・! ええ、任せてください!」
どん、と胸をたたくはなさんを見て、僕は笑う。
はなさんは、頼りになるなあ、と思う一方で、お酒を飲んだぼくがどうなるかにも興味はある。
「・・・・・・ちなみに、サンのご両親はお酒飲みますか?」
「なんで?」
「ご両親の酔い方を見れば、案外同じ酔い方するかもしれませんよ?」
「ん~。お父さんが週末に晩酌して、お母さんがそれに付き合う感じかなあ・・・・・・? ただ、二人とも前後不覚になるほどには酔っぱらわないから」
「そうなんですか」
「二人とも、ビール缶を一本か二本開ける位でやめちゃうから、顔色も変わらないよ」
「だとすると、案外サンも強いかもしれませんね?」
「そう、だといいなあ・・・・・・」
お酒につよい、というのは、結構いいことではないかと思う。
「でも、限界を知るためにも、練習はセーブせずに」
「なるほど」
「こう、酔ったな? と思うところではなく、ちょっと気持ち悪い、ぐらいまではいけます」
「へー・・・・・・」
「あと、二日酔いのきつさも、体験すべきですね」
なんとなくはなさんを見る。
「なんです?」
「はなさん。ほんとにお酒飲んだことないの?」
「な、なにを言いますか!?」
「いや、二日酔いのきつさとか、お酒飲んだことない人は出てこないかなあって」
「いえいえ。わたしの体験談じゃないですよ? わたしの父と母が、二日酔いのときはすごい顔をしていてですね?!」
へー、と頷いてはおく。
「あ、信じてませんね?」
「いやだなあ、ぼくがはなさんをしんじないなんて、アルワケナイジャン」
「こっち見て言いなさい!」
「ぼくは、はなさんを信じてるよ」
「・・・・・・そ、そんなじっと見なくていいです」
勝った。
なお、半年ほどしてぼくの誕生日に飲み会をした際、酔っぱらったぼくがはなさんに絡んだ結果、テーブルの上をひっくり返し、大量のタオルが必要になった上、しばらく部屋が酒臭くなった。