氷の塔~冬童話2017~
この国の王様からお触れが出たのは、つい先日の事だった。
『冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない』
リージアが、街の掲示板に張られたお触れの紙に手を触れる。
はらはらと舞い散る雪にさらされているというのに、お触れの紙は濡れもしない。
魔法がかかっているからだろうね。
コージが斧を担ぎなおして、「このクソ寒いのに」と愚痴りながら軽く鼻を鳴らす。
まぁ、そうだよね。
ヒーラーのリージアと戦士のコージ、それに魔法使いの俺。
俺達三人はやっとこの国に戻って来れたのに、この寒さでは心まで凍りそうだ。
「今年は冬が長いなって思っていたけれど、冬の女王様が塔から出なくなっていたなんてね」
「春の女王様は、いまどこにいらっしゃるのでしょうか……」
「塔の側に近寄る事すらできないらしいぜ。近付こうとすると、冬の女王が攻撃してくるって」
「こ、攻撃……? 一体、どんな……?」
「近付いてみればわかるんじゃないか」
「春の女王様でも近寄れないのでしょう? わたし達では無理だと思うわ」
「無理でも、やらなかったら俺達は永遠にこの国で春を迎えられないわけだ」
俺達の住む国では、季節の塔と呼ばれる塔がある。
この塔に、春、夏、秋、冬、それぞれの季節を担当する女王様が交代で入る事により、季節が切り替わる。
それは毎年の事で、三ヶ月で各季節の女王様は次の女王様へ塔を開ける。
今まで、そのサイクルが壊れたことはなかった。
春の女王様がお寝坊さんで、塔の中で居眠りしてたことはあったんだけどね。
ぽかぽか気持ちの良い天気の日が続いていたから、仕方ない。
あの時は、夏の女王様が強引に塔に押し入り、春の女王様をひっぱたいて起こしたらしいけど。
「……あの声の主は、やはり、塔から聞こえてきていますよね……?」
遠く雪に霞む塔を見つめ、リージアが口を引き結ぶ。
そう、俺達がこの国に戻ってきたのは、助けを呼ぶ声が聞こえてきたからだ。
『……聞こえ……ますか……聞こえますか……。
……誰か……届いて………………
……この雪に託し……わたくしは願います……。
……声ならぬ声で……ここに……訪れてくれる事を……
……どうか……助けて……。
…………破滅の足音は……すぐ……そこへ……』
◇◇
「クッソ、季節の塔遠すぎだろ!」
降り積もる雪を踏みしめて、コージが舌打ちする。
気持ちは分かるよ。
俺も、出来るなら馬車を使いたかった。
「この雪では、馬車は動きませんものね。わたしの魔法で、少しでも緩和できればいいのですけれど」
リージアはさっきから俺達の周りに結界を張り巡らせている。
魔力を使い切らないようにごく軽くだけれど、そのおかげで、俺達はそろそろ吹雪と化した雪をまともに受けずに済んでいる。
……俺の魔法は火力だから、一瞬だけなら暖かくなれるんだけどね。
ここでやってしまうと、全員丸焦げになるような気がする。
殺さないように燃やす事も出来るけれど、長時間は難しい。
あ、そうか。
「二人とも、俺の後に下がってくれないかな?」
「急にどうしたよ」
「ちょっと、試してみたいんだ」
俺は、二人が下がったのを確認して呪文を唱える。
「……炎よ、我に力を。太陽の如き熱を」
片手を軽く、前にかざす。
「我と我が友の為にその力の片鱗を具現化させ……」
手のひらが熱を帯びる。
「生命を回避し、立ち塞がる冷気を吹き飛ばしたまえ!」
ゴウッ……ッ!
俺の手の平から、炎が迸り、一直線に突き進む。
炎はそのまま止まる事無く塔へ至る雪を溶かしきり、一本の道を作った。
道の真ん中にいた雪ウサギは当然無傷だ。
生命は回避したからね。
「うぉいっ、全部雪がぶっ飛んだじゃねーかっ」
「流石です、ダルベール。女性であったなら、夏の女王に選ばれると言われた腕は確かですね」
「それは、盛りすぎ。俺が女でも、女王は無理さ。まぁ、行こうぜ?」
俺は二人を促す。
吹雪自体は止んでいないけれど、積もった雪が消えたからね。
ずっと歩きやすい。
後は真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに、塔を目指せばよいだけだ。
◇◇
季節の塔は、国の外れにある。
塔と言う名の通り、空を突き抜けんばかりに大地にそびえ立っている。
冬の女王の影響が強いのだろう。
俺が放った炎は、塔の周りの雪までは溶かせなかったようだ。
「着いたはいいが、奴さん、俺たちを入れる気はないみたいだぜ?」
コージが斧を構え、リージアは結界を強めた。
塔の前には、氷で出来た一角獣が一頭、扉を守るように佇んでいる。
キィーーーーーーーーーン……ッ!
氷の一角獣が悲鳴にも似た鳴き声を響かせた。
鋭い角の周りにパキパキと氷の結晶が集まり、直後に俺達に降り注ぐ!
「させませんっ!」
リージアが即座に結界を張り、氷の結晶を防ぎきる。
周囲に張り巡らされた結界に弾き飛ばされた結晶は雪のように解けて消え去った。
けれどそれは序の口。
氷の一角獣は、再び吼える。
「結界を強化しますっ、コージは足止めをっ」
「任せとけっ!」
結界を体に張り巡らされたコージが、氷の一角獣に駆ける。
その隙に、俺は空に手をかざし、呪文詠唱を開始する。
――炎天の彼方より……闇夜を照らす月の如し……
「おーーーりゃぁああああっ!」
ドゴンッ!
コージが斧を振り下ろし、氷の一角獣は吼えながら回避する。
蹄に蹴り上げられた雪が舞い上がり、視界を塞ぐ。
――零れいずる光は一筋の槍となりて……
「ちっ、逃げるなこの馬やろうっ!」
「コージ、わたしから離れないでくださいっ、結界が弱まりますっ」
「わかってらぁっ! ちゃーんと距離は把握済みだぜ!」
パキパキと空気を揺るがす氷の音が一層激しくなる。
もう時間がない。
リージアが焦りの色を浮かべた。
「……我らに仇名す敵を、貫け……ファイヤーライトアロー!」
天空の彼方から、炎と光をまとった矢が氷の一角獣に降り注ぐ。
と同時に、氷の一角獣から放たれた氷の刃は俺達から大きく外れた雪影に向かって吹っ飛んでゆく。
俺の魔法に打ち抜かれた氷の一角獣は、二度三度、起き上がろうとする。
「わりぃな、消えてくれ」
コージの斧が、氷の一角獣に振り下ろされる。
氷を割るようなパリンとした音とともに、一角獣はそのまま雪の中に埋もれ、氷の欠片になって消え去った。
「やはり、冬の女神は塔への侵入を拒んでいるのね」
「塔の中も敵だらけか? 狭い所じゃ俺の斧は振り回しづらいぜ」
塔の中はコージが思うほど狭くはないはずだ。
外に比べれば、多少は制限されるけれど。
最上階が女王のいる部屋となるはずだ。
季節の女王は、この国で一番、適性のある女子の中から選ばれる。
そして季節の女王として王宮で過ごす事になる。
女王として過ごす間は歳を取らず、全ての生活が保障される。
「入ってみるしかないからね。いこうか」
俺は、塔の扉をそっと、押し開いた。
◇◇
塔の中は、一面氷だった。
氷の塔。
そう呼びたくなる状況だ。
凍りついた床や壁は、俺達の姿を鏡のように映し出す。
壁に映る俺の姿に、俺は苦笑する。
赤い髪に、青い瞳。
夏をそのまま写したかのような姿。
もしも、女だったら。
俺は、夏の女王になれただろうか。
氷の壁に映った姿は、酷く情けない顔をしていた。
「なんだよこれ……塔の中は、季節の女王の魔法に染められるものなのか?」
「いや、違う。普段はごく普通の塔だった。これは異常だよ」
「ダルベールは、この塔に入ったことがあるのですか?」
「……昔だけどね」
――だるべーる、はやく火を出して? じゃないとわたしが凍らしちゃうよー?
灰色の瞳で、俺を見上げてくる少女。
――ねぇ、わたし、冬の女王様に選ばれたの。……もう、ダルベールにあえないのかな……?
――塔に一人で行くのは、怖いの。いっしょに、ついてきてくれる……?
脳裏に、銀髪の少女の姿が思い出されて、俺は、軽く頭を振る。
いまは、最上階に行くことを考えないと。
「敵はいねーみたいだな」
「油断は禁物ですよ。ですが、本当に何もありませんね」
周囲に油断なく目を光らせて、コージが凍った螺旋階段を慎重に登っていく。
くるくると登るにしたがって、段々と円が小さくなっている。
敵はまったくいない。
それでも俺達は警戒を解く事無く足を進める。
「ここが、最上階ですね」
螺旋階段を登り詰めた先に、扉があった。
凍りついた扉に、俺はそっと手を触れる。
◇◇
そこには、思いもしない光景が広がっていた。
季節の女王の間。
玉座に座っているのだと思った。
けれどそれは違った。
銀の髪と、灰色の瞳。
冬の女王は、竜と共に氷山の如し氷の塊に埋まり凍り付いていた。
冬の女王の身体には、竜の尻尾が絡みつき、今にも女王の身体は折れてしまいそうだ。
漆黒の竜の体は人の何倍もあり、この女王の間を埋め尽くさんばかり。
「おい、これ……邪竜じゃないのか……っ」
「邪竜ですって? まさかそんな……封じられたのではなかったのですか」
コージとリージアが一歩後ずさる。
邪竜とは、この国に伝わる伝説の竜だ。
一晩で街を焼き払い、二晩で国を滅ぼすといわれていた。
生きとし生けるものを絶望の淵に立たせ、混沌と破滅を好む竜。
けれどその邪竜は、伝説の勇者と季節の女王によって地中深くに封印されたと伝えられている。
ピシリッ…………。
俺達の見ている目の前で、邪竜と冬の女王を凍りつかせる氷に亀裂が入った。
「わ、割れる……?」
「どうなってるんだよこれっ、冬の女王に何が起こったんだよっ」
混乱する俺達の脳裏に、再び、声にならない声が響いた。
俺達をこの塔に導いた声だ。
『……どうか……わたくしごと……邪竜を……破壊して…………』
「冬の女王さまなのか? なぜ、こんなことに……」
『……封印は……塔の下にあったのです………
春の訪れを感じた邪竜は……目覚め……塔から……抜け出そうと……』
パリ、パリリッ…………!
氷の亀裂が一層激しく入り始める。
『わたくしは……全力で封印を試みました……けれど力及ばず………
ここに凍らせ……留める事しか…………
どうか……どうか願います………わたくしの眷属を退ける事のできた勇者達よ……時間がありません………』
ビシビシパリパリパリ…………ッ!!!
「どうすればいい?」
『氷ごと……破壊するのです……もうわたくしの力では……押さえ切れません……
どうか……聖なる炎で……わたくしと……邪竜を…………』
俺達の見つめる中で、氷はどんどん亀裂を増し、今すぐにでも崩れそうだ。
だが。
俺は、塔の壁に拳を叩きつける。
「……出来るわけがない……俺にお前を燃やせるわけないじゃないか……っ」
「お前、まさかっ」
「ダルベール、冬の女王と知り合いだったのですか?」
リージアとコージが俺を見つめる。
一度も話したことはなかった。
もう何年も共に旅をしてきたというのに。
俺が旅に出た理由は、ただ一つ。
冬の女王を――アセビを忘れる為だった。
俺達は幼馴染だった。
氷を自在に操るアセビと、炎を操る俺。
正反対のように見えて、兄妹みたいに仲が良くて。
でも、十二歳の時、アセビは冬の女王に選ばれた。
初めて塔に入るとき、アセビのたっての願いで、王の許可を得て俺はアセビと塔に入った。
その後アセビは王宮で過ごす事になり、平民の俺とは二度と会えなくなった。
最後に別れたときと変わらぬ幼い姿で、冬の女王は、アセビは、凍り付いている。
記憶のままの姿の彼女を、俺の炎で焼き殺せと?
出来るわけがない。
パキパキと、氷の亀裂は激しさを増し、あと少しで砕け飛ぶ。
冬の女王の悲痛な声が脳裏に響く。
もう時間がないのだと。
「くそっ、邪竜が目覚めちまう! 助けを呼ぶ暇もねぇっ、冬の女王を犠牲にするしかねーのかよ!?」
「……いいえ、方法はあります」
「リージア、本当か?」
「ええ。わたし達で、邪竜を滅ぼせばよいのです」
「えっ。正気か?!」
「もちろんです。過去に出来たのでしょう? ならば今、出来ない保障はどこにありますか」
「冬の女王に倒せなかったんだよ?」
「冬の女王は一人です。わたし達は三人です」
「だが……」
「ならダルベール。あなたは、冬の女王を倒せるのですか。友人を、殺せるのですか」
出来ない。
絶対に、出来ない!
「決まりみてぇだな。無謀すぎる賭けだが、乗らねぇわけにはいかねぇだろ」
コージが、不適に笑う。
「わたし達は、いつだって強敵と戦ってきました。仲間を、友を守る為に」
リージアは、安心させるように微笑む。
……そうだ。俺達は何年も共に戦ってきたんだ。
パキン……ッ!
俺達の前で、氷が砕け散る。
そして。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォッ!」
邪竜が、目覚めた。
◇◇
邪竜の口から、黒煙が吐き出される。
どろりとした黒い煙は、塔を、俺達を飲み込まんばかりに黒く染め上げてゆく。
「オラオラ、デカブツっ、お前は煙を吐くだけか? この俺を捕まえてみろっての!」
コージが斧を振り上げ、邪竜の尻尾に叩き落す。
リージアが結界を張り巡らせ、コージが邪竜の気をひきつける。
怒れる邪竜は、コージを赤い瞳で憎らしげに追い、向きを変える。
その隙に、俺は床に倒れ臥した冬の女王を抱きかかえた。
……まだ、息はある。
けれど身体が氷のように冷たい。
まるで彼女自身が凍りになってしまったかのよう。
このままでは失ってしまうことは明白だった。
「ぐはっっ!」
「コージっ」
リージアの悲鳴に振り返ると、コージが邪竜の尻尾に串刺しにされ、天井付近まで持ち上げられていた。
「は、ははっ、ドジ……踏んだぜ……」
「コージッ、コーーージッ!」
邪竜が吼え、コージを振り回し、壁に投げつける。
駆けつけるリージアに、邪竜の瞳が歪に染まる。
「させるかっ、ファイヤーアロー!!」
俺は手をかざし、呪文を唱える。
炎の矢が次々と邪竜に突き刺さる。
けれど簡易詠唱のそれは、邪竜の鱗に弾かれ、大した傷も与えられない。
だが、邪竜の意識をこちらにそらすことには成功した。
コージとリージアに向かっていた邪竜は向きをくるりと変え、俺に向かって突進してくる!
「だめっ、逃げてっ!」
リージアの悲鳴が響く。
だが俺は逃げない。
逃げれない。
俺の腕のなかには冬の女王がいる。
「……氷の、守りを」
冬の女王の指先が、わずかに動く。
その瞬間、俺と邪竜の間に氷の結界が張られ、邪竜は壁に激突した。
「冬の女王、いいや、アセビ!」
「……きて、くれたんだね……」
灰色の瞳がうっすらと開く。
「ずっと、待ってた……」
ガインッ……ガインッ!
氷の壁を壊そうと、邪竜が突進を繰り返す。
俺はアセビを抱きしめる。
二度と、失うものか。
「リージア。コージ」
俺の呼びかけに、二人は立ち上がる。
リージアの癒しの術で、コージの身体に開いた穴は綺麗にふさがっている。
「おう、任せろ! 傷はバッチリ癒されたぜ!」
「時間を稼ぎます。詠唱を!」
こくりと頷き、俺は、片手を空にかざす。
――獄炎より出モノ、魂よりも重きモノ……
「おらおらおらぁっ、さっきはよくもやってくれたなぁ!」
「わたしだって、戦えるのですよ、ヒーラーだと思って甘く見ないでいただきたい!」
――母なる大地に育まれしモノ、混沌よりも抱えるモノ……
「デカブツ、どこをみている? オラオラ、さっきのおかえしだぁっ!」
「コージ、離れないでといっているでしょうっ、あなたはわたしの側にずっといなさいっ」
「おいおい、こんな所で愛の告白か? くぅっ、痺れるねぇっ!」
「えぇそうよっ、こんなときでなければ、きっともう二度ということはないわ!」
――空より受けし熱量は、その全てを受け止め輝くモノ、
「同じ手が二度通用すると思ったか?! てめぇの尻尾はもうねーぜっ!」
「コージの背中は、わたしがまもりますっ」
――我が呼びかけに答えて具現化し、今ここにその姿を蘇らせり……
俺の手の平よりももっと高く、塔の天井から覗く空に、巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「獄炎の化身イフリートよ、我らの敵を焼き払え!!!」
空に浮かぶ魔法陣から炎が吹き荒れ、それは炎の巨人へと姿を変える。
邪竜の前にずしりと降り立った炎の巨人は斧を振りかざし、邪竜を真っ二つに叩き割る!
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッツ!」
身体を裂かれた邪竜から、断末魔の叫びが溢れ、その身体を炎が蝕み、粉々に砕け散り灰と化す。
「やった、のか……?」
「やりました、やったんですよ、わたしたちが!」
「おう、俺達がやったんだ!」
傷だらけのコージとリージアが、俺に駆けてくる。
俺の腕の中で、アセビが身じろぐ。
即座に、リージアが癒しを施した。
◇◇
リンゴーン……リンゴーン……。
花びらが舞い散る中、教会から真っ直ぐに敷かれた赤い絨毯の上を、コージとリージアが歩いてくる。
「おめでとうございます、勇者さま!」
「ご結婚、おめでとうございます!」
沢山の拍手と、祝福の声が沸きあがる。
邪竜を倒した俺達は、この国の英雄となった。
春の女王様は無事に塔に入り、春が巡ってくる。
『もうっ、邪竜がいるから入っちゃ駄目って、教えてくれればよかったですのに』
まだまだ幼い春の女王は頬っぺたを膨らませたけれど、仕方ない。
冬の女王たるアセビは自分ごと邪竜を凍らせたから、声が出せなかった。
そして春の女王が塔に入ってしまうと氷が解けてしまうから、塔に入れるわけにもいかなかった。
アセビには、願うしか出来なかったのだ。
声ならざる声が、誰かの心に届く事を。
「リージアさん、綺麗ね」
俺の隣で、昔と同じ口調に戻ったアセビが微笑む。
コージとリージアは、あの邪竜戦で死を覚悟し、お互い告白しあったことでもう、気持ちを隠さなくなった。
まぁ、俺は知ってたけどね?
何年も共に旅をした仲間なんだから、気づかないはずがない。
今日この日を迎えられて、本当に良かったと思う。
俺達の前まで来たコージとリージアに、俺は笑う。
「二人とも、おめでとう」
「ありがとう、ダルベール」
「コージさん、格好いいわ。リージアさんは、花の妖精みたい」
「格好いいか? 照れるねぇ」
「ふふっ、嬉しいわ。冬の女王様に褒めていただけるなんて」
「もう冬の女王じゃないわ。アセビって呼んで?」
「そうだったわね、ありがとう、アセビ」
ふふっとリージアが幸せそうに笑う。
そう、アセビはもう冬の女王じゃなくなった。
国王に俺達は願ったのだ。
アセビを冬の女王から開放してくれと。
「まぁ、もう邪竜はいねぇからな。無理に一人で塔の中に入らなくても、季節はめぐらせれるわけで」
塔の中に女王達が入るのは、季節をめぐらすほかに、邪竜の封印も兼ねていたのだ。
たった一人、塔に篭る事により、封印は強まっていた。
「国王が、皆ではいる事を認めてくださるなんてね」
アセビだけじゃない。
俺達は、季節の女王制度に物申したのだ。
一人でこもるのではなく、みんなで、塔に入れるようにしてほしいと。
たった一人では、今回のようなことがあった時に、連絡手段が保てない。
『好きな褒美を取らせる』とお触れを出していた王様は、苦笑しつつも頷いてくれた。
まぁ、二度とこんなことはごめんだけれどね。
「でもよぉ、歳をとらないことまで取り消すのは勿体無かったんじゃねーか? ずっと若いままでいられたんだぜ?」
「いいの。わたしは、ちゃんと、歳をとりたかったの」
十二歳の姿のままのアセビは俺を見上げる。
アセビの声が、俺達にだけ聞こえたのは……。
そんな都合の良い想いを脳裏に浮かべ、俺は、軽くかぶりを振る。
「わたしは、すぐに追いつくわ。……だから、それまで、待っていてね?」
灰色の瞳が、俺を写す。
塔の中で見た、情けない顔の男はそこにはいない。
赤い髪、青い瞳、けれどその顔に宿るのは、希望だけだ。
俺は、力いっぱいアセビを抱きしめた。




