2話 「万能なる知識」
大自然の中、焚火をしながら肉を焼く。なんて幸せな光景じゃーないか。
焼けた肉の香ばしい匂いがまた、食欲を引き立たせる。
そして俺は欲望のまま、美味しそうに焼けた肉にかぶり付いた。
「……無味。と言うか、素材のまんまの味がする」
ダチョウの身体にトカゲの顔を足して、くっ付けたような生き物。……いや、モンスターとでも言うのだろうか。
そんなモンスターをただ丸焼きにしただけの、「料理」と呼ぶには余りにもお粗末な物を、俺は食べさせられていた。
『なんだぁ? 嬢ちゃんの口に合わねぇか?』
それと同じ物を美味そうに食べながら、盗賊団の頭のアビゴルは言った。
口に合わないわけではない。ただ、今まで食べていた現代食とは打って変わって、加工された味がまったくしないのだ。病院で出される薄味のご飯の方が百倍は美味い。
「うーん。例えば塩分だとか、そういう味付けが恋しくなってくるよ」
『エンブン? ……って、なんでぇ、そりゃぁ』
予期せぬ答えが返って来たな。
「塩だよ。ほら、海水を煮詰めたら出来る、塩の結晶ってあるでしょ?」
『塩の結晶?? いやぁ、知らねえなぁ。人間の食い物はある程度理解しているつもりだが。
ただ、海の水がすっげぇ辛いのは知ってるぜ!』
ここの盗賊たちが馬鹿な事は解っていたが、まさか塩を知らないとは思わなんだ。保育園児だって知ってる事なのに。
きっと人里から離れた、超のつくド田舎から出て来たんだろうな。この人たち。
出された食べ物を数口食べ、極力失礼のないよう、もうお腹が一杯という「てい」を装って、俺は早々に食事を切り上げたのだった。
「ねえ、この辺りに街や村はあるの?」
『あん? おう、あるぜ。ただでっけぇ街までは、ちと遠いがな。小せぇ村なら、ここから南に一時間もしねぇくらいの距離にあるぜ』
ユミを探す為にはまず、人のいる所へ行かなくてはならない。
お互いの容姿も知らない状況で、まずどうやってユミを探し出すか……。
それに関しては案がある。まぁ、俺が考えた案ではなく、先にこの世界に転生した俺の妻、ユミの提案だ。
それは、俺が転生する前のこと。
あの世の役所でユミの伝言を聞いている時だった。
「俺が街で、店を開くだあ……!?」
ユミが異世界に転生したという事実を聞いて驚く俺に、それは更に、とんでもない事を言ってきた。
『転生した世界で、あたしたちが会える可能性は低いじゃない? 多分、普通に考えて無理だと思うの。だから考えたんだけど! ケイがあっちの世界でお店を開いたら良いと思うの!!
ほら、得意でしょ? 料理。その腕を異世界で振るえば、すっごく人が集まると思うのよ! やっべぇあたし天才じゃない?!』
振り回されて異世界行きをするってのに、更に店を開けってのか!? 俺が!??
ちょっ、待てよ(前世で覚えたイケメンアイドルのモノマネを披露してみる)
確かに良い案だとは思うけど、そこはさぁ、先に行った君がやろうよ! 効率的に考えても君がやるべきでしょう!
『あのねぇ、あたしが料理とか出来る訳ないじゃない?』
伝言が返事をした。
だが、受付のお姉さんは「そんな機能はない」と言う。
流石は長年連れ添った夫婦である。これを聞いて俺がどう思うか、ユミには筒抜けであった。
『それじゃ、そういう事で。よろしくお願いします、シェフ!』
ーーと、言う訳だ。
だから俺はまず、人のいる大きな街を目指さなくてはならない。
アビゴルの言う大きな街は、ここから海沿いを通って東に、約四百五十キロ離れた所にあるらしい。
舗装された道ならば、丸四日程歩けばたどり着くだろうが、何があるかわからないこの異世界だ。
ろくな準備もせずに向かうのは得策ではない。
『村に行きたいって? だったらうちの奴らを連れて行きな。この辺りの道はちーっとばかし危険だからな』
「危険?」
アビゴルの言葉に俺は首を傾げた。
凶悪なモンスターでもいるのだろうか? いや、そもそも、どうして協力的なのだろうか?
『あぁ。噂じゃあ、この辺りで人間の盗賊が出るらしい』
「それ、自分たちの事じゃ……?」
しまった、思わず心の声が漏れてしまった。
『違えよ!! 俺らはまだ駆け出しだって言ってんだろう!』
別に威張って言う事ではない。
そういう訳で、俺はアビゴルたち盗賊集団に、護衛と道案内を頼むことにした。
まぁ、何とも人道的な盗賊じゃあないか。絶対に選ぶ職業間違えてるよ、こいつら。
大勢の盗賊を連れて村に行けば、それは村人からすればただの「盗賊たちの奇襲」である。なので、アビゴルに頼んで、三人の盗賊を連れて村へ向かうことにした。
『村へはこの道をずーっと真っ直ぐですぜ、姐さん!』
先導を切って歩いている男の名は、トゥ。
槍を片手に俺をエスコートしてくれている。
にしても、誰が「姐さん」だ…。
『姐さん! あっちに美味そうな肉が歩いてるでやんすよ!』
動体視力が良く、遠くの山まで鮮明に見ることができる男、ゾック。
あのねゾック、「肉」は、歩いたりしないよ?
そして、誰が「姐さん」だ。
『…………』
口下手なのか、キャラ作りなのか。ひたすら沈黙を続ける男、ダン。
三人揃うと冗談みたいな名前だ。
『ところで姐さん、さっきの話でやんすが。
村に行けば肉を美味くする粉があるかもって、本当でやんすか?』
「欲」という名の光が、その瞳を輝かせながら、ゾックは言った。
「うん、塩ね。絶対にあると思うよ。
人間の食文化の中で、切っても切り離せない存在。古くは古代、エジプトやメソポタミア文明の頃には既に塩が使われていたと伝えられている。古代ローマでは、仕事をした報酬として、塩をお給料の代わりに渡していたんだって」
昔から、気になる事はすぐに調べる癖があった俺。
前世で培ったその知識が、生まれ変わって初めて、火を噴いた瞬間であった。
『えじぷと……? めそぽぽみん?? まぁ、よく解かんねぇですが、村に行きゃあ美味いもんがあるって事っすね!!』
火を噴いた俺の知識は、トゥの一言によって消火されたのだった。
『でも姐さん、それをどうやって手に入れるでやんすか?』
「えっ? どうやってって、それは買……」
ーーえない! 買えないわ! だって俺、無一文だもん!!
あの世で換金したお金は、魔法スキルの習得には使えても、この世界での物の売買には使えないんだった!!
『安心して下せぇ姐さん。だから、俺らがいるんでしょう!』
自身の親指を立てて「グッドポーズ」をするトゥ。
えっ、もしかして、見ず知らずの俺にお金を貸してくれるというの……!?
素晴らしきかな、素晴らしきかな、トゥゾックダン(盗賊団)!!
『人間なんざ、ちょいと脅しゃあ何でも言う事を聞いてくれーー』
「却下で、お願いします」
流石はトゥゾックダン(盗賊団)
考えることが物騒だ。
「実は俺……私、この世界の事をあまりよく知らないの……よ?」
ダメだ。意識しないと男言葉に戻ってしまう。かと言って、意識し過ぎると言葉遣いが変になってしまう。
ここの盗賊たちに限ってかは知らないが、自分の事を「俺」だなんて言った日には、痛い子を見るような扱いにされてしまうのだ。
盗賊たちはキョトンとした顔で、こちらを見てくる…。
『姐さん、ひょっとしてアレですかい? 「箱入り娘」ってやつですか?』
下手に「他の世界から転生してきましたー」だなんて言っても、信じてはもらえないだろうな。ここはそういう事にしておこう……。
「う、うん、そうなの。だから、村に行ったら色々と話を聞きたいなーって思って。もしかしたら、塩、分けてもらえるかもしれないじゃない?」
『成る程、そうでやしたか! あっしらは駆け出しの盗賊、姐さんは駆け出しの箱入り娘。お互い駆け出し者同士、苦労するっすねぇ』
「駆け出しの箱入り娘」は、ちょっと違う気がするのだが。
そうして、俺たちが町へ向かい始めてから、二十分が経過した。
『……姐さん』
トゥゾックダンの三人が一様に、心配そうに俺を見ている。
「ハァ、ハァ……な、何……?」
歩き始めてから二十分、俺は疲れ果てていた。
レベルの低さからくる体力の無さなのか、はたまた、俺の身体が女だからなのか。
生前、爺さんだった頃と比べたら大分マシなのだが。それでも、この体力の無さには辛いものがある。
『ちょっと休憩しやしょう、姐さん』
「うん……。ありがとう」
まさか出会って間もない、しかも盗賊に気を遣われてしまうとは……。
丁度、程よい高さの岩があったので俺はそこに腰を下ろした。
『姐さん、これ、さっき道端で生えてたんでやんすが、あげるでやんす』
そう言って、ゾックが木苺のような実を差し出してきた。
「ありがとう、ゾック。……これは?」
『知らないでやんす』
「は?」
しまった、またしても心の声が漏れてしまった。
『ばっか野郎! おめぇ、毒かもしれねぇモンを、姐さんに食わせる気か!?』
ゾックを叱り付けるトゥ。
何でだろう? 俺、さっきから、お頭であるアビゴルと同じくらいの扱いを受けている気がする。
盗賊って実はみんな優しいんだね。お爺ちゃん誤解してたよ。
「ううん、気遣ってくれてありがとうゾック」
『へへっ』
嬉しそうに笑うゾック。
そう言えば俺、転生してからまだ一度も習得したスキルを使ってないな。
スキル、万能知識。そのスキルを使って、見た物の全ての情報を頭に記憶できる……らしい。
実際のところ、どうなんだろう。
気になった俺は、ゾックから貰った木苺のような実に、そのスキルを使用してみることにした。
「スキル発動……万能知識」
俺は息を整え、スキルを発動させた。
初めて使用するスキルと言うもの。やり方は知らなかったはずだが、そのスキルを使おうと考えると、恰もそれを「前から知っていた」かのように自然と発動する事が出来た。
検知結果
名:ナワシロイチゴ、又は、サツキイチゴ
階級:バラ科キイチゴ属
分布:温暖な地域に分布、山などに生えている
特徴:生食可、味は甘酸っぱい
おおっ、これは凄い! この目で見た物の情報が全て、頭の中に流れ込んで来るではないか!!
予想していた通りだ。これで、食べれる物とそうでない物、その区別がつけるようになる!!
『姐さん? どうしたんでやんすか?』
そう言って、ゾックが俺の視界に入った時だった。
スキルを発動中だった俺の頭の中に、新たな「別の」情報が流れて来たのだ。
検知結果
名:ゾック
種族:悪魔族
性別:なし
年齢:四百九歳
備考:数十のも軍を率いる悪魔、地獄の公爵こと、エリゴール(又の名をアビゴル)の部下でありーーーー
「……ゴッホン!」
俺は、おやじ臭い咳払いをして、そっとスキルを閉じた。
「ううん、何でもないの。
ゾックがくれた実、食べられるみたい」
『そうでやんすか! 流石は姐さん、物知りでやんす!』
「えっ……へへ、ありがとう。美味しく頂くね」
今、見た事をバレてはいけない。咄嗟にそう感じた俺は、心の動揺をゾックらに覚られぬよう、平然を装った。
なぁに? あれ、なぁに?
ゾックが、悪魔? 「ゾック」だけに、年齢も四百九? 地獄の公爵がなんちゃらって……。
落ち着け、俺、落ち着け。
貰った木苺をパクパクとつまみながら、俺は頭をフル回転させる。
あれだ、魔王! 魔王がいた世界なら、悪魔くらい存在していたって不思議じゃない。
そりゃぁ悪魔だもん、何百年って生きるじゃん? いや知らないけど、多分「そういう生き物」なんだよね!?
しっかし何だぁ「地獄の公爵」って。バンドか? そういうバンドなのか!? 怖いわー! 若い子って怖いわー! いや、俺より年上か!
でも、アビゴルやトゥゾックダンを見ている感じ、「悪魔」だとかそんな危険そうな雰囲気はないんだよなぁ。
実際、一度捕らえた俺を解放してくれたし。ご飯もご馳走してくれた。……あんまり美味しくなかったけど。
悪い人……いや、悪魔か。
悪い悪魔では、ないのかもしれない……。
そういや、確か昔あったな……。「優しい悪魔」って絵本。
そうして考え疲れる頃、俺の手元にあったはずの木苺が、綺麗さっぱり無くなっていた。
ナワシロイチゴ、又は、サツキイチゴ。
実在する植物です。
昔、よく田舎の山で見かけました。
見た目はラズベリーに似ていて、甘酸っぱくて美味しい。