第5話 「趣味悪いことしよって……!」
ちょい長め
一通り説教を終えたエルザードは、“正義の花園”にいるライラック―――エルザード率いるグローリアの副長に念話をかけていた。
「……ライラック、僕や。エルザードや。
そっちにリリィとピオニはおるか? ……さよか。ほんなら、その仕事片付いたら一旦こっちに回してや。出現座標は、僕の存在位置をトレースしてもろて。……ほな、頼むで」
エレベーター係を待つ間、エルザードにできるのはランドルフを拘束し見張っている事だけだ。しかし、そのランドルフは重罪人と言っても差し支えない状況。一度振りきられているエルザードにとって、微塵も油断はできなかった。
「……して」
「あ?」
「どうして悪魔を排除してはならないんです? 天使としての誇りを忘れて地に堕ちた……いや、地の底まで堕ちた上に、生き物の魂を喰う害悪でしかないのに……」
捕らえられた天使見習いは、ポツリポツリと呟く。
「そら、連中にも需要があるからに決まっとるやろ」
「……なんですって?」
初耳だ、といった感じでランドルフは訊き返す。この辺りも教育機関で教える内容のはずなのだが……どうやら彼は都合の悪いことは忘れてしまう質らしい。エルザードは深いため息をつきながら、改めて説明する。
「重犯罪者やら狂人やら。そういった人間は、悪魔に喰うてもろてその魂を『終わらせる』必要があんねん。穢れた魂を輪廻の環に戻すわけにはいかへんからな。
僕らは魂に干渉でけへんし、悪魔も食事を摂ることができる。どっちにもメリットがあんねんから、お互いできる事しましょうって考えや。
無闇やたらと狩ってええ連中やあらへんねんで」
この制度は当然、和平条約制定後にできたものだ。
「でも、悪魔と協力だなんて……そんな事、あっていいはずがない」
「……なぁ。1つ訊きたいんやけど、なんでそこまで悪魔を毛嫌いするん? ジブンの関係者が、殺された訳でもあらへんのに」
ずっと前から抱いていた疑問を、エルザードはランドルフにぶつけてみる。教育機関に入学した際はそうでも無かったはずなのだが、最近になって突然悪魔に敵対心を抱くようになった。その理由が、どうしても分からなかったのである。
一方、ランドルフはキョトンした様子で、
「……? 悪魔を排除するのは当然の事でしょう?」
「……ジブン、話聞いとったか?」
「もちろん、聞いてましたよ。悪魔は無闇に排除しちゃ……あれ? でも、悪魔は問答無用で排除しなきゃいけないんじゃ……」
ぐるぐると、2つの『常識』がランドルフの頭の中を駆け巡る。二重人格と診断された事はない。が、背反するはずの2つの知識には、なぜかどちらも納得がいった。
(……ん? なんや、この違和感……)
そして、ランドルフが思い悩む様子は、エルザードの記憶を掠めていく。
(この状況、どっかで見たような……まさか!)
「理由無く排除するのは条約違反……でも悪魔を排除しないと人間界が………ぐっ!? がっ、ああああぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」
エルザードが思い当たる記憶を見つけ出した、その時。ランドルフは突然、酷い頭痛に襲われる。両手を拘束され動けない彼は、そのまま地面に倒れこんでしまった。
「っ、おい!? 大丈……ぐっ!」
倒れたランドルフにエルザードが駆け寄るが、彼の体は尋常ではない量の神聖力によって吹き飛ばされる。同時に、エルザードが直々に施した手枷も破壊されたようだ。普通なら『なぜ見習いにこれほどの神聖力が』となるところだが、既に原因をつきとめたエルザードにとっては、答えの裏付けにしかならない。
(……普通ならあり得へん鋭さの魔力感知)
“正義の花園”に所属する前段階にも拘わらず、この見習いは第三位のエルザードよりも早く悪魔を見つけた。
(見習いのもんとは思えへん程の神聖力)
レオンと共に切磋琢磨し、力を磨いてきたエルザードがかけた手錠を、ランドルフは神聖力のみで吹き飛ばした。しかもその神聖力の波長は、ランドルフのものではない。
(極めつけは、植え付けられたとしか思えへん、もう1つの『常識』)
これらから導きだされる結論はただ1つ―――。
「―――洗脳、それに遠隔操作か。ようやってくれたな、第二位!!」
エルザードの声に返答は無い。だが、彼はパヴェーラこそが黒幕だと確信していた。
パヴェーラ=イグナッツァは、『聖光天列書』第二位にして強硬派筆頭の女天使だ。彼女の得意技は精神干渉で、殊の外『相手の常識を改変する』事に長けていた。……そう。以前エルザードが見たパヴェーラの技が、今のランドルフの状態に非常によく似ているのである。
加えて、ランドルフの体から漏れ出るパヴェーラのオーラ。目を凝らしてよく見てみると、細い糸のような神聖力がランドルフから伸びているのが分かる。恐らくは、これでランドルフを操っているのだろう。
「趣味悪い事しよって……!」
「……ウルヴィアーラさん。やはりあなたは間違っている」
ふらふらと幽鬼のような足どりで、ランドルフはエルザードに迫る。
「いくら人の魂を喰わなくたって、人間界の生物の魂を喰うのなら、バランスを崩していることに変わりはない」
「それを調整するんも僕らの仕事や。牧畜なんかはまた別やけど、人間よりそれ以外の方が、格段に調整が簡単やからな」
「『人間より調整が簡単だから』なんて理由で、悪魔が魂を喰らう事を、ウルヴィアーラさんは是とするんですか。ヒト以外の魂はどうでもいいと」
「アホか。できるんなら僕だって、全ての魂を守りたいに決まっとるやろ。せやけど、これは条約締結時にお互いギリギリまで譲歩した結果やねん」
最大レベルで警戒をするエルザードの前に、ランドルフは立ち塞がる。彼の虚ろな瞳の奥には、憎悪の炎が燃え盛っていた。その憎悪が向く先は、敵視する悪魔か―――はたまた、自らの邪魔をするエルザードか。
「全ての元凶を取り払えば、バランスが取れると思いませんか?」
「今のこの状態が、一番安定しとるんや。悪魔の存在も含めてな」
「……その考え方はもう古い」
「浅い考えよりはマシやと思うけどな」
「あなたの眼は曇ったようだ」
「何も見えとらんひよっこがなに言うとん」
「……あなたに何が分かる!」
ランドルフはそう叫ぶと、エルザードの顔面めがけて拳を放つ。
いくらパヴェーラに強化されているとはいえ、エルザードも第三位だ。当然のように掌で受け止め、ひどく冷たい声で宣言する。
「……ランドルフ=ビローダレン。『聖光天列書』第三位の権限の下に、天魔和平条約違反、並びに反逆罪で拘束する」
「やれるものなら、やってみろ!」
『聖光天列書』の第一位から第九位、通称一桁順位と呼ばれる彼らには、緊急時に限り、他の天使への特別逮捕権が認められている。もちろん不当に使えば即刻堕天は免れないが。エルザードはこの権限を行使し、ランドルフの身柄を拘束する正当な理由を作ったのだ。
ランドルフは掴まれている右手を振りほどくと一旦跳びすさり、再度エルザードに突進する。エルザードはギリギリのところで何とか避け、次の攻撃に備えた。強化されたランドルフの身体能力が、自分のそれを上回っている事を知っているエルザードは、始めからカウンターでの攻撃を狙っていたのだ。
しかし。エルザードは1つ読み違えている事がある。それは、ランドルフの目的が突進による攻撃ではないという事。彼の狙いは元より、
「っ! しもた!」
第二位から第九位にのみ支給される、強力な鏡。
ランドルフがしようとしていたのはエルザードへの攻撃ではなく、彼が持っている鏡―――銘は『破鏡・炎天』―――を奪う事だったのだ。
「クソッ、鏡を渡せ、ランドル―――ッ!?」
『炎天』を取り戻そうと、ランドルフへ駆け出すエルザード。しかし、彼が足を踏み出した途端、四方及び上方には壁が形成される。
(んなっ―――)
ッドォォォオオン!!!
密閉された箱の中で、大爆発がエルザードを襲う。彼は咄嗟に神聖力の鎧で身体を守るが、それでも少なくないダメージを受ける事は避けられなかった。
爆発で巻き上がった粉塵が収まると同時にエルザードは内心で吐き捨てる。
(ク、ソがっ……そこまでして戦争がしたいんか、野郎共ッ……!!)
壁で足止めしてからの爆発、という戦法は、ランドルフでもパヴェーラのものでもない。『聖光天列書』第四位にして強硬派の1人、アングリアス=ルムルトのお家芸だった。彼は多種多様な搦め手を専門として使う男で、『策謀巣窟』の異名を持つ。戦闘能力は高くないが、敵の邪魔をする事にかけては誰よりも秀でていた。
そして、エルザードが自由を奪われている今、ランドルフを止める者はいない。
「……ク、ハハ。ハハハ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!
この世に悪魔など必要ない。奴らの存在そのものが大罪! そして罪は罰せられなければならない。罪を罰するのは誰だ? 俺達天使だ! つまり俺が悪魔を殺しても何の問題も無い。寧ろ称賛されるべきだ。全部全部全部全部――!」
そう言いながら、ランドルフは自身の神聖力を『炎天』に充填していく。本来なら『列鏡シリーズ』―――第一位以外の一桁順位が持つ強力な鏡の総称―――に必要な神聖力は、見習いどころか二桁でも到底足りない。だが、ランドルフの場合はパヴェーラによる神聖力の増幅がある。今の彼には、『炎天』を操るのに十分な神聖力が備わっていた。
その事実は、『炎天』本来の使い手であるエルザードが一番よく分かっている。さすがのレオンも、『列鏡シリーズ』を食らえばひとたまりも無いだろう。エルザードは、声の限り叫んだ。
「ルーデンバイア! 伏せぇぇっ!!」
しかし、届かない。
アングリアスが形成した壁は、ただの物理障壁だ。空気や音を通さない訳ではないのを分かっていたためにエルザードは叫んだのだが問題は別のところにあった。
レオンが張った遮音結界。複雑な転移術式を組むのに際し、集中を乱されぬようにと展開したそれが、逆に仇となった。
そうこうしている内に、神聖力の充填が完了する。
「全部貴様らが悪いんだ! 下賎な悪魔風情がァァァァッッッ!!!!!」
閃光。
そして轟音。
莫大なエネルギーを伴いながら、巨大な光の筋がレオンへと迫っていった。