表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

4話 「食事と安らぎ」

 カンランとの話が終わった後、畑から戻って来たタマナの達っての願いもあって、俺は今晩この家に泊めてもらう事にした。

 「夜の外は危険だから」と、カンランもそれを勧めてくれている。

 と、言う事で、村の外で待つトゥゾックダンの三人にその説明をしに向かった。


 『わかりやした。じゃあ、あっしらはお頭の所に戻ってまさぁ!』


 相変わらず、物わかりの良い盗賊達である。


 「ここまで送ってくれたのに、何かごめんね」


 相手の事を気遣う日本人の精神からか、俺は無意識にトゥゾックダンに頭を下げた。


 「あ、そうだこれ、村の人達に貰った物なんだけど。ここまでのお礼って言うか、お裾分け」


 そう言って、野菜が沢山詰まった背負い籠を俺は三人に渡した。


 『おお! 姐さん、凄いでやんす!』

 『村の奴らを脅さず、こんなに……!一体、どんな手を使ったんですかい!?』

 『……姐さん、できる……』


 どんな手も何も、ただお裾分けをして貰っただけなのだけど。

 この人達は、盗賊になる前は何をしていたのだろう? あまり人と接した事がないような、そんな感じがするのだが……。まぁ、その話は置いといて。


 「あと、これも」


 白い粉の入った入れ物を三人に渡す。

 中身の白い粉の正体、それは塩だ。

 俺の予想通り、この村に塩はあった。「予想通り」と言うか、「あって当たり前な物」だと思っていた。……が。

 信じられない話だが、実はこの世界で塩が発見されて世に広く出回るようになったのは、ここ数年の事らしい。今までどうやって塩分を摂取していたのか、気になるところだ……。

 塩の製造法を知っていたとある男が、それを国の人間に教えたのだとか。

 すると、塩は国内で大ヒット。その製造法と共に、瞬く間に世界中に広まった。

 実は、その塩の製造法を伝えたのは、魔王を討伐した勇者その人だって噂だ。


 魔王を倒す力に、これまでこの世界では知られていない塩の製造法……。

 この勇者と呼ばれる男、ひょっとして、俺と同じく異世界からやって来た人間なのではなかろうか……。

 

 『これが、姐さんの言っていた、塩ってやつですかい?』

 「うん。生の状態の肉にそれをかけてから焼くと、すごく美味しく焼きあがるんだ」

 『……しょっっぱ!!?』


 塩をひと舐めしたゾックは、その辛さに驚いている。


 『へぇー……こんな食べ物があるなんてビックリでやんす!』

 『肉にこの白い粉の味が合わさりゃ、美味いこと間違いねぇ!』


 「ふっふっふ、塩には味付けの他にも大事な役割があるのだよ!」


 元いた世界では初歩的な調味料とは言え、それを初めて見る盗賊達の反応を見ていると、「主夫」としてその知識をどうしても披露したくなるものだ。

 そうして俺は、自身のトリビア(無駄知識)を惜しみなく彼らに伝えた。


 「食材の臭みを取ったり、肉や野菜の水分を、塩の浸透圧で抜いたりもできるんだ。

 こと肉料理に関しては特に、肉と塩は切っても切り離せない間柄!

 焼いた時に、ふりかけた塩達が表面にあるタンパク質を凝固させ、うまみを閉じ込めてくれる!

 そうして焼きあがった肉は、ワンランクもツーランクも美味しくなるのだ!」


 グッと拳を握り、力説する俺。

 口をポカンと開けながら佇むトゥゾックダン。

 ……しまった。彼らは俺の話をまったく理解出来ていない。これは只々、自分の変態っぷりを露呈させてしまっただけである。

 一呼吸置いた俺は、後からジワリジワリと込み上げてくる恥ずかしさから、後悔の念に苛まれた。


 『は……はぁ。俺らにはよく解んねぇですが、姐さんはすっげぇ物知りなんすねえ!』

 『……流石は……姐さん』


 ありがとうトゥ、ダン! その返しで恥ずかしさがちょっと和らいだよ!


 『それじゃあ、あっしらはこれで。もし何かあったら、またいつでも来て下せぇ!』


 そうして、トゥゾックダンの三人は洞窟へと帰って行った。

 本来なら、これ以上は彼らに関わらない方が安全なのだろう。けど、俺はこの村で用事を済ませたら一度、彼らの所に戻ろうと思っている。

 右も左もわからないこの世界で、一人っきりで生きていられる自信は俺にはない。誰かの助けが必要だ。

 だからと言って、彼らを完全に信用している訳ではない。それでも、頼りたいと思ったのだ。

 何と言っても、人間の女には興味がないみたいだからな! この姿で生まれ変わってしまった俺としては、そういう人材は凄く重要なのだ。


 

 さて、見ず知らずの俺を快く家に泊めてくれるカンランとタマナに、何か恩返しをせねばな。

 そう思った俺は、この日の晩御飯作りを申し出た。


 素晴らしきかな、野菜が豊富な村なので、材料には事欠かない。

 使える調味料は少ないが……この村に来る途中、俺は良い物を見つけていた。


 『お姉ちゃん、それ、なぁに??』


 俺が手にした二種類の実を、タマナは不思議そうに見て聞いた。

 二種類の実のうちの一つは、なんと、レモンだ。


 今現在、肌で感じる気温は、日本でいう七~八月くらいの熱さ。

 本来、レモンの収穫時期は十月頃なのだが、このレモンは十分なくらい黄色く、そして熟していた。

 これに関しては、「異世界パワー」の一言で無理やりにでも納得できる……。

 だが、タマナとカンランは「え? その実、食べられるの?」という反応をしている。

 その存在を知っていたカンランや村の人達は、その見た目から「毒があるかもしれない」とレモンに手を付けなかったらしいのだ。

 戦争の為に向ける研究への情熱を、誰か一人くらいは「食」に向けてくれなかったのだろうか……。せめて田舎の村人くらいは、そうしてくれても良かったのではなかろうか……。


 「これはレモン。私の住んでいた所ではそう呼んでいるの。

 そのまま口にすると酸っぱいんだけど、食べ物や飲み物に混ぜて使うと、とっても美味しいんだよ」


 二人は、俺がレモンを半分に切って果汁を搾り出す様子を物珍しそうに見ている。

 「舐めてみる?」とタマナに言うと、彼女は嬉しそうに搾ったレモンの果汁に指を付けて舐めた。


 『うわ! すっっぱい!!』


 今し方、どこかで見たようなリアクションだ。

 眉をしかめながら、その味に驚くタマナ。

 果汁百パーセントのレモン汁なのだから、当然のリアクションである。

 その様子を見て、俺とカンランは笑った。


 もう一つの実は、何だと思う?

 二センチくらいの大きさで、緑色の物や紫色の物がある。そのまま食べると渋みが強く、とても食べられたものじゃない。そんな実を、俺はどうして採って来たかと言うと……。

 オリーブオイルの為だ!

 これはオリーブの木からなる、オリーブの実。

 いやまさか、この世界に転生して早々、このような物に巡り合えるなんて思わなかった。テンション爆上がりである!

 この世界でも油はよく使われている。その油は、動物の脂肪からなる「動物性油」だ。

 だが、その使用法のほとんどは、食用以外の事であった。

 なので、食用に使える油の確保が必要になってくる訳だ。

 はじめはオリーブの実を見て、ただテンションが上がって採っただけだったのだが……。

 この話を聞いた時、「採っておいて良かった」と、心底そう思ったよ……。

 

 まずは、オリーブの実を水で洗って汚れを落とす。

 綺麗になったらその実を一つ一つ、丁寧に指で潰していく。……元いた世界ならビニール袋にでも入れて作業をするのだが。贅沢は言っていられないので我慢だ。

 潰し終えたら、それを布に包んで、ギューっと搾っていく。

 すると、水分とオイル分が混ざったような汁が出てくる。

 これをしばらく置いておくと、水と油が分離して、現代人にはお馴染みのオリーブオイルが出来上がるという訳だ。


 『驚いたのう、木の実から油が採れるとは! わしも長く生きておるが、いや世界は広い。まだまだ知らん事だらけじゃのう』


 そう言って、カンランはオリーブオイルが出来上がる様子を関心そうに見ている。


 さて、レモン汁とオリーブオイルが完成したところで……ここからが本番だ。

 俺はこれから何を作ると思う? ふっふっふ、それは出来てからのお楽しみである!


 さっきご近所さんから頂いた卵を割って、卵黄を取り出す。

 そこに塩とレモン汁を加えて混ぜ合わせるのだが……。

 ここで登場する秘密兵器、それは、カンラン氏に頼んで作ってもらった簡易泡立て器だ!

 はじめ、俺はカンランに「泡立て器はあるか」と聞いてみたが、答えは予想していた通り……。

 カンランはその存在自体を知らなかった。

 ……それはそうか。泡立て器が世に誕生したのは、「ケーキ」という物が生まれてからの事だ。

 この戦争社会では、知られていないのは当然か……。


 という事で、たまたま近くの森に竹のような植物が生えていたので、その細枝を使って簡易泡立て器を作ってもらっておいたのだ。


 簡易泡立て器で卵を混ぜながら、先程作ったオリーブオイルを少しずつ混ぜ合わせていく……。

 ここで焦ってオリーブオイルをゴバッと入れるのはアウトだ。そうしてしまうと、出来上がった時に油が分離して上手く混ざり合わない。


 泡立て器で根気強く混ぜていくと、卵黄の効果で乳化が進んで少しずつとろみが出てくる。

 自分好みのとろみになったら完成だ。


 『わあ! 卵がふわふわトロトロになったー! ねえお姉ちゃん、これなあに?!』


 瞳をキラキラと輝かせるタマナに、俺はドヤ顔で答えた。


 「ふっふっふ、これはね……。人類の英知、食と言う名の文化が産み出した至高のドレッシング……マヨネーズだ!!」

 『まよ……ねーずぅ??!』


 「おおー!」と初めて見るそれに期待を膨らませるタマナ。

 どれどれ、味見を……俺がそう思い、器の端に付いたマヨネーズを指でなぞって、舐めようとした時だ。


 『ワクワク……ドキドキ……』

 「……食べてみる?」


 タマナの熱い視線に気付いた俺は、マヨネーズの付いた指をタマナに差し出した。

 「いいの?」と聞くタマナに、「うん」と答える俺。すると彼女は嬉しそうに、差し出された指をアムッと口に含んだ。


 『ン~ッ!おいしいー!!』


 良いリアクションをしてくれるじゃーないか。

 タマナの反応を見たカンランも一口。

 ……あ、流石にそこは俺の指からではないので、悪しからず。


 『こりゃあ美味い、本当に美味い! お嬢さんは素晴らしい料理の才能をお持ちじゃ。店を出せば繁盛する事間違いなしじゃの!』


 絶賛も絶賛、大絶賛じゃーないか。ありがとうございます、いや本当にありがとうございます。


 マヨネーズ。それは十八世紀頃、シュリュー公爵と呼ばれる人が、スペインのとある料理屋で出会ったソース。彼はそのソースをとても気に入り、後にフランスで「マオンのソース」として紹介した。それがマヨネーズの始まりだと言われている。

 なっはっは! 俺、この異世界で、シュリュー公爵の手柄を横取りしちゃったな!

 でもほんと、食文化の歴史の中で、数々の革命を起こした人達は偉大である。出来るなら俺も、そういう人間の一人になりたいものだ。


 さて、マヨネーズが出来上がったので料理の再開といこう!


 ふかしたジャガイモの皮をむいて、細かく潰す。

 そこに刻んで塩もみしておいた玉ねぎ・人参・胡瓜と、ゆで卵を加えて……。

 ここでドレッシングの貴公子、マヨネーズさんの登場だ。

 マヨネーズをかけて混ぜ合わせると……現代食でお馴染み、「ポテトサラダ」の完成だー!!


 ついでに、野菜スープも作っておいたぞ!

 調味料が不足しているのは困ったが、トマトと野菜のうまみが、それを何とかカバーしてくれた。


 これが、俺がこの世界に転生してから初めて作った「手料理」だった。

 いやぁ……素材のまんまの味がする肉を食べた時は、この先どうなるかと思ったが……。何とかなるものである。



 そしてお楽しみ、晩御飯の時間だ。


 『おーいしー!! お姉ちゃん! この「ぽてとさらだ」っていうの、すっごく美味しい!!』

 『深みのある味じゃ……。こんなに美味いスープは今まで食べたことがないのう』


 二人はとても満足してくれている。そこまで喜んでもらえると、作った甲斐があるというものだ。

 作った俺自身も大満足の味である。贅沢を言うなら、あと胡椒くらいは欲しかったかな?

 森を散策すれば、他にも食べられる物があるかもしれない。また今度、見に行ってみよう。


 『うーむ。この料理もそうだが、さっきお嬢さんに頼まれて作った……あれは何と言ったか……』

 「泡立て器……ですか?」

 『そう、それじゃ。

 どれもが、ここらでは見た事がない物ばかりじゃが、お嬢さんは一体、何処から来られたのかな?』


 とうとう来たか、この質問が……!

 「異世界人に聞かれたら困る質問ランキング」があるなら、間違いなく上位に食い込むレベルの質問だ!


 今、この世界での俺の個人情報は、あの世で作られた偽の情報が登録されている。

 「個人情報」とは言っても、この世界のそれは、元いた世界ほど細かく情報が管理されているものではない。従って、「出身地」という項目など無いのだ。

 困ったな。こんな時、元いた世界なら、「大阪から来ましたー」と軽く嘘をつけるのだが……。国名も地名もわからないんじゃ話にならない。


 「えっ……と………」

 『……いや、すまんかった。こんなご時世じゃ、口にしたくない事情の一つや二つ、誰にだってあろう。年寄の言った事じゃ、気にせんでくれ』


 訳アリ人だと思われたーー!!?いやっ、まあ確かに訳アリ人なんだけどね!!

 俺が返答に困っていたせいで、カンランに気を遣わせてしまった。お爺ちゃんに気を遣わせるとは、なんて申し訳ない事を……。


 『今日はここを自分の家だと思って、ゆっくり休んでいきなされ』

 「……ありがとうございます、カンランさん」


 『ねえ! わたし、今日はお姉ちゃんと一緒に寝たい!!』

 「えっ?」


 タマナからの突然の申し出に困惑する俺。

 ダメだろう! 子供とはいえ、見ず知らずの娘さんと同じ布団で寝るだなんて! おっさんと子供が一緒に寝る光景なんぞ、何の需要があると言うのだ!?

 いや、実際俺はおっさん……と言うか、爺さんなのだから、ただ「爺さんが孫と一緒に寝てる」光景になるのか……。いやだがしかし……。

 自分が転生して姿形が変わっていることを忘れ、一人の少女と一夜を共にするか否か、俺は悩んでいた。


 『お姉ちゃん、だめー??』


 純粋無垢な瞳で、タマナが見つめてくる。

 ハッ! そうか、俺は今、お姉ちゃんなのだ!!

 今の姿なら、側目から見たら「仲の良い姉妹が一緒に添い寝をしている」だけ。そう考えると、何の問題もない訳だ……。いやいやっ、幼女趣味などありませんとも!


 『タマナよ、お嬢さんを困らせてはいけないよ』

 『うー……』


 客である俺を気遣ったカンランは、そう言ってタマナを静めようとしてくれた。

 重ね重ね、彼には気を遣わせっぱなしである。


 さっきカンランから聞いた話だが、以前この辺りで、魔物との戦争があったらしい。

 タマナの両親は、その時に巻き込まれて命を落としてしまった。以来、カンランに引きと取られて、ここで一緒に生活をしている。

 タマナはまだ年端もいかない子供だ。こうして明るく振舞っているように見えて、心のどこかでは両親がいない寂しさがあるのだろう。

 きっと、はじめ俺に話掛けて来たのも、そんな、心に秘めた想いからだったのではないだろうか。

 そう考えると……自分で言うのもあれだが、心の優しい俺は「この子の気持ちに答えてやらねば」と思ってしまった。

 俺が一緒に寝ることで、この子の寂しさが少しでも和らぐのなら。

 まぁ、一宿一飯の恩ってやつである。


 「うーん……。じゃあ、一緒に寝よっか」

 『ほんと!? やったー!!』


 俺の言葉に、タマナは両手を上げて喜んでくれた。


 知らない世界、俺の見知った人が一人もいないこの世界で、タマナとカンラン、この二人と出会い、優しさに触れた俺は、この日初めて心に安らぎを感じた。

 どちらかと言うと、俺の方がタマナに癒してもらったのかもしれない。



 

 量にもよりますが、オリーブオイルの抽出は大体一日くらい置いておくそうです。

 そこは二次元パワーでね、時間の概念をね、あれしちゃいます。


 どこかの記事で見たお話ですが、マヨネーズは当初オリーブオイルを混ぜていたそうです。

 それが後々、オリーブオイル以外の油を使われるようになっていったらしい。


 食品の歴史って、奥が深いです。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ