第二話
第二話
「父さん、はやく、はやく!」
精霊との邂逅からはや三日、あれからも剣を振り続けているマティであったが今日はいつになく早く起きて父のオーダスを急かしていた。というのも今日はこのリンシア王国王都をあげて遠征に行っていた騎士団の凱旋を祝う日である。そのため騎士団を一目見ようと王都のあらゆる場所から民衆が押し寄せる。
「わかった、わかったから」
オーダスはマティの勢いに苦笑いしながら、身支度をすませてゆく。幸い騎士団が入ってくる門は王都の東側マティが毎朝通っている門なので家から近く行きやすい。それにしてもマティの興奮はすごい足をばたつかせ目はこれでもかというほどに輝いていた。騎士団に会いたいという気持ちを体が抑えきれず溢れ出していた。もしかしたら、もう一度ミトラウスに会えるかもという気持ちもあるのかもしれない。
いつの間にか身支度を終え玄関まできていたオーダスが木の扉を開けると
ガヤガヤ、ガヤガヤ、
「うっ」
思わず耳を塞いでしまいたくなるような雑音の嵐、そこはまるで家の中とは別の世界のようだった。騎士団が通る道から少しは距離があるというのにこの喧騒だ。騎士団の影響力の高さが身に染みたオーダスであった。
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そこは毎日目にしている光景とはまったくといっていいほどかけはなれていた。いつもマティが走り抜けている門の周りには赤に黒いラインの入った服を身につけ一人一人様々な楽器をもった合わせて四十人ほどの音楽隊。ちらほらと貴族の馬車の様なものもあり、大通りには、真ん中を開けた左右には騎士団の凱旋を今か今かと待っている大観衆。
「もうそろそろだよ!父さん!」
凄い雑音の中かろうじて聞こえるマティの声にオーダスは頷く。
それから段々と観衆はしずまっていく、
「パーパラパパー」
トランペットが鳴り響きあとに続いて音楽隊が演奏を始める。そして、五頭の白い馬が門へと入ってくる。それを先頭にして、後ろの兵士たちが足音をそろえながら門をくぐってゆく。
ダン、ダン、ダン、
「「「ウオオォォォォー!!」」」
大観衆からの歓声が上がる。そして、十数人がかりではこんでくる台車には、十二、三メートルあるであろう黒い鱗に全て広げたら体長よりも大きいであろう翼、鋭い牙、先端の尖りきった鉤爪をもつ、赤黒い血にまみれた傷だらけで首元に大きな斬撃の跡がある
『龍』だった。
マティは先頭の白馬に乗った五人の騎士に目をうばわれていた。白を貴重としたデザインの騎士服にそれぞれ色の違うマントを身につけている。
王国全土から集められる当代最強の騎士団
五剣騎士団 だ。
赤いマントは十七、八歳くらいの、金色の髪に青眼の活発そうな顔立ちの少年ナイトオブワンだ。青いマントは二十代前半くらいだろうか、黒髪につり目気味の碧眼クールな顔立ちでどこか落ち着いた雰囲気があるナイトオブツーだ。黄のマントは十五、六歳の短く切りそろえられた明るめの茶髪に紫色の瞳幼さを残した可愛らしい顔立ちでその小動物のような動きに愛くるしさをおぼえるナイトオブスリー。緑のマントは二十代後半で暗めの茶髪に黒い瞳の頼りがいのありそうな雰囲気をもつナイトオブフォー。桃色のマントは、十七、八歳くらいの金髪ロングに碧眼クールな雰囲気を纏う美しい彼女はナイトオブファイブだ。
おそらく大観衆のほとんどが目をうばわれたであろう。彼らは、大通りを通り王都の最奥にあるクルクス城へと向かっていった。
マティは、五剣騎士団に気を取られオーダスと離れてしまう。もといた場所へ戻ろうとするも、人の波にさからえず別の方向へと流されてしまった。
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「なんだろう?あれ?」
マティは、段々と周りの人が少なくなっていくなかであるテントのようなものがあることに気がついた。何故かマティは吸い寄せられるかのようにそのテントのようなものに入っていった。
「、ッ」
入った瞬間にただよってきた『死』の香り。顔に布が被せてある遺体の横で泣き叫ぶ女、子どもおそらく亡くなった方の家族だろう。マティはこのテントの中を見渡した。同じような家族が何人もいる。そのなかでも七、八人が集まっている遺体のそばまで行ってみる。
「気の毒だったねぇ」
「仲間を庇って龍の攻撃を受けたそうよ」
「立派な殉職だった」
みんな涙をながしている。マティは布が外されていた顔を見てみる。
「、ッ」
顔を見た瞬間にマティは頭の中が真っ白になる。そして、自然に涙が溢れ出してくる。
「な、なんで」
亡くなった騎士は、マティを助け騎士を目指すきっかけとなった男ミトラウスだった。
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マティは、あのあと日が暮れるまで泣いていた。喧騒が静まった道を一人歩きながら
「全てを守れる騎士になる」
そう呟いた十歳の少年マスティアス・エスタスの心は『強欲』そのものだった。