第三話
第三話
あたりが薄暗くなってきたころ、マティは家の方向へと進む足を止めて考えていた。
尊敬する人が亡くなった。やはり王国最強の騎士団がいても龍を狩るということは、難しいのだろう。ミトラウスは仲間を守って死んだときいた。とても立派だと思う。また、遺体のそばには、兵士のような人達もおり涙をながしていた。おそらく尊敬されていたのだろう。立派な殉職だとは思うが立派なだけで殉職は殉職だ。マティは、初めて大切な人を失った。悲しかったし同時に悔しくもあった。尊敬されるべきことをしたのに、これまで守ってきたのに、見向きもせずに目の前の功績だけを称える民衆への悔しさだ。ミトラウスは報われなかった。ミトラウスもわかっていたはずだ。それでもミトラウスは自分の命を投げ出してまで仲間を守った。民衆を守るといった。目標とする人亡き今自分は意志を継ぐべきではないのか、そんな思考が頭の中をかけめぐる。
僕は、僕は、
「全てを、守れる騎士になる」
そう決意したマティはまた歩き出した。
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家に帰ってきたマティの変化にオーダスは気づいていた。纏う雰囲気が朝までとはまるで違うのである。いつものわんぱくそうな様子はなく、少し腫れた目には、確かな決意のようなものが感じられた。
「ただいま、父さん」
「あ、ああ おかえりマティ」
「どうかしたの?」
「い、いやはぐれた後なにかあったのか?」
「ミトラウスさんが亡くなっていたんだ」
マティが悲しそうな表情をしながらこたえる。
オーダスもそれを聞き驚いたような表情になる。が、すぐに悲しいそうな表情になった。そして二人は沈黙した。オーダスも息子の恩人が亡くなったとあればショックも大きいだろう。
長い沈黙を破ったのはマティだった。
「父さん、僕は騎士になるよ」
「な、なんで」
「僕の尊敬する人、目標の人は民衆を守ると言った。自分の身を投げてまで仲間を守った。でも、自分の死で悲しむ人の心までは守れなかった。僕はミトラウスさんの意志を継ぎたいしミトラウスさんを超えたいんだ。だから僕はミトラウスさんが守れなかったものまで守れる騎士になるよ。」
「そう、か」
目に涙を溜めながらも言い切ったマティの言葉を聞きオーダスは決めた。ここまで真っ直ぐな息子の夢を応援しようと。
次の日、マティはいつもの森で今日も剣を振っていた。何回も何回も振り続けているいつの間にか剣の持ち手の部分には血が滲んでいた。それに気がついたマティは、自分の手の平を見た。手の平には、もうボロボロで皮がむけ血が出ていたり、ちまめが潰れていたりしていた。手が焼けるような痛みにマティ顔を歪めるがそれでもまた剣を取り振り始める。それを日が暮れるまで続ける。次の日もその次の日もマティは剣を振り続けた。朝起きて朝食を食べすぐに剣と弁当を持って森にいき日が暮れるまで剣を振る。あの日からそんな生活をするようになった。
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朝目が覚める。階段を降り顔を洗って父にあいさつをする。
「おはよう、父さん」
「ああ、おはよう」
あの日から二年、マティは十二歳になった。背はそれなりには伸びたがまだ同年代とくらべると小柄だ。毎日剣を振り続けたマティの体には、しなやかな筋肉がつき、顔つきも少し大人びてきた。明るめの茶髪にしっかりとした意志のこもった青い瞳優しそうな雰囲気は残っているが二年前よりも落ち着いた雰囲気を纏っていた。
「いよいよ今日からだな」
「うん、がんばってくるよ」
今日は、王都の南部にある騎士学校の入学式である。騎士学校とは、毎年多くの騎士を輩出する三年制の学校である。平民はもちろんのこと貴族の次男や三男などがくることもおおい。男女共学であり、入学試験もあるのだが、もうすでに合格者は発表されており、マティもその中のひとりだ。試験はペーパーテストだけだった。マティは昔から父に文字や勉強は教えてもらっているので合格することができた。
朝食を食べ終え着替えたマティが降りてきた。騎士学校の制服に身を包んだマティは玄関へと歩いていき、
「行ってきます」
そういって扉を開けて外へ出ていった。