7話 「魔人エリゴス」
事件から二日後、俺は村で畑仕事の手伝いをしていた。
今、村では盗賊達に荒らされた家や畑の修復と、今後このような事があった時の為に、対策として村を囲う柵を建てているのだ。
人手は多いに越したことはない。なので、微力ながら、俺もそのお手伝いをしている。
そしてその中に、何故かアビゴル達、盗賊団の姿があった。
これには深い訳がある……。
それは、ヤトウ率いる盗賊団を拘束した後の事だ。
村人がこちらにやって来る一団に気付き、盗賊だ!! と叫んだ。
「ヤトウ達の仲間が攻めて来た」、そう思った村人達は混乱と恐怖に陥った。
だが、こちらにやって来る一団を見た俺は安堵する。
風貌は明らかに「盗賊」であるが、彼らは俺の知り合い……そう、アビゴル達だったのだ。
どうやら、ヤトウらの不穏な動きに気付いたアビゴルは、その様子を見に村まで来たらしい。
一応までに、「私の為?」と聞いてみると、「社会勉強だ!」と返されてしまった。
大変なのはここからだった。
アビゴル達を見た村の人は当然の事ながら、恐怖と警戒心を持った目でこちらを見ている。
親し気に話す俺までもが疑われる始末だ。
「君たちは何者だね?」と聞くカンランに、アビゴルは当然の如く、「俺達は盗賊だ!」と名乗ろうとした。だが、それを言われるとこの場の事態が収拾できなくなってしまう。
そう思った俺は、咄嗟にアビゴルの口を塞いでカンランにこう言った。
「この人達は私の友達! だから大丈夫!」と。
俺の言葉に村人や、アビゴル達もが、どよめき立っていた。だが、今はこれ以上の面倒事は御免である。
俺の身体は先程の猛攻で疲れ切っている。少しでも気を緩めれば倒れてしまいそうだ。
だから、アビゴル達には申し訳ないが、ここは半ば強引に事態の収拾をさせてもらった。
アビゴル達は盗賊ではなく、俺の友人であり、護衛役である。
実は俺の家は超お金持ちで、俺はそこのお嬢様!
親の反対を押し切って家を出たが、心配性だった父は俺に護衛を付けた。それがアビゴル達だ!
この盗賊紛いの恰好は、俺がお金持ちのお嬢様であると周囲から悟られないよう、カモフラージュの為そうさせているのだ。俺は村人達にそう嘘の説明をした。
「ねっ?」と同意を元める俺に、アビゴルは少し考えた。
俺の見立てでは、彼は恐らく馬鹿である。考える事を「面倒臭ぇ」と感じ、俺の話に乗ってくれるのではないかと考えたのだ。
案の定、アビゴルは「まぁいっか」と言う風に、俺の作り話に同意し、話を合わせてくれた。
アビゴルの仲間達も、「お頭と姐さんがそう言うなら」と、納得をしてくれた。
この人達の俺に対する扱いは、やはり疑問の念を感じる……。
まぁそういう訳で、何だかんだ事件は無事一件落着。
そして今、村の人とアビゴル達が協力をして村の修復作業を進めている。
あ、そうそう。
今回、騒動を起こした盗賊達だが、村の人が馬車で役人の所まで連れて行ってくれるそうだ。
道中何かあってはいけないと、その護衛をアビゴルの手下にお願いした。
「お茶が入ったよ。飲む?」
『おう!』
村の柵の材料となる木を伐採するアビゴルに、俺はお茶の差し入れを用意した。
特に疲れてはいない様子だったが、一息入れたくなったのだろう。アビゴルは振り翳していた斧を地面に置いて、その場に座り込んだ。
「手伝ってくれて、ありがとうね」
『あん?』
突然、礼を言う俺にアビゴルは首を傾げて聞き返してきた。
「アビ達には関係ないのに、村の修復を手伝ってくれている事と、私の嘘に付き合ってくれた事」
この歳で、改めて人にお礼を言うのは何やら恥ずかしいな。
体温が上がり、自分の顔が赤くなっていく感覚がした。
いや違うからね? 乙女心とか、そんなんじゃなくて。マジでツンデレとかでもないからね?
『はっはっは! 良いってことよ!
それによ、薄々、俺らには盗賊は向いてねえって思ってたからな。
村の連中と仲良くなるなら、それはそれで良いんじぇねえか! そっちのが楽しそうだしよ』
アビゴルは笑いながらそう答えた。
俺からすれば「薄々」どころではないのだが、彼らがそういう道を選んでくれたのはとても嬉しい事だ。
それと、俺はどうしてもアビゴルに聞きたい事があった。
彼らの「種族」の事だ。
俺がこの村に向かっていた時に、たまたまスキルで目にしてしまったゾックの種族。それは、「悪魔」と検知されていた。
「悪魔が人間の振りをして森に潜んでいる」……。
ここがファンタジーゲームか何かなら、間違いなく裏があるはずである。
俺は昔からゲームや漫画でよくある、大きな国の大臣や悪役達が裏で悪巧みをする「それ」が大嫌いなのだ。
自分の関わりのない所での事なら良いのだが、アビゴルは村の人達と関りを持ってしまった。勿論、俺のせいなのだが。
村の人とアビゴル達は存外、上手くやっている。
このまま協力し合って村を支えていく、そんな未来もあるかもしれない。
だから、余計な疑いは晴らしておきたいのだ。
……だが、企みに気づいた者は容赦なく殺される。ファンタジーではセオリーな話である。
もしそうだとしても、何となくだが、アビゴルは俺や村の人達に手を出さない。そう感じるのだ。
そして、意を決した俺はアビゴルに問うのだった。
回りくどくなく、ストレートに。そして簡潔に。
「ねえ? アビゴル達って悪魔だよね?
人間の振りをしているようだけど、どうしてこんな所にいるの? 何か目的があるの?」
『…………!』
俺の質問を聞いたアビゴルは、その目を大きく見開いて、まるで威圧するかの様な目で俺を見ている。
ハイッ、死んだ! 死にました、俺死んじゃいましたー!
例えここで「To be continued.(次回に続く)」とテレビ画面に表示されたとしても俺、次回絶対に出オチ確定です!!
心の中で走馬灯のように早口で長文を言い切った俺は、アビゴルの威圧する様なその視線に、死を覚悟するのだった。
『なーんだバレてやっがのか! 流石は俺が見込んだ嬢ちゃんだぜ!』
怖い顔をしたかと思えば、急に笑顔で自身の秘密を自白するアビゴルに、俺は肩透かしを食らった。
そしてアビゴルは、自身の秘密を洗いざらい教えてくれたのだ。
それは、今から数十年前のお話。
魔王が、その強大な力を持って世界中に恐怖を齎していた頃。
魔王には、その配下である七十二人の悪魔達がいた。
その中の一人、エリゴスと呼ばれる魔人。
彼は「戦の神」と呼ばれ、自身が支配する何十という軍を率いて、人間達に恐怖を与えていった。
だが、そんな魔人でも、不死という訳ではなかった。
ある日、戦に遅れそうになったエリゴスは、「やっべえこりゃ遅刻だ! 近道すっべ!」と自身の翼で空を飛び、急いで戦場に向かっていた。
敵対する人間達には空を飛ぶ手段がなく、エリゴスは「これで問題なく間に合うだろう」と油断していた。
だが、その油断は彼にとって命取りだった。
エリゴスの進行する先に、一柱の魔法陣が現れたのだ。
エリゴスがその魔法陣に捕らわれたと思った瞬間、その遥か上空から、強大な質量の「何か」が落ちて来た。
人間達の起こした魔法か、将又隕石か。上空から落ちて来た「それ」はエリゴスを押しつぶした。
その時の負傷により、エリゴスは命を落とす。
だが、その意思は生きていた。
エリゴスの保有していたスキル。それを彼は死の間際、側にいた悪魔にその全てを譲渡したのだ。
「俺の意思はお前が継げ」、そう言い残し、エリゴスは消滅した。
その時、「側にいた悪魔」と言うのが、アビゴルだ。
「アビゴル」という名も、その時につけてもらったらしい。
エリゴスの保有していたスキルと、アビゴルという名。
それが揃った時、アビゴルは第二の「魔人エリゴス」となったのだ。
何のこっちゃか解らないって? 正直、俺もそう思っている。
アビゴルの言ってる事が、余りにもファンタジック過ぎて、俺は付いていけていない。
多分だが、要約するとこうだ。
魔王の配下であるエゴ(エリゴスの略)が死んで、アビ(アビゴルの略)がその能力を受け継いだ。
ついでに名前まで貰って万々歳!
ところがどっこい、アビは魔王だとか戦争だとかにはまったく興味がなく、面倒事は大嫌い!
だから、アビはそのまま雲隠れをした。
すると、なんと魔王が討伐されたらしいではないか! 噂を聞いたアビは大喜び。
そしてこれから、アビの第二の人生が始ろうとしていた!
「って言う事でいいのかな?」
『おう! 大体そんな感じだ!』
まぁあれだ。人生で人がどんな選択をしようが、それは個人の自由であると俺は思っている。
だが、どうしても思ってしまう事が一つ。
魔王軍、こいつのせいで負けたんじゃね?
『まあよ、魔王様には悪いとは思ってるんだけどよ。
でも、戦争ばっかしてたって、つまんねぇじゃねえか。何年も何十年も人間を襲って。
ほんと、魔王様バカなんじゃねえの?』
上司の悪口きたーーーー!!
ダメじゃない!? 立場的にそれ言っちゃーダメじゃないのか!?
「でも大丈夫? 他の悪魔達に恨まれたりしてるんじゃ……」
『んー、まぁそうかもしんねぇな。けど、エリゴス様の能力を引き継いだのが俺だって誰も知らねぇはずだ。能力だってそんな目立つ力じゃねぇしな!』
随分と楽天的な返事であるな。
あれ? そういやスキルって誰かに譲渡できるのか? そんな話、聞いたことないが……。
疑問に思った俺は、挙手をしてアビゴル先生に聞いた。
『あぁ、これは俺達、悪魔族だけが出来る事だ。
俺達は人間と違って子孫を残せる訳じゃねーからよ。だから、上位の悪魔は自分が「死ぬ!」って時に、能力と名前を他の悪魔に譲渡するんだ。
自分と同じような考えや志を持った奴に、想いを託すって感じだな』
それで、エリゴスの想いは水の泡になってしまった訳だな。
人選ってのは大事だな、本当。
『俺にとっちゃ、こんな力なんて必要ねぇんだ。仲間達と一緒に楽しくやれりゃーそれで良い』
アビゴルの言ってる事も解らなくもない。
自分にとって居心地の悪い会社で、突然、辞令が出て「役員」に昇格したって嬉しくないもんな。
アビゴルは、ふと思ったのだろう。
「俺はずっとこのまま、この会社で一生を費やすのか」って。
それで、アビゴルは納得が出来ずに組織を飛び出した。
悪魔ってだけで、「怖い生き物だ」と思ってしまうが、実際は苦労しているんだな。悪魔社会も大変だ。
そう思った俺は生前、自分がサラリーマンだった頃を思い出して、なんだか切い気持ちになった。
『そういや嬢ちゃん、俺らの事を「友達」って言ったが、怖くねえのか?』
「怖い?」
『俺らは見ての通り荒くれ者の盗賊だろう。はじめ、嬢ちゃんを攫おうとしたしな。
それに、今の話を聞いて嬢ちゃんは何とも思わねえのかよ?』
あぁ、そうか。確かに普通ならそう思うのが当たり前なのかもしれないな。
盗賊ってだけでも怖いのに、実はその正体は悪魔で、世界中を恐怖に陥れた魔王の配下。
もし俺がこの世界で生まれ育っていたのなら、今頃は逃げ出していたかもしれない。
けどまぁ、実際そんな恐怖を味わった訳でもないし、盗賊や悪魔だってのも現代人の俺にはイマイチピンと来ない。……この間の盗賊事件は流石に怖かったけどね?
それにそんなファンタジーな話を現代のお爺ちゃんに聞かせてみろ。「あぁそうかー」と、にこやかに流すだけだ。実際、俺もそんな感覚なのだから。
「んー……。怖いとかは自分でもよくわからないけど。
でもさっきの話を聞いて、人でも悪魔でも、人生ってのは大変なんだなって思った。
だから、怖いって言うよりは「親近感」の方があるかな?
もしアビ達が嫌じゃないなら、俺は友達になりたいと思ってるよ」
『……へっ、そうか!』
その時、心なしかアビゴルの表情が嬉しそうに見えた。
『じゃあ、俺らはこれからダチだ!』
「うん!」
そう言って手を差し伸べるアビゴルに、俺は笑顔で握手を交わした。
『あと、その「俺っ子」は直した方が良いぜ。やっぱ見てて痛ぇわ!』
だが、アビゴルは相変わらず「俺っ子」には厳しかった。
今、俺に凄まじい握力があるのなら、こいつの手をギュッと握り潰しているだろう。
『あぁそうだ! ダチの証に嬢ちゃんに俺からプレゼントだ。受け取ってくれ』
プレゼント?? そう言うと、握手を交わしているアビゴルの手が、何やら紫色に発光し始めた。
その光は、そのまま俺の手を伝って、身体の中に流れ込んで来たのだ。
「えっ? 何この光?」
俺は何が起きているのか解らずに戸惑った。
光が治まると、アビゴルはその手を放した。何故かその表情はスッキリした様子だ。
『嬢ちゃんにエリゴス様から貰った能力をプレゼントしておいたぜ!』
……はい?
何を言っているのだこいつは。能力をプレゼント?
え? さっき、こいつが「要らねえ」って迷惑そうに言ってたエリゴスの能力の事?
『いやあ肩の荷が下りたぜ、サンキューな!
エリゴス様には悪いが、俺にはその能力は向いてねえしよ。だから嬢ちゃんにやるぜ!』
…………はぁああああああ!!?
「おまっ……要らないからって何勝手に押し付けてんだ!! 馬鹿か! 馬鹿なのか!?」
突然のサプライズプレゼントに、俺はアビゴルの胸ぐらを掴んで盛大に大ブーイングをした。
俺の剣幕にアビゴルはたじろいでいる様だ。
『ええっ?! レアスキルだぞ? 嬉しくねーのか?!』
「お前さっきそのレアスキルを「要らない」って言ってただろうが!! 返品だ返品! クーリングオフを要求する!!」
『くーりんぐ……何?
おいおい嬢ちゃん、何怒ってんだ。そんなに怒ると小皺が増えるって言うぜ?』
「むぅがぁああああああああーーーー!!!!」
こうしてまた、俺自身、望んでもいなかった訳の分からない能力がステータスに追加されたのだった。
地獄の公爵エリゴス、エリゴール、アビゴル。
一人の悪魔なのに沢山の呼び名があって格好良いですね。
イラストによっては騎士の姿だったり、エリゴス自身に翼が生えていたりと、その姿形は様々です。
うちのエリゴスさんは、ドジっ子。