3話 「世界の成り立ち」
体力のない俺のせいで、村に辿り着く頃には、出発してから二時間近くも経過していた。
で、へべれけになった俺はと言うと……。ダンに背負われ、盗賊たちの介護を受けている。
「ごめんね、ダン。迷惑をかけてしまって」
『……問題ない。……姐さん、軽い。……だから、問題ない』
はじめは「無口で何を考えているのか解らない奴」と思っていたが、こうして見ると、彼もなかなかに優しい男である。
そして、やはり君も「姐さん」と呼ぶ……。
『着きやしたぜ姐さん!』
トゥが指差す先に、一つの小さな村があった。
見たところ、田畑が多い。農村……だろうか?
「えっと、トゥたちには、村の外で待っていてほしいんだ」
『え、姐さん一人で村へ行かれるんで?』
それはそうだろう。こんなゴツイ盗賊たちが一緒に村に入ったら、騒動の元だ。
俺はこの世界の情報や、物資の調達なんかの為、極力穏便に行動をしたいと思っている。だが、ここまで親切にしてもらっておいて言うのも何だが、それには彼らが邪魔なのである。
「村人が怖がるかもしれない。そうなると、塩も入手できないかもしれない」
俺は彼らにそう説明をした。
『わかりやした! じゃあ、姐さんが戻るまで、あっしらは村の外で隠れてまさぁ!』
彼らは何の不満を言う事もなく、快く俺のお願いを聞き入れてくれた。
「邪魔」だなんて思ってごめんなさい。後で、美味しい手料理をご馳走します!
後ろめたい気持ちから心の中でトゥゾックダンに謝罪をして、俺は村の中へと入って行った。
のどかな村だ……。田舎のお婆ちゃんの家を思い出す。
『おや珍しい、この村にお客さんかい? 綺麗な娘だねぇ』
『おっ、可愛らしいお嬢さんだねえ! どうだい、うちの畑で採れた野菜、持って行きな!』
俺を見て、畑仕事をしていたお爺ちゃんやお婆ちゃんが、優しく話しかけてくれる。
店を探して村を練り歩いていたのだが、気付けば俺の手元は、そうした好意で頂いた野菜たちで一杯になっていた。
人参に玉ねぎ、それにピーマン。頂いた野菜を見るに、俺が元いた世界にある物と、変わりはないようだ。
『まっ、可愛い娘さんだねえ! うちの息子の嫁にならないかい? あっはっは! 冗談だよう。ほらっ、うちで採れた野菜持って行きな!』
『今朝うちの鳥が産んだ卵だ、お嬢さんにあげよう』
『大根いらんかい?! あん? 遠慮するなって! 採れたてだ、ほら!』
『ーーーー!……』
このままでは切りがないと思った俺は、村の散策を止めて木陰に身を潜めーー……違う、休むことにした。
両手に持ちきれない程の野菜を貰ったばかりか、それを運べるようにと背負い籠まで頂いてしまった。恐ろしきかな田舎パワー……。
それにしても、村を粗方見て回ったのだが、店らしきものが見当たらない。
田舎でも、ちょっとした売店かスーパーみたいなものはあるだろうと思っていたのだが。
『お姉ちゃん、どこの人……?』
小さな女の子が一人、木陰に座り込む俺に話しかけてきた。
「うん……?村の子供かな?」
生前、俺には子供はいなかったのだが、何故か昔から子供には好かれるんだよなぁ。
「知らない人に声を掛けてはいけません」って教わらなかったのか、まったく。
「俺……私は、村の外から来たの」
『村の外?! お姉ちゃん……もしかして盗賊の人……!?』
アビゴルたちの事か……。いや、そういえば「他にも盗賊がいる」って言ってたっけ。
「ううん、違うよ。
えっと……、ずっと遠くの街から来たんだけど、少し道に迷っちゃって」
「盗賊たちと仲良く一緒にここに来た」って時点で、人から見れば、その仲間だと思われかねないしな。これは必要な嘘なのである。
『えっ? じゃあ、お姉ちゃんは東の王国の人なの!? わあ! わたし、王国から来た人見るの初めて!』
「東の王国……?」
『あのね! わたしも大きくなったら東の王国に行って、お仕事するんだ!
お姉ちゃんは何してる人? すっごっくキレイだから、お姫様!? ねえ、どうやったらわたしもお姉ちゃんみたいにキレイになれる??』
何を勘違いしたのか、テンションの上がる女の子。そして、そのトークは止まる様子がない。
「あのね、聞いて? 私は……」
『わぁあ、お姉ちゃんの目、赤くてキレイ! 髪もキラキラしてる!
ーー……!!』
気付くと女の子は、超~近距離まで接近していた。
俺の髪を触り、手を触り、挙句の果てにはギュッと抱き着いて。その間、俺はこの子とロクに会話もできていない……。ただただ、子供の一方的な会話に振り回されるのであった。
『タマナ、こんな所におったのか』
女の子の知り合いなのか、今度は優しそうな顔をした老人が声をかけてきた。
『爺ちゃんだ! あのね、わたし、このお姉ちゃんとお話してたの!』
老人を見て、女の子は嬉しそうに駆け寄って行く。
少女よ、勘違いである。俺は君と、ロクに会話が出来ていない。
『このお姉ちゃん、東の王国の人なんだよ! それに、すっごくキレイなの!』
少女よ、勘違いである。俺は一言も、「うん」とは言っていない。
『しかも、お姫様なの!』
少女よ、頼む、止めてくれ。聞いていて自分が痛い人に感じてくるから、止めてくれ。
『そうか、東の王国のお姫様か。じゃあ、家でお茶の一つでも出さんと失礼だのう』
『あ! 本当だ!』
少女と老人が勝手に、俺を「お茶に誘う」流れで話を進めている。
おいおい、そんな急に……。流石のお姫様も困っちゃうぜ。
『お姉ちゃん、わたしのお家に遊びに来て!』
話の算段が付いたらしい。
タマナと呼ばれるその女の子は、俺の手を引いてお願いをしてくる。
『ワシからもお願いしますじゃ。まぁ、うちのお茶がお姫様の口に合うかはわからんがのう』
老人は笑いながら、「茶の準備をして来る」と言い残し、先に帰って行った。
恐らく、と言うか確実に、俺が姫様ではないのは解っているのだろう。愉しげにしているタマナを見て、俺をお茶に誘った……というところか。
断る隙を与えてくれそうにないタマナと老人の誘いを、俺は渋々受ける事にした。
タマナに手を引かれ、家の中へとお邪魔をすると、「待ってましたよ」とでも言う風に、テーブルにはお茶が用意されていた。
俺は手を引かれるまま椅子に座る。
『大した物は出せませんが、ゆっくりしていって下さい』
そう言って、先程の老人も椅子に座る。
「いえ、こちらこそ、突然お邪魔してしまって、すみません」
ん……この香り、緑茶か?
村の住人を見た感じ、東洋人ではなさそうだが……。
『緑茶は初めてかな? これは、この地方で昔からよく飲まれている物での。昔、ワシの爺さんが「万病に効く秘薬」なんて言っとったわい』
万病に効く秘薬……。
歴史上、イギリスで初めてお茶が出回るようになった時。それは世間でよく言われる「紅茶」ではなく、中国から輸入した「緑茶」だったんだとか。その当時は確か、「万病に効く東洋の秘薬」と言われていたらしい。
この村の野菜といい、世界は違っても文化は似ているのかもしれないな……。
「美味しいです」
一口飲むと、懐かしい気持ちにさせるような、ほっとするような、そんな味がした。
そんな俺の様子を見て、老人は優しい表情で微笑んだ。
『そうだ、タマナよ。まだ畑仕事の途中でのう。すまんが代わりに道具を片付けてきてくれんか?』
『ええー!? 爺ちゃんずるい、わたしもお姉ちゃんとお話したいよー!』
突然の頼まれ事に、タマナは頬を膨らませながら駄々をこねている。
『困ったのう。畑仕事の途中で、タマナが何処かへ行ってしもうたから、実ったキャベジがヘソを曲げとったぞ?ヘソを曲げ過ぎて栄養が飛んで行ってしまわんか心配じゃのう~』
『えぇー? う~……。わかったぁ。
すぐ戻ってくるからね! お姉ちゃん、待っててね!』
そう言うと、タマナは家の外へ出て行った。
『すまんかったのう、お嬢さん。あの子、せっかちなところがあっての。なかなか話を聞いてくれんかったじゃろう。』
「いえ、そんな事は……」
そんな事は、バリバリにあるのだが。そこは大人の対応をしておこう。
『お嬢さんは優しいのう。そうだ申し遅れた。ワシの名はカンラン。タマナの祖父じゃ』
「ブッフ……!」
突如、こみ上げてくる笑いを抑えきれずに、俺は吹き出しそうになった。
気付いた人はいるだろうか? この、冗談みたいな話の流れを。
先程の少女の名は、「タマナ」。もし漢字で表現するならば、「玉菜」。こうなるはずである。
そして、この老人の名は「カンラン」と言った。漢字にすると、「甘藍」だろう。
ここの畑で育てている野菜はキャベジ。……恐らく、キャベツの事だ。
キャベツは英語で「キャベジ」とも言う。
そして、「玉菜」と「甘藍」だが……。この二つは、キャベツを和名にしたものである。
トゥゾックダン(盗賊団)の三人といい、なかなか安易かつ、素晴らしいネーミングだ。
こういった事を知らなければ、俺はカンランの自己紹介を普通に聞いていられたのだが……。前世で培ったトリビア(無駄知識)が仇となってしまった。
『大丈夫かい? お嬢さん』
「え、えぇ! 少しむせてしまって」
カンランは優しく俺を心配してくれている。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「あの、タマナちゃんが私を「東の王国の人」と言っていたのですが……。実はそうではなくて……私のせいでタマナちゃんに勘違いをさせてしまって、ごめんなさい」
俺の推測では、タマナの言った「東の王国」というのは、この世界にある国の中では比較的、規模の大きい国なのだろう。
この世界の事や、そこのところの情報も知りたかった俺はまず、俺に関する誤った情報の訂正から入った。
『そうでしたか。あの子のせいで気を遣わせてしまって、申し訳ない』
「いえ。……あの……実は私、生まれてから今まで家の外へは出た事がなくて。それで、外の世界がどうなっているのか解らないんです」
『ほう……。お嬢さんはご家族から、とても大事にされていたんじゃろう。外には危険な魔物やモンスターたちが沢山おるからの』
嘘も方便。
「異世界から来たから、この世界の事を知らない」と説明するよりは、この方が断然楽である。カンランも、都合の良い解釈をしてくれたのでラッキーだった。これでスムーズに話が聞けそうだ。
『だが、数年前に魔王が倒されたとは言え、魔王の配下やモンスターたちが、まだあちこち動き回っていると言う噂じゃ。』
「魔王……?」
『うん? ご家族から魔王の話は聞いておらんか?』
そういやぁ、あの世の役所で言ってたな。魔王がどう……って。
そしてカンランは、こんな世間知らずの娘さんに、色々と話を聞かせてくれた。
その昔、この世界には「大国」と呼ぶ規模を持った国が、いくつもあった。
国々は互いの資源や領土を奪い合う為、日夜、戦争に明け暮れていたと言う。まぁ、よくある話ではある。
人々は何十年も争いを続けた。村や街を焼き、自然を汚し……。
そんな最中、その魔王は突然現れた。
魔王は、これまでの人間の愚かな行いに裁きを下すかのように、大国という大国を壊滅させていった。その圧倒的な力の前に、人は無力であった。
数年。たった数年で、ほとんどの大国は消滅したと言う。
圧倒的な力に対抗するべく、残った国々は手を結んだ。
魔術……「力」に長けた国。隠密……「スパイ」に長けた国。調和……「話術」に長けた国。
様々な分野に特化した国々が一つとなって、魔王を打ち倒すべく、動き出した。
そうして生まれたのが「東の王国」だ。
魔王との戦いは何年、何十年と続いた。
その歴史の中で、ファンタジー世界において、俺たちがよく耳にする「ギルド」が誕生した訳だ。
そして、その長きに渡る戦いの末に、軍とギルドの人々によって、人類の悲願である魔王討伐を成し遂げた。
魔王に止めを刺した者は「勇者」と称えられ、人々から賞賛された。
それが、つい数年前の話だ。
魔王はいなくなった。だが、その配下だった者たちが未だ、各地で暗躍を続けているらしい。
それら討伐の為、この国の戦いはまだ続いているという訳だ。
ちなみに……。
終始、戦争に明け暮れていた人類は、もてる技術力の全てを戦争の為に使っていたらしい。
食文化の進んだ国はいくつかあったそうだが、魔王に抵抗する力もなく、即、消滅してしまったそうだ。
つまり……この世界には、現代人を満足させられるような食が存在しないと言う事だ。
何という事だ……!
生前、「食べる事」が半分趣味みたいだったユミが、この世界で生きていられるのだろうか……!?
面白半分でやって来た異世界に落胆をして、生きる事を諦めたりしていないだろうか……!?
入れられたお茶をひとすすりしながら、俺はユミの安否を心配するのであった。
緑茶の歴史とキャベツの件は全て事実です。
あれです、「超サ〇ヤ人」みたいなネーミングセンスって事です。
因みに魔術の国・隠密の国・話術の国のイメージは、アメリカ・中国・日本。