池、約束、ブラシ
池のほとりを走り回る。
健康によさそうだね、と思いながら、ぼくはベンチに腰掛けて空を見上げる。
青い。
いい空だ。
雲一つない、というのは、割合最近は珍しいかもしれない。
いい天気、とつぶやきつつ、傍らに置いておいた紙袋に手を伸ばす。
「・・・・・・じゃん、タイヤキ」
小さく口の中でつぶやいて、取り出す。
公園の入り口で屋台販売していたものを、衝動的に買ってしまった。
なんというか、気分だ。
持ち上げて、下から見る。
上から見る。
目を合わせる。
ふふ、と笑いが漏れた。
頭からか。しっぽからか。
ちょっと邪道に腹から、いや、いっそ二つに割るか?
食べ方に特にこだわりはないけれど、なんとなく、矯めつ眇めつ。
結局、いつも通りに頭からかじりつく。
ふも、という感触のあとに、ぐっと噛んでいくと、しっとりとあんの口当たりがやってくる。
噛みちぎって、むぐむぐと噛んで、
「・・・・・・うまし」
むふ、と満足を息に乗せた。
一口、また一口、とかじっていき、やがて食べ終わる。
「どうしよ」
紙袋の中には、まだあと二つ、タイヤキが入っている。
んー、と周囲を見回し、
「食べちゃうか」
+++
うわあ、と思わずため息をつきました。
公園の入り口から遠目に、池のほとりのベンチに座る、サンの姿を見つけます。
顔なんてわからないくらいには距離があるというのにはっきりと分かるあたり、自覚はしていますが重傷ですね。
いえ、いいんですけど。
それはともかく、サンのことです。
何か、おそらく、公園の入り口で売っていたタイヤキですね。
わたしも買うかどうか迷いましたが、これから約束のある、ということで泣く泣く我慢しました。
・・・・・・サンは買ったみたいですが。
遠目、おそらくサンはわたしに気づいていませんね。
ちょっと見ていると、取り出したタイヤキを持ち上げたり、くるくる回したりしています。
どこから食べるか考えているのでしょうか。
かわいい。
なんだかもう一つ紙袋から出しました。
あ、タイヤキ同士でキスさせてます。
何やっているのでしょう。
きっとサンの顔はにやにやしているのでしょう。
なんとなくそのくらいは分かります。
もっと近くで顔が見たいですね。
そ、と木立に紛れて近寄ります。
なんとなく、抜き足差し足で近づきます。
顔が見える位の距離に来ました。
サンは右手に一つ、左手に一つ、タイヤキを持っています。
右手の方からかじりました。
あ、左手も行きました。
むぐむぐと口を動かしています。
しかし、両手に持って同時食いとは、サンも意外とやりますね。
「・・・・・・あーむ」
今度はくっつくように並べて一緒にかじりましたよ?
両方を一緒に食べて、妙にご満悦です。
むふ、と笑っています。
なんでしょう。あのかわいい生き物。
もうちょっと見てたいですね。
+++
はなさんが来た。
はなさんの分も、と思って買っていたタイヤキだったが、結局全部ぼくが食べてしまった。
「遅かったね? はなさん」
「すいません。ちょっと目が離せなくて」
「? 何の話?」
「いえ、こちらの話ですよ」
はなさんは首を振る。
その視線が、ぼくの傍らの紙袋に向いた。
「タイヤキだよ」
「・・・・・・おいしかったですか?」
「うん! はなさんの分も買っといたのに。遅いからぼくが全部食べちゃった」
「いえ。いいんです。またあとで買いましょう。ええ」
ふふ、とはなさんは笑っている。
なんだかうれしそう、というより、幸せそう?
「何か、いいことでもあったの?」
「ええ。ちょっとだけ」
ふうん、と頷いて、ベンチから立ち上がる。
空の紙袋は近くのゴミ箱に入れて、
「じゃ、行こうか」
今日の約束は、この公園から近くにある先輩の家だ。
ぼくとはなさんが参加しているサークルの先輩はバイト戦士で、いろいろなバイトを掛け持ちしている。
その一つで、人手が足りない、ということで、臨時の手伝いを頼まれた。
ついでだから、近くの公園で合流してから、という約束で、今日の待ち合わせだ。
今日一日だけの仕事だけど、先輩から教えてもらうこういう日雇いのバイトは、結構割がいい。
自由に使えるお金を手軽に稼げる、という点で、先輩のお仕事はなかなかによい。
「・・・・・・でも、はなさんも一緒って、珍しいかな?」
「そうですね。わたし、あまりバイトとかしていませんし」
「お金に不自由してなさそう」
「あはは」
笑っているが、実際はなさんからはお金に苦労しているイメージはない。
はなさんと買い物に行くと、いつもほしいものを買うとき、素直に財布を取り出して、普通に必要なだけのお金が出てくる。
「・・・・・・いつも、お金がないって言わないじゃん」
「外に出るときは、きちんと多めに持っているだけです。カードも電子マネーもありますが」
「・・・・・・やっぱり持っているのでは?」
「いえいえ」
こういうところは、ちょっと謎があるなあ、はなさんは。
「あ、あそこだ」
そうこうしている間に、目的地に着いた。
結構、大きめな家だ。
+++
「まさか、犬の散歩係とは」
「ちょっと意表を突かれましたね」
合計十二頭の犬。
そのお世話、というのが、今日の先輩のバイトだったらしい。
そのうちの四頭をはなさんとぼくで二頭ずつリードにつないで手に持つ。
残った犬たちは、先輩がブラシをかけたり、トリミングしたり、シャンプーかけたり、といろいろするらしい。
ぼくらは、と言えば、ルートの書かれた地図を渡されて、そこを回ってきて、というわけだ。
回ってきたら、先輩がお世話した犬たちをまた引き連れてルートを回る。
合計三周すれば、お世話が終わる。
「先輩。全部で三時間くらいって言ってたけど」
「言ってましたねえ」
「・・・・・・十二頭の犬の世話を三時間で終えられるものだろうか」
「・・・・・・あの人なら、できそうですが」
「・・・・・・やっぱあの先輩、なんかすごいな」
「そうですね」
二人で顔を見合わせて笑う。
ルートはそれなりの長さがある。
犬を連れているとはいえ、はなさんと二人で散歩だ。
ちょっといい陽気だし、楽しいバイトになりそうだと思う。