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柘榴と骸の海へ沈む

作者: 来栖ハヤト

瓶が乾いた音をたてた。

ガラスと金属のぶつかり合う硬質な音が、密閉された倉庫の中に細々と響き渡った


「・・・羽戒(うかい)か。ああ、終わった、処理を頼む」


そこには青年が立っていた。

平均よりも若干高めの身長、黒一色で覆われた姿は、まるで死神を連想させた。

そこには青年が立っていた。

数え切れない骸達の中心に。

紅で満たされた地面には、無数の死体が鎮座している。

胸に、頭蓋にはぽっかりと穴が開いていた。


青年、月島桐生(つきしまきりゅう)は右手に持ったラムネの瓶を顔の位置まで持ち上げ、先端を傾けると一気に喉へと流し込んだ。

食道に激しい刺激が走る。

薄青の瓶は窓から入り込む太陽光を受け、一度内側へ光を吸収し、そして屈折させて外へと弾き出す。

キラキラと美しく光るそれは、この惨劇の場にはなんともアンバランスな光景でもあった。


「おつかれさん」


密閉されていた空間が破られた。

重々しい扉をくぐって中へ入ったのは羽戒恵吾(うかいけいご)、私設武装集団【acid panther】のナンバー2である。

太陽に色素を抜かれ、月の光で染色されたような、美しいプラチナの髪の持ち主だった。


羽戒は扉をくぐるなり顔をしかめた。

倉庫内に充満する鉄と埃の臭い、余りにも濃いそれに自身より嗅覚が先に限界を告げていた。


「うわ、これまたエグイなあ、」


エグイ、そんなことを言いながらも、羽戒は死体を足で避けつつ桐生の元へと一直線に歩を進めた。


「これで【グルナド】は全員なん、」


羽戒は塵でも見るような、冷めた視線を下へと向けた。

屍と化した彼らと眼が合う、なんてことは有り得ないのだが。


「ああ、完全に制圧した筈だ」


「酷いやっちゃなあ、桐生は。さすが、ヘルアンバサダーの異名をとるだけあるわ」


「それは関係ない。それと、」


その台詞と同時に桐生の手から、何かが羽戒に向かって放られた。

宙で太陽光を浴び輝いたそれは、緩やかな弧を描き羽戒の手のひらへと収まった。


「なん、これ、」


羽戒の手のひらには銀色に輝くネックレスが1本。

チェーンにはリングが通されており、それには真紅のルビーが1つ、自己主張もすることなく付けられていた。


「こいつらのエンブラムだ」


桐生はまた、ラムネの瓶を傾けた。

ビー玉がカラカラと、乾いた音をたてた。


「今回はこんなもんのために、こんなに仰山殺したん、」


「ああ、そうだ」


「ほんま、お前は酷いヤツや」


「酷い、何がだ、」


「何ってそりゃ、人を殺すことに決まってるやろ、」


桐生は不思議そうに首を傾げた。

腑に落ちない、眼がそう言っている。


「それは酷いことなのか、命なんて炭酸の泡と一緒だ。弱く儚く脆い、ちっぽけで…そう、このラムネの泡と何ら変わりはない」


桐生は真正面から羽戒を見据えた。

眼は、一切の邪気も含んではいない。

ただ真摯な視線が羽戒を貫いた。


羽戒は一瞬、ほんの一瞬だが顔をしかめ、そして何もなかったかのように何時もの表情を桐生に向けた。

若干眼が哀しそうなのは、きっと勘違いだ。


「そういう…もんなんか、」


首を傾いで桐生に問うた。

桐生は何の迷いもなく、人間が呼吸するのは当たり前だ、とでも言うように口を開いた。


「ああ、そうだ。お前はいちいちラムネを飲む時に自分は酷いなどとは考えないだろ、」


「…せやな」


その時、桐生の胸から、甲高い電子音が倉庫内に響き渡った。

桐生は通信機器を取り出すと、何かボタンを押し、そしてそれを耳へと当てた。


「なんだ、…ああ、そうか。今行く」


通信を切るなり、桐生は羽戒が入ってきた入り口へ向かって歩き出した。

コツコツとブーツが鳴る。

時々挟むように、進路を塞ぐ骸を蹴り上げる鈍い音が聞こえた。


「桐生、どうしたん、」


「獲物が縄張りに入ったようだ、行くぞ」


羽戒は桐生の背中を見つめていた。

いつの日から彼は、こんなにも強くなったのだろう。

いつの日から彼は、こんなにも残酷になったのだろう。


―なあ、桐生。お前は何時からそんな仏頂面になったんや、何時から人を殺めることをはじめたんや、


「もう、思い出せへんねん」


君の笑顔が、もう朧にさえ浮かび上がりはしない。


「なあ、桐生・・・お前は何の為に生きとるんや、」


腐ったような世の中で、綺麗だった君はどんどん汚れていった。

もう、笑う事はないのだろうか。

もう、その肌を返り血の紅で染めることしかできないのだろうか。


生きる希望さえなく、何故生きているかさえわからない。

それでも、生きる。

何故かはまだ理解できない。


羽戒は先を行く桐生の背中を追い歩を進めた。

拳には【グルナド】のエンブラムが、まるで柘榴のように紅く、光を反射し光っていた。


「まるで自分達がグルナド、柘榴みたいな色やんか」


それを骸の絨毯へと投げ捨て、外から聞こえるエンジン音へ向かい早足に倉庫を後にした。

それは輝き、舞い、柔らかな音をたてて屍の海へ消えた。

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