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第6話 「……よかった。」

「ふぅ……」


 転移術式がようやく完成し、レオンは集中を切った。

 人間界には大気中の魔力がほとんど無いため、大型の術式を構築するにはほぼ100%自分の魔力を使わなければならない。発動のためのエネルギーとしてだけでなく、枠組みそのものにも魔力を消費する必要があるがゆえに、より一層集中しなければすぐに失敗(ファンブル)してしまうのだ。

 術式の維持をノエルに任せ、リディアを呼ぶために遮音結界を切る。と、


「下賎な悪魔風情がァァァァッッッ!!!」


 突然、レオンの背中に殺気が突き刺さる。そしてその直後に放たれる莫大な、かつ鏡特有の神聖力を感知したレオンは、咄嗟に遮光結界を展開した。

 直後、光の奔流がレオン達を襲う。


「レオン!」


「来るな!!」


「っ、でも!」


「お前まで巻き込まれるぞ! 私ならまだ大丈夫だ! だからお前は先に逃げろ!」


 いくら悪魔に対して有効といっても、その本質は鏡。そもそも攻撃の方法が、「反射光に聖性を持たせ、増幅し、撃ち出す」というものなのだから、光を遮る事が出来れば凌ぐ事は出来るのだ。


「おい! 一体どういうつもりだ、ウルヴィアーラ!!」


「僕やない、二位のクソアマに操られとるランドルフや! 野郎、僕の鏡を奪って使ってんねや!」


「早くどうにかしろ! こっちに押し返せるほど余裕は無い!」


「四位の物理障壁もあるんや! すぐにぶっ壊すから、もうちっとの辛抱や!」


「クソッ!!」


 とはいえ結界の素となっているのは、神聖力と相反するエネルギーである魔力。十分に神聖力をチャージした鏡の照射と、急拵えでろくに魔力が込められていない遮光結界では、押し切られるのも時間の問題だった。

 結界維持のための魔力を注ぎ込みながら、レオンは自らの眷属に向かって叫ぶ。


「ノエル! 私が結界で時間を稼ぐ。その間にお前は転移術式を解体しろ!」


「はい!」


 魔力は神聖力に比べ、極めて不安定なエネルギーだ。術式を失敗……特に、転移術式のような大型術式を失敗させてしまうと、中規模の爆発が発生する。かといって、ノエルだけ転移で逃げるというわけにもいかない。彼女では、術式発動のための魔力が圧倒的に足りないからだ。

 その点、術式を解体……圧縮を解き、ただの魔力へと戻すだけなら簡単だ。構築の際にレオンが施した安全弁を辿りながら回路を切ればいいのだから。

 結果、ノエルが術式を解体する事でレオンの魔力を補給するのが最良手なのだった。


「まだか! ノエル!!」


「お待ち下さい! もう少しで……!」


 ピシッ。


「っ!」


 遮光結界をヒビが入る。幸いそこから光が漏れる、という事は無かったものの、もう長くは保たないのは明らかだ。


(……ここまで、か)


 自分はここで死ぬのだ。そうレオンが悟ったとき、彼の頭の中にはとある考えがあった。普段の自分なら絶対にあり得ないその思考に、レオンは失笑を溢す。


(まさかこの私が、こんな事を考えるなんてな。自分が自分の考えに驚くとは、何とも不思議な気分だ)


 術式の解体は、解放された魔力量から鑑みても5割程度。恐らく、いや、確実に間に合わない。

 レオンは魔力を空中からかき集め、それを結界に込めると、ノエルに背を向けたまま話しかける。


「ノエル、その場に(うずくま)れ。出来るだけ身を縮めていろ」


「レオン様?」


「早くしろ」


 ノエルはレオンの言葉に疑問を抱きつつも、指示の通りに動く。すると、


「れ、レオン様!?」


「動くな」


 レオンが、彼女の身体を護るように抱き寄せた。


「結界はもう保たん。このままでは2人とも死ぬ。だったら、どちらか片方が生き残った方がいい。……そして、生き残るべきはお前だ、ノエル」


「そんな!」


「私は上級悪魔(グレーターデーモン)だ。盾の代わりくらいにはなるだろう」


「ダメです! 死ぬならレオン様ではなく、私が」「もう遅い」


 パリィィン!!


 ガラスが砕け散るような音が響き、結界が遂に突破される。


「―――!」


(ではな、ノエル。それに―――)
















































(……ん? どういう事だ?)


 鏡による光の照射は、どんな悪魔にも例外なくその身を焼き焦がす。はずなのだが、レオンはダメージどころか衝撃すら感じなかった。


(衝撃を感じる暇もなく死んだのか? だが……)


 鏡から庇ったノエルの感触は、未だにレオンの腕の中にある。ノエルもろとも死んだのか、とも彼は思ったが、顔を上げて周りを見てみると、そこにあるのは先程までとなんら変わりないよもぎ公園だ。

 一体何がどうなっている。レオンは思考を巡らせている内に、ふと、自分の上に影が落ちていることに気づいた。

 後ろを振り返ってみると、そこには―――




 両腕を広げ、レオン達を庇うようにして立つ、リディアの姿があった。




「……よかった。2人とも、無事みたいね……」


「なっ!?」


「リディア様!?」


 ぐらっ……、と前のめりに倒れるリディアを、レオンは慌てて受け止める。彼女の背中は、真っ赤に焼け爛れていた。


「リディア、しっかりしろ! リディア!!」


 鏡の光の聖性に侵され、全身に激痛が走っているにも拘わらず、それを意に介さない様子でリディアは笑う。


「はは……やっと名前で、呼んでくれた……」


「そんな事はどうだっていいだろう!

 待っていろ、すぐに治療を……!」


「もう無理よ……核の大部分を、吹っ飛ばされちゃったから……」


 悪魔は核を失えば生きてはいられない。多少傷がついた程度なら―――核に傷がつく時点で大怪我だが―――安静にしていれば回復する事が可能だ。だが、一度におよそ3分の2以上を失うと……その悪魔は、間もなく消滅する。

 今のリディアの核は、完全な状態の1割程度しか無かった。


「……私の核を割ってリディアに融合させる。手伝え、ノエル!」

「ですが、レオン様!?」


「やめて、レオン……そんな事したら、あなたまで……」


「お前が消えるよりは何倍もマシだ!!!」


 レオンの悲痛な叫びに、目を丸くするリディア。そして、すぐに頬を弛ませる。死にかけているというのに、その表情はとても穏やかだった。


「……嬉しいなぁ。まさかレオンにそこまで言ってもらえるなんて……」


「あぁ? 何言って「私ね」


 レオンの言葉を遮り、リディアは訥々(とつとつ)と語り出す。


「レオンは気づいてなかったかも知れないけど……結構前からあなたの事が好きだったのよ。

 無愛想だけど根は優しくて。

 頼りになるけど、少し天然なところもあって。

 誠実で、真面目で、面倒くさがりに見えて、実は努力家で。

 名前、呼ぶ練習までしてくれてたんでしょ? 知った時は、とっても嬉しかった」


 好き「だった」。嬉し「かった」。

 リディアの言葉は、その全てが過去形だった。


「2人で笑って、時には喧嘩して。最期には眷属まで作って。そんな日々が、私はとても楽しかった」


「何が最期だ、ふざけるな!

 お前はまだ―――」


 生き延びるんだ、と言おうとしたところで、レオンは口を噤んでしまった。彼の視線の先で、リディアの手足の先がサラサラと黒い粒子に変じていったからだ。

 身体の崩壊―――すなわち、悪魔の死。


「……そろそろ、時間みたいね」


「リディア様っ……!」


「ノエル。私達の眷属になってくれてありがとう。これからは、私の代わりにあなたがレオンを支えてあげて。

 それと……レオンも。ノエルの事、私の分まで、ちゃんと導いてあげなさいよ?」


「ダメだ、逝くな! リディア!!」


 2人は必死にリディアに呼びかける。だが、身体の崩壊はもう止まらない。

 リディアはレオンとノエル(家族)に向かって満面の笑みを浮かべ、






「さようなら。それと、今までありがとう。大好きだったよ、レオン」






 ザァッ……! と彼女の身体が崩れ落ち、風に運ばれ、やがて世界へ還元される。実に儚く。そして実に……呆気なく。

 傍らにいた者達には、見ていることしか出来なかった。



「………っ、リディアァァーーーーーーッッ!!!!!」



 それが。

 上級悪魔(グレーターデーモン)、リディア=ヴェスティベートの最期だった。






次回、最終話。

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