1話 「大誤算」
とある世界の、とある森の中。
そこには綺麗な湖があった。きっと、旅人たちはそこで疲れた体を癒すのだろう。
レジャーシートを敷いてお弁当を食べるのも悪くない。
洞窟もあった。
ファンタジーの世界なら、盗賊集団の一つや二つ、湧いて出てきそうだ。
洞窟の奥にはガタイの良い男たちがいた。その姿は今さっき言った通り、まさにザ・盗賊である。
そして、そのザ・盗賊集団の中に一人、囚われの身となっている女性がいた。
きめの細かい白い肌、髪は艶々の黒髪ストレート、顔立ちは整っている…と言うか、「超」のつくベッピンさんだ。20代、身長は160センチくらいだろうか?赤い瞳が少し中二病っぽい気もするが、メインヒロインとしては、この上なく最高の逸材である。
幸せな人生に幕を閉じ、天国で妻のユミと幸せに過ごす予定だった俺は、ノリで異世界転生したであろうユミを追って、この世界に転生した。
この流れ、生前見たアニメを参考にすると、だ。
転生して、たまたま通りかかった俺が、賊に捕らわれたこの完全無欠の美女(完美女)を助け出す流れになる。そうして助け出した完美女と俺が仲良くなって、はい!ここでドドンと、テレビ画面にタイトルコールが流れる。嬉し恥ずかしの異世界ライフが幕を開けるっつー寸法だ。
欲を言うなら、その完美女は「実は転生した妻、ユミでした!」なんて流れになれば最高である。転生した先で真っ先にユミと遭遇、そして、その姿は完美女。
もう、「いただきます」を言った瞬間に「ご馳走様」状態である。
縄に縛られたその完美女は、困った表情をしている。何なら、今にも泣きだしてしまいそうだ。
でもそれは、盗賊に捕まり、「この後、自分はどうなってしまうのだろう」と悲観しているからではなかった。泣きたくなる程の大きな理由が他にあったのだ。
その完全無欠の美女は、何を隠そう、俺だ。
話は遡ること数時間前ーー……
この世界に転生した俺は、湖の辺にいた。
「凄いな……! 俺、本当に異世界に転生したのか?!」
周囲の風景、自分の身体を確認をして、俺は感動した。
鏡はないので自分の顔を確認する事はできないが、明らかに若々しい肌! 身の軽さ! 関節痛からの解放! そして何より、ストレートヘア!! いやあ若いって素晴らしい!
いや、死んであの世に行った時も、何故が享年よりも何十歳も若い状態だったんだけど。
肉体を持って改めて感じるこの感動……!
若さ故なのか、身体の内から湧き出てくる、有り余る体力!
それを発散するように、俺は走った。
体力のある限り走って、走って、走りまくっ……。
「ハア……ハア……。あるぇえ? 思ったより……ハア……ハア……体力が……」
走り出して間もなく、俺は力尽きた。
どゆこと? …あ! あれか? ゲームで言うとこの「レベル1」の状態って事か? なるっほど……そりゃあ体力も紙切れみたいにヒラヒラだわなあ。
そう言って、着ていた衣服の袖をまくって自分の腕を見てみる。
「もやし……! まるで、もやしの如く白く、か細い腕だ! こんなんじゃ、もしユミを見つけても面倒を見るどころか、足を引っ張りかねないな」
自分が想像していた事と違う現実に、焦りや不安を感じた。
これはまず、真っ先にレベル上げを優先するべきでは……。そう思った時だった。
『おっ、なんだぁ? こんな所に上玉が転がってんじゃねか!』
茂みからガサゴソと音がしたと思ったら、そこから絵に描いたような、「盗賊っぽい台詞」を言いながら、「盗賊っぽい恰好」をした方々が現れたのだった。
『おい嬢ちゃん! こんな所で何やってんだぁ? 俺らのアジトの前にいるって事は、俺らに攫われたいって事か?』
おかしい。目の前に突然現れたこの男、どこを見て「おい嬢ちゃん」と言っている?
どこを見ても「嬢ちゃん」っぽい人が見当たらないのだが……。
『おい嬢ちゃん。……おい。……おいって! おめえの事だっつの!!』
周囲をキョロキョロ見渡して「嬢ちゃん」らしき人を探す俺を、盗賊は指差した。
はっはーん、なるほど。
俺が転生前に設定したアバターは超好青年風のイケメンだった。この如何にも「盗賊が服着て歩いてますよー」みたいな感じの彼らからすれば、それは女性に見間違ってしまう程の「美青年」って事なんだろう。
いやぁ、まさか同性を虜にしてしまう程のイケメンだとは、申し訳ない。
『さっきから何ブツブツ言ってやがんだ、この嬢ちゃん。ひょっとしてヤッベェ奴なのか?』
心の声が漏れてしまっていたらしい、盗賊たちに引かれてしまった気がした。
「いやさぁ、大変申し訳ないんですが、俺、男なんですよ」
『……は?』
盗賊たちが「何を言ってるんだこいつ?」と言わんばかりのリアクションをした。
「いや、俺、男なんですって! こう見えて! ちょっと……顔の整ったイケメン? みたいな感じなんで、よっく勘違いされちゃうんですよー。だから、人攫いなら他を当たってくれると嬉しいです」
あれ? もしかしてイケメンでも人身売買に使われちゃったりするのだろうか。
つーか俺、攻撃用の魔法スキルなんて持ってないから、もし闘いなんかになったら勝ち目なんてない。しかも、走って逃げようにも体力が紙切れみたいなもんだしなぁ。
ここは穏便に、どうにか諦めてもらうしか……。
『ふっ、嬢ちゃんなぁ。流石に俺らでも男と女の見分けくらいできらーな。そうやって俺らから逃げようとしてんだろうがな、こんな上玉は滅多にお目にかかれるもんじゃねぇ。だから、盗賊として逃がす訳にはいかねえよ?』
くっそ、流石は天下の盗賊さんだ。
つーか、どんな目ぇしてんだ! 男と女の見分け、全然出来てねぇじゃねーか!
意味わかんねぇ、これだからファンタジーって奴は……!
『嬢ちゃんよう、いっぺん、そこの水面に映った自分の顔を見てみな。それで本気で「俺は男だ」なんて言ってる奴ぁ、嘘がド下手な奴か、相当イカれた奴だぜ?』
「……」
まぁ、実際に、今の自分の顔は見た事がないから、「実は設定よりも女っぽい顔になってましたー」なんて事があるかもしれない。もしそうだった、素っ裸になって証明するしかない……が……。
そう思いながら、俺は水面に映る自分の顔を確認してみた。
……? ……?? ……!??
だが、水面に映ったのは俺が設定したアバターの姿ではない。
一言で言うなら、絶世の美女!
ユミには悪いが、生まれてから今まで、これ程の美女に会ったことがない。
しかもその美女は、何度水面を覗いても、まったく同じタイミングで水中から俺を覗いてくるのだ。
透き通るような白い肌、瞳は赤く、髪は俺の憧れ……もとい、ストレート。
最愛の妻がいる俺でも、ぼーっと見入ってしまいそうだ。
「……この湖には、天女様でもいるのか?」
『おうおう、自分の面ぁ見て「天女」ってか! なかなか言うじゃねーの!』
馬鹿笑いをする盗賊たち。
何を言っているのか意味が解らないが、兎に角、水面に映る美女を彼らに見せようと、俺は盗賊の腕をグイと引っ張り、水面に映る美女を指差して訴えた。
「ほら! これ、見てって! いるんだって、水の中に超のつく美女が!」
水面に映る美女。と、その隣には盗賊が服を着て歩いているようなオッサンが映っている。
「あれ、ごついオッサンが増えてる」
『誰がごついオッサンだ! どう見たって俺と嬢ちゃんじゃねぇか!』
あるぇ? おかしいぞ? このオッサンは水面に映っているのに、俺が映ってない。
目の前の不思議な光景に、頭をポリポリとかいて悩んでみる。
あるぇ? 水の中の美女も頭をかいたぞぉ?
次は両手で自分の顔を触ってみる。すると、水面の美女も俺と同じ行動をとるのだった。
どうしよう、ありもしない推測が俺の頭を過る。
この水面の美女は、ひょっとして、ひょっとすると、自分なんじゃなかろうか……。
もしそうなら、可能性としてあるとすれば、あの世で俺とぶつかったあの女性……。
ただひたすらに、自分の理想のアバターを追い求めていた、あの女性。
ぶつかった時に、お互いの書類を取り違えていたとしたら……。ない話では、ない。
だが待て! さっき俺は、自分の身体を触って確かめた。俺は、女の身体ではなかった! だって胸が……。
ハッと、更にありもしない推測が俺の頭を過った。
その確認の為、自分の胸を触ってみる……。
男だから、胸がないじゃなくて……、胸のない……女?
そして、触らなくとも感覚的にわかる。俺の、息子さんが……家出をしている。
「あるぇ……?……」
『おっ! おい! 嬢ちゃん! ……! ……』
耳から遠のく盗賊たちの声。
あまりにも突然で、理解し難い様々な事実。それに困惑した俺は、脳が情報を整理できなかったのだろう。その場で意識を失ってしまった。
そして、目を覚ますと、何故か俺は洞窟の中にいて、何故か縄で縛られていたのだ。……よく考えたら別に、「何故」って事はないか。
俺は、あの世で作った「超好青年風のイケメン(ストレートヘアー)」アバターの姿で異世界転生をするはずが、他の人と書類を取り違えてしまったばかりに、「超絶美女(胸なし&ストレートヘアー)」に生まれ変わってしまった。
そして運悪く盗賊に見つかり、捕らえられた。きっとこれから、どこぞの変態金持ちの男にでも売られてしまうのだろう…。
万が一、この状況から逃げ出せたとしても、こんな姿じゃきっと、ユミに俺だと気付いてもらえない。……初っ端から積んだな、こりゃ。
自分の置かれた状態を悲観して、俺はハァと溜息をついた。
『おう、目え覚めたか嬢ちゃん!』
先程の、「盗賊が服着て歩いてる」男が歩み寄って来る。
『突然、気ぃ失っちまうんだもんな! ビックリしたぜ!』
盗賊の癖に、えらくフレンドリーな奴だ。
「あのーー……、これから俺、どうなります? 売られちゃったりなんかするパターンのやつですか?」
これから先の自分の身を案じ、「どうせ、そうなるんだろうな」と思いながらも、一応、目の前の男に問うてみた。
『……おい』
盗賊が怖い顔をしながら、顔を近付けて、俺をガン見してくる。
怖い。きっとヤクザに絡まれたら、同じくらい怖いんだろうな。あぁマジで怖い。
『嬢ちゃんよう……』
「ゴクリ……」
凄んでくる盗賊に、恐怖のあまり生唾を飲んでしまった。
『自分の事を「俺」って言うのはよろしくねぇ! 世間では「僕っ子」だの「俺っ子」だのが流行ってるのかもしれねぇがな、俺はよくねぇと思うぞ! あれだ、「痛い」ってやつだ。
ーーーー!!?
その予想だにしなかった言葉に、俺は衝撃を受けた。
俺っ子……!? 痛い……!?
この、見た目からして圧倒的「反社会勢力」な男に、「痛い」と……!?
仕方ないだろう!!まだ、この身体を受け入れた訳じゃないんだから!!
『俺らはここ最近、盗賊を始めたんだけどよ』
そんな「冷やし中華始めました」風に言われても……。
『人間の盗賊ってのは、綺麗な女や子供を、搔っ攫ってっちまうんだろう? そこまでは知ってるんだけどよ。その後はどうすんだ? 嬢ちゃんの言う「売る」ってーのをやるもんなのか?』
待って。どこから突っ込んだらいいの? ボケが混線しててアタシ困っちゃう。
「ええっと……多分、普通は、俺……」
『痛い』
「……普通は、俺」
『あぁ、痛い痛い』
「俺……」
『痛っ! いたたたたた!!』
「お……」
『おい止めてくれ、骨折しちまうぜ!』
何故なんだ、この男、「俺」という言葉を聞くや、即座に突っ込みを入れてきやがる。つーか「俺っ子に冷た過ぎるだろう! お前、絶対、人類の何割かを敵に回したかんな?!
「ふ……普通は、私……」
『ふんふん』
にっこり笑顔で聞いてやがる。こいつ嫌い。
「私を捕まえたら、街で奴隷商人だとか、そういう趣味を持ったお金持ちだとかに、売り渡すと……思うんです?」
『成る程なぁ、奴隷商人か!
おいテメェら!誰か街にそういうツテ持ってる奴ぁいるか?』
後ろで話を聞いていた他の盗賊たちは、揃って首を横に振った。
嘘でしょう? 普通は、そういう闇ルート的なツテって持ってるもんじゃないの??
本当に、始めたばかりの盗賊って事なのか……。
『ああん? 誰も、んな知り合いはいねぇのか! ハァ……。ったく、仕方ねぇ奴らだ。
おい嬢ちゃん、って事で、その案は却下だ! 他に何か案はねぇのか?』
自分で言うのもアレだが、絶世の美女を捕まえておいて何を言っているのだ、こいつらは。
「他っ?! え……っと。た、例えば、辱める……だとか……」
自分で何言ってるんだろう俺。恥ずかしくなってきちゃった……。
その言葉を聞いて、盗賊たちは皆一様に、俺を見つめてくる。
あぁ…、余計な事を言っちまった。俺は、これからこいつらに辱められ……。
『却下だな』
『却下でやんすね』
盗賊たちは皆、口を揃えてそう言ったそうな。
え? 何で?! 実は俺、そんなに魅力ないの!? 抱く価値ないの!? うわあああ、ちょっとショック!
『俺らは人間じゃねぇからな、そんな趣味はねぇんだ』
あ、成る程! この人たちの種族は人間じゃないんだ! だから、他種族である俺には興味がないと!! 成る程、色んな意味で安心!
「じゃ……、じゃあ、私を捕まえても、何の価値もないですね! このまま縄をほどいて、野に返してしまいましょう!」
なんて事言っても、逃がしてはくれないだろう。
でもな、ねぇよ! 売るか、辱めるしか知らねぇよ! 俺は!
『おう、そうか……』
目の前の盗賊がナイフを持ってこっちに近づいて来る。
ダメだ、終わった。俺、死んだ。ユミを探すどころか、享年が「数時間」になろうとしている。
ごめんな……もっともっと、ユミの側にいたかった。生まれ変わっても、再開できずに死んでしまう旦那を許してくれ……。
ズバッ!!
死を覚悟をした俺に、躊躇なく刃が振り下ろされた。
が、斬られたのは俺ではなく、俺を縛っていたロープの方だった。
「……あ……れ? 生きてる……?」
『あん? 何で俺が嬢ちゃんを殺すんだよ?』
盗賊の癖に、嘘偽りのない純粋そうな目で、俺を不思議そうに見る男。
『「盗賊として見逃す訳にはいかねぇよ」とは言ったがなぁ、さっき言った通り、俺らは盗賊としては、まだ駆け出したばっかのルーキーだ』
どの凶悪面を下げて「ルーキー」だ。顔だけで言うならベテランじゃねーか。
『人攫いはまた、俺らが盗賊としてレベルが上がってから出直すぜ。だから、嬢ちゃんはもう好きにしな』
たっ……、助かったーーーー!!!
こいつらが馬鹿で助かったよーーーー!!!
つーか、何で盗賊なんかやってるんだ?こんなに盗賊に不向きな人間、そうはいないだろう。
まぁ、これでユミを探しに旅立てる訳だから、深くは突っ込むまいよ。
『お頭ぁ! 肉、取ってきやしたぜえ!』
そんな如何にも盗賊らしい台詞を言いながら、狩りに出ていたのであろう男たちが、獲物を引っ提げ
帰ってきた。
『おう! 丁度いい、嬢ちゃんも飯、食ってかねぇか?!』
お断りだ馬鹿野郎っ!!
と、断ってしまいたいところだが……。どういうタイミングの良さか、グゥウ~ッと、俺の腹の虫が鳴き出してしまった。
『がっはっはっは! そうかそうか! 腹ぁ減っただろう! 待ってろよ、すぐに準備させっからよ』
何でこの盗賊、「親戚のおじさん」くらい優しいんだろ。
選んだ職業を完全に誤ってないか?
「あ、あり……がとうございます」
『ところで嬢ちゃん、名は?』
「ケイ……です」
どうしよう。この盗賊と、どう接していいのか解らない。
怖ーいヤクザを相手するように、慎重に、下から姿勢で接すればいいのか。はたまた、親戚のおじさんを相手する、可愛い姪のように接すればいいのか…。
『ケイか! 俺はアビゴルってんだ! 手下の奴ぁ、俺を「お頭」だの何だのって呼ぶがよ。まぁ好きに呼んでくれ』
「……」
どうしよう、悩んじゃう。ここで思い切ってフレンドリーに攻めてみたい気もする。
俺、中身は定年を過ぎた爺さんだからさ。人生最後の方は、敬語ってほとんど使わなかったんだんだよね。不慣れな敬語を避ける為なら、ここで心の距離を詰めておきたいところ。
それによって、今後のお互いの関係性が決まって来ると言っても過言ではない。
……だが、下手撃って殺されでもしたら、それこそ終わりである。
俺はこれから、ユミを探しに行かなきゃならない。こんな所で躓いていられないのだ。
「うん! よろしくね、アビ!」
意を決した俺は、ニコリと笑顔で手を差し伸べた。
『……』
あっるぇ? アビさんの表情が怖い。ひょっとして、俺これやっちゃった?
『がっはっは!! 「アビ」か! 良い呼び名だな! 仲良くしようぜぇ嬢ちゃん!』
可愛い姪にハートでも掴まれたのか、アビおじさんは、それはそれは嬉しそうに握手を交わしたそうな。
凄く個人的な話。
主人公夫婦の性格は、リアルなうちの夫婦の性格を投影しています。
あれです、例えで言うなら、
その人の顔の特徴を極端にして描く似顔絵ってあるじゃないですか。
あの、絶妙に特徴を捕えながら面白可笑しく描いた似顔絵。
その手法を性格でやった結果が、この主人公です。