ターニングポイント その2
気が付くとソファーに座らされていた。
洋風の屋敷のような場所だ。
隣には真居子もいるが、まだ意識がないようだ。
そして前を見ると、別のソファーに腰かけてゲームをやっている男がいた。
「目が覚めたようだな」とその男はテレビを見ながら言った。
どうやらいいところで手が離せないらしい。
「目の前のテーブルに置いてある石を見てみろ」
相変わらずこちらを見ようともせずに、ゲームをしながらその男は言った。
輪太郎は失礼な奴だと思いながら、テーブルの上を見てみた。
そこにはソフトボールほどの大きさの透明な石が二つ置いてあった。
岩のようなごつごつとした形をしている。
その石をよく見ると、小さな輪太郎の姿が標本のように入っていた。
もう一つの石には真居子が入っていた。
どちらも裸の姿をしているので、思わず真居子の石をチラチラと見てしまう。
「さて、本題に入ろう」
そう言うとゲームが一区切りついたのか、男がこちらを向いた。
男は三十代前半のように見える。
力強い目をしていて、知的な感じをさせる顔立ちだった。
「約束通り命を助けてやった。料金を払うと言ったな。請求する金額は三億イェンだ」
「三億円?」
「違う。円ではない。イェンだ。マヴィスの通貨、イェンだ」
聞いたことのない通貨なので驚いたが、三億円でなくて良かったと輪太郎は思っていた。
例えば韓国の通貨なら三億ウォンは三千万円ほどだ。
それでも十分高いがイェン何て聞いたことのない通貨なら円に換算すればもっと安いかもしれないと思ったからである。
大体、こんな無収入の高校一年生に吹っ掛ける額だ。
まともならそんな高いお金を要求するはずがない。
「イェンは日本円で考えるといくらなのですか?」
「なかなか面白い質問だな。貿易してないから考えたこともなかった。そうだな、確か地球では金が貴重だったか。1グラムの金を1イェンで買える。1イェンとはそれぐらいの価値だ」
「へ?」と半分笑いながら言ってしまった。
冗談だと思ったからだ。
昔は1オンス(約28グラム)の金と35ドルを交換できたらしい。
1ドルが360円の時代だ。
それが立つ行かなくなり、時代は流れ今の金の価値は1グラム4800円である。
それを基準に考えると三億イェンは1兆4千400億円という事になる。
「冗談ですか?」
「冗談ではない」と男は真顔で答えてくれた。
どうやらこの人はまともではないようだ。
「今その石にお前たちの魂を入れている。借金の形としてお前たちの魂を預かる。お前たちの命は言葉通り、私の手の中にある」
そう言う男の手に、目の前にあった石がいつの間にか持たれていた。
そんなこと言われてもAmazonの社長じゃないのだから払えるわけがない。
死刑宣告と変わりがないような気がする。
「そこまで絶望した顔をするな。俺の部下になればいい。賃金は払う。これからは俺をボスと呼ぶように」
「部下って俺だけがなればいいんですか?」
そう言うと輪太郎は隣で寝ている真居子の顔をみた。
何だかよくわからない事を言われ続けて混乱している。
いま自分は夢を見ているのだろうか。
何で素直に返事をしているのだと内心は思っている。
しかし、目の前にいる男には強面のヤクザを相手にしているよりも、不可思議な恐ろしさがあった。
口答えを出来る気がしない。
「そうだな。その女性は働かなくいていい。魂は人質として預かっておくがな」
「働くって僕は何をすればいいのですか?」
「この町のパトロールだ。どうもここは異世界への入り口が開きやすい。お前たちが今日会った猫のように異世界の生物が入ってきている」
あれは猫だったのかと輪太郎は驚く。
トラックのような大きさで猫なら、虎やライオンなどはどういった大きさなのだろうと余計な事を考えてしまった。
「そう言った異世界の生物や物などを探しては、持ってくるか連絡をくれればいい。そうすれば報酬を払う。いずれ借金も返せるだろう」
「僕だとあんな化け物と出会ったらすぐに殺されちゃうと思うんですけど……」
「そこら辺はちゃんと考えてある。後の説明は隣にある店の店主に聞いてくれ」
そう言うとボスはまたゲームを始めてしまった。
いろいろ説明不足だが、ボスが怖いのでここから早く出ていきたかった。
真居子の肩を揺さぶり起こそうとするが、聞き取れない寝言を言うだけで起きそうにない。
仕方がなく真居子をおぶって、輪太郎は外に出た。




