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ダブルハーツ

作者: 虹太

「全くこんなことも出来んのか!何年ここで働いてるんだ!」

また怒られていた。

怒られている彼は一年前まで私の直属の部下だった。仕事が早く会話もそこそこだが、困ったことに悩みを言わない。悩みが無いと本人は言うが、この会社はストレスが溜まることが多い。加えて彼は心配性なとこもある。ストレスがないはずは無いのだ。

「は~。もういいが、この処理ともうひとつのデータ記入も今日中に終わらせて帰れ」

「はい…申し訳ありませんでした」

彼は謝罪すると少し下を向いて席に戻った。

今日中と言っても…処理だけで軽く半日はかかる。

そして時刻はあと30分で定時の午後6時になろうとしていた。

彼を怒っていた上司は数ヶ月前に別の課から来た身でいきなり課長の席に着いた。前の課では荒々しい言動や態度が原因で辞めていく社員が後を絶たなかったと言う。そのため私を含め一定数が良くは思っていなかった。








午後6時

定時を知らせるチャイムが鳴った。

この後は課での飲み会が企画されていた。

そのため今日の仕事は皆定時で終わらせられる分しか与えられていなかった。

この会社はストレスこそ溜まりやすいが、残業が多い訳じゃなかった。残業するにしても1時間もあればある程度は片付く。

そのため彼もあの量を今日中にやれと言われた時は面食らっただろう。

ああ言う行いをするから社員が辞めていくと言うことにあの課長は気づかないのか?いや、気づいてはいるはずだ。ただ悪いとは思ってないのだろう。

これがあったから俺は強くなったんだ。とかいいそうだし。

続々と片付けを済ませた社員が出ていく。

課長もチャイムが鳴ると同時に早々に片付けを済ませ飲み会のある居酒屋へ向かった。

私はと言うと正直めんどくさい気持ちだった。それに、後輩の彼が心配だった。

ああ言うタイプは、ある日突然会社に来なくなったり、最悪の場合自殺するこもある。

そして、そう言う人間は責任感が強くて、怒られれば「自分が悪い」「自分の責任」と過剰に自分を責めてしまう。

私はとりあえず部屋を出て屋上で少し時間を潰した。飲み会には用事が出来てしまったから行けないと伝えた。事前に払った飲み代は無駄になってしまうがまぁそれはいいとしよう。









午後7時、皆は飲み会に行き残ってるのは俺だけ。

またあの人に怒られた。

しかもそれだけじゃなくやりきれない仕事量を与えられた。あの人が来てからの数ヶ月思うように仕事がうまく行ってない。別にあの人のせいとは思ってないけど、どうにも俺は怒られると気分が落ち込みやすくてネガティブになってしまう。

切り替えないととは思うけど心の中では誤魔化しきれない気持ちがある。

天井を見上げた。仕事をしながら思い悩む思考がぐるぐると駆け回りついには涙が出て来てしまったからだ。

辛い辛い辛い…。

苦しい苦しい苦しい…。

今俺の心の中はネガティブな感情でいっぱいだった。「誰か助けて」と言葉にならない声をあげている。この数ヶ月で俺は自分が思ってるよりも心が疲弊していたのかもしれない。

するとふとあの人のようにカッコよくなれたらと去年まで直属の上司だった女性の顔が浮かんだ。

カッコよくて仕事ができて優しくて、困ってたら声を掛けてくれていつも心の苦労が尽きない俺の支えでいた「冴子」さんの顔が…。

俺の課での評価が上がったことで直属の上司ではなくなったけど尊敬と出会った時からあった好意の気持ちは今でも持っている。

あの人は怒られてる俺を見てどう思ってるだろうか…。


俺の思考が別に向こうとした時──名前を呼ばれた。

俺のよく知る。カッコいい女性の声だった。


声のした方に顔を向けるとそこにはやはり

カッコいい女性が立っていた。







あと5分で7時になる。

流石にあそこには彼以外もう誰もいないだろう。

私は屋上のベンチを立ち彼のいる所へ向かった。

普通に入って仕事を手伝うことも出来たがなんとなく一人の時の彼を見たいという思いがあった。

普段悩みを人に言わない分、一人の時は感情が爆発なんてことがあると聞くからだ。

なるべく足音を消して部屋を覗くと彼がいた。

天井を見上げ、眼を片手で覆い泣いている彼がいた。落ち込んでいるだろうとは思ったけどまさか泣いているとは思っていなかったため私の心はその姿に激しく揺さぶられた。

私の想像よりも遥かに彼は溜め込んでいたのだろう。彼の心は彼しかわからないから想像ででしか言えないけど、たぶん自分が情けないで辛かったのだろう。

そう思うと私までつらくなってしまった。

感情移入ってやつだ。

そしておそらく彼じゃなければここまでのことはしなかっただろう。それは、少なからず自分が彼の事を好いているという自覚があったからだ。

私の足は彼の席に向けて歩いていた。







「湊斗くん」

名前を呼ばれた。

カッコよくて尊敬していて好きな女性の声。

俺は泣いていたため声こそ押さえていたけど心はいつもより何倍も過剰に反応した。

「冴子…さん…どう…して?」

「うん。飲み会断ったの。なんか行く気になれなくてね」

冴子さんは泣いている俺を見ても顔は穏やかで反応してくれた。茶化すこともせずに優しく。

「大丈夫?」

「あ…あの…その、ごめんなさい」

パニクっている俺はさっきよりもぐるぐると駆け回る感情を押さえるのに必死で咄嗟に出て来た「ごめんなさい」を口にした。

俺がパニクっているのがわかっているのか彼女は穏やかな表情を崩さない。

「どうして謝るのよ。あなたは別になにもしてないでしょ」

「いや…でも俺…泣いて…」

「泣くのは悪いことじゃないよ。それにここで悪いのは私のほうだよ。ごめんね。見られたくないとこ見ちゃって」

「いえ…それはこんなとこで泣いてた俺が悪いわけで…」

「もう~。ほんとに君は…」

冴子さんはそう言うと俺の頭に手を置いて撫で始めた。

「ヨシヨシ」

そう言って撫でる彼女はとても優しく俺の全部を包むように癒してくれていた。

俺はたまらず、またどっと涙が押し寄せてくるのがわかった。しかし、それを止めることはできない。

彼女の…冴子さんの優しさに今は全てを預けたい。

そう思ってしまったからだ。

俺が押さえきれずに思い切り泣き始めると冴子さんは今度は俺を撫でる手を一瞬止めて俺を抱き締めたのがわかった。恋人同士ではないため一瞬俺は動揺したけどすぐお構い無しに泣くのを再開した。










「湊斗くん」

私は彼の席の横で立ち止まって名前を呼んだ。

名前を呼んだ瞬間彼の体がビクッとしたのがわかった。そして、こちらを向いた時明らかに動揺しているのが見て取れた。

「冴子…さん…どう…して」

彼は赤くなった眼を擦ってそう言った。

「うん。飲み会断ったの。なんか行く気になれなくて」

私は動揺している彼を見て私も動揺してはいけないと思い、できるだけ優しく穏やかにを心がけて話した。

「大丈夫?」

「あ…あの…その、ごめんなさい」

「泣くのは悪いことじゃないよ。それにここで悪いのは私のほうだよ。ごめんね。見られたくないとこ見ちゃって」

「いえ…それはこんなとこで泣いてた俺が悪いわけで…」

彼はそう言って下を向いた。

自分がこんな状況なのにまた自分が悪いと言う。

泣いていた理由は聞くまでもないだろう。

もし違う理由で泣いているのだとしても私は彼を少しでも楽にさせてあげたいとそう思った。

「もう~。ほんとに君は…」

自分の感情には不器用だね。

そう言う前に私の右手は彼の頭の上に行っていた。

そして、無意識に撫でていた。

よく頑張ったね。

大丈夫だよ。

言葉にはしなかったけどそんな思いがどんどんと溢れてきた。すると彼は、さっきよりもより一層強く泣き始めた。それを見たとき私の中の彼を安心させたいと思う感情が爆発した。

私は恥じらいもなく、ただただ安心させたいと思う感情で彼を抱き締めた。










本気で泣いたのは数分だった。

そのあと少しの間は彼女に抱き締められ頭を撫でられていた。そのお陰もあって、俺は少しずつ落ち着きを取り戻して行った。

落ち着くにつれて、恥ずかしい気持ちとこのまま抱き締められていたいと言う感情が出て来たがこれ以上冴子さんに迷惑をかけられないと思った。

「あ…あの冴子さん、もう大丈夫です」

俺がそう言うと冴子さんは、「ハッ!」っと小さく声を出して俺から離れた。

離れた冴子さんを見ると顔がほのかに赤くなっていた。おそらく彼女もこう言うことをする気はなかったんじゃないだろうか。

「あ…あの…ありがとうございました。冴子さんのお陰で凄く楽になりました」

何を言えばいいのか迷ったがとりあえずは感謝言った方がいいと思った。

「うん。それならいいんだけど…ごめんね。あんなことして…」

「いえ…凄く楽になりましたし、嬉しかったし…感謝しかないです」

「そ…そう…」

俺に声を掛けた時とは違う。あたふたした冴子さんを見るのは初めてで、その姿を愛しいと思う自分がいた。

「あのね!仕事手伝おうとしたの!…そしたらあなたが泣いてたから…そう!だから私がああしたのはあなたのせい!」

冴子さんは恥ずかしい感情に耐えきれなかったらしく俺のせいとビシッ!と俺を指差した。

その姿に思わず俺はクスッと笑ってしまった。

「な…なんで笑うの!」

「いやだって、冴子さんのこんな姿初めてで凄く可愛くて…ははは」

「完全に私をバカにしてるな~」

彼女はそう言うと僕の苦手な脇を攻撃しようとする。

普段なら素直にやられるが、今回は利用する…。

俺は、近いて来た冴子さんを抱き締めた。

さっきよりも少し強く抱き締めた。

その瞬間彼女が固まったのがわかった。

なんかもう押さえられなかった。

止まらなかった。

冴子さんのことが好きだということが…








彼を抱き締めて撫でている時私は無心だった。

普通なら幸せとかそう言う思いになるのだと思う。

しかし、私は何も考えてなかった…いや、思考しなかったの方が正しいと思う。

それは無駄で今は必要なかったと判断した。

彼が泣き止みちょっとした時。

「あ…あの冴子さん。もう大丈夫です」

彼の言葉で私は我に帰る。

「ハッ!」

思わず声が出た。

私は、即座に湊斗くんから離れ思考を再開する。

しかし、冷静に考えると自分が何をしてしまったのかを思い出した恥ずかしさに全てが支配される。

そして、私の好きな「白日」一文、「犯した罪を知る~」が再生された。

やってしまった…やってしまった…やってしまった

ヤバいヤバいヤバい。

どうしよう~~~~~~~~~~~~~~~。

そんな事を考えると彼が口を開いた。

「あ…あの、ありがとうございました。冴子さんのお陰で凄く楽になりました」

どうやら感謝してくれてるらしい。

よかった~~~~~。

だけどとりあえず謝ろう泣いていたとは言え恋人でもないのにあんなことしちゃいけなかったし…

「うん。それならいいんだけど…ごめんね。あんなことして…」

「いえ…凄く楽になりましたし、嬉しかったし…感謝しかないです」

「そ…そう」

はぁ~よかった。

けど気まずい。ホントに気まずい。

何か…何か話題変えないと…

「あのね!仕事手伝おうとしたの!…そしたらあなたが泣いてたから…そう!だから私がああしたのはあなたのせい!」

まだ心のパニックが治まりきってなかった私は普段なら絶対に言わない無駄な一言を言っていた。

彼は「えっ!」と言う顔で私を見る。

なに言ってるのよ私!

なんで「あなたは悪くない」って言ったのに「あなたのせい」って言っちゃってるの!

あ~やばいよやばいよ。

すると彼はクスッと笑い眼を細めてこちらを見た。

「な…なんで笑うの!」

「いやだって、冴子さんのこんな姿初めてで凄く可愛くて…ははは」

彼の言葉で私の心はさらに揺れる。

さっきまで泣いていた彼はどこえやらと言う感じで楽しそうだ。

しかも、慰めてあげたのにからかわれた。

こうなったら…

「完全に私をバカにしてるな~」

脇を攻撃しよう。

そうすればいつも通り彼は弱るはず……

だが…彼はいつも通りとはならなかった。

彼は立ち上がり、私を抱き締めたのだった。












俺が抱き締めると彼女は一瞬身を固くした。

だけど、少ししたらリラックスして抱き締め返してきた。

「冴子さん?」

「私はあなたが好き…」

そう言われた瞬間心が跳ねた。

そして、あっと言う間に何も考えられなくなった。

しかし俺の口から自然に言葉が出た。

「俺も…俺も、冴子さんが好きです」

俺がそう言うと俺の身体に顔を埋めた冴子さんがクスリと笑ったのがわかった。

「どうして笑うんです?」

「湊斗くんてホントに不器用だよねって思って」

「自分でもそれは嫌ってほどわかってます」

「自覚はあったんだ…」

「それは…はい」

「悩んでること全部言えとは言わないけど、話せば楽になることもあるから話してね。私たちその…恋人…なんだし」

冴子さんは照れながらそう言った。

悩みを全部言えと言わないところが冴子さんらしくて凄く心地いい。

「はい…冴子さんの方ももそこら辺我慢しないでくださいね」

「あら…後輩に心配されてる?大丈夫よ。そこら辺湊斗より不器用じゃないから」

あっ…今…呼び捨てで…

俺は嬉しさで少しだけ強く抱き締める。

「はい。冴子さん」

「呼び捨てじゃないの?」

「俺はまだこっちがいいですね」

するとまた彼女はクスリと笑った。

「しょうがない。許す!」

「はい」









抱き締められた。

今度は彼の方から…

私は一瞬頭が真っ白になった。

彼は抱き締めたが何も言わなかった。

私も何も言わなかった。

数十秒は何も考えられなかったがそれも一瞬。

私は思考した。

彼への気持ちを…

そして、答えは単純ですぐに出た。


湊斗くんが好き。


ただそれだけ。

私は彼を強く抱き締め返した。

すると彼が口を開く。

「冴子さん?」

「私はあなたが好き…」

口からは自然に言葉が出た。

自分で考えてたよりもずっと自然に…

私がそう言うと彼の身体が少しビクッとなったような気がした。

彼が抱き締める力を少し強める…


「俺も…俺も、冴子さんが好きです」


彼がそう言った瞬間心が跳ね、そして、安心して笑った。

「どうして笑うんです?」

彼が少し尖った感じで言ってくる。

「湊斗くんてホントに不器用だよねって思って」

好きって言われたのが嬉しくて笑ったなんて言うのが恥ずかしかったので、とりあえずさっき思ったことを言う。

「自分でも嫌ってほどわかってます」

「自覚はあったんだ…」

「それは…はい」

自覚があってのあの不器用さ…ホントにこの子は…。

より一層、彼が可愛く見えてくる。

「悩んでること全部言えとは言わないけど、話せば楽になることもあるから話してね。私たちその…恋人…なんだし」

自分でも恥ずかしいことを言ってるのはわかっていたが、これから付き合うのなら彼の多くを知ろうとそう思ったのだ。

「はい…冴子さんの方ももそこら辺我慢しないでくださいね」

私の言葉に彼は優しくそう答えた。

「あら…後輩に心配されてる?大丈夫よ。そこら辺湊斗より不器用じゃないから」

あえて呼び捨てにして言ってみる。

というより、勢いで呼び捨てにした。

すると、彼がより一層強く抱き締めてきた。

嬉しかったのだとわかった。

「はい。冴子さん」

「呼び捨てじゃないの?」

「俺はまだこっちがいいですね」

まぁ…私の方が3つ歳上だしだしまだいいか。

「しょうがない。許す!」

「はい」

そう言うと湊斗がクスリと笑った。








「仕事、残ってる分やっちゃおっか」

「お願いします」

「明日は休み?」

「はい。明日は一日オフです……一日オフです」

「なぜ二回言う?」

「チラチラ」

「チラ見するな!」

「チラチラ」

「もう~。わかったわよこれ終わったら飲みに行きましょ…あと明日は午後からなら大丈夫だから」

「やったー」

「じゃあ仕事やるわよー」

「はい!」




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