純情男子のつぶやき
好きな人に振り向いてもらえないって、せつない。
振り向いてもらえないどころか、嫌われているとしたらなおさらだ。
女神の、俺への当たりが強い気がするのは何故だろう?
俺、なんか悪いことしたかな?
記憶にない。
とりあえず、バルラダに寄港した後からは「コソ泥」呼びから「マルコ」って、名前で呼んでもらえるようにはなったけれど。
それだけでこんなにうれしいって、なんかおかしいんじゃないだろうか。
俺の女神は今日も早朝からプールに通っている。
レストランで出会って一目惚れして、2度目に彼女をここで見つけた時には、ホルターネックの青いビキニ姿だったのに……
今はなんだか、露出の少ない水泳選手みたいな水着に変わってしまった。
青いビキニはまぶしくて直視出来ないくらいの破壊力だっただけに、惜しい。
まあ、何を着ていても抜群のプロポーションが衰えて見えることがないのは、すごいと思う。
「……マルコ、また来たのか」
何週目かに直線を泳ぎ切った彼女が、プールの端で顔をあげて俺を見るなりそう言った。
濡れた髪をかき上げる仕草が、なんとも色っぽくてうっとりしてしまう。
そんなに呆れた目で見られても、彼女の薄茶の瞳に俺が映っているだけでうれしく思える。
俺、一体いつからこんなに純情男子になってしまったのやら。
「来ますよ、飛那姫ちゃんのいるところならいつでもどこへでも」
「ヒマなんだな」
「否定はしないけど、飛那姫ちゃんのことが大好きなので」
「そういうの、ストーカーっていうって、美威が言ってたぞ」
さらっと告白しているのに、まったく耳に入っていない。
それどころか、せっかくコソ泥から人間らしい名前呼びに格上げしてもらったのに、ストーカー呼びに格下げされてしまうかもしれない。
俺は危機感を感じた。
「ストーカーじゃないです。だって、隠れて追ってないでしょ? いつでもオープンだからやましいことなし!」
「何言ってんだ……」
心底呆れたようにため息をつくと、俺の女神はまた泳いでいってしまった。
この後、彼女は相棒の美威ちゃんとカフェやレストランで朝食をとって、午前中にまたスポーツジムへ行く。
午後はその日によって変えて楽しんでいるみたいだけど、彼女の日課は運動することに重点が置かれていた。
俺が彼女について知っていることは、実はそう多くない。
まず、神がえこひいきして作ったとしか思えないくらい、容姿端麗であること。
彼女を見つめていると、これが本当に生きている人間かと思うことすらある。
年齢は17歳。俺の1個下だ。
そして、口が悪い。
あの綺麗な顔から吐き出される暴言の数々には、ものすごいギャップを感じる。
さらに、男に興味が無い(もちろん、俺にも)。
そして、運動神経が異常に高い。
これは魔力を循環させて運動能力に変換しているみたいだ。
あとは、意外と子供や動物が好きなこと。
甘いものには目がないこと。
相棒の美威ちゃんが、大好きなこと。
……これくらいか。
ほとんど毎日顔を合わせているのに、いまだに女神は俺のことを恋愛対象として見てくれない。
結構熱烈にアピールしているつもりなんだけど、全部スルーだ。
もうここまで来ると、恋愛感情自体が欠落してるんじゃないかとすら思えてくる。
相棒の美威ちゃんもかなりの美人さんだけど、こちらも俺には塩対応を崩さない。
まさか彼女とそういう仲なんじゃないよね? と不安に思って以前聞いてみたら、思い切り馬鹿を見るような目で見られたので、誤解で良かったと思った。
さっさと一周してきた女神が、またプールの縁で顔をあげた。
のぞき込んでいた俺と目が合って、眉をひそめる。
「お前……そこにいるな。目障りだ」
別に腹は立たないんだけど、そんな風に言われるとちょっと傷つく。
色々考えてたら、なんだかいっそう切なくなってきた。
「飛那姫ちゃんは……俺のことが分かってない」
「は?」
「俺のこと、ふざけたヤツだと思ってるでしょう?」
「思ってるよ」
「調子のいい、コソ泥だと思ってるんでしょう?」
「うん。だって、その通りだもんな?」
「……」
これは、たぶん、あれだ。
俺へのイメージがもう最初から悪く定着してしまって、何を言っても響かなくなってる状態だ。
この鉄壁の要塞を落とすには、正攻法では無理なんじゃないだろうか。
ふと思いついて、俺はその場にうずくまった。
「あ、いたたた……」
「? どうした?」
「ちょっと俺、心臓に……病があって……」
「えっ?」
ざばっと、女神がプールから上がってきた気配がした。
「薬とか、持ってないのか? 医師、呼んでこようか?」
隣にしゃがみ込んだ彼女を横目で見たら、意外にも不安そうな表情をしていた。
あれ? なんだか知らないけど、俺心配されてる?
……これ、チャンスじゃないか?
俺の中に、ムクムクといたずら心が沸いてきた。
医師を呼びに行こうとした彼女の手を掴んで、引き留める。
俺は彼女に、もう一度座るように手招きした。
「大丈夫……すぐ治るから……」
「本当か?」
「……」
今までにない至近距離を逃す手はない。
俺は素早く彼女の顔に右手を伸ばした。
温かくて柔らかい頬に触れて、顔を近づける。
ちゅっ、と白い頬に口づけたら、大きい瞳がまん丸になった。
うわぁ、まつげ長い。
「……!」
「へへへー、隙ありー」
ぱっと手を離して立ち上がったら、頬を抑えて真っ赤になった顔で、下からめちゃめちゃ睨まれた。
「……嘘か」
「嘘じゃないよ。痛かったのは俺の心でした~……なんちって」
彼女は無言で立ち上がると俺の背後に回った。
ん? 嫌な予感……
「二度と上がってくるな……!」
見た目とは裏腹な腕力が、彼女の魅力のひとつでもあるんだけど。
力強く突き飛ばされて、俺は勢いよくプールに落っこちた。
水しぶきが上がって、ブクブクッと底まで沈んで。
水面に出た時は、彼女はもう歩いて行ってしまっていた。
出来心の冗談だったのに、本気で怒らせてしまった気がする。
ほんのちょっぴり、男として意識してもらいたかっただけなんだけど……
やり過ぎたかな。
彼女が腕力を魔力に頼っている時点で、力押しなら本当のところ、俺にはいくらでも攻略法があるのだけど。
警戒されても困るので、今後は紳士に徹しようと思う。
ひとまず、謝りに行くときは危険回避のために甘いものを持参していった方が良さそうだ。
俺は最近彼女がハマっているスイーツショップのトロピカルジュースを思い出して、女神への捧げ物として持っていくことを決めた。
『没落の王女』番外編でした。