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11話 「怒りの行政指導」

 この世界にも居酒屋や食堂は存在する。

 だが想像していた通り、その味はとても現代人を唸らせるものではなかった。


 いくつか店を回って見付けた一軒の食堂。

 その人込みや賑わいから、俺はこの店が街で一番の人気店であろうとにらんだ。

 だが……俺のスキル(予見)が「店に入らない方が良い」と警告をしている。

 ここに入ると間違いなく厄介事が起こる。そう確信をもって言えるのだ。

 だが……。


 『わあー! あのお店人がいっぱいいるよ! あのお店にしよう、お姉ちゃん!』


 そう言ってタマナが店に入って行ってしまったのだ。

 これはもう、覚悟を決めるしかあるまい。


 そうして俺は渋々と店の中に入って行った。


 その数十分後ーー。



 店の中には鬼のような剣幕で、店主であるドワーフの男に怒鳴り散らす美女の姿があった。

 ーーいや、俺か。

 店主のドワーフは涙を流しながら「もう勘弁してくれ!」と土下座をしている。

 その様子を「お姉ちゃん、すごい!」とタマナが感動ながらに眺めていた。


 この店で何があったのか、説明させて頂こう。



 それは、俺とタマナが運ばれて来た料理を口にした時だった。


 頼んだメニューは店主のドワーフが「当店自慢!」と豪語する蒸し鶏のスープ。

 だが、運ばれて来た料理を見た瞬間に俺は気付いてしまった。

 スープの匂いから感じる圧倒的な出汁やコク、旨味の無さ!

 香りづけとなる香辛料やスパイスが入っていないのか?

 いや、入れるのをうっかり忘れてしまったんだよな?

 こう見えて、実はしっかり味がついているんだよな?


 様々な不安が押し寄せる中、俺はそのスープを口にした。


 薄っす!!?


 それが正直な感想だった。

 「どうだい!?」と自信ありげに俺にリアクションを求めるドワーフに、俺は何て言えば良い?

 「不味いですね」なんて、とてもじゃないが言えない。

 そうだ、「そこはかとなく優しい味ですね」って言えば良いんじゃないか?!

 俺なら褒められている気は一切しないが、大丈夫だろう。ドワーフだし、大丈夫だろう!


 俺はそう結論を導き出し、「そこはかとないーー」とまで言い掛けた。

 その時だった。


 『このスープ薄いね。変な匂いがするし、それにちょっと苦い。

 これならお姉ちゃんが作ったご飯の方が絶対に美味しいね!』


 横で蒸し鶏のスープを食べていたタマナ先生が、まるで料理番組の審査員かの如く、的確且つストレートなダメ出しを口にしたのだ。


 困った。これは困った。

 「流石にご飯を食べる時くらいは」と、予見のスキルを閉じていたのだ。

 これは完全なる俺のミスである。


 幼女に「不味い」と指摘されたドワーフはムッとしている。

 本当の事とは言え、ファンタジー界の職人、ドワーフのプライドに傷をつけてしまったのだ。



 『お……お嬢ちゃんは、ちゃんとした料理を食べた事がないのかな?

 街で随一の料理人と言われるこの俺様の作った飯を「不味い」たぁ。

 やれやれ、どこの田舎から出て来たのやら』


 そう言って、ドワーフはタマナを馬鹿にした様に笑った。

 周囲の客達もそれを聞いて笑っている。


 タマナもまだ子供だ。

 馬鹿にされたと思えば大人相手でも意地になってしまう。

 そして俺の悪い予感は的中し、タマナとドワーフは言い争いを始めてしまった。


 『お姉ちゃんが作ったご飯はすっごく美味しいもん! おじさんが作ったご飯なんか比べ物にならないんだから!』


 おいおいタマナよ。頼む、そこで俺を巻き込まないでくれ。


 『ああん? その「お姉ちゃん」ってのは何処のどいつか知らねえがなあ! ここらで俺より料理が美味い奴なんて存在しねえんだよ!』


 その「お姉ちゃん」はアタシだよ!

 ってかこいつ、どれだけ自分の腕に自信があるんだ。

 一回、本当に街中の飲食店を食べ歩きしてやろうか?


 『はっ、飯もロクに作れねぇような餓鬼が偉そうな口利いてんじゃねぇ!

 とっとと田舎に帰って牛のミルクでも飲んでな!』


 ドワーフは大人とも思えぬ物言いでタマナを罵倒した。

 罵倒された事と自分より大きい者への恐怖心もあって、タマナは泣きながら俺の元へと駆け寄って来た。

 何だろう、俺、女に生まれ変わって母性に目覚めたのだろうか。

 タマナを泣かせたこのドワーフが、途轍もなく腹立たしい。

 いや……折角作ったご飯を「美味しくない」と言われたら誰だって良い気はしない。

 前もってタマナの行動を予見してなかった俺にも非はある。

 今回はこちらが悪かったという事で、この店主に謝罪をして店から出て行こう。


 そう思って、ドワーフに謝罪の言葉を述べようとした時だーー。

 奴の怒りの矛先が俺に向かって放たれたのだ。


 『よう姉ちゃん。

 その餓鬼があんたの妹か子供か知らねえがな、ちゃんと躾をしといてもらわねえと困るんだよ!

 この店は礼儀を持ったやつが来る所だ。そんな頭の悪い餓鬼を連れて店に入って来るんじゃねえ!

 それとな、作れるんなら、ちゃんとした飯を食わせてやんな。

 その餓鬼がデカくなった時、飯もロクに作れねぇんじゃ嫁の貰い手なんかねえぞ。

 女は家の事をするか身体を売るしか能が無ねんだからよ!』



 プツンーーーー。


 その時、俺の頭の中で堪忍袋の緒が切れる音がした。


 この男がタマナを侮辱した事もそうだが、俺は女を軽視する馬鹿な男が大嫌いなのだ。

 いつの時代にも「女はこうあるべき」と言う社会的風潮は存在する。

 俺がいた世界でもそうだ。

 「嫁入りした女は家の仕事をするべき」と言う偏見。「会社では女より男が優遇される」という古い男社会。

 だが、それも昔よりは改善されているだろう。

 男性が育児や家事に取り組み、女性が社会進出をする。

 何年、何十年後、そうして古き風潮が取り払われていく事を俺は願っている。


 だがこの男の様に、いつの時代にも、こうして女性を軽視して見下す輩が存在するのだ。

 そしてこのドワーフは、そんな俺の地雷を見事に踏んでくれた。


 おっと、すまない。話が逸れてしまった。

 では、地雷を踏んでくれたこのドワーフにお礼をせねばな。



 「お手本を……見せてくれませんか?

 料理が苦手な私に、卓越した職人様の技術を見せては頂けないでしょうか?」


 にこやかな笑顔でドワーフに「調理風景を見せてほしい」とお願いをする俺。

 「職人」と言われ、鼻が高くなったドワーフは自慢げに厨房へと案内してくれた。


 教えて頂いたのは、この店ご自慢の「蒸し鶏のスープ」

 鍋の中には野菜や鶏肉を煮込んで作った出汁が用意されていた。


 『この出汁は俺が朝早くから仕込んだものだ。

 まぁ企業秘密だから詳しくは教えられねえが、色んな野菜と鶏ガラを煮込んである!

 うちの店自慢の秘伝のスープよ!』


 朝早くから煮込んだ割に、出汁が出たスープとは思えない。


 「煮込み時間と火加減は?」

 『あんっ? えっと……強火でガッと一時間くらいだ』


 一時間? 強火でガッと?


 「煮込み中、アクは丁寧に取り除いていますか?」

 『アク? あぁ、煮たら出てくるあの汚ねぇのか。

 んなもん、面倒だから煮込み終わってからバッて取って終いよ!』


 煮込み終わってからバッて取る?

 言っている意味が解らない。何を言っているのだこの男は。外国語か?


 「出汁を取った後の野菜はどうしているのです?」

 『勿論、捨てっちまうよ! 出汁を取った野菜なんてゴミ同然だからな!』


 まぁ、確かに出汁を取った後の野菜を捨てる店はあるが……。



 そして厨房。

 俺がざっと見た所、かなり不衛生だ。

 忙しい飲食業とは言え、現代でこの有様なら完全にアウトだろう。

 他にも突っ込むべき所は多い。

 これは、俺が保健所に代わり指導をしてやらねばならないようだな。

 

 『どうでぇウチの厨房は! 姉ちゃんみたいなベッピンさんなら働かせてやっても良いぜぇ?

 俺が手取り足取り色々と教えてやるよ!』


 一通りのプレゼンを終えた変態ドワーフは、鼻の下を伸ばしながら、まるでフラグのような言葉を口にした。

 そんな変態ドワーフに俺は反撃に打って出る。



 「はっ……こんな三流にも劣る店で働けと? 丁重にお断りする」

 『なっ……!』


 それまではにこやかな様子で話を聞いていた美女が突然、人が変わったかの様に敵意をむき出しにして自分に凄んでくる。その様子にドワーフは驚きを隠せなかった。


 「先ずはこのスープ。味が薄くて話にならない。

 鶏ガラスープを作るには基本、初めは強火。そこから徐々に火力を弱めていく。

 煮込む時間は人によりけりだが、この鍋の大きさと量なら三時間以上は煮込む必要があるだろう。

 貴様はさっき「一時間」と言ったな? それでは十分に出汁を取る事は出来ない。

 捨てた野菜の中には出汁や栄養が沢山残っているぞ?

 貴様の行う調理は、ただの食材に対する冒涜でしかない」


 俺の指摘にドワーフはかなり動揺をしている様だ。

 何か言い返そうとしている様子だが、馬鹿の言葉なんぞ聞く耳持たん。


 「アクは何故取り除くのか、知っているか?

 肉は癖のある匂いや味を。野菜は渋みや苦みを出す。

 そのアクを取り除かずに最後まで煮込んだスープはどうなると思う? 論外!!

 アクにはタンパク質などの栄養素が含まれている。だからをそれを欲するなら、そのままでも良いだろう。

 味の濃いスープを作るなら多少の雑味や臭いは誤魔化せよう。

 だが、ここは飲食店!

 お客に提供する料理に、余計な雑味や臭みがあるなど以ての外!」


 あれ? どうした?

 ドワーフのおじさんが涙目になってきている。

 ちょっと言い過ぎた?

 でもごめん。俺にここまで言わせたのはお前だから、最後まで付き合え?


 「それと器や調理器具。

 これらの保管場所は、床からの跳ね水で汚染される危険のない場所。正確には床面から六十センチ以上離れた場所でなくてはならない。

 だが、貴様の店はどうだ?

 器や調理器具の置かれた場所は床面から六十センチ以下。おまけに掃除がされている様子もない。

 このような不衛生な現場で、よく営業しているものだな!

 保健所職員に代わり、この俺が貴様の店を行政指導してくれる!!」



 ーーで、今に至るという訳だ。


 グウの音も出ない程プライドを叩き潰されたドワーフは、只管に泣いて土下座をしていた。

 この店は指摘する部分が多く、言い出したら切りがない。

 なので俺も、抜いた刃をどこで下ろせば良いのか分からず、同じく只管に攻め続けていたのだ。

 

 俺がそんな状況に「どこで話を切り上げようか」と考え始めた時だった。


 『この騒ぎ、一体どうしたんだい?』


 店内の声が外に漏れていたのか、騒ぎに気付いた一人の男が店の中に入って来た。

 その落ち着いた物言いと身なりの良さ……まるで「国を守る国家騎士」とでもいった風貌だ。



 この時、俺は知る由もなかった。

 この男との出会いが、その後の運命を大きく左右する事になるとはーー。

 

 


 

 

 煮物などを作る時、アクを取り出すのは面倒ですね。

 気になる方ほど、こまめに取っているのではないでしょうか。


 そんな時、ご家庭にあるアルミホイルを一度グチャッと丸めてから広げて、落し蓋のように置いてみて下さい。

 暫く置いておくと、アクがアルミホイルに吸着してビックリするくらい楽にアクを取り除く事が出来ます。


 家事は少しでも楽をして、余った時間を自分の為に有効活用したいですね。

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