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《中編》二日目

 翌朝目が覚めると、身動きが出来なかった。ボリスががっしりと私を抱きしめて眠っていたのだ。きっと心細かったのだろう。絶対無事に仲間のもとに送り届けるからね。


 ……ついでにこの隙に、もふもふしていいだろうか。

 静かに彼のうなじに顔をうずめる。ああ、ほどよいふわふわなもふもふ。

 獣人は確か狼とのハイブリッド生命体だ。毛はごわごわと硬いのかと思っていたけど、極上の柔らかさだ。なんて素晴らしいもふもふなんだ。えへ。耳も触っちゃおうかな。


「セクハラはやめろ」

「起きちゃったの?」

「残念そうに言うな。獣人ならばもふもふしていいと思っているのなら、大間違いだぞ。俺たちは家族や恋人間でしかやらない」

「そうなの?」

「俺の恋人になるか?」

「背伸びしちゃって。かわいいわね」

 ボリスの頭をなでなでする。


 そういえば昨晩、眠る前に頭を撫でられたような気がする。眠かったのでよく覚えてないけれど。


「とにかく腹ごしらえをして、早く出発しましょう」

 護符の効果があるうちに、できるだけ先に進みたい。

 今回はリンゴを分けあって食べ、サクッと出発。


「剣は俺が持つ」とボリス。

「使えるの?」

「ああ。魔物が出てきたら、お前は魔法、俺は剣で戦おう」

「分かったわ。助かる」

「荷物は?小さくしないのか?」

「ええ。余計な魔力を使いたくないから背負う」

「貸せ」

「これは年長者が」

「子供扱いするな。獣人は人間よりパワーがある」


 そうか。では、とありがたくお願いする。こっそり脱いでいた靴をスカートの裾で隠しながら履いて、改めて出発。腕を組んで歩く。


「午前中は加護が続くと思うの」

「問題は午後からだな。空から見た感じだと、森を出るまでだいぶ距離がある。あと二晩はここで野宿だろう」

「頑張りましょう」すでにだいぶ疲れているしお腹も満ち足りていないけど。「ふたりなら、なんとかなるはずよ」

「なんとかしてみせる」

「格好いいわね」

「当然。俺を誰だと思っている」

「……ボリス様?」

「そう、ボリス様だ」


 多分、それなりの身分があるのだろう。ボリスの旅装は見るからに上流階級のものだ。


「頼りにしているわね、ボリス様」

「任せろ、イレネ姫」


 状況は良くないけれど、せめて気持ちは明るく。ボリスも同じ考えなのか、会話だけは楽しく弾みながら私たちは必死に歩いた。


 食べられそうな木の実や水でも見つかればと考えていたけれど期待は泡と消え、飲まず食わずの強行軍。太陽が高い位置にきて、そろそろ正午の休憩をと思ったところで気が緩み、木の根につまづいてしまった。


 ボリスが咄嗟に支えてくれて転ぶことはなかったけれど、靴が飛んでいった。

 待っていろと一言、拾ってくれたボリスはそれを手にすると、動きを止めた。

「なんだこれは」彼は呟いてから私を見た。「血まみれだぞ」


 当然のことなのだ。私が履いていたのは、ドレスに合わせたパーティー用の靴。森歩き用なんかではない。あちこちが擦れて皮膚が破れている。


「足を見せろ」

「嫌よ。子供といえど、異性には見せられないわ」

「なぜ治さない!治癒魔法を使えないのか」

「使えるけれど、魔力は温存しておきたい」

「バカか!俺が魔物から絶対に守ってやるから、治せ」

「治したってどうせすぐに傷つくもの」

「何度でも治せばいいんだ。こんなの、相当に痛いだろうに」


 痛いけれど、好きだった婚約者に裏切られた痛みよりはマシだ。


「気づかなくて悪かった。……お前は人間だし女だし、体力だって俺よりないよな。無理をさせてすまん」

「無理なんてしていない。護符の効果があるうちに距離を稼ぎたいもの」


 ボリスは靴を足元に置いた。スカートで隠しながら履く。

 ほら、と今度は水筒が差し出された。ひと口だけ飲み、彼に渡す。ボリスもひと口飲んだ。次はパン。何故か立ったままもぐもぐと食べ、終わると彼は袋を私に背負わせた。

 そうしてボリスは私に背を向けて中腰になる。


「ほら、早くしろ」

「……何をしているの?」

「おんぶだよ。最初からこうすればよかった」

「いやよ、そんなの!だいたいあなたのほうが小さいのよ」

 何を言い出すのだ、この子は。

「だから獣人はパワーがあると話しただろうが。護符の効果があるうちに進みたいのだろう?ならばこれが一番早い。効果が切れたら両手をふさがせておくわけにはいかないから、それまでの間だ。足を治さないと意地を張るなら、俺に乗れ」


 うぅ。ボリス、なんて格好いいのだ。だけど自分より小さい子どもにそんなことをさせていいのだろうか。


「早く。時間の無駄!」

「……重かったら言ってね。お邪魔します」

 彼の背に乗り、首に腕を回す。

「『お邪魔します』って、なんだよ」

 笑いながら立ち上がったボリスが、軽い、と叫ぶ。良かった、軽いと思ってくれて。


「よし、行くぞ」

 頼もしい少年は、しっかりした足取りで歩き始めた。ふたりで並んで歩いていたときより歩調が早い。背中も安定感がある。

 素晴らしいヒーローだ。



 ◇◇



 数刻が過ぎたと思われるころ、突如魔物が現れた。人の背丈ほどある熊だか獅子だか分からないような魔物。


 ボリスは静かに私を降ろして、下がっていろと囁いた。

 魔物が叫び声をあげて襲いかかってくる。ボリスは間一髪で避け、剣を振る。だが魔物は見た目に反して素早く動き、当たらない。私は急いで胸元から小枝を取り出し、詠唱する。風魔法。風速35メートルを越える突風を魔物の顔面に打ち付ける。魔物は怯み、一瞬動きが止まる。視界も奪われたはずだ。その隙にボリスが剣で魔物を貫いた。


 しゅわしゅわと炭酸が弾けるような音がして、魔物の姿が消えてゆく。


「ナイスアシスト」とボリス。

 片手をあげている。きっとハイタッチだ。その手のひらをパシリと叩く。


 ボリスは魔物が消えたあとに残った大ぶりの魔石を拾った。

「上物だな。普段なら喜ぶところだが、今は肉体が残らないことが恨めしい。残ってくれれば食料になるのに」

「大丈夫?空腹が辛い?」

「大丈夫だ。まだ頑張れる」


 ボリスの頭をよしよしする。

「森を抜けたら魔石を売って豪遊しましょう」

「君には素晴らしい靴を買おう」

「素敵」




 護符の効果が切れたようなので、私は自力歩行に切り替えた。

 次から次へと魔物が出てきたけれど、ボリスと私の素晴らしいコンビネーションで、魔力も体力も消費を最小限に抑えながら退治していった。


 しかも幸運なことに泉を発見。思う存分に水を飲み、水筒にもつめられた。ついでに足を洗った。とても令嬢の足とは思えない酷い状態で、少しばかり熱も持っていた。冷やすことができて良かった。


 やがて日が暮れ二度目の野宿。護符がないから、効果があるか分からないけれど火をおこしてみた。


 パンの晩餐をゆっくりと食べる。

「私、あなたの国に逃げても、働ける自信がなかったの。だけど軍でやっていけそうじゃない?魔物討伐の才能がありそう。こんなにアシストが上手いとは思わなかったわ」

「確かに上手い。こんなにやり易い仲間はそうそういない。だけど軍には入れない。他にもっと適した職がある」

「なに?」

「帰るまで秘密だ」

「それなら楽しみにとっておくわ」


 そうしてくれ、とボリスはパンくずを払いながら言って、突然私のスカートをめくりあげた。

「何をするの!?」

「足」

 するすると器用に靴下を脱がせる。

「……酷い有り様じゃないか」

「……帰ったら治す」

「お前の選択肢はふたつ」とボリス。


 狼の顔をした彼の表情は読めない。そう思っていたけれど、焚き火に照らされた彼の金色の目がいたずらげに輝いて見える。


「ひとつは、素直に魔法を使って治す」

「もうひとつは?」

「俺が嘗める」

「嘗める!?」

「唾をつけると早く治るというだろう?」

「遠慮するわ!」

 足を引っ込めようとするが、がしりと掴まれている。

「それなら治せ」優しい声だ。「今日の俺の活躍はなかなかだっただろう?治癒魔法で消費する魔力ぶんぐらい、俺が補える」

「……ありがとう」


 素直に気持ちを受けとることにした。小枝を取り出し、両足に魔法をかける。すっと傷が消えて熱も引く。


「よし。いい子だ」

「子どもに『いい子だ』なんて褒められるのは、腹が立つわ」

 ボリスは私の頭を撫でた。悔しいので彼を捕まえて、首すじに顔をうずめる。

「お返しにもふみを堪能してやるわ」

「そんなに俺の恋人になりたいか?」

「あなたが大人になったらね」

 こんなに格好いいひとは他にいないもの。

「待っているから、早く大人になってね」

「必死に頑張るさ」




 そうしてその晩も抱き合いながら過ごした。護符の効果はないのだから、離れていても問題はなかったのだけど、私もボリスもそのことは口にしなかった。

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