駆け落ち その1
マヴィスに存在する王国の一つ、スターチ国。大国の一つで京子やラスの出身国でもある。
そのスターチ国にある日本風屋敷で一人の青年が正座をして、父と対面していた。マヴィス国の畳は白く、凛とその上で背筋を伸ばすその青年は黒い小袖に水色の裃を着ている。青年の名前はサーライト・コジロウと言い、背中まで伸びる黒髪を後ろで結んでいた。
「父上、どうかお許しください」
父と言われた男は、顔に威圧感があり獅子のようである。
こちらは青い裃を着ていた。
「ならん。認められるわけがない」
「しかし、私は心から彼女を愛しています」
「お前の心持ちとは関係ない。これはサーライト家の一大事だ。なぜよりにもよってモラル族の娘なんだ」
「しかし、彼女は素晴らしい女性です。父上も会ってくれれば絶対に気に入ってくれるはずです」
「馬鹿を言うな。コジロウ、しばらく外出は禁止する。屋敷から一歩も外に出るな」
「父上、お願いします」
「うるさい。それ以上言うな」
懇願は一蹴され、父のいなくなった部屋で、コジロウはじっと畳をを睨みつけていた。
あれからカルガとも会えず、輪太郎たちの平和なパトロールが続いていた。
また日曜日を迎え、輪太郎はサンマタ浮気を真居子に疑われながら剣道の練習に一緒に行き、帰り道のコンビニでシュークリームをおごって機嫌を取ってから、ボスの屋敷に出勤していた。
「今日もキョウコ姉さんの代理で来ました。よろしくお願いします」とユイが礼儀正しくお辞儀をしてくれる。
礼儀正しい人は見ていて気分が良いなと輪太郎は思った。
ユイは奇跡的な美人画から出てきたような美しさなので余計である。
「先週はお互い無事でよかったね」
「そうですね。大金も手に入りましたしね」
そう言うとユイはニヒっと笑った。
「ユイちゃんのお手柄だからね。多めにお小遣いはもらえたの?」
「はい。何と十万イェンも貰えました。お金持ちです。おかげでほしかった帽子も買えたんですよ」
そう言うと、ユイは持っていたトートバッグからそれを取り出した。
一見、ニット帽のようだが生きたムカデが無数に張り付き、うようよと動いている。
ユイは大量のムカデを頭に被り、ご満悦の美人スマイルを見せてくれた。
「おっと、それはもったいないから地球では被らない方がいいな。素晴らしいものだけど早くしまおう」
「そうですよね。これ友達にも羨ましがられているんです。流行最先端です」
先端尖り過ぎだろうと輪太郎は思ったが、まあ、ファッションのことはよくわからないので黙っていた。
輪太郎とユイはゆっくりとパトロールを始めた。
輪太郎は歩きながら、少し頭を働かせる。
考えてみれば休みが一日もない。
これで2週間休みなしだ。過労死したらどうする! と少し思ったがたぶん生き返るから大丈夫だろう。
これが現代社会の奴隷というやつか。
とは言え、残業はないし、一日1万イェン(日本円換算4800万円)稼げるのでブラック企業ではないのかもしれない。
まあ、まずは借金を返すことを考えなければ。
一日1万イェンで考えるとあと2万6004日で三億イェン貯まる計算か。
という事は約71年パトロールすればいいという事だ。
余計な計算をしてしまったと輪太郎はため息を付いた。
「どうかしたんですか?」
ユイは輪太郎のため息を聞いて心配してくれた。
「いや、ちゃんと借金を返せるか心配になってね」
「三億イェンでしたっけ。大丈夫ですよ。先週だけで六分の一も稼げたじゃないですか」
「そうだね。1000万イェンほど使っちゃったけど、だいぶいいペースだよね」
「でも私思うんですよ。輪太郎さんと報酬は山分けじゃないですか」
「うん。そうだね」
「ってことは輪太郎さんが三億イェンの借金を返したら、メッシロ家も三億稼いでいる計算になるんですよ。大金持ちです」
そう言ってユイはニヒっと笑った。
言われてみればその通りである。
だんだんわかってきたが単位は違えど、感覚的な価値は円とイェンは似ている。
だから輪太郎が三億円貰うのとユイが三億イェンを貰うのと生活レベルはほとんど一緒になるのである。
ユイの夢が膨らんでいる気持ちもよくわかる。




