8話 「スキルを確認しよう」
村から少し離れた所にある平原。
そこで俺は、見るからに愛くるしく、普通の女の子なら思わずギュッと抱きしめたくなってしまう様な小さなウサギと対峙していた。
この世界に転生してから一週間。
まだ、スキル「万能知識」しか使った事がなかった俺は、食料の確保がてら、習得しているスキルの確認を行っていたのだ。
初めて使うスキル故、何かあった時の為にアビゴルにも付き合ってもらった。
「どうしても付いて行く」と駄々を捏ねるタマナお嬢様も一緒だ。まぁ、アビゴルが側に付いているので問題はないだろう。
さて、先ずはこのウサギの個人情報から見せてもらおうかな。
スキル発動、万能知識! そう言って俺は、目の前の愛くるしいウサギにスキルを使用した。
検知結果
種族名:ライオンラビット
備考:ライオンの鬣に似た長い毛が特徴。性格は活発だが、臆病な面も持つ。
ふむ、性格は臆病か……。
万能知識の検知結果は、俺が止めない限り、ありとあらゆる情報を「全て」教えてくれる。
その者の特徴は勿論、過去や現在、弱点や食べ物の好き嫌い、他人には知られたくない黒歴史だって解ってしまう。
他人に使われるなら、心の中を読まれるのと同じくらいに嫌なスキルである。
必要な情報を指定して検知する事も出来るようなので、個人のプライバシー保護の為、今後は必要な情報だけを見るようにしようと思う。
魔物は良いとしても、人間、誰だって個人情報を曝け出されるのは嫌だからな。
それと、このスキルを俺が所持している事は伏せておいた方が良いのかもしれない。
『ぷぅ、ぷぅ』
ライオンラビットは、可愛らしい鳴き声を出しながら俺の元に近付いて来た。
可愛いなぁー。こいつ、俺によしよし撫でてもらいたいのか? 元々動物好きな俺は、こういう生き物には滅法弱いのだ。
「るーるるるぅー」
よくいる動物好きが、愛でたい動物を呼ぶ時に言うような掛け声を唱えながら、俺はライオンラビットを撫でようとした。その時だ。
『あっ、お姉ちゃん! 危ないよ!』
少し離れた所で、アビゴルと一緒に俺の様子を見ていたタマナが大きな声で叫んだ。
えっ?? と俺がその声に反応をした瞬間、ライオンラビットに触れようとしていた手にガブゥッ!と激痛が走った。
視線を手元に戻した時、つい先程までは可愛らしい顔をしていたライオンラビットが、敵意をむき出しにして俺の手を噛んでいたのだ。
いったぁあああああああーーーー!!
噛まれたショックとその痛みから半泣き状態になった俺は、ライオンラビットが噛んで離そうとしない手をブンブンと振って振り払おうとした。だが、奴は離してくれない。
続、検知結果
備考:人間の手により、実験台となった個体より生まれた種族。とても攻撃的で、近付く者には容赦なく攻撃をする。
万能知識が補足のつもりか、まだ報告していなかった情報を教えてくれた。
そういう事は是非、先に言って頂きたい!
見かねたアビゴルに助けてもらった俺は、気を取り直して次のスキルの確認に移るのだった。
次に試すのは、アバター保有のユニークスキルだ。
これは俺が意図して習得したものではなく、「手違いで」この姿に生まれ変わってしまったせいで、付いてきたスキルである。
通常、魔法やスキルと呼ばれるものは、厳しい鍛錬をして習得するか、俺のように死んで他の世界から転生して来た者が、その「特典」として習得できるものだが、このスキルはアバターそのものに付与されいる。
恐らくだが、これはゲームで言うところの、「入手するには高額なアバターであるが、その分、買えば超素晴らしいおまけが付いてくる」
俺はそんな感じのものなのだろうと解釈をしている。
そして、そのスキルの初の餌食となる獲物。
それは……先程のクッソウサギだ!
野郎……可愛い見た目だからって調子に乗りやがって。
貴様は今日、うちの晩御飯の食材にしてくれようぞ!! 俺はこの天使のような悪魔を指差して、そう宣言をした。
スキル発動、ファシネーション!!
スキルを発動すると、俺の瞳が赤い光を帯び始めた。
元々赤い瞳だったのが更に協調されて、まるで中二病のような見た目だ。
『ぷぅ!? ぷ……ぷぅー……』
つい先程まで耳を立てて、俺に激しい威嚇をしていたライオンラビットは、スキルの影響か耳を下げて急に大人しくなった。
?? 何だ? もっとこう、火とか氷とかがブアーッて出てきて、このウサギに派手な攻撃魔法を! ……とか想像していたんだけど。
……特に何か、そういう凄い事が起こる様子はないな。
変わった事と言えば、さっきまでは極悪非道の如く俺を威嚇していたライオンラビットが、耳を下げながら俺の足にすり寄っている事だ。
威嚇や攻撃の意思は感じないな。何て言うか、うちの犬がじゃれて甘えて来た時の様な、そんな雰囲気だ。
試しに俺は、ライオンラビットに手を伸ばしてみた。
さっきは俺の手を見るや、思いっきり噛んできたクソウサギだが、なんと今度は触らせてくれる様だ!
あぁ……この細くて繊細な柔らかい毛、何を考えているのか解らないこの表情、これぞウサギである。可愛い! 一生モフモフしていたい気分だ!
『わあ! お姉ちゃんすごい! この魔物、すっごい凶暴なんだよ!』
『おお、「魅了系」のスキルか? やるじゃねぇか嬢ちゃん!』
どうやらアビゴルの言った通り、このライオンラビットは俺に「魅了」されてしまった様だ。
先程までの警戒心むき出しだった野性さは、どこかに消え失せてしまっている。
まるで飼い馴らされたペットの如く、俺とタマナに無抵抗のままモフモフされ続けているのだ。
その表情は、どこかうっとりとして気持ち良さそうだ。
「でも変なんだ。ステータスでスキルを見ても、その詳細が表記されていないんだ」
そう。スキル、万能知識もそうなのだが、ステータスでスキルの詳細を確認しようにも、そもそも何も明記されていないのだ。
この間スキルの習得を試みた時は、「小規模の炎魔法攻撃」とか、そのスキルの詳細が記されていたのだが……どういう訳か俺が所有しているスキルには、そういった説明が一切記されていない。
『あぁ、確かレアな魔法やスキルは、説明が書かれていないらしいぞ。
俺が嬢ちゃんに押し付けた、エリゴス様のスキルもそうだった』
今、確実に「押し付けた」って言ったな、こいつ。
「そうなんだ。でも、それって不便じゃない?」
『いや、そうでもねぇよ。
スキルによっては、相手のステータススキルを覗き見る事が出来るものがあるそうでな。
そういうのに覗かれても、スキルの詳細が書かれてねぇんじゃ意味ねぇだろ?』
成る程。もし誰かに自分のスキル情報を見られても、それがどんな効果ががあるかまでは相手も解らない。
戦いや諜報活動をする上では、とても重要な事だな。
だけど、そんな事には無縁の俺には、只々不便でしかない。
『あ! あっちにアベストルスがいるよ!』
アベストルス?
確か、スペイン語で「駝鳥」だったっけか。そう思いながら俺は、タマナが指差す方向を見てみる。
…あれ、どこかで見た事があるな。
駝鳥のような身体に、トカゲの頭を取って付けたような生物が、遠くの方を走って行く様子が見えた。
あれって、俺がこの世界に来た初日に食べた奴じゃないか?
え?あいつ、あれで一応「駝鳥」なの?!
生前俺がいた世界とこの世界との、共通があるようなないような、そんな常識に俺は困惑を覚えた。
『おっ、その後ろを追い掛けてんのはルべリアオオカミだな!』
まるでその見た目が「奇行種」のような駝鳥、アベストルスの後方を、猛スピードで追い掛ける一頭のオオカミがいた。
黒と茶で覆われた毛並みと、凛とした顔立ち。その風貌は正にイヌ科の貴公子である。
だが……ルべリア? イベリアオオカミの間違いではないのか?
『丁度良い。嬢ちゃん、俺がやったスキルをあいつらに使ってみな』
アビゴルから譲渡されたスキルは二つ。
「予見」と「寵愛」だ。
「寵愛」の方は、使用すると言うよりも、そのスキルを保有しているだけで常にスキルが発動した状態になっているようだ。……相変わらず効果は不明だが。
なので、アビゴルの言うスキルは「予見」の方だろう。
そう推測した俺は、視界の先で二頭の魔物が繰り広げる自然の摂理、弱肉強食の様子に目を向けて、スキル使用の為に身を構えた。
スキル発動、予見!
発動と共に、俺の視界にルべリアオオカミとアベストルスが、食うか食われるかの鬼ごっこをしている映像が映し出された。
うん? この光景は……? 視界に映し出された光景に違和感を覚えた俺は、首を傾げた。
『そのスキルはな、使った対象の未来が見えるんだ。
だから今、嬢ちゃんの目にはあの魔物共がこの先どうなったかが映し出されている筈だ』
そうか。俺はアビゴルの説明でようやく、自分が未来の光景を見ているのだと理解出来た。
俺が見ている光景は、ルべリアオオカミに追い付かれたアベストルスが、そのまま捕まって捕食されている姿。
だが……直感だが、これは確定された未来じゃない。そんな気がするのだ。
『嬢ちゃんは感じているだろうが、このスキルで見た光景は、確定された未来って訳じゃねえ。
このまま何事もなく、予定通りに事が運べばそうなる。だが、もし何かイレギュラーな事が起きれば、その予見は外れっちまう』
アビゴルが言うには、魔人エリゴスはこのスキルを使って多くの戦に勝利した。
だが、不確定要素の多い戦では、その予見が外れる事もしばしば。
それでも多くの勝ち戦を掴んだエリゴスには、スキルだけじゃない、類い稀なる才能があった。
それは、経験かセンスか。エリゴスは戦況を見通す能力に優れていたのだ。
自身の持つ、類い稀なる戦のセンスと、未来を映し出すスキル「予見」
この二つが揃っていたからこそ、彼は数多の戦を勝利に収める事が出来たのだ。
「だから、俺みたいなバカがそんなスキル持ってたって宝の持ち腐れだろっ? 期待されたって使いこなせねぇしよ!」と、悪びれもせずに言うアビゴルに、俺は無性に腹パンを入れたい気持ちになった。
確かに、このまま使えば「よく当たる天気予報士」くらいの予見はできるだろう……が。
スキル発動、万能知識!
俺は万能知識を使ってルべリアオオカミの情報を確認した。
検知結果
種族名:ルべリアオオカミ
備考:雄と雌のペアを中心に、平均四~八頭程で群れを形成する。その知能は高く、狩りは群れで連携を取って行う。最高速度は時速七十キロメートル。全速力で二十分間走り続ける事が可能。
補足:この個体は極度の栄養不足から肉体が衰弱しており、また、左前脚を負傷している為、本来の能力は発揮できないものと推定。
万能知識さんが検知するには、そう言う事らしい。
ちなみにアベストルスの時速は六十キロメートルで、駝鳥と同じく持久力の王者である彼は、その速度で一時間以上も走り続ける事が可能だ。
速度だけで言うなら、このままルべリアオオカミが追い付いてゲームセットだろう。
が、衰弱している上に足も負傷している。おまけに単体で狩りをしているルべリアオオカミに勝ち目はあるだろうか?
そして、俺の感じた疑問の答えはすぐに出た。
案の定、足を負傷していたルべリアオオカミは、見る見るアベストルスに突き放されていったのだ。
疲れ果てたルべリアオオカミは追い掛けるのを止めて、その場に倒れた。今にも意識を失いそうである。
それにしても、これしきの事も見抜けずに予見を外してしまうこのスキル……本当に戦の神が使っていたレアスキルなのだろうか。使い手である俺に問題があるのか?
『どうだ嬢ちゃん、予見は当たったか?』
「んー……。予見は外れてたけど、「予想通り」ではあったかな?
でもこれ、本当に凄いスキルなの? 私の予想がなかったら外れてたけど」
『まぁ、完璧に未来を予知するなんてスキル、あったら反則みたいなもんだろ? 俺はそれぐらいのが丁度良いと思うぜ!』
ゲームを作る運営側みたいな事を言うな、こいつ。
『お姉ちゃん、あのオオカミさん、動かないね。死んじゃったのかな……?』
倒れたまま微動だにしないルべリアオオカミが気になったのか、タマナが心配そうな様子で見つめていた。
俺はルべリアオオカミに近付いてその様子を窺がった。
意識はまだあるようだ。
だが、疲れ果てている上に衰弱している為、彼にはもう、起き上がって俺に攻撃を仕掛ける体力は残っていないようだ。
側でまじまじと様子を窺う俺を見て、「危ないよ!」とタマナが心配をしてくれた。
彼女は優しい子だ。俺がルべリアオオカミに襲われないか心配をし、また、そのルべリアオオカミも死んでしまうのではないかと心配する。
ここは俺が、お姉さんとしてタマナを安心させてやらねばな。
っせい!!
衰弱しているルべリアオオカミに、俺はスキル、ファシネーションを使って魅了化させた。
俺に懐いたルべリアオオカミは警戒心を解いて安心したのだろう、そのまま意識を失ってしまった。
タマナのお願いに「仕方ねえ」と、気絶したルべリアオオカミを担ぎ上げて村まで運んでくれるアビゴル。彼も何だかんだ言って子供には甘く、優しいおじさんである。
ついでに、懐いて離れそうにないライオンラビットも村に連れて帰る事にした。
ふっふっふ、今日の晩御飯はウサギのジビエだな!
タマナに抱き抱えられているライオンラビットを見て、俺は不敵な笑みを浮かべた。
只ならぬ視線に気付いたライオンラビットは、俺の考えが解ったのか、その目には恐怖を宿していた。
あ、そうそう。
まだ使っていないスキルがあるのだが、どうも俺のレベルが足りないようで、まだ使う事ができないみたいだ。
せめて一つくらい、格好良い攻撃魔法があれば良いのだが……。
現状、俺のステータスはこんな感じだ。
検知結果
名前:ケイ
種族:人間
性別:女
年齢:二十歳
身長:百六十二センチ
スリーサイズ:B73/W55/H82
いるのか? 身長は良いとして、スルーサイズまで晒す必要あるのか、これ?
せめてもう少し、もう少し鯖を読んだ数字にして頂きたい!
続・検知結果
現状使用可能なスキル:「万能知識」「ファシネーション」「予見」「寵愛」
備考:独自の必殺技、レモン果汁を使った「シトリックアシッド(クエン酸)」や、リンゴを用いた「Lycopene」を使う。無意識だが、胸の大きさにコンプレックスを抱きつつある。
駝鳥のキック力は4,8トンらしいです。
化け物ですね。
駝鳥の速度は60~70キロ。
オオカミは50~70キロ。
ウサギは60~80キロ。
意外と強いウサギのガッツよ。