16話 「冷蔵庫」
あの事件から一月が経過した。
タマナ達の村から馬車で南西に半日くらい行った所にある、とある海沿いの平地。
なんと、俺はそこに自分の店を構える事になったのだ。
話は遡って、街を襲う翼竜を俺が平手打ちした時の事。
「人間に背を向けるのは嫌だ」「敵にやられた振りをするのはもっと嫌だ」と駄々を捏ねる翼竜に、俺は一つ提案をした。
「なら、俺にやられた事にしたらどうだ?」と。
勿論、俺にはユミルのような力はないので「そういう演技」と言う事になるがーー。
それを聞いた翼竜は何故だか大喜びをしていた。
(わっ、我が主に殴られるなど夢のようです!! 是非、是非ともお願いしたい……!! ハァッハァッ)
ファンタジー世界の生き物というのはよく解らん。
翼竜……ドラゴンとはもっと高潔なものだと思っていたのだが、どうやら実際は違ったようだ。
兎にも角にも話が纏まったようなので、俺達は手筈通りに動いた。
……正直、怖かったよ。
手筈では翼竜が俺の直前で止まる事になっているのだが、巨大な物体に猛スピードで迫られるというのは大層に怖い。
ダンプに引かれる様な気分だった。
そして予定通り、俺に頬を平手打ちされた翼竜は「グギャァアアアア!!」と悲鳴を上げながら空へ気体となって逃げて行った。
その時の翼竜の悲鳴は確かに「グギャァアアアア!!」だった。
その場にいた者は皆そう聞こえていた筈だ。
だが何故だろう? 俺と翼竜が念話で繋がっていたせいなのか……。
(ぉおっふ!! 最高でございますっ!! 我が主ーーーー!!!!)
と、叫んでいるように聞こえたのだ。
怖い。翼竜って怖い。
俺は別の意味で翼竜に対する恐怖心が芽生えた。
その後も色々と大変だったな……。
走ったり翼竜を殴ったりと、既に疲労困憊だった。
そんな俺を、気付けば王国騎士団の方々が大勢で取り囲んでらっしゃる。
何でだい? 俺、やっぱり逮捕されちゃうのかい?
この後自分はどうなってしまうのだろうかと心配した時、俺を取り囲む王国騎士団の面々は一斉に地に膝を付けた。
『此度はこの国の危機を救って頂き、誠にありがとうございます!
我が国の王が是非とも貴女様に礼をしたいと仰っております。城へご同行願えますか?』
「無理です」
笑顔で即答した。
正直、俺は立っているのも辛いくらい疲労している。
そんな状態でのお誘いは勘弁してもらいたい。
私はレディだ。だから、存分に気遣うが良い紳士諸君!
そんなレディの使いどころを履き違えている俺に、ユミルが駆け寄って来てくれた。
「世界は広いな。まさか、斯様な美しい女性がこの様な力を秘めていたとは」彼は笑いながらそう言った。
事情を説明する訳にもいかなかったので、俺はユミルの勘違いを否定せずに流す事にした。
それからユミルに運ばれて城に到着した俺は、この国の王様に謁見した。
翼竜を撃退し国を救った礼にと、国王は俺に金貨千枚と爵位を授けると言ったのだが……。
堅苦しい貴族社会が苦手だった俺は、僭越ながら爵位の授与は辞退した。
万が一、見合いだの何だのと言ってこられるのも困るのでな。
ここの国王はなかなか気の良いオッサンのようで、そんな俺に「そうか」と笑って許してくれた。
後々知る事になるのだが、俺の寵愛は自分より上の立場の人間……権力者からの寵愛を齎す能力があるようだ。
もしこのスキルがなかったら俺はこの時、無礼者として怒られていたのかもしれない。
お金の方は有難く頂いておいた。
金貨千枚が日本円にしたらいくらになるのか解らないが、何となく途轍もない大金である事は理解している。
俺には自分の店を創るという目的がある以上、お金はいくらあっても困らないのだ。
それと、店をするなら自分の所有する領土でやってみないかとユミルから提案があった。
彼の所有する領土は開拓の最中らしく、人の行き来も多い。
領土の発展の為、また開拓を進める労働者達の為、自分の所有する領土での開業を進められた。
人が集まるのなら俺にとっても都合の良い話だ。
迷わずその話に乗った。
ーーーーで。
今俺がいる場所が、まさにそこなのである。
王様に貰ったお金……ではなく、ユミルの好意で新たに店を建ててもらっているのだ。
周囲にはまだ建物は少ないが、その内ここも大きな街になっていくのだろう。
そう考えるとワクワクするな。
そうそう、店を経営するにあたって従業員が必要になってくる訳だが。
ウエイトレスが一人と、料理人が四人。実はもう確保してあるのだよ。
では、先ずはウエイトレスから紹介していこう。
『わあー、もうすぐだね! もうすぐお店ができるねお姉ちゃん!』
建設途中の店を見上げながら喜んでいる少女、タマナ。
まぁ彼女が自発的に申し出て来たのは言わずもがな……。
『東の王国に行って、まさかこんなでけぇ収穫をしてくるとは……流石は姐さんだ!』
『これで姐さんの美味い手料理が毎日食べたい放題でやんす!!』
『…………』
厨房で調理を担当するトゥゾックダンの三人。
料理ができるかは定かではないが、アビゴル曰く、この三人はこう見えてとても器用なんだとか。
余程の不器用でさえなければ何とか料理くらい覚えられるだろう。
そして、もう一人の料理人は……。
『誠心誠意頑張りやす! よろしくお願いしやす、姐さん!!』
東の王国で食堂を経営していたドワーフだ。
名をスクウォッシュと言う。
うん……あれだ。南瓜……だな。
彼はあの後、何故か俺達に付いて来てしまった。
本人曰く、「一から修業をやり直したい」との事だが。
ユミルが言うにはスクウォッシュは鍛冶師としても有能らしい。……いや、鍛冶師として「は」だっけ?
なので、働かせても損はないらしい。
後一人……人員がいるにはいるのだが……。
『あの……な、何でもするからよ! 何かあったら何時でも言ってくれよな! ……なっ!』
あの日、翼竜の気配を感じ取って逸早く逃げ出した男、アビゴルさんだ。
「もしかして自分がエリゴルから能力を引き継いだ事がバレたのではないか」と心配になって逃げたそうだ。
トゥがそれを教えてくれた。
「うん、そうだね。何かあったらね(棒読み)」
『…………』
人が死ぬような思いで頑張っていた最中、裏では翼竜相手に真っ先に逃げ出していたこの男に、俺は優しい言葉を掛ける気持ちは一切なかった。
そうそう、マスコットキャラクター兼お使い役に、ルべリアオオカミの胡麻とライオンラビットのおもちも連れて来たぞ!
胡麻はオオカミだけあってとても賢い。
軽いお使い程度なら難無くこなしてくれる、頼もしい奴だ。
「アビゴルと違って……(ボソッ)」
『えっ!? なっ、なん……!?』
うっかり心の声が漏れてしまった。
以上がうちの店のメンバーである。
俺がこの世界に転生してから色々とあったが、ここからが本当のスタートだ。
この店を世界一の料理屋に育て上げ、そしてこの世界の何処かにいるユミを探し出す。
必ずーーーー!
(あの……主。私の事をお忘れではないでしょうか?)
そうだ、カンランの村から野菜を仕入れるってのも手だな!
そうすれば近場で新鮮な野菜を手に入れる事ができるし、カンラン達にも収益が出る。
今度商談しておかないと……。
(主? 野菜も良いのですが、あの……私は……)
冷蔵庫とか欲しいよなぁ。
確か、初めて冷蔵庫が開発されたのって十七世紀頃だっけ?
ジエチルエーテルとか何とかを沸騰させた時に出る気化熱がどうたらって……。
流石に俺もそこまでの知識は持ち合わせていないからなぁ。
(とことん無視を貫くスタンス……! 流石は我が主、私の心は張り裂けてしまいそうです! ハァッハァッ)
昔ながらの氷室に頼るしかないか……。
あ、その場合氷が必要になってくるな。
確か、国や時代によっては氷は高価な品だったはず。この世界ではどうなんだろう?
ああっ、こんな時、氷結魔法の一つでも覚えておけば……!!
(冷気が必要ならありますよ? 我が主)
本当か!!??
そうだ、紹介するのを忘れていた!
こいつは新しく仲間に加わった氷龍のアイスカーボンドラゴンだ。
(都合の良い時だけ私を相手して下さる!! くぅっ、流石でございます我が主!! ハァッハァッ)
見ての通り、変態だ。
本来の姿は翼竜なのだが、そのままの姿でいられると都合が悪い。
下手したら、俺が魔王の手先だと思われかねないからな。
だから普段はこうして気体として俺の周りを漂っている訳だ。
因みに怖がらせてはいけないので、こいつの存在はタマナ達にも秘密にしている。
薄っすらと気配に気付いているアビゴルは常にビクビクしている様だが……。
一つ難点なのは、こいつが二酸化炭素だという事。
高濃度の二酸化炭素に付き纏われると、こっちの身が持たん……。
ところで、冷気があると言うのは本当か?
(はっ! 私は氷龍、なので冷気を出すなど造作も無い事でございます)
翼竜の話を聞いた俺は、それを確かめる為に人気のない所へと場所を移した。
「ここなら出てきても良いぞ!」その言葉を聞いた翼竜は、その身体を気体から物質へと変化させて本来の姿を現した。
翼竜の説明では、自身のブレスで氷を出す事が可能なんだとか。
氷に魔力を込め続けていれば溶ける心配もないらしく、安定した冷気を供給する事が可能だと翼竜は力説した。
無料で安定した冷気を作り出せる氷室……とても素晴らしいじゃあないか!
俺は初めてこの翼竜を「できる子だ」と褒めて、頭を撫でてやった。
「……ん?
なぁ、お前の鱗って冷たいけど、どうなってんだ?これ」
頭を撫でた時、鱗がひんやりと冷たい事に気付いた俺は、翼竜に問うた。
鱗の下がドライアイスだから、それを覆っている鱗も冷たくなっているのかと思ったが……どうやら違ったようだ。
この鱗は翼竜が自身の魔力を流す事によって、冷気を放つ事ができるらしい。
鱗に流している魔力量の調節で、その温度も自在に操る事ができるそうだ。
……あれえ?
こいつの鱗を加工すれば、冷蔵庫ができるんじゃね??
(……主? 何をしておられるのです?)
自分の鱗に手を掛ける俺を、翼竜は不思議そうに見た。
「いや、この鱗でさ、冷蔵庫ができるんじゃないかと思って。
ちょっと一枚千切って良い?」
(は……!? 千切っ……!?
いや、ちょっと待ってください主ーーーーィイイイイイイイイイイ!!!!????)
俺は翼竜の返事を待たず、半ば強制的にその鱗を剥がそうと力強く引っ張った。
(痛たただだだだだだ!!!! 主!! 痛い、痛いですぞ我があるジィイイイイイイーーーー!!!!)
「大丈夫、直ぐだから! 痛くない痛くない! はい、せーのっ!!」
(イィイイイイヤァアアアアーーーーーーーー……!!!!)
ケイは翼竜の鱗を手に入れた▽
更に、スクウォッシュの加工により冷蔵庫を手に入れた▽
冷蔵・冷凍技術の発端は17世紀前半。
18世紀頭に氷を使った冷蔵庫が作られ、その後、エーテル圧縮型の製氷機が生まれたそうです。
そこから実用的な冷蔵庫が完成したのは18世紀中頃。
開発者はビールを冷やしたかったらしいです。
因みに、電気冷蔵庫の誕生は1918年。




