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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

癒しの人形

作者: No. 15




「イシュカ! お帰りなさい、怪我はない?」

「当たり前だろ? クランシエラ、俺を誰だと思ってる」


 『イシュカの傭兵団』の団長イシュカは妻の下へ帰ってきた。

 元気な体と土産話、それから途中の町で買った小さな装飾品と共に。

 一目で気に入ったひまわりの髪飾りは、やはりよく似合っている。我ながら良い選択だった。


「皆は大丈夫なの?」


 気に入ってくれたのか鏡の前でくるりと回りながらの質問に、俺は素直に答える。


「聞いて驚けクランシエラ! 今回、俺らの家族は誰も死ななかったんだ」

「それは凄いね! 良かったぁ」

「まあ、怪我人は結構いるけどな。全部薬とビートの治療でどうにかなる……お前の出る幕はねぇよ」


 事実、心配するほどのことはない。傭兵団の医者であるビートのことを、クランシエラが信頼していることも知っていた。

 

「良かった。私も怪我の治療より、皆のご飯を作る方が好きだからね」

「お前の飯、旨いもんなあ。まだ?」

「もうできてるよ。あなたがご飯より私を優先させたんでしょ? ……あら?」


 クランシエラの視線の先には俺の二の腕。そこには、深くもないが浅くもない切り傷が一筋。血は既に止まっているが、動かす度に痛むだろう。


「うわっ……、忘れてた……。思い出したら痛てぇな、まあつばでも付けときゃ治るだろ」

「……そうだね、治るよね」


 突如、クランシエラが立ち上がり俺の二の腕を──つまり、傷を舐めた(・・・)

 傷は跡形もなく塞がっていく。

 彼女の力を借りたことは数えるほどしかないが、やはり神の力だとしか思えない。


「お前なぁ……本当に唾つけるなよ」

「……ごめんなさい。つい…無意識に。痛そうだったから、つい」

「まあ、いいけど。痛かったし心配させた。これからは気をつける」

 

 力に頼るなと言ったのはクランシエラだ。だから俺も頼らない、そう決意していた。

 そのわりには、肝心のクランシエラが無意識に使おうとするのだが。


「うん、あれくらいなら問題・・無いと思う、けど」

「そりゃどーも」

「頼るなって言った言い出しっぺがこれじゃなぁ……」


 落ち込んでしまったらしいクランシエラの頭に手を伸ばし、グシャグシャに撫でながら、


「癖になって誰かに見られたらまずいだろ。お前が愛と癒しの神の人形だなんて、俺しか知らないんだから」

 

 これは彼女の秘密。クランシエラが俺に教えてくれた、クランシエラの信頼の証だ。

 少し言い過ぎたかと思い、俺はクランシエラを置いて食事に向かった。


 ☆ 


 一人残された室内で、クランシエラは自分の体を抱えていた。


 『愛と癒しの神の人形』……私の秘密。傭兵団の中でもイシュカにしか教えていない秘密。

 私は、人間じゃない。生き物ですらない。何をしているのだ。

 大怪我でもないのに治すなど。頼るなと言い出したのは私なのに。

 無意識だった、彼の為だと疑ってもいなかった。

 エルフィアの人形の力は、イシュカを幸せになんてできないのに。


 イシュカには、死んでほしくないのに。



 ◇◇◇


 そして、ちょうど一月後。


「イシュカ!」


 重症、大量出血、致命傷──聞いたのはそれくらいだ。

 

「ビートさん、何とかならないんですか!? 手遅れなんて……!」

「出来る限りはするさ。……布! だが、血が足りん、傷を塞ぐのも間に合わない。治ってもしばらくは動けないだろう」


 そう言っているが、ビートの表情を見れば望みが薄いことくらい解る。イシュカの傷口はずたずたに裂かれていて縫い合わせるのも難しそうだ。


「付いていたのは護衛でしょ……。こんな、重症を。襲撃、されて?」

「違う!」


 すぐに否定される。そうだ、襲撃くらいでイシュカがやられるはずがない。

 じゃあどうしたのかと聞くと、口々に、苦々しげに吐き捨てていく。


「裏切られた」

「依頼人にだ、逆恨みで。ちくしょ……てめーらが負けたのは俺らのせいじゃないだろ!」


 逆恨み、そんな理由で。

 イシュカはあんな大怪我を──。

 許せない。暗い思考に溺れていると、


「俺です……イシュカさんは俺を庇って、重症を」

「シダ! お前は悪くないだろ!」

「でも、俺がもっと警戒していれば……」

「シダ、やめて……。シダもイシュカも悪く……」

「黙らんかい!」


 クランシエラが宥めようと口を出したが、言い終わる前にビートが怒鳴る。


「ふざけんな! 集中できん、黙っとけ!」


 必死でイシュカの血を止めようとするビート。

 私は何をしているのか。

 最近また増えた自問自答が、クランシエラをさいなんだ。



 ☆



 結論からいえば、イシュカは一命をとりとめた。いつ容態が急変するかも解らず、危険な状態であることは変わらないが。

 今はクランシエラが付きっきりで看病している。


「……嫌だな」


 家族思いで意地っ張りなイシュカのことだ、無茶をしたに決まっているし、またするだろう。

 目が覚めたらすぐに、万全じゃなくたって闘うんだ──。

 私はそれが嫌だ。

 だって死んでしまう、死んでしまったら直らない。直せない。

 

「うう……」


 小さく呻く。暑いのか汗が傷口に染みるのか。熱を出してしまったイシュカの体は熱い。


(血が、足りないんだっけ)


 衰弱が激しく熱もあるが、根底はそれ(・・)だ。だったら、

 

(そんなの、私の血を使えば良いじゃない)


 血が足りないなら、私の血を。


 無闇に使わないと決めていた。イシュカにも頼るなと言っていた。

 なのに自分が真っ先に頼ってしまうなんて──分かっていても止まらない、私はもう駄目なのだろう。

 私は、自分の左手首に噛みついた(・・・・・)

 噛み千切った手首から溢れ出す血をビートが綺麗に縫合した傷口に垂らし、口の中に残った肉を咀嚼してイシュカに喰わせる(・・・・)

 『愛と癒しの人形』の力、

 それは『人形(クランシエラ)』の夫の傷を癒し、数日後には歩けるまでに回復させた。



 ◇◇◇ 



「すっげえな、団長。もう歩けんの? 体力怪物並みじゃん」

「ちくしょ。団長がぶっ倒れているスキにあんなことやこんなことをしようと思ってたのに!」

「お前、ふざけんなよ……」


 イシュカが団員達と笑っている。

 まだ運動はできないが、数日で訓練を再開できるだろう。


(嬉しい)


 ちょっと怒られたけど、怒られた以上に感謝された。

 どうせ私の傷は直るのだ、血などいくらでも流してやる──もちろん、問題の無い範囲で。


「にしてもっすけど、よく治りましたよねぇ。全治数ヵ月とかの大怪我っすよね? 数日で歩いてるし」

「クランシエラがずっとついてたからじゃね? 生きてぇって思ったもん」

「ああ、でしたらきっと……」


 『良い表現を思いついた』と笑う。


「クランシエラの愛に、愛と癒しの神が力を貸してくれたのかも知れませんね」



 愛と癒しの神、エルフィア。

 「その発想は無かったな」と上手くはぐらかすイシュカと違い、私は硬直した。

 彼には何の裏もない。ただの奇跡・・を語っているだけなのに。


「……クランさん、どーしたんすか?」

「あ……あ、違、私、違う……」


 逆に怪しいと分かっていても声が震えて言葉にならない。

 助け船を出してくれたのは、イシュカだった。


「怒ってる。私の愛の力なのに! って」


 皆が笑い出す。私は肩を叩かれた。


「クランシエラ、嫉妬!?」

「わー熱いね。暑苦しい」

「お二人で、どーぞご勝手に~」


 気を使ってくれたらしい。わざとらしく、悪意なく離れていく。私達を二人にしてくれる。

 私はやっと安堵した。


「ありがと……」

「こちらこそとしか言えないな」


 顔を見合せて笑い合う。


「なあ、クランシエラ」


 しかし、私の身勝手な幸せはイシュカの次の一言に凍りつく。


「………お前、すっげえ美味かった(・・・・・)んだけど」


 どこか、諦めたように。


 私は目の前が暗くなって、意識を失った。またか、という喪失感。倒れた私を支えたイシュカの腕が温かったのが悲しかった。



 ◆◆◆ 




 ──貪り喰いたい。


「もう止めて!」

「……嫌なのか? 痛いのか?」

「痛いよ! でもそんなことより……」


 彼女の体内にあった血で、俺も彼女も血塗れだ。血を流させたのは俺。クランシエラの、妻の体を斬った。斬ってまでその優しいが欲しかった。


「私の体は良いんだよ! 痛いけど、よくないけど良いんだよ……。でも、何で自分まで傷つけようとするの……?」


 彼女に血を流させた剣は、今俺の腹に突き立つ寸前でクランシエラに握られ、止められている。


「……離して」

「絶対イヤ! 何でなのよ!」

「……クランシエラの血は美味しいけど、足りない(・・・・)んだ」


 何が、とは上手く言い表せない。

 それでもクランシエラには伝わったらしい。伊達に力と数百年付き合っていたわけではないということか。

 

「……だったら別に、指先とかでも良いじゃない」


 何も命に関わる事をしなくても、と彼女は言うが、彼女には一生解らないだろう。


「……快感が、欲しい。命に関われば関わるほど、直っていく刺激が快感なんだ。ただお前の血を飲むだけでも、腕を傷つけるだけでもつまらない。命に関わる傷を直すなんて至福だよ」

「死んじゃったら駄目なんだよ……」


 でも、もう手遅れ。

 愛しいのだ、クランシエラが。髪の一筋、その身の血の一滴でさえも。

 彼女が神に分け与えられた力が人の身に余る事も解っている。それでも、どうしても。


(お前が欲しい、お前の血肉を丸ごと俺のものにしたい……)

 

 あの、血の甘さと優しさ。傷が塞がっていく快感。彼女が自分の一部になるどうしようもない程の幸福。どれ一つとっても溺れるにあまりある。

 むしろ、溺れたくてたまらない。



 ◆◆◆ 



 また、戦争が一つ終わった。

 イシュカの傭兵団は常勝無敗。時には彼らが戦争の命運を決めた事もある。その力と運は神の加護でももちろんクランシエラの力でもない。団員の結束と不屈の精神。そしてイシュカの力だろう。

 死なない事を第一に、生きてりゃ奇襲もかけられる……イシュカの言葉だ。そうだ、生きていれば良い、生きていればどうにかなるし、どうとでもなる。

 しかし、


「どうしたの!? その大怪我!」


 他の団員はいつも通りだ。だから特別強い相手だったとも思えない。無数の浅い切り傷と、深く大きな胸の傷。致命傷では無いらしいが、一体どうして……。


「振り向き様に、ばさー、っと」


 イシュカがビートの診療室に連れていかれてから、近くにいた団員が何も持っていない手を斜めに降り下ろす。


「……何で? 死角から殴りかかってもけろっと避けて倍返し(カウンターパンチ)するような人なのに」

「……待てクラン、やったのか?」

「私じゃなくて、レトがね」


 話を振られたレトはそっぽを向く。

 周囲の人に小突かれて、逃げようとするレト。束の間和やかな雰囲気になったが、すぐに真面目な顔で。


「最近団長、おかしいんだよ」


 その呟きに、他の団員も次々とイシュカの異常・・について語る。


「最近、おかしいよなぁ。今回だって真っ先に突っ込んだし」

「後先考えないのはいつもだけど、一応攻撃は避けるのに」

「なんかさー、怪我しても良いって考えてるみたいだよね。イシュカさんさあ」

「ああ、確かに。ふざけんなよなぁ、俺らの家で可愛い妻の()()()()()()()()()()()()()()()()


 その言葉を聞いたときの私の感情は、どう表したら良いだろうか。

 悪い予感ほど当たるもの。それからもイシュカは度々怪我をして──あるとき、本当に手遅れ(・・・)になってしまった。



 ◇◇◇ 



 寒い。感じる温もりは側にいる妻のものだけだ。


「死んじゃうよ、馬鹿……」


 人払いされているため、この場には俺達二人しかいない。何をしても手遅れだとビートが判断したためだ。

 

「俺、死ぬのか……?」

「死なないで! 死なせないよ!」


 何度も、俺を止めたクランシエラ。俺は止まらなかった。妻への愛を言い訳にするというもっとも最悪な罪まで犯して。

 永遠の愛を誓いながら裏切った。それでもまだ好きだなどと身勝手な事を考える俺。

 ああ……そうだ。

 答えも最高の幸せも、こんな近くに転がっていたのに。


「クランシエラ」


 多分、俺はもう長くない。

 それでも、こんな俺を……妻の思いを踏みにじった俺を許してくれるなら。

 細い、切れかかった俺の命の糸をり直そうと自分の手首を切り裂くクランシエラ。

 その泣き顔を見て、今更ながら反省した。

 血の溢れ出すクランシエラの手首に口づける。


(……そういえば、何だかんだ言いながらいつも、クランシエラは俺に口移しで血を飲ませてくれたんだったか)


 しゃくりあげている今の様子では、とても頼めないが。

 温かい血を飲み込む。甘くて優しくて、このまま沈んでいきたくなる。しかし傷は直らない。

 彼女は、自分のものにならない。


「や……やっぱり直らない……いつも言ってるじゃない! 死んだら駄目だって! 死んだら直らないって……」

「反省、してます……。今さら、過ぎるけど……」


 クランシエラは、死なない(・・・・)

 体内の血を全て吐き出そうと肉を喰われようと、あるいは目的もなく剣を突き立てられたとしても──死なない。クランシエラには死ぬという当然のがない。同じ時は生きれないのだ。

 彼女が俺のものにならないなら──なら、


「クランシエラ、俺を喰ってくれ」


 俺が、彼女のものになるしかないではないか。

 予想外だったのか、泣きながら口をぽかんとあけるクランシエラ。

 朦朧とした意識の中でただ、言い募る。


「頼む、喰ってくれ。血も肉も、心臓も脳髄も魂も、全部まとめて。俺はお前と一緒にいたいんだ」

 

 体温が下がっていく。最後の言葉は自然と口から滑り落ちた。


「愛してるよ、クランシエラ」


 ちくしょう。

 何で俺の最後の言葉が、こんなガキでも思いつくようなものなんだ。



 ◇◇◇ 




「……イシュカ」


 呼吸は無い、心臓ももうすぐ完全に止まる。そして私も、私がイシュカのために流した血は固まり、イシュカのために切り裂いた傷も塞がっていた。

 何人目だろう、夫を亡くすのは。愛するなんて、愛されるなんて、やめてしまえばいいのに、愛の神の人形である私にはそれも叶わない。


「『愛してるよ、クランシエラ』か……ねえ、本当に(・・・)?」


 心の底から、私の全てを捧げるほどに、私はあなたを愛していた。

 でも、私は知っている。流石に気づいた。イシュカにも伝えてあった。


 私の体に、癒しの力だけでなく愛の力もあることを。


 つまり、私の肉体を食べると私の肉体を愛するように──私の血が欲しくて欲しくて堪らなくなって、傷が直る瞬間が快感になるように。私がない(・・)と生きていけなくなるように──愛するように、なる。

 私を愛しているのか、私の血肉を愛しているのか、あなた達はどうだったの?


「『愛してるよ、食わせてくれ』、『まだ足りないんだ。もっと愛させてくれ』……『愛してる。だから俺を喰ってくれ(・・・・・・・)』。……ねぇイシュカ、あなただけは『私』を愛していたなんて思い上がりかな?」


 賭けのようで嫌だが、もしもあなたが人形でしかない『私』を本気で愛してくれていたなら。

 遺言は、叶えてやろう。

 望み通り、私だけのものにしてやろう……。



 ☆



 こうして『イシュカの傭兵団』から団長とその妻が、消えた。

 残された団員達は慌て、怒り、悲しみながらもどこかで納得し、

 無敗とはいかずとも最強の傭兵団であり続け、平和な時代のために全力を尽くしたという。



 ◆◆◆



 愛と癒しの神、エルフィアの人形であるクランシエラは、愛の神の人形であるがゆえに愛に飢えていた。

 最後の夫であるイシュカを喰っても、それは満たされない。

 しかし、イシュカの魂はまだ彼女と共にある。二人は同じ時を刻んでいる──たとえ、生きていなかったとしても。


 イシュカには、クランシエラが人間かどうかなど関係なかったのだ。





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