第2話 「ふざけているのは、どっちだろうな?」
「リ……ヴェスティベート」
レオン達がノエルを眷属にして数日が経ったある日。彼は傍らにいる女悪魔、リディアに話しかけた。
「そろそろ、人間界に連れて行ってもいいんじゃないか?」
「そうねぇ……食事がてら、1度行っておこうか」
悪魔は人間のように毎日食事を摂らずとも、1度何かの魂を取り込めば、しばらくの間は活動できる。魂の種類によってその期間は異なるが、人間1人分の魂ならば約2週間はもつだろう。
「レオンは、どうせ虫でしょ?」
「どうせとは何だ。虫……特に蜘蛛は、喰ってみるとなかなか美味いんだぞ? ノエルも喰ってみるか?」
レオンがノエルに話を振る。ちなみに、彼がノエルを名前で呼ぶのはリディアにお願い……というよりONEGAIされたからだ。主に拳と鉄の爪で。
ノエルが答えるより先に、リディアがレオンに苦言を呈す。
「やめて。この子の初めての食事が虫なんて、可哀想すぎるわ」
そこまで言うか……、とレオンはため息を吐く。レオンにとって虫の魂は極上の食事なのだが、彼の感覚は他の大半の悪魔には理解されないものだった。
そんなレオンを尻目に、ノエルは恐る恐る尋ねてみる。
「あの……虫の魂って、そんなに美味しくないのですか?」
「アレはもう、食糧と呼ぶのもおこがましいくらいよ」
バッサリと言い捨てるリディア。これっぽっちも慈悲はない。
「さて、そろそろ行きましょ? ぐずぐずしてると、獲物がいなくなっちゃうわ」
§ § § § §
転移術式を用いてレオン達がやって来たのは、エリアE-A-J-Tのポイント105。人間界では、『よもぎ公園』と呼ばれる場所だった。
時刻は人間界時間で午後1時頃。丁度、人間の子どもが昼食を終えてやって来るような時間だった。
「じゃ、とりあえずあの辺の鳩でもいただきましょうか」
「私は要らん」
「分かってるわよ。ノエル、行きましょ」
「はい」
公園の中央付近にいる鳩の群れをターゲットにするリディア。対してレオンは、彼女らとは反対方向にある植木の方へと歩いていく。
「さて、蜘蛛は……チッ。流石に4月の末じゃ、小さいのしかいないか」
ノエルの名付け(クリスマス当日である12月25日)から数週間しか経っていないのに4月になっているのは、悪魔界と人間界では時間の進み方が異なるからだ。悪魔界の1週間は、人間界での1ヶ月相当。多少の誤差はあるが、およそ4倍の速さで時間が流れている。
「他には……」
「悪魔! そこで何をしている!」
レオンが獲物を物色していると、後ろから突然声をかけられる。振り向くと、白を基調とした服装の青年が立っている。彼は悪魔以外でレオンの事を認識でき、なおかつレオンが悪魔だと判別できる存在。
即ち、
「天使か。何の用だ?」
「何の用だ、だと? とぼけるな! 貴様らの排除に決まってるだろ! 薄汚い悪魔め!」
(………はぁ)
天使は立て続けに罵倒を重ねる。その一方的な物言いに、レオンは少し苛つき始める。どう反論してやろうかと考えていると、レオン達の様子に気付いたリディアから念話―――魔力を介した思念通話が入る。
《どうしたの?》
(私にもよく分からないが、天使に絡まれた。こっちでなんとかするから、お前達は近付いてくるな。十中八九、面倒な事になる)
《……大丈夫なの? まぁ、そんなに強い天使じゃなさそうだけど……》
(問題ない。
それより、近くにもう1人天使がいるはずだ。奴らはパトロールを必ずペアでやるからな。そいつを連れてきてくれないか?)
《分かったわ。そっちも頑張って》
(あぁ)
リディア達がコッソリ離れていくのを確認したレオンは、意識を再び目の前の天使に戻す。
「ほぅ、排除か。それはまた大変だな」
「ふざけてるのか? こっちには鏡だってあるんだぞ!」
ポケットから右手で小さな手鏡を取り出す天使。悪魔の弱点を持っている自分が絶対的に有利な立場にあると思っているのか、その口許には笑みが零れている。
「さぁ、早くこの人間界から立ち去れ! もしくは消え―――」
ろ、と言い終わる前にレオンは走り出し、彼我の距離を一気に詰める。天使も慌てて鏡を構えるが、それより一瞬早くレオンは手を掴んで軌道を変えさせ、その隙に問答無用で鳩尾に跳び膝蹴りを入れた。
「ごふッ!?」
急所を攻撃されて動けなくなったところを、側頭部にハイキックを食らわせてそのまま天使を吹き飛ばす。その際、天使が落とした手鏡を粉々に踏み砕くのも忘れない。
「か……は………!!」
「ふざけているのは、どっちだろうな?」
呆れ声でレオンは言った。
「なんだと……!?」
「こんなに小さい鏡で、我々悪魔をどうにかできると思ったのか? 多少のケガならするかもしれんが……少なくとも、私に対しては何の意味も為さん」
グリグリと砕け散った鏡の破片を踏み潰すレオン。
「……う、そだ。嘘だ嘘だ嘘だ!
知ってるんだぞ。先の天魔戦争で、手鏡で倒された悪魔がいることを!」
「確かに、3000年前にはそうやって倒されたマヌケもいたらしいが……それはあくまで『不意打ちで』『偶然』『核を破壊できた』から起きた結果だ。最初から鏡を持っているのがわかっている状態で、戦闘術も身に着けていないような奴にわざわざ負けてやることもないだろう?」
「そ……んな……」
天使の顔が絶望に染まっていく。今の彼はもう悪魔に対抗する手段など持ち合わせてはいなかった。
一方、天使の心の裡など微塵も気にかけていないレオンはというと、
「……あぁ、そう言えばお前に、訊きたいことがあるんだが」
そう言って、レオンはゆっくりと天使に近付いていく。1歩1歩確実に。天使に恐怖を植えつけるように。
天使も後ずさろうとするが、ダメージで体が思うように動かない。
「ヒィィッ!? く、来るなァッ!!」
「私はさっき、食事をしていたんだ。好物の蜘蛛の魂をな。そこをお前に邪魔されたんだが……もしよければ、理由を教えてもらえないか?」
「は、はっ! 決まってるだろ。
貴様ら悪魔は人間界に害しか及ぼさない存在で、だから俺達天使は貴様ら悪魔を、は、排除しなくちゃ……ヒィィッ!?」
どうやら目の前にいるこいつは、他人の神経を逆撫でするのが得意らしい。先程から聞いていれば、薄汚いだとか、ゴミだとか、随分と虚仮にしてくれる。
レオンは、いつの間にか自分が激怒していることに気がついた。
「ほう……私は、お前ら天使共と結んだ和平条約を破ったつもりはないのだがな」
レオンは左手で胸ぐらを持ち上げると、空いた右手で貫手を作ると天使の首筋に突きつけた。その周りには魔力をこれでもかと圧縮させた、超振動する刃が形成されている。
「何か、他に理由があるんじゃないか? そうでなければ、あの状況で私が排除の対象になるなどありえないからな」
「や、やめろ、やめろぉっ!!
俺は、俺は天使だぞ! 神によって創られた、特別な存在なんだぞ!!」
「そうだな。私も昔はお前と同じ天使だったのだから、よく知っているとも」
「そんな俺に倒されるんだぞ! 高貴な俺に、低俗な貴様らが! これ以上の理由なんていらないだろ!?」
スッ、とレオンの顔から表情が抜け落ちた。
エリアの名前の由来
E…Eurasia…ユーラシア大陸
A…Asia…アジア
J…Japan…日本
T…Tokyo…東京
ポイント105である意味は特に無いです。
あとやっぱり公園といったらここかな、と。反省も後悔も特にしていない。