感応者の虹の追跡
特殊な感応者が、目立たない様に生きていくのは辛い。
嘘をつかれてしまうと、またかと、何もかも嫌になってしまう。
それでも、テレパスや接触感応よりはマシだと言われる。
いつの間にか、集められた俺たち。
人格なんかは無視されて結構。
ここ以外では疎外感の中で悶えるだけなのだから。
俺、比山純人が、ここに拾われたのは、14歳。
引きこもりだの何だのと言われても、もう学校には行きたくなかった。
そんな不登校児の行く、NPOの運営している私塾的なのにも、行けなかった。
で、山の中の病院に連れてこられたのだ。
心が病んでるっていうなら、そうだと、思っていた。
誰にもわかってもらえないと。
そこで、今の仲間にあった。
俺にとっては、奇跡だったのだ。
皆、似たり寄ったりだが、全員10代だった。
鳥の眼を持つのは、杉崎陽典、意識を飛ばして、空から追跡する。
痕跡を見つけて残留思念を読むのは、梶谷麻里香。
ややこやしくて、直ぐにメソメソするくせに、人の頭の中にズカズカ入っていくのは、本条直輝。
感応者に左右されない強靭な障壁を張れる力を持っているのが、市橋亮一郎室長で、医大出身の警察キャリアだそうだ。
適材適所に組み上げられた、俺らは、逃げた犯人を追う猟犬チームだ。
事件でも、無差別というのは、本当に厄介なのだ。
動機が絞られたなら、身内や知り合いから、犯人も浮かび上がるが、行きずりの犯行は誰でも犯人になりうるからだ。
まさか、火事の現場で全ての野次馬に任意同行を求めてもいられない。
そのうち、二件三件と事件を起こし、ようやく捕まえられるといった所だろう。
感応者が居れば、この手間が少なくなる。
眼をつけた犯人を見張れば良いのだ。
証拠を見つけることも出来る。
彼奴らは、そればっかりを考えていると、直輝が涙目で教えてくれる。
直輝は市橋室長に、手ほどきされていて、普段は、人の考えが頭に流れ込んで来ない様にしているから、昔より楽に暮らして行けると、言っていた。
俺は、遮断が出来ない。
仕方ない。
同じ能力に会ったこともないし、まあ研究途中の感応者なのだ。
今の所、放火犯を5人捕まえた。
ほとんどは、ボヤ騒ぎぐらいで終わっている。
馬鹿みたいに、消火現場に来てる奴がほとんどで、火事を見物していたから、他の感応者の出番は無かったが、1人だけ、用心深いのがいた。
俺らが追いかけている6番目だ。
現代的なのか、とにかく現場にいない。
俺たちも苦戦した。
予言者が欲しかったぐらいだ。
俺の出番が来た。
接触テレパスが、そいつらしい跡を見つけて、俺に教えてくれる。
俺はそこから、絡まる糸を選り分ける。
何人かの候補者の中から、選り出すのだ。
俺は犬だ。
俺は匂いが見える。
嗅いだ匂いが視覚化して、鼻と眼で追えるのだ。
薄い光を発する匂いの束から、そいつのを選り分ける。
選別が終われば、その光の糸を手繰って行くのだ。
空振り二回。
三回目で三件目の放火現場で、確信した糸を手繰った。
俺の行き先を陽典が空から、市橋室長に知らせている。
糸を追う時の俺は、かなり速い。
こいつは、用意周到で、車が通れず監視カメラなどのない裏道を通っていた。
住宅街をぬけ、近くの学校の裏山の斜面を、細い獣道を頼りに遠回りして、川を越えているが、そんなもの何になる。
俺が辿るのは、匂いの束の光の糸だ。
地面を嗅いでるワンコロとは違う。
匂いの糸は、川をまるで橋の様にわたっているのがわかる。
例え、何十メートル飛ぼうと、匂いの糸は本体から漂って来るので、何の問題も無い。
1度捕まえられれば、逃がしはしない。
グルリと周り、塀と塀の間を通ったりしながら、人目の無い道を抜けていく。
俺は構わず走るので、あちこち汚れ傷だらけだ。
誰かが見たら、俺自身が不審者だろう。
こんな場所で、ランニングする奴はいない。
匂いの元が住むマンションの下に着いた。
ここからは、テレパスや接触感応者の出番だ。
ボロボロの身体を引きずって、俺は迎えの車に乗った。
「ご苦労様。
この先は任せろ。」
陽典がニヤリと笑う。
麻里香は、室長と外であちこち触っている。
直輝は出番まで、アイマスクと耳栓をして、待機している。
植え込みの紙くずに触った麻里香が、反応していた。
車に帰ってきた麻里香が、嬉しそうだ。
「あいつよ。
同じ波動が、コンビニのレシートにあったわ。
これで、指紋も顔もわかるはず。」
日焼け対策風に、日傘や手の甲までの手袋をしてる麻里香は、日焼けを嫌う今時の女性にしか見えない。
とにかく6番目は、姿を隠すのが上手かった。
放火の仕方も、問題になっている。
室長の顔は、ポーカーフェースでその心の中も、誰にも読めないはずが、俺にはわかる。
テレパスではないから、だ。
「このマンションを監視下に置く。
直ぐに手配するが、物的証拠が少なすぎるのが、気になるから、慎重に行おう。」
皆、頷く。
麻里香の拾ったレシートは、分析に回された。
コンビニのレシートは、宝の宝庫だ。
指紋も、そこに行った時間も場所も特定出来る。
監視カメラがあるから、時間がわかり、買った物がわかれば、100%選別できる。
コンビニのオーナーや店員には、教えない。
万が一、感応者の場合、彼らから漏れる可能性があるからだ。
大抵は、不審車両を探すためだと、監視カメラのデーターを借りる。
パトカーから逃げる車は、意外に多いのだ。
6番目の身元が割れた。
羽田利和17歳。
感応者の疑いが濃い。
空いている向かいのアパートでの張り込みが始まった。
真面目に高校に通っている。
帰宅すると、家庭教師がやってきて、受験勉強にも一生懸命だ。
非の打ち所がない、高校生活に見える。
テレパスの直輝が、半日で疲れてしまっていた。
室長とは違う力で、遮断さていると言うのだ。
「行けません。
入り込めなんです。
まるで、迷路みたいです。
歩いて行くと、心の中じゃなくて、出口に誘導されてるみたいで。
引っ張られているのがわかるんですが、力の源がわかりません。」
すっかりしょげてしまって、メソメソし出した。
麻里香が慰める。
彼女は、本気で慰めてくれるから、直輝もやがて泣き止んだ。
学校帰りに時々コンビニによる以外、羽田は外に出ない。
家庭教師や親を探ると、勉強以外は、ネットを見たりしてるようだ。
カーテンをビッチリ閉めているので、中も覗けない。
確かに、品行方正だが、何かが異常だ。
幾らクーラーがあっても、窓もカーテンも開けないものだろうか。
羽田が学校に行っている間、母親が窓を開けて、掃除をする。
陽典の眼が、部屋の中を覗くが、手がかりは見つからない。
羽田が放火に動くまで、ジッと待つしかないのだろうか。
5日が過ぎた。
日曜日の昼下がり、羽田の部屋のカーテンが開いた。
陽典がとぶ。
付いていたモニターには、先だっての火災現場が映し出されていた。
羽田は、陽典の存在には気付かず、放火の事件を渡って歩いている。
幾つかの、火災現場のニュースで、ニヤニヤと笑っていたという。
陽典の見たものを、接触テレパスの麻里香が、再現し、検索にかける。
ニュースには、日時が記載されていたり、音声で言ったりするので、探しやすいのだ。
特に、ニヤ付いていたものを、優先的に探した。
「どれも、放火らしいのですが、犯人は捕まってません。」
それを聞いて、室長の顔がくもった。
火災現場のニュースをネットで見るのが趣味というなら、悪趣味だろうが、そんなのはこの世にウジャウジャ居る。
こちらも把握していなかった二件の現場が、羽田の犯行かも知れないと、室長が言った。
「どうやら、現場から直ぐに離れて、ネットニュースなどで、見てるようだな。
捕まらなければ、何度でも見られると、言うわけか。」
「嫌な奴。」
麻里香がモニターに映し出された、ボヤ騒ぎのニュースをブチンと消した。
「二件の現場がわかったのはお手柄だ。
直ぐに資料を取り寄せる。
多分、このうちの一件が最初の犯行だろう。
何か手がかりがあるかも知れないからな。」
褒められた陽典は嬉しそうだ。
張り込みの刑事さん達の邪魔をしないように、俺らも代わり番に寝たり、見張ったりした。
俺は、何回か奴の匂いをつけたが、何の収穫も無かった。
そもそも、羽田の身体からは、燃料や燃焼剤の匂いがしないのだ。
どうやって火をつけているのだろう。
そして、単純な放火魔の様に、生活空間と犯行空間が、重なってないのだ。
どうやって物色しているのだろうか。
「ネットじゃねぇ。」
陽典が気楽に応えた。
「ネットって、放火しやすい場所なんか、載ってるのか。」
「空き家さ。
空き家物件サイトなら、あるだろう。
不動産屋のさ。」
麻里香が、顔をしかめる。
「でも、人が住んでるとこもあったわよ。
不在だったけど。」
「僕、わかる。
そこんちの人、旅行に行くって、載せてた。
留守なのが直ぐにわかっちゃうよ。」
直輝が、携帯をグイッと前に出した。
文明の利器は、ヤバい。
簡単には割り出せないだろうが、よく見れば住んでるところがわかるし、在宅時間なんかもわかるだろう。
市橋室長と共に、羽田の最初の火災現場に向かう。
ボヤで終わったその物件から、麻里香が羽田の痕跡を探す。
直輝は、広範囲テレパシーを飛ばして、その日の記憶の鮮明な人物を探し出している。
陽典は、地形やここからの羽田のマンションまでの道なんかを空から見ていた。
「純人、お前、まだこの辺の羽田の匂い、わかるか。」
室長の質問に頷く。
犬の出番だ。
薄くなってる匂いの糸を探す。
絡まる糸を一つ一つ探りながら、細い糸を手繰り寄せる事が出来た。
匂いは、殊の外強いのだ。
室内なら、ほぼ永遠にあるかも知れないし、野外でも、雨風ぐらいなら、なかなか消えない。
強い匂いが側にあっても、ジックリ取り組めば、絡まった匂いの糸が、より出せるのだ。
俺は火災現場から、外に向かっている二本の糸を見つけて嗅ぎ分けていた。
別々の道から、来て帰ってるのを教える。
「初めての放火で、そこまで気をつけてるという事か。
用心深すぎるな。
一応、調べる価値があるかも知れないな。」
俺は室長の意思の変化を匂いで見られる。
人の感情が匂いの糸に現れるのだ。
室長からは、濃いグレーの糸と意思の強い金の糸が匂いの中に絡まっている。
「よし、探ってきてくれ。
麻里香、ついて行って、お前も調べてこい。」
「はーい、ユックリ歩いてこ、純人。
デート、デート。」
仕方ない。
日傘と一緒に、ノロノロ歩く。
羽田の匂いが強い部分を見つける度に、麻里香に知らせる。
「あれ、防犯カメラだよね。
この時は、気にしていなかったみたいね。」
コンビニと公園の間を歩いてる。
公園の中に入ると、あちこちクルクルと歩いているが、砂場の周りが1番匂いが多い。
「うえー、これ触るの。
なるべく多い場所、教えてよ、純人。」
砂場の一角に羽田の匂いの溜りが出来ている。
ブツブツした群青色にドロドロした黒が絡まってるのを見ると、触らなければいけない接触テレパスの麻里香に、つい同情してしまう。
植木を背にした、あまり他の人が歩かない場所だ。
麻里香が、屈んで砂に触れた。
「アッ⁉︎。」
見る見る麻里香の顔が歪む。
「ヤバい奴って、なんでこうなの。
羽田は感応者よ。」
吐き捨てる様に言うと、公園の水道まで走って行って、手を洗い出した。
麻里香を追っている時、電柱に監視カメラを発見した。
木の枝が邪魔をしていなければ、ここでの行動も、写っているかも知れない。
最近は、物騒な事件があると、カメラの設置が増える。
これも、室長に報告しなければ。
早歩きの麻里香の後を追って、ほとんど走るかの様に、仲間の元に帰って来た。
麻里香が見たのは、砂鉄を集めてる羽田の姿だった。
磁石を持っていないのに、羽田の手には沢山の砂鉄が乗っていた。
麻里香の見ているのは、例えるなら、パラパラマンガの様だといつか言っていた。
羽田は、公園の砂鉄を集め、ニヤニヤしてから、砂鉄を連れて公園を出て行ったところが見えたらしい。
「粉砕爆発か。
それより悪いな。
多分、砂鉄を撒いて、摩擦で火を起こし、空間ごと火事を起こしているのかも知れない。」
室長の顔が歪む。
「そのうち火事を起こしても、本体はかなり離れていて、砂鉄を誘導できる様になるかも知れないな。」
「砂鉄が歩くんですか。」
目撃者探しの広範囲テレパシーを一旦休んでいる直輝が、キョトンとしながら、室長に質問している。
「砂鉄は、現場にもあるだろうけど、麻里香と純人が捉えているから、今はかなり近距離でなくちゃ、火を起こせないのかも知れないな。
だがこの先、遠隔操作が出来るようになったら、無差別放火を起こすかもしれん。」
沈黙。
苦々しい空気が辺りを支配した。
羽田は赤丸三重の危険人物に格上げされた。
公園周りの監視カメラの分析が始まった。
室長は直輝と共に、鉄を避けて、羽田の頭に入る方法を探っていた。
人の意思は電気信号だ。
砂鉄が知らぬうちに、直輝のテレパシーを遮断していたらしい。
俺らは、二件目の火災現場を探った。
この時点で、公園への寄り道は消えた。
一件目の現場は、周りに土が無かったが、ここは、結構な庭がついている。
焼け落ちた屋根が、黒い口を開けいて、火事の酷さがわかった。
羽田が来て、裏門の外に立っただけで、ここは燃えたのだろう。
嫌そうに、麻里香が教えてくれた。
「笑ってるよ、ニヤニヤって。
ヤダな。
室内に、ポッと火が付いてからさ。」
直輝が、何かを捉えた。
クルリと振り向くと、おばさんが台所の小窓からこちらを見ている。
「目撃者、発見。」
「ヨシヨシ、頑張った偉いぞ。」
直輝の頭をクシャクシャにして、室長が、電話をかけた。
直輝が障壁を壊していたので、そこのうちのおばさんは、ペラペラと見た事を直ぐに、刑事さんに話してくれた。
その上、泥棒騒ぎがあってから、防犯カメラを、玄関と勝手口につけていたので、その画像も貸してくれた。
直輝がいれば、目撃証言を取るのも楽で、毎回こうだと良いな、と言われている。
そう。
自分から目撃談を警察に言ってくる民間人は少ないのだ。
自分が重大な事を見ていた事に、気付かない事も多い。
直輝がその思い込みを緩和してやると、溢れた様に、話し出すのだ。
羽田の姿がカメラに写っていたが、かなり不鮮明だった。
一件目の近くの公園のも、木の葉が邪魔して、顔認識までは、出来なかった。
室長は、トラップを仕掛けたいと、上に掛け合っていた。
羽田の行動はランダムの様だが、学校行事の時に、放火が集中していた。
生活習慣の崩れが、ストレス要因なのかも知れない。
俺は、羽田と羽田の砂鉄の匂いを、刻み込んでいた。
直輝は羽田の中の鉄を避けながら、かなりかけて、ようやく、頭の中に入り込んだ。
進路妨害が砂鉄なら、ピンボールの様に、行きたい方に、弾いて貰うのだと言う。
テレパスじゃない、俺にもわかりやすく教えてくれたが、俺の想像力じゃ、本物のピンボールゲームぐらいが、浮かぶぐらいだった。
羽田の学校スケジュールがわかった。
音楽祭があり、合唱コンクールとブラスバンド部と軽音楽部の発表があるのだ。
羽田は、ブラスバンド部だった。
三日間の中日が、発表当日だ。
直輝は、羽田の頭の中で跳ねて、壁に穴をこっそり開け、ストレスを増やす、地味な仕事をしていた。
「かなり、溜まってます。」
直輝の仕事は、直に頭の中に触れるので、麻薬の様な作用を起こす。
放火したい気持ちが、飢えの様に、羽田を襲っていた。
ネットで、空き家やなどを検索している時、トラップの場所を、上書きしてやるのだ。
あたかも、自分が調べたかの様に、錯覚を起こす。
今まで捕まらなかったという、過信もあったのだろう。
直輝の罠に、羽田が入った。
何せ、大抵の感応者は、孤独だ。
俺らの様に仲間に会うことなど殆ど無いので、感応者からの接触などに免疫が無いのだ。
室長の用意したトラップは、2つ。
空き家の方がかなりの確率で、そこに行きそうだが、もう一つにも、興味を持っていると、直輝が言う。
室長と麻里香、俺と直輝が組んだ。
陽典はふたチームを飛び回る事になるし、空から、羽田を追跡するのだ。
陽典は、獲物を定めると、マークをつける。
かなりの高度からでも、そのマークはキラキラ輝き、陽典に獲物の場所を教えてくれるので、夜も見失う事はないのだ。
その日、練習帰りの羽田は、真っ直ぐ自宅に帰らなかった。
陽典がついているので、無駄な尾行はいない。
2つの路線を乗り継ぎ、乗っていた電車から、あの空き家の最寄駅に着いたと知らせが来た。
俺らは、トラップを仕込んだ建設途中の建物の側に待機していたのだ。
あっちに移動しょうとした矢先、メールが届いた。
急に、羽田が進路を変えたのだ。
進路は変えたが、放火を諦めたのでなければ、こちらに来るだろう。
直輝は、テレパシーの範囲を広げた。
雑音の混ざるラジオのチューニングを合わせる様に、羽田を探す。
今回は、頭に入るのは、室長から止められている。
触手の先に羽田を感じて、サッと戻って来た。
「来るよ、なんかギラギラしてる。」
俺の後ろに隠れているが、そんな事をしなくても、羽田には見つからない。
羽田の前に出る程、間抜けじゃないからだ。
羽田が向かったのは、下半分が壁を貼ったばかりの新築マンションだ。
工事が滞って、建設が遅れていてる。
壁のない上階に、建築資材や砂があるのだ。
人目を避ける様に、辺りを見渡しながら、羽田がその姿を現した。
陽典の眼が、それを追っている。
日が落ちた、逢魔時の影の消えた道を、羽田が歩いてきている。
工事現場には、人の気配は無い。
無造作にシャベルやバケツが転がっている。
ここにも砂鉄が含まれてそうな土があったが、羽田は見向きもしないで、グレーのメッシュシートを捲ると、サッとその中に身を滑らせた。
そのすぐ後ろから、自転車に乗った小学生の一団が通ったが、何も見てはいないだろう。
室長判断と行動は素早い。
アッという間に、ここらの道は、塞がれた。
こういう時は、警察権力が、ものをいう。
工事中の柵があちこちに設けられていた。
電線やガスや水道、下水。
工事には事欠かない。
万が一に備えて、工事中のマンションから見える場所には、大型車を停めて道を塞いだ。
もちろん警察車両ではない。
それと一緒に、携帯中継基地もダウンさせた。
誰かに、この辺りの事を、携帯で拡散されては、たまらないからだ。
これらが、羽田がマンション内の階段を登っているわずかな時間に行われたのだ。
羽田は、柱と外壁だけの4階の空間にいた。
隠しカメラが、あらゆる角度から、羽田を撮っている。
ザリザリとした小さな音をカメラが拾う。
3番のカメラに、黒い光る蛇が写っている。
上の階から、羽田によって引き寄せられている砂鉄の蛇だった。
羽田は、階段の方に歩き出し、三階に降りていった。
羽田が、上を見ながら、ニヤッと笑う。
誰もいないフロアーで、砂鉄が隊列を崩し、モワッと空気中に拡散し出した。
バチバチと火花が飛ぶ。
羽田は、階段をドンドン降りていく。
4階の砂鉄の嵐は、渦巻き火花を散らし、積まれていた内張りのシートや接着溶液に、引火し出した。
小さな爆発音がした。
その頃には、羽田はシートをすり抜け、敷地の外に出ている。
羽田の向かった先には、刑事が立っていた。
羽田が、身の危険を感じたのは、その時だったろう。
羽田が建物に入ってから、出てくるまでのわずか10分程の間の出来事ったのだ。
同行を促された羽田は、尋問するまでもなく、落ちていた。
その横を、消火の為、バタバタと何人かが駆け上がっていくが、4階の丸まったシートや建材は耐火性の物で、接着溶液は真っ赤な偽物だったので、砂鉄による火花は自身を光らせ、小さな爆発を起こしただけで、すでに収まっていた。
隠しカメラも全て、回収出来た。
羽田は、磁力を使いこなしてはいなかったので、これぐらいで終わったのだ。
もちろん、上の階の砂の砂鉄もかなり少なくしてあったのは、言うまでもない。
連行される羽田の後ろを蟻の行列の様に、砂鉄がついていってるのに、直輝が気がつき、羽田の頭の中を飛び跳ね、感応力を一時的に遮断した。
警察車両に乗せられた羽田の後ろに、動かなくなった砂鉄がパラパラと散らばっている。
暗示をかけられたので、羽田には砂鉄を動かす力は、残っていないかもしれないが、室長にも、直輝にも未来はわからない。
だが、使う気のない力は、徐々に消えるはずだ。
この先は、普通の警察の仕事だ。
道路の封鎖の為の、カモフラージュした工事現場も、アッという間に、解除されて、周りの民間人は、気がつかない人の方が多かっただろうと、思う。
俺らは今、通り魔事件を追っている。
被害者は、全員何か平たいもので殴られていた。
強いて言うなら、1メートルの大きさの卓球のラケットだと、言う。
そんな物、持って歩いていたら目立つはずだが、被害者以外、目撃情報がないのだった。
俺らは、事件や犯罪者を追う。
光る匂いの糸が、絡み解け、行き先を教えてくれる。
その糸が煩らわしく、能力を憎んだ時もあった。
そんなとこに行ってないよ、と、嘘を言われると、辛かった。
犬みたいに、何時もクンクン匂いを嗅いでると、思われるのも嫌だった。
直輝は、俺の匂いをわかってくれてる。
陽典は、俺を空からサポートしてくれた。
麻里香は、奴らを特定するのに、ヤダ〜っと、言いながらも、頑張ってくれている。
室長は、兄貴で権力の犬で、俺らの仲間。
俺の見ている世界を皆に見せてやりたい。
あらゆる色と光が交差し、街は虹色の糸で絡まった、美しい迷路なのだ。
虹の糸を追いかけて、俺は今日も走る。
今は、ここまで。