手紙
お父様、おお、お父様 どうぞわたくしをお許しくださいまし。
お母様 お嘆きにならないで、わたくしを生まれなかった娘と思し召してお忘れくださいまし。
お姉さま わたくしは愛しいあの方と共に今日を限りにこの街を旅立ちます。
わたくしはなんと罪深いことをしようとしているのでしょうか。
これもひとえにあの方への愛ゆえに。
愛しいテラモン様への想いゆえにございます。
あれはいつのことでしょう?
あの日、
壁のほころびを見つけたあの日、わたくし達はどんなに喜び合ったことでしょう。
愛の言葉を囁き合える喜び、あの方の声に包まれた至福の時。
ところが人の欲とはなんと恐ろしいものでしょうか。次第にわたくし達は声を交わしあうだけでは満足しなくなってしまいました。そればかりか、そのささやかな繋ぎ目さえも恨めしく思えるようになったのです。これさえなければこんなに苦しまなくとも良いのに、と。
お父様、わたくしをここまで駆り立てるのは何でございましょうか?
あの方はゼウスの分かたったわたくしの半身なのでしょうか?
何もできなかったわたくしがこんなに恐ろしい事を実行しようとしているなんて、このわたくし自身が一番驚いております。
それなのに何も恐怖を感じてはおりません。
心の中にあるのはほんの少しの寂しさ、申し訳なさ、そして大きな喜びなのでございます。
嘘偽りではございません。わたくしは喜びを感じているのでございます。
あの方と共に生きていけるのだという希望がようやく叶うのでございます。
今まで誰にも言えなかった心を自由に解き放ち、あの方に愛しい方、と申し上げられる。
あの方はわたくしの名前を誰にも真似の出来ないやさしい声で呼んで下さいます。
「ティスベ」と。
はじめてあの方にお会いしたのは幼い頃でした。
そのころは何の憂いもなくあの方にお会いすることができました。髪をまとめることのないうちは。
お父様にきっぱりと外出を止められたあの日には、もうわたくし達の気持ちはとうに通じ合っていたのでございます。
あの日わたくしの心は気も狂わんばかりでございました。瞳が、耳が、心が、わたくしそのものがテラモン様を失ってしまったと・・・。それゆえに今まで以上にあの方を求めました。
どうぞ、どうぞお許しくださいまし。わたくし達は今宵旅立ちます。何者にも替えがたいあの方の愛情のみを頼りに生きてまいります。
もしも望みかなわずにもしも途中で死ぬことがあってもティスベは幸せでございます。
どうかテラモン様をお恨みなさいませぬよう。
もう出かけねばなりません。少し早いのですが、月の翳っているうちにこの家を出ます。
さようならお母様。さようならお父様。さようならお姉さま。さようなら子供だったわたくし。
もうお会いすることはできませぬ。心から皆様のお幸せをお祈り申し上げます。
どうぞ どうぞ どうぞ
貴方方のティスベより
愛をこめて